この世界に転生してから5年が経った
俺が転生したこの世界は簡単に言うなら人類の総人口、その約8割が何らかの特異体質に目覚めた超人世界
特異体質に目覚めた人間の中には怪人のように能力を使い悪事を働く悪人、敵(ヴィラン)がおり、それと同じように能力を使い敵を倒したり人を救う英雄(ヒーロー)という職業が当たり前になった
――超常が日常に、架空が現実になった――
そんな世界だった
そんな世界に転生、というか前世の記憶を持ちながら新たな生命としてこの世界に産み落とされた俺
今の名前は
前世の頃の自分に関することは忘れてしまった。いや、正確には忘れさせられたのだろう、あの神に
おかげで前世の頃の様々なものの知識は覚えているが家族構成や自分の顔、思い出、果ては名前すら思い出せなくなってしまっている始末だ
そんな俺だが今は両親と俺の三人家族でそれなりに幸せに暮らしている
母親は両腕から炎を出す個性で昔、バーニングナックラーという名前でヒーローをやってた現専業主婦、父は鉄を吸収して操る個性でアイアンバトラーという名のヒーローをやっている
俺自身の個性、というか特典はまだ渡されてすらいない。そのせいか俺にはこれといった能力は何も発現せず何の能力も無い無個性として過ごしている
毎晩あの神への怨みをこめた呪詛を心の中で唱えているせいか?おのれ神め!
この世界は無個性への風当たりが強い。特に学校では限りなく底辺に近くいじめの対象にされるようなこともざらにあるらしい。俺も何か自衛の手段を身につけた方がいいかもしれない
そして今日は個性の診断日、だが俺はこのままだと高確率で無個性のままだろう。あの神がピンポイントに個性の診断直前に特典渡すとか考えられないしな
診断結果は予想通り『無個性』だった
この結果を予想していた俺はあまり気にしなかったが一緒に来ていた母さんはショックが大きかったみたいで医者から結果を聞いた時、表情が暗くなっていた
そして家に帰りその結果を父さんにも報告すると父さんも顔を暗くし俯いてしまった
そんな二人の表情を見た瞬間、俺の中で二人にとって自分はいらない存在になってしまったんじゃないかという考えが頭をよぎってしまった
そう考えてしまった途端ネガティブな考えが頭を支配していく
虐待されるんじゃないか、捨てられるかもしれない。いやだ、いやだ……“また”一人は、一人になるのはいやだ!
気づけば俺は目から涙を流し“ごめんなさい、ごめんなさい"と呟き続けていた。
いきなり泣き出した俺に両親は驚きあたふたと混乱してしまう
「ど、どうしたんだ、斗和!?いきなり泣き出すなんて。ハッ!まさかさっそく嗅ぎ付けたマスコミや他の子にいじめられたのか!?」
「いやいや、今日は私もずっと一緒にいたし他の子やマスコミにも会ってないわ。ハッ、もしかして私がお手洗いに行ってる間にあの医者に何か言われたの!?そうなの!?そうならあのヤブ医者火だるまにしてでもケジメをつけさせないと……!」
物騒なことをいい始めた両親に違うと伝えようとするが口はうまく回らず首を横に振るしかできない
何度も何度も手で涙を拭いなんとか止めようとするが涙は後から後から溢れだし止まってはくれない。
頭では涙を止めようとしているが心が叫び続けて止まらないのだ
“おいていかないで ひとりにしないで もうひとりはいやだ”
「ヒグッ、いい子するから……えぐっ、言うこともちゃんときくから……僕を、捨てないで、一人にしないで」
「「っ!」」
俺の言葉を聞いた二人はここで何故俺が泣きだしたのかを悟った。
――無個性だったから――
ただそれだけの理由で自分の親から虐待、放置、捨てられるなんて事件はあまり多くは無いがこの世界には確かに存在している。個性が一般的になってから生まれ一向に無くならない厄介であり根絶しなくてはならない問題だ。その中には最悪、自分の子どもを手にかけるという前例さえ存在する
両親は俺が泣いていた理由がわかった瞬間、二人共俺の体を抱きしめてくれていた
「大丈夫だ、斗和!俺達はお前を捨てたりなんてしない!たとえ無個性でもお前は大事な俺達の息子だ!」
「そうよ、貴方は私達の大切な子供。他の誰が何と言おうと私達は貴方を見捨てない、ひとりぼっちになんてさせないわ」
二人の言葉は不思議とそれまで叫び続けていた俺の心にすんなりと入りこみ俺の心を宥めてくれた
捨てられるかもしれないという恐怖は消え二人の温もりが安心をくれる。いつの間にかあれほど溢れ出ていた涙は止まり代わりに強烈な眠気が襲ってきた
ああ、まだ眠っちゃ駄目だ。せめて……二人にお礼を言わないと。こんな俺を受け入れてくれる二人に
「父さん、母さん、ありが、とう」
眠気に抗いながらなんとかその言葉をいい終え俺の意識は途絶えた
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「泣き疲れちゃったみたいね。眠っちゃったわ」
目を赤くはらし今はすやすやと眠っている我が子を抱え母、火燐は微笑む
「しかしまさか斗和があんな風に考えてしまっていたとわな。俺も自分の息子を不安にさせてしまうなんて、ヒーローとしても父親としてもまだまだだな」
父、鋼也は人に希望を与える筈のヒーローである自分が家族に、ましてや息子に不安を抱かせてしまったことをヒーローとして、父親として反省している
「……この子は私達が護らないとね」
「ああ、俺達の息子という時点で馬鹿なマスコミや敵は斗和を狙ってくるだろうしな。ましてや無個性だ、そういう輩が予想以上に涌いてくる可能性は大いにある。せめて斗和が小学生になるまでは俺達が護りきってみせよう」
二人は安心しきった顔ですぅすぅと寝息をたてる斗和を見て新たに決意したのだった
タイトルのTは斗和のTです
気づいたら主人公泣かせてたよなんでだろう……