古式本島
鎮守府本館4階
封鎖された応接室
10:04
今日も風が強い。
そろそろ、『冬掃討』が始まっても良い頃合いね。ほら、電話が来た。
「はいはいもしもし、まぁ、その時期よね、分かった、faxは何時もの所に、え、中佐?
元気ですよ、そういえば娘さんは⋯そうなのね、
じゃあ宜しくと伝えといて下さい、はい、はーい」
あぁ、わざわざケチャップを使わないで作った『ナポリタン』が⋯ま、いっか。
あいつに渡すのが先だし。それにしても、
茶華田元帥、まだ弁当突きながら電話する癖直ってないのね。
同日
古式本島南西部
灯台前駅の隣
カフェ『エンブロス』
13:32
「腹減った」たったそれだけの理由で入れる店⋯
つまりはカフェやレストランっは、中々素晴らしいと思う。
服屋なら、諦める事は出来るし、
散髪屋なら、いっその事ロングにするのもアリか、と思える。
ただ、-適当になんか食べるかという理由や、
単に待ち合わせだったり、ここで勉強するか、
などの理由もあるが-腹が減っているのであれば、
何処であっても駆け込んでしまうのが人間、というよりヒトの性なのだろう。
あ、そういえば、店番の人は大丈夫なのだろうか?
料理を作っても、自分ではなく、客の胃袋に入るのを見ていても。
渦巻く心の奥底には、何があるのだろうか?
まァ、いい。まずは注文しよう。
作ってくれる人は待ってくれると仮定しても、胃と脳は待たせてくれない。
「んじゃ、『じっくりボロネーゼ』で」
遠くの厨房に声を入れては、
「わかったよ。で、お隣は?」
珈琲を入れるばかりの店主から聞いたのであろう情報を頼りに、
俺の隣にいるであろう人物に問いかけた。
「ん~、『ペスカトーレ』を」
「うぐ、少し時間が掛かるから、待ってて頂戴ね~」
「はい!⋯いったい、どこに居るんでしょうか?」
「彼女はですね、厨房に居るのですよ」と、さりげなく店主が答えやがる。
「そうなんですか」
「ところで、キミは初めてですよね、私の店は?」
「はい!初霜といいます。今、新しい名前を探しているんです」
「新しい名前⋯ですか?」
「ほら、艦娘って、元をただせば人間だろう?
だから大抵は何かしら名前があった筈なんだよ。それが初霜さんには無い」
「なるほど、それで探して、否考えていると」
「今ので事情察せたのかアンタ?」
「店主ですから」
「理由になってねぇ」
そういえば、前話したんだったな、忘れていた。
「あれ、『じっくりボロネーゼ』なんていうメニュー、ありませんよ?」
「いわゆる隠しメニューってやつさ」
「常連客の皆様方に、少なくとも一品は。
和食・洋食・中華・その他一部はいつでもその場でお作り致します。
厨房の彼女が。
ただし、三ツ星レベルの盛り付け
-皿にソースを一滴二滴ポトポトと垂らしてる感じの-は無理ですので。
あと、高級食材を使ってほしい場合は仕入れるまで、
エスニックその他、私と彼女が知らないモノに関しては二日程度、
料理をお出しできませんので。蕎麦類だったら確実でよ」
「この店唯一の予約料理ってハナシ」
「へぇ~⋯」
コクコクと水を飲みながら、同じような返答をする初霜さん。
知識を得る事は、心を豊かにする事と同時に傷を作る事となる。
都合の良い事ばかりを考える者にとって、時に、真実は、虚実と化す。
聞くフリは一切しない初霜さんにとって、この話は有益か、有害か。
「決めました。私、常連さんになります!」
何があったのか⋯聞くのは野暮だ。
「中佐さん、毎日ここに通っても⋯」
「十二分にOKだ。お財布と体に相談しないといけないな。
ただでさえ、列車で10分かかるのだから」
大きな島の小さな鉄道でも、ここまで2駅。艦娘はタダなのが、唯一の救いか?
