初霜さんと   作:琵琶醐醒醍

4 / 22
2月は10あまり3日
古式本島
鎮守府本館4階
封鎖された応接室
10:04

今日も風が強い。
そろそろ、『冬掃討』が始まっても良い頃合いね。ほら、電話が来た。
「はいはいもしもし、まぁ、その時期よね、分かった、faxは何時もの所に、え、中佐?
 元気ですよ、そういえば娘さんは⋯そうなのね、
 じゃあ宜しくと伝えといて下さい、はい、はーい」
あぁ、わざわざケチャップを使わないで作った『ナポリタン』が⋯ま、いっか。
あいつに渡すのが先だし。それにしても、

 茶華田元帥、まだ弁当突きながら電話する癖直ってないのね。

同日
古式本島南西部
灯台前駅の隣
カフェ『エンブロス』
13:32



『トマトソース・スパゲティ』

「腹減った」たったそれだけの理由で入れる店⋯

つまりはカフェやレストランっは、中々素晴らしいと思う。

服屋なら、諦める事は出来るし、

散髪屋なら、いっその事ロングにするのもアリか、と思える。

ただ、-適当になんか食べるかという理由や、

単に待ち合わせだったり、ここで勉強するか、

などの理由もあるが-腹が減っているのであれば、

何処であっても駆け込んでしまうのが人間、というよりヒトの性なのだろう。

あ、そういえば、店番の人は大丈夫なのだろうか?

料理を作っても、自分ではなく、客の胃袋に入るのを見ていても。

渦巻く心の奥底には、何があるのだろうか?

まァ、いい。まずは注文しよう。

作ってくれる人は待ってくれると仮定しても、胃と脳は待たせてくれない。

「んじゃ、『じっくりボロネーゼ』で」

遠くの厨房に声を入れては、

「わかったよ。で、お隣は?」

珈琲を入れるばかりの店主から聞いたのであろう情報を頼りに、

俺の隣にいるであろう人物に問いかけた。

「ん~、『ペスカトーレ』を」

「うぐ、少し時間が掛かるから、待ってて頂戴ね~」

「はい!⋯いったい、どこに居るんでしょうか?」

「彼女はですね、厨房に居るのですよ」と、さりげなく店主が答えやがる。

「そうなんですか」

「ところで、キミは初めてですよね、私の店は?」

「はい!初霜といいます。今、新しい名前を探しているんです」

「新しい名前⋯ですか?」

「ほら、艦娘って、元をただせば人間だろう?

 だから大抵は何かしら名前があった筈なんだよ。それが初霜さんには無い」

「なるほど、それで探して、否考えていると」

「今ので事情察せたのかアンタ?」

「店主ですから」

「理由になってねぇ」

そういえば、前話したんだったな、忘れていた。

「あれ、『じっくりボロネーゼ』なんていうメニュー、ありませんよ?」

「いわゆる隠しメニューってやつさ」

「常連客の皆様方に、少なくとも一品は。

 和食・洋食・中華・その他一部はいつでもその場でお作り致します。

 厨房の彼女が。

 ただし、三ツ星レベルの盛り付け

 -皿にソースを一滴二滴ポトポトと垂らしてる感じの-は無理ですので。

 あと、高級食材を使ってほしい場合は仕入れるまで、

 エスニックその他、私と彼女が知らないモノに関しては二日程度、

 料理をお出しできませんので。蕎麦類だったら確実でよ」

「この店唯一の予約料理ってハナシ」

「へぇ~⋯」

コクコクと水を飲みながら、同じような返答をする初霜さん。

 

知識を得る事は、心を豊かにする事と同時に傷を作る事となる。

都合の良い事ばかりを考える者にとって、時に、真実は、虚実と化す。

 

聞くフリは一切しない初霜さんにとって、この話は有益か、有害か。

「決めました。私、常連さんになります!」

何があったのか⋯聞くのは野暮だ。

「中佐さん、毎日ここに通っても⋯」

「十二分にOKだ。お財布と体に相談しないといけないな。

 ただでさえ、列車で10分かかるのだから」

大きな島の小さな鉄道でも、ここまで2駅。艦娘はタダなのが、唯一の救いか?

