初霜さんと   作:琵琶醐醒醍

1 / 22
年の終わり
古式諸島
本島 古式湾内
雲龍型航空母艦『金峰』艦橋上にて
11:21



『年越し』

湾内に浮かぶ空母の艦橋上、望遠鏡に囲まれて、

折り畳みの机と椅子を備えては、

ほうじ茶とおソバを乗せて水面を『二人』で眺めていた。

用意していた椅子と湯呑と蕎麦は3つずつ。

今さっき一人が用を足しに席を外していった。

(思えば今年も色々あったものだ」

気づけば思いが口に出ていた。隣の方は、そうね。と頷く。

「この艦にもお世話になりました」

「まだコイツは壊さんぞ」

出来上がって一年二年、二年半。まだ現役なのだ。

「それに仕事も山積みだってのに」

年明け早々、『お荷物』を運ぶ。やると言った以上はやらなければならないのだが。

「いくつもの港を訪れたものだよ」

「五月に地中海に行ったと思ったら九月には苫小牧に急行、気づいた時にはシドニーに」

「ウラジオストックを忘れている」

「そうでした」

シンと静まり返れば、

この場に居ない―腹痛に見舞われてこの場を降りて行った彼女の事が、ふと浮かんできた。

「アイツは俺達を嫌ってしまうかな?」

「藪から棒に、何でしょうか」

「いや、少しね。ただ、時が流れればそうなる程に、不安が増していく」

「私たちがどこかに行っても、思いを馳せる家族が、葛城にはいますから」

「別れは寂しいものだよ?」

「まだその時は来ませんよ」

「だといいが」

間を開けて、隣の少女は聞いてきた。

「家族の顔、覚えていますか?」

彼女お得意のすり替えネタだ。やはり、暗い話は長々とするものではない。

こんな話、誰だって嫌いだ。

「親の顔は、もう忘れちまった」

姉の顔は覚えているが。

「私は見たかすら怪しいもの」

そんな苦いジョークを飛ばしておいて、少し少しとお蕎麦をすする。

ほうじ茶はもう飽きた。

新年迎えたら、艦内でコーヒーを飲もう、メープルシロップ多めで。

すると、

「もうっ、お蕎麦はツユまで飲むのが鉄板ですよ!」

七味たっぷりだった筈の彼女のお椀は、何時の間にか空っぽになっていた。

聞くなら今か。

「来年はどんな年だろう、初霜さん?」

「そうね⋯きっと美味しい年になりますよ」

「美味しい年とは⋯先が読めそうにない」

 

誰も分からないからこそ、人は未来に希望を⋯虚空を抱く。

 

もう今年も終わる。力尽きては歴史の隅に、そして何時しか忘れ去られる。

鎮守府はぽつぽつ明かりが灯っている。提督も起きているのだろう。

もしかしたら、炬燵に籠っては素顔を見せられない苦痛と戦い、

いや、結局は眠気に負けているかもしれない。

なるべく寝るようには伝えておいたが、駆逐艦娘の中にも起きている者はいるはずだ。

若葉は絶対起きているだろう。初霜を今か今かと待っているに違いない。

あァ、あと鎮守府に戻ったらお餅の準備をしなければ。ここには大喰らいが多すぎる。

「カウントダウンですよ!」

手元の時計は秒読みだ。

「3」

 

「「2」」

 

「ま、間に合ったーっ!」

 

しかし、葛城のお蕎麦はヒドく伸び切っていたいた。

 




04/19 一部重要な点を追加
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。