作者「No,you`ll get it today.」
3月は10日よりかは前 3日より後
古式本島
古式鎮守府南部
舟屋
風は止まず、いまだ激しい。
誰も彼もびしょ濡れになっても、風邪にやられるか、髪がやられるかと、
いつものように愚痴り合っていた。
そんな彼女らを、兎にも角にも風呂に入らせては、
「全作戦を切り上げよ」
と上級大将殿(ここの提督の事)が仰せになりやがったので、
幸か不幸か久しぶりの夜間飛行をする事になり、コーヒーをすすりながら外を眺める。
そもそも作戦なんぞ、輸送護衛か、ここら一帯の防衛、漁協の手伝いしかない。
⋯⋯しかし、筋書きに想定外は付き物で、この風じゃあマトモに水偵なぞ出せやしない。
零改偵(零戦を複座にした上に偵察カメラを付けた魔改造機の事)を出すしかないか。
それですら出せないならどうしようと悩んだそんな時に、
「オセ○をしましょうよ~」
と、何故か初霜さんがいるのだ。まァまだ時間はある。少しばかり付き合うか。
「俺は黒で」
「先攻は?」
どっちかは勝ちやすいと聞くが、誤差の範囲だったはず。
「先にどうぞ」
四つ置いては、先攻の初霜さんが初手を置く。
「ところで中佐さん、迷惑って何でしょうか」
「藪から魚雷に⋯いや本当に」
「若葉に、そんな事を言われてしまい⋯」
白を持つ手が、一瞬震えた、気がする。
「お人好しってのは、自身の度が過ぎようが過ぎまいが、相手の尺度によって評価が変わる。
ある時は救いとされ、またある時は目障りと化す」
「でも私は」
「タイミングが悪かった、としか言えない」
「⋯今までそんな事、無かったのに」
「過去は過去。これからどう言われるかなど、誰も予測できない。
むしろこれを転機と捉えて、行動を少し変えてみてはどうだ?
人生とはそういうものだ。多分」
「都合良く忘れたり、隠していったり」
「それは迷惑を減らす事だったりもするが」
「迷惑じゃないものまで減らしてしまう」
盤上も激しく、数の差はあまり変わらない。
初霜さんに何があったのか。少し前から様子が変わったような。
「そもそも、迷惑と言われた人ほど、迷惑と感じる事は他に無い」
手前右の端を埋める。
「一番悪いのは、最初に迷惑と言った人?」
無論それは、彼女が是が非でも拒む事だろう。
「いや、皆変わんないさ。迷惑をかけずに生きる事は、胎内に居る時点で不可能だ」
「つまり⋯」
「詭弁は黙らっしゃい、という事」
「本当に?」
「罪逃れは出来ない、という事でもあるが、な」
「私は、やっぱりダメなのかしら」
白を持つ手の震えが止まらない。
「そうとは限らないさ」
「それでも!」
「あいつもちょいとイラついただけだろう」
「違うわ、絶対に」
「どうしてそう思うんだい」
「分からない、分からないの」
一種の恐怖感だろうか?何かに憑りつかれているようにしか見えない。
「確かめに行けばいいさ。そんなに簡単ではない事は知っているけれど」
「それでも、出来ないの。怖くて、顔を合わせられない⋯きっと嫌われて」
黒を持っている手をあまり形を変えずに、彼女の頭にポンと置いた。
「思い込みは止めとけ。実際どうであるかは、当人に聞かなければ分からない事だ」
何時までも風は強く、
ほんの少しの希望-やってる間に風が止めば、水偵が出せる-を砕いていた。
「私は、嫌われたくなかったの。
植え付けられた記憶であっても、誰かを失う事が、辛い。
目の前に、いるのに、居るのに、消えてしまうのが、イヤで、でも、恐くて、寒くて⋯
どうせなら、止まり続けた世界で、永遠に、笑っていたい」
孤独は、罪だろうか、それとも病だろうか?