「それは置いといて、午後はミーティングだぞ」
「もしかして、大きな作戦ですかね」
「そ。『イベント』ってやつだ。今回も南洋か⋯」
「あれま、大変そうですねぇ」
「比較的、というよりはかなり小規模だそうだ。
毎度毎度、叩けそうな所を探してくる海軍本部さんには、頭が上がらないねぇ」
「では、第一艦隊のみで行くんですか?」
「いや、一応特別編成で。行きたい人が行くって感じだ。それに⋯」
「いつもの潜水艦たちの報告かい?」
「店主は何でも知ってるねぇ⋯。北太平洋沖で少々動きがあるみたいなのさ。
ゴーヤちゃんは『あんなもの、初めて見たでち!』って、興奮していたが。
まァ、まだコッチに来る事は無いと思うけど、念には念を、とも言う」
「その為の任意参加⋯ですか?」
「ご名答。通常業務と並行して行えそうだからってのもあるけどね」
「はい、お待たせ二人とも」
皿二枚を持った厨房のお姉さんが、何時の間にか-カウンター越しの-目の前にいた。
「えぇっと⋯こっちがペスカトーレね」
トンと置かれた料理に、彼女はあまり待てそうにない。
「アンタも大変そうね、兵士長?」
「それ何時の話だよ⋯」
と言いつつ、それまたトンと置かれたボロネーゼに、
またまたトンと置かれた粉チーズを振りかける。
「おいしい?」
「そりゃァ、勿論。でも俺はあんたの夫じゃァない」
「知ってますよーだ。初霜ちゃんは?」
「食べる事に夢中だ。下手に話しかけると怒る」
「しかしそれがまた可愛いと」
そんな話を聞いていたのか、彼女は片頬を膨らませた。
「あァあ、店主が怒らせちまった」
「⋯ここで働かせt」
「却下」
「はぁ~」
料理は温かい方が良いものだ、やはり。
冷たい蕎麦も時によっては格別だが、この時期は温かいものが一番だ。
熱すぎても良くないが。
「おやボロネーゼ。店主さん、私にもこれくださいな」
「アッハイ。残念でしたね中佐。遂にコイツもバレてしまわれた」
「通常メニュー行きか⋯」
連れじゃない別の客に見つかった裏メニューは、表メニュー行きになる。
これもまたルールだ、この『カフェ』の。
二日前に俺が見抜いた『たぬきうどん』の腹いせか⋯?
「誰でしょうか?あのおじいさん」
「確か前の村長さんだったはずだ。
⋯こんな小さな店から、ジャンクフードまで愛する、器の大きいお方だ」
ふぅ~んと、あまり興味無さそうな返事をした初霜さんは、
「おじいさんなら、料理の暖かさが判るのかもしれないわ、きっと」と言った。
「中佐さん、
お湯の方の『温かい』と温かい日差しの方の『暖かい』って、どう違うのでしょうか」
「そりゃ、あたたまるモノの違いよ。物か心か⋯そんなところさ」
「それだと、人はお湯の方だけじゃないですか。暖かい日って感じるのに」
「そう、か⋯じゃあ、おまいさんはどう思うんだ?」
「似てはいるけれど、違う。
でも何か、関わり合っていて⋯お湯や料理は本当にあたたかいのかそれとも⋯
でも、偽善に塗れた『暖かい』もあって⋯」
「あたたかい、は二つに分けられるって事か?」
「そう⋯なのでしょうか⋯?」
「まァそれは俺の偏見だと思ってくれればいい」
「では私からも」
店主がいきなりしゃしゃり出てきた。
「暖かい・熱い料理は何であろうと作れます。
このコーヒーなど。
はい「あ、どうも」しかし、このコーヒーがインスタントだったら、
この客はどう思うのでしょうか?
「それは、くふん、幻滅するに決まっているわ。あんたがかつての旅仲間でなければな」
まぁ普通は、そう答えるでしょう。
では、豆を貴女の目の前でゴリゴリ挽いていたらどうでしょう?」
「少し、鬱陶しいです」
「そう答えますか。⋯過度なアピールは嫌がられますからね。
しかし、このゴリゴリした粉で、
コーヒーを入れれば⋯砂糖とミルク、どの位入れます?」
「3つと2つでお願いします」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「しっかり作ったモノで無ければ、心まで『暖かい』と感じえない。
それが私の考えです」
学ぶだけが答えではない。
取り込む事が最善であれば、
切り捨てる事もまた、最善策と為り得る。
「さて、帰るとするかな。ブリーフィングを始めないと、ね。
どうせあの提督は俺とヨドに丸投げなんだろう」
「レシートを」
「うっ、代金」
「また来て頂戴ね、初霜ちゃん?」
「はい。⋯」
カフェの隣の、駅のホームに降り立っても、彼女はまだ顔を崩さない。
「悩み過ぎは良くないと、この前言ったのは誰だったか⋯」
そんな疑問をよそに、煙を吐きながら列車はやって来た。
(私には、中佐さんや葛城、若葉がいる⋯
でも、優しさ、暖かさは一体、何処に在るというの⋯)
人は誰でも仮面を掛ける。
その理由は様々だが、
内側の本心を覗く事は、
自身の仮面を外さなければ不可能である事には変わりない。
それまた一方、
葛城は間宮さんの所で『ミートソースパスタ・テラ盛り』の前で撃沈していたのだった。
P.S.余りは赤城さんと加賀さんが、美味しく頂いたそうだ。
時差で少々ズレ有り
クロアチア ブカレスト
潮風の当たる一室にて
現地14:58
『休暇中で済まない。君には、遥か東の日本に行って貰う事になった。
済まない、私の力不足だ。⋯なぁに、ポーラはしっかり見ておくよ。本当に、済まない』
ガチャンと電話を置く。一体、どんな人たちなんだろう。どんな世界なんだろう。
思い更けている間にも、手元の『アラビアータ』は冷めていく。
いくら辛くても、やがて色彩を失っていくものだから⋯