「それは置いといて、午後はミーティングだぞ」

「もしかして、大きな作戦ですかね」

「そ。『イベント』ってやつだ。今回も南洋か⋯」

「あれま、大変そうですねぇ」

「比較的、というよりはかなり小規模だそうだ。

 毎度毎度、叩けそうな所を探してくる海軍本部さんには、頭が上がらないねぇ」

「では、第一艦隊のみで行くんですか?」

「いや、一応特別編成で。行きたい人が行くって感じだ。それに⋯」

「いつもの潜水艦たちの報告かい?」

「店主は何でも知ってるねぇ⋯。北太平洋沖で少々動きがあるみたいなのさ。

 ゴーヤちゃんは『あんなもの、初めて見たでち!』って、興奮していたが。

 まァ、まだコッチに来る事は無いと思うけど、念には念を、とも言う」

「その為の任意参加⋯ですか?」

「ご名答。通常業務と並行して行えそうだからってのもあるけどね」

「はい、お待たせ二人とも」

皿二枚を持った厨房のお姉さんが、何時の間にか-カウンター越しの-目の前にいた。

「えぇっと⋯こっちがペスカトーレね」

トンと置かれた料理に、彼女はあまり待てそうにない。

「アンタも大変そうね、兵士長?」

「それ何時の話だよ⋯」

と言いつつ、それまたトンと置かれたボロネーゼに、

またまたトンと置かれた粉チーズを振りかける。

「おいしい?」

「そりゃァ、勿論。でも俺はあんたの夫じゃァない」

「知ってますよーだ。初霜ちゃんは?」

「食べる事に夢中だ。下手に話しかけると怒る」

「しかしそれがまた可愛いと」

そんな話を聞いていたのか、彼女は片頬を膨らませた。

「あァあ、店主が怒らせちまった」

「⋯ここで働かせt」

「却下」

「はぁ~」

料理は温かい方が良いものだ、やはり。

冷たい蕎麦も時によっては格別だが、この時期は温かいものが一番だ。

熱すぎても良くないが。

「おやボロネーゼ。店主さん、私にもこれくださいな」

「アッハイ。残念でしたね中佐。遂にコイツもバレてしまわれた」

「通常メニュー行きか⋯」

連れじゃない別の客に見つかった裏メニューは、表メニュー行きになる。

これもまたルールだ、この『カフェ』の。

二日前に俺が見抜いた『たぬきうどん』の腹いせか⋯?

「誰でしょうか?あのおじいさん」

「確か前の村長さんだったはずだ。

 ⋯こんな小さな店から、ジャンクフードまで愛する、器の大きいお方だ」

ふぅ~んと、あまり興味無さそうな返事をした初霜さんは、

「おじいさんなら、料理の暖かさが判るのかもしれないわ、きっと」と言った。

「中佐さん、

 お湯の方の『温かい』と温かい日差しの方の『暖かい』って、どう違うのでしょうか」

「そりゃ、あたたまるモノの違いよ。物か心か⋯そんなところさ」

「それだと、人はお湯の方だけじゃないですか。暖かい日って感じるのに」

「そう、か⋯じゃあ、おまいさんはどう思うんだ?」

「似てはいるけれど、違う。

 でも何か、関わり合っていて⋯お湯や料理は本当にあたたかいのかそれとも⋯

 でも、偽善に塗れた『暖かい』もあって⋯」

「あたたかい、は二つに分けられるって事か?」

「そう⋯なのでしょうか⋯?」

「まァそれは俺の偏見だと思ってくれればいい」

「では私からも」

店主がいきなりしゃしゃり出てきた。

「暖かい・熱い料理は何であろうと作れます。

 このコーヒーなど。

 はい「あ、どうも」しかし、このコーヒーがインスタントだったら、

 この客はどう思うのでしょうか?

 「それは、くふん、幻滅するに決まっているわ。あんたがかつての旅仲間でなければな」

 まぁ普通は、そう答えるでしょう。

 では、豆を貴女の目の前でゴリゴリ挽いていたらどうでしょう?」

「少し、鬱陶しいです」

「そう答えますか。⋯過度なアピールは嫌がられますからね。

 しかし、このゴリゴリした粉で、

 コーヒーを入れれば⋯砂糖とミルク、どの位入れます?」

「3つと2つでお願いします」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「しっかり作ったモノで無ければ、心まで『暖かい』と感じえない。

 それが私の考えです」

 

学ぶだけが答えではない。

取り込む事が最善であれば、

切り捨てる事もまた、最善策と為り得る。

 

「さて、帰るとするかな。ブリーフィングを始めないと、ね。

 どうせあの提督は俺とヨドに丸投げなんだろう」

「レシートを」

「うっ、代金」

「また来て頂戴ね、初霜ちゃん?」

「はい。⋯」

カフェの隣の、駅のホームに降り立っても、彼女はまだ顔を崩さない。

「悩み過ぎは良くないと、この前言ったのは誰だったか⋯」

そんな疑問をよそに、煙を吐きながら列車はやって来た。

(私には、中佐さんや葛城、若葉がいる⋯

 でも、優しさ、暖かさは一体、何処に在るというの⋯)

 

人は誰でも仮面を掛ける。

その理由は様々だが、

内側の本心を覗く事は、

自身の仮面を外さなければ不可能である事には変わりない。

 

それまた一方、

葛城は間宮さんの所で『ミートソースパスタ・テラ盛り』の前で撃沈していたのだった。

P.S.余りは赤城さんと加賀さんが、美味しく頂いたそうだ。




時差で少々ズレ有り
クロアチア ブカレスト
潮風の当たる一室にて
現地14:58

『休暇中で済まない。君には、遥か東の日本に行って貰う事になった。
 済まない、私の力不足だ。⋯なぁに、ポーラはしっかり見ておくよ。本当に、済まない』
ガチャンと電話を置く。一体、どんな人たちなんだろう。どんな世界なんだろう。
思い更けている間にも、手元の『アラビアータ』は冷めていく。
いくら辛くても、やがて色彩を失っていくものだから⋯
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