「時は止まらない。何かが生まれては、何かが死ぬ。
それも変えられないのだ。でも、動かなければ何も、解決する事は出来ない。
⋯失ったものを元通りにするのは無理だ。でも、上書きは出来る。
あんなのがあったなと、何時しか笑い合える筈だ。
だから、今へたばってはいけない。傷付かなければ、誰とも生きられないさ」
泣き続ける彼女は、盤の事など忘れていたのか、何時しか眠っていた。
しかし、こうも拗らせていたとは⋯
芯が強いからこそ、芯までもがグラついた時に危ない。
眠ってしまった彼女を、寮に運び、偶々起きていた神通に後を任せると、
「誰だって、相手が自分をどう思っているのかは、気にするものですよ」
と言われてしまった。
夕焼けの海を眺めてふと耽る⋯そんな中で煙草でも吸っていれば、
気もどこか、
うやむやに為るのだろうが、そもそも煙草を吸えない上に、
今は夜でおまけに曇り空。
まともに星も月も見えず、涙すら流れない。
島唯一の灯台は、ただむなしく光るだけ。
希望も絶望もなく、悲しみだけが込み上げてくる。
何時しか明るく生きろと言ってくれた彼女も、
底知れぬ闇を抱えていたのはやはり同じだったのだ。
舟屋に戻りすぐさま飛行場の格納庫に電話を掛ける。
「零改偵の準備をしておいてくれ」
『あらかた出来てます。どの位飛びます?』
「ざっと諸島を二周。そうじゃないとマトモに空戦が出来ない」
もう腕も衰えてるのでは⋯と少々の心配を胸に止めつつ、応答を待つ。
ジェットこそ、夜間飛行は役場に届け出を出した上に、長い審議があってからの許可が必要だが、
レシプロならかなり軽めの審議で済む。
それこそ、8時間後に飛行、なんていう無茶も出来る。
取り決めはしっかり守るものだ。
『燃料の確保も出来ましたので、いつでもどうぞ』
「オーケーだ」
と返して電話を切る。
冷めたコーヒーを飲み干してから、用を足したり服を変えて、外を眺める。
誰の心を指しているのか、曇ったままの空を見る。
飛行場も、少し離れた場所にある。
下に降りては、長いガレージに止めてあるポンコツに目を向ける。
誰かが乗っている、そんな違和感を感じて乗り込むと、
「飛行場は北口まで、でしょ」
と下から聞こえた。
「では、偵察任務の手伝いも追加で」
「わ~かってるわ」
「しかしなぜ」
「あなたしか夜偵する人なんて居ないでしょ。
それに、こんなに風が強いんじゃ、行くのは飛行場だろうし」
「と、ずいずいから聞いたのか?」
「そ、そうよ。瑞鶴先輩が」
「ほぉ」
「じゃあ、動かすわよ。しっかりつかまって」
「危ない運転は間宮券1枚没収な」
「それだけは止めてよ」
「はいほい。⋯防寒具、持ったか?」
「もちろん!」
舗装された暗い夜道をポンコツは走る。
電灯はあるが、そこまで多くない。
白熱灯の橙のかかった白が、少しの暖かみをもたらす。
「おまいさん、まさかコイツを操れるとはな。説明書でも読んだのか?」
「そうよ。ネットの海に、一つや二つは転がってるって」
「そうかそうか」
綺麗に駐車し、二人でハンガーに歩いていく。
設定集(取り敢えず急を要するモノから)
古式諸島
沖ノ鳥島の北にある⋯という設定の架空の諸島。
上空から見上げると、つい片眼を閉じて「右!」と答えたくなる形をした本島と、
その右隣にある先島(さきしま)、
そのまた上の隣島(となりしま)のほかに、数多くの小島が存在する。
因みに本島の市街地は北側に、貨物港は中央に、飛行場は南側にある。
なお、鎮守府は貨物港によって南北に分割されている模様。
割とどうでもいいが、住所は沖縄県となっている。