私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ヘラ視点です。


伝えたいことがあった

 どうして? という私の問いに、納得のいく答えを返してもらったことはない。

 お父様とお母様はいつもいつも、「後でね」「そんなこと知らなくていい」「お前は黙って私たちの言う事だけきいていればいい」としか言わなかった。

 

 答えなど、一度たりともくれなかった。

 

 おばあさまは、悲し気に、泣き顔のような笑顔でいつも私の頭を撫でて言った。

「強くなりなさい。自分の本当に言いたいことだけは、伝えたいことだけは伝えられるように。叫ぶ声だけは、誰にも奪われずに守りきれるくらいに」

 

 おばあさまの事は大好きだったけど、その答えだけは納得がいかなかった。

 好きにはなれなかった。

 

 ……どうして、他の子みたいに私は遊んじゃダメなのか。何故、クラスメイトなのにお父様のライバル会社の子供だからって、友達になるどころか話しかけることすらダメなのか。何でおばあさまが「庶民」の出だからと言って、お父様も実の娘であるお母様もおばあさまをバカにするのかが、わからなかった。

 

 ずっと昔から知っている。

 私の周りには、理不尽と不条理ばかりだという事を。

 私が納得できるものなんて、何一つないことを。

 

 それでも、私は尋ね続けた。

 

「……ねぇ、何でなの!? どうして!?」

 

 そうして、私は選択を間違えた。

 

「――ごめんなさい……ヘラ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 全然平気だった。辛くもなんともなかった。

 だっていつものことだから。私の前では「ヘラ様、ヘラ様」なんて言っておべっか使って、いらないと言っているのに勝手な事ばかりして、それでご機嫌取りできていると思っている人たちが、陰で私を悪く言うことくらい、いつものことだった。

 

「やっぱりあの針の件、女王様がやったらしいわよ。エヒメとミラージュの寮室から出てくるのを見たっていう子がいるもの」

 

 ……私がやってもいないことが私のせいになってることだって、いつものこと。

 お父様のライバル会社の子が、喫煙で退学になったのだって私がでっち上げたことになっていた。

 そんな噂を率先して、面白おかしく語って広げているのはルビナスとベラドンナだってこともわかっていた。

 

 遠巻きでみんな、私を悪く言ってることなんて昔から知ってる。

 だから、私は大丈夫。いつものこと。いつものこと。いつものように、背筋を伸ばして、堂々としていればいい。

 

「ヘラ」

 

 一人で大丈夫だったのに、私は強くならなくちゃいけなかったのに、それなのにあの子は私が張り巡らせる棘をするするとすり抜けて、いつだって気が付いたらすぐ傍で笑っていた。

「食堂に行こう。今日のお昼は何かな?」

 

 あの子の、エヒメのルームメイトにたちの悪い嫌がらせという事件が起こって、不祥事を嫌った叔父が警察はもちろん、保護者にも何も言わずにもみ消した。

 そのせいで犯人はわからず、無責任な噂ばかりが飛び交う。

 

 噂で犯人は、二分されていた。

 犯人は私かエヒメかという噂で、二分されていた。

 理由は単純。ルームメイトのエヒメなら寝具に針を仕込むなんていつだっていくらでもできるし、私なら自分の寮室以外の入室禁止という規則を破っても、寮母や生活指導の教諭に密告する奴はいないから。

 ただそれだけ。

 

 まぁ、言っちゃなんだけど動機で容疑者を絞るのは無理だったから、仕方ないと言えば仕方ないと実は思っていた。

 エヒメのルームメイトであり幼馴染のミラージュは、要領が悪くて人に迷惑ばかりをかけて、はっきり言ってクラスどころか学年レベルで嫌われている。

 要領が悪いだけならここまで嫌われることはありえないんだけど、彼女はその要領の悪さを直す気がさらさらなく、むしろ何でもかんでも「できないから代わりにやって」と他人に押し付けるのが最大の問題。

 

 だいたい「やって」と言われるのはエヒメで、エヒメは「手伝ったり教えるのは良いけど、自分でやらないとダメ」と言って断るんだけど、ミラージュは結局自分ではやらない。

 それが宿題とかなら本人が痛い目を見るだけで済むんだけど、彼女はバザーの商品づくりや班ごとの合同課題すらも全く手を付けず、ぎりぎりになって「だって私じゃできないんだもん」と言って泣き出して、大勢の人に迷惑をかけた。

 

 その所為で生徒はもちろん教師までも、ミラージュがエヒメに「やって」と言い出したら、エヒメに「やってあげたら?」と言い出して、押し付けるようになってしまった。

 私がいくら言っても、彼女は泣くばかりで一向に改善しないし、もはやエヒメも後で他人やたくさんの人が迷惑を被るよりは……と思ってしまってる。

 

 あれが幼馴染、それも自分の意志で友達になったのではなく、親の人間関係の延長で付き合わされているのは、本気で同情したわ。

 私もルビナスとベラドンナとは全く同じ理由で幼馴染だけど、まさか彼女たちがマシだと思う日が来るとは思っていなかったわよ。

 

 そんな幼馴染のお世話役同然で、学年が上がったらルームメイトも変更になるはずなのにエヒメは据え置きのままで、挙句の果てにほとんど消去法で嫌がらせの犯人扱い。

 どいつもこいつもバカばっかりで、嫌になる。

 エヒメはおとなしそうに見えて激情家だから、溜りに溜まったストレスの発露はあんな陰湿な方向に向かない。間違いなく人前だろうがどこであろうが、ミラージュの顔にビンタして言いたいことをぶちまけるという方向に向かうはず。

 

 エヒメな訳がないのにそんなこともわからず、正直言ってミラージュが怪我しなかったことを残念に思ってるくらいの奴らが、エヒメを悪く言うのが許せなかった。

 

 だから、大丈夫。私が悪く言われるのは、私が犯人だと思われるのは、大丈夫。

 こんなのいつものことだから、慣れてるから大丈夫だった。

 一人でも大丈夫だった。

 

「ヘラ、端切れでシュシュを作ったんだ。ヘラにもあげる。お揃いだよ」

 

 あなたがいてくれるのなら、もっと大丈夫だった。

 あなたがいてくれたから、大丈夫だった。

 

 ――なのに、……私は一番最低な裏切りをした。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……どうして? どうしてですか、お父様! どうして、エヒメと付き合うななんて言うんですか! もう私は、14歳です! 子供ではありません! 私の友人関係に口出しをしないでください!」

 

 ある日いきなり家に呼び戻されて、お父様から「エヒメというクラスメイトと、今後一切付き合うな」と言われた。

 大企業重役の娘でもなければ家柄がいいわけでもない、ただうちの学園の偏差値を上げる為に叔父曰く、「入学を許してやった下賤な家の小娘」であるエヒメと私の仲がいいことを、快く思っていないことは知っていた。

 

 けれど、両親や叔父の選民思想に私は同調どころか軽蔑していたから、エヒメと付き合い始めた頃に言われた嫌味に、「中学生にもなっても人柄を見抜けぬほど愚かには育っておりませんので、ご安心を」と言い返してやったし、エヒメは真面目な優等生で、家柄とか資産とかエヒメ自身にどうにかできるものじゃないこと以外は完璧だったから、それ以上は何も言えなかったのでしょうね。

 

 なのにあの人は、私の名を呼んだことがあるのかさえ怪しい父は、無駄にお金をかけたゴルフクラブを磨きながら言った。

「ルームメイトに嫌がらせ、それも寝具に大量の針を仕込むなんて悪質極まりないことをする相手との付き合いを、許せるわけがないだろう」

「それは噂にすぎません! そして、噂で判断されるのならば、私だって同じ悪質極まりない人間です!!」

 

 私が即座に反論したら、あの人は机を乱暴に叩いて、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「そんな噂が立っているからこそだろうが! そもそも、お前がそんな付き合っても何の得にもならない相手と友達になったから、こんな噂が立っているんだろうが! もう子供じゃないというのなら、自分の立場を理解しろ!!

 いいか! お前にそんな悪評が立てば、そんな娘に育てた親ということで俺にも悪評が立つんだ! その悪評が元で取引先から信頼を失えば、どうなるかも想像が出来ないか!? お前の軽はずみな行動で、社員が何百人も、下手したら全員路頭に迷っても不思議じゃないんだ!!

 

 そんな庶民の小娘一人と一緒にいたいだの遊びたいだのいうお前のわがままが、許されると思っているのか!!」

 

 ……子供ではないと強がって、粋がったけれど、私はあまりに子供だった。

 世間を知らず、想像力がまるでなく、その言葉を鵜呑みにしてしまった。

 信じていないくせに、信用なんか何もしていない人だったのに、私は父の言葉を真に受けた。

 

 私がそんな嫌がらせをするような娘に育てたなんて悪評、私のこと以外は事実なのにね。

 そんな噂程度で信頼を失うってことは、初めから信頼なんてないも同然だってことに気づかず私は、最低な選択をしてしまった。

 

「……はい。……申し訳ありません……お父様」

 

 私は、親友を裏切った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 手紙で、もう今まで通り話せない。あなたも私に話しかけないで、とだけ伝えることしかできなかった。

 何度も何度も書き直して、でもどれもこれも自己弁護でしかなくて、私があの子を捨てるのにこんな見苦しいものを見せたら、あの子は私を心配するのはわかっていた。

 

 嫌われて当然のことをするのだから、いっそ諦めがつくくらいに嫌ってほしかった。

 だから結局、事情なんか何も書かず、絶縁するとだけしか書かなった。

「ごめんなさい」も、「ありがとう」も、書かなかった。

 

 最低な手紙をあの子の机の中に入れて、その手紙に気づかずいつものように私に話しかけたあの子に、「私に関わらないで」と拒絶した。

 あの子の、何が何だかわからないという顔を無視して立ち去った。

 

 ……なのに、あの子は話しかけてきた。

「ヘラ。生徒会の資料作成、手伝おうか?」

 手紙を読んでない訳じゃない。現に今までのように食堂に行こうとか、何か物を作ろうという誘いはなくなった。

 

 代わりに私の仕事を手伝うという口実で、以前と変わらない態度で私に接してくれた。

 あの子は何も、変わらなかった。

 なのに、私の所為であの子の全てが何もかも変わり果てた。

 

 ……私と絶縁したことを知ったとたん、エヒメの周りにいた連中は掌を返した。

 エヒメは何も変わっていないのに、一度も成績の自慢どころか自分から成績を話題にあげたことなんてないのに、厭味ったらしいがり勉と陰口を叩かれ、エヒメの都合を考えずにあれ作ってこれ作ってと群がっていたいたくせに、彼女が作るアクセサリーや小物を貧乏くさいと言って嗤って壊し、そのくせ気に入ったものがあれば奪い取った。

 

 悪口や強奪、暴力なら学級委員や生徒会役員という立場が私にはあったから、叱責して止めることができた。それなら、教師や叔父、ルビナス達が父に告げ口しても、「クラスの長、生徒の長として責任を果たしただけです」と言い返せば良かったから、だから、あの子を守れると思った。

 最低な裏切りの罪滅ぼしくらいは、出来ると思っていたのに……

 

 エヒメは日に日に弱っていくのを、私は唇を噛みしめて見ていただけだった。

 あからさまないじめは私に止められるのを知れば、連中はさらに陰湿卑劣な手段で、あの子を甚振り、傷つけ、あの子の尊い全てを壊しつくして殺しつくした。

 

 あの子の方をチラチラ見ながら、クスクス笑う。

 食堂であの子に「一緒に食べよう」と誘っておきながら、あの子に一切話を振らずに空気のように無視する。

 どれもこれも、注意すれば「気の所為よ」で嫌がらせを否定できるくせに、精神的に追いつめる方法でエヒメは甚振られ続けた。

 

「エヒメ! 暇なら会議室の掃除をしておいて!」

 私が出来たことは、必要のない用事を押し付けてあの子をあの空間から、あの連中から引き離すことだけだった。それしか、私はしなかった。

 私は父に屈して、親友が生きながらに一番残酷な処刑をされていくのを、ただ見ているだけだった。

 

 それなのに、あの子はいつも私に言った。

「……ごめんね、ヘラ。いつもありがとう」

 

 恨んでほしかった。嫌ってほしかった。それしか私にできる償いなんてなかったのだから、私を責め立ててくれたらよかったのに、あの子は私が手紙に書けなかったこと、伝えられなかった事をいつも口にした。

 

 いつしか、あの子の口からきく言葉は、「ごめんなさい」だけになった。

 それを、あれしか言えなくなったと連中は嗤った。

 

 お前らにはわからない。

 あの子はあれしか言えなくなったんじゃない。お前らにどんなに傷つけられても、私が最低な裏切りをしても、あれだけは手放さないように守り抜いたことなんて、絶対にわからない。

 

 あの子は言ったんだ。

 ごめんなさいしか言えなくなったあの子は、自分から私の誕生パーティーの準備をするって。

 そんなのいらなかった。虚飾にまみれて、聞きたくないおべっかばかりを使うやつらに囲まれたパーティーなんかしたくなかった。

 そんなことの為に、もう心がボロボロなのに、他人にいろんなことを押し付けられてほとんど寝ることも出来ていなかったあの子にさらに仕事なんて押し付けたくなかったのに、あの子は弱々しく、けれど確かに笑って言ってくれた。

 

「私が、ヘラの誕生日を祝うためにできるのは、これしかないから」

 

 あの子は、おばあさまが私になれと言った通りの強い子だった。

 伝えたい事を伝える声だけは、何があっても守り抜く子だった。

 

 ……そんな強いあの子に、裏切った癖に私はずっと甘えていた。

 あの子から、あの子が守り抜いた叫ぶ声すら奪ったのは、私。

 

 どうして、私はあの子を信じなかったんだろう?

 

 

 

 * * *

 

 

 

 息切れして、今にも膝から崩れ落ちそうになりながらも、私は階段を上がる。

 あの鬼サイボーグさんが、ちょっと生死の心配をしてしまうくらいにあの男どもはぶちのめしてくれたけど、それでも回復してまた襲い掛かってくる可能性があることはわかってた。

 

 それでも、私は校舎に戻ってきた。

 避難の為じゃない。それならせめて1階にいればいい。また2階に戻る必要なんかどこにもない。

 

 それでも私は、私がエヒメに何か酷いことをしたと誤解していたのに、それでも私を助けてくれたヒーローの厚意を無駄にして、戻って来て探す。

 ……SNSっていうのが何の事はわからないし、それを使った嫌がらせは確かに濡れ衣だけど、エヒメに酷いことをしたというのは、誤解なんかじゃない。

 

 私は、最低だ。

 あの子に嫌われて当然なことをしたのに、いっそ嫌って欲しかったとか思いながら、あの子に甘えて、縋りついて、あの子をこの地獄に引き留めたのは間違いなく私。

 

 そんなことをしておいて、私はあの子を信じてあげれなかった。

 

 ……誕生日、エヒメがいないのなら、私を本当に祝ってくれる人がいないのなら、あんなパーティーに意味なんかなかったのに、弱い私は何も言えずお飾りの主役として、ただ心にもない「ありがとう」「嬉しいわ」だけを繰り返していた。

 

 プレゼントを開けてみたらと誰かに言われて、私は無性におばあさまのプレゼントを見たくなった。

 病気で余命を宣告されて、ホスピスで穏やかな余生を送っているはずのおばあさまは、あまり自由に動かなくなった指先でも私に手作りの何かをくれるはずだった。

 毎年、おばあさまが作ってくれた物を、お父様やお母様はいつも貧乏くさいとバカにしていたけど、私はおばあさまが心を込めて作ってくれたものが、あの人たちがくれるお金さえかければいいと思っているものの100倍嬉しくて、大好きだった。何よりの宝物だった。

 

 だから、エヒメがいないあの場所で、私は自分の身内の中で唯一敬愛して信頼するおばあさまに縋りつきたかったのに、確かにあったはずなのに、前日にはもう届いていたはずなのに、おばあさまのプレゼントの小包はそこにはなかった。

 

 エヒメを疑ってなんかいなかった。本当よ。これだけは、本当。

 この時は本当にエヒメが盗んだなんて発想は全くなかったし、おばあさまのプレゼントがないと訴えて、周りの奴らが「準備をしていたエヒメが怪しい」と言い出した時は、はらわたが煮えくり返ったくらいだった。

 

「何か知らないか、ヒメちゃんに聞いてくる!!」と言い出して、食堂を飛び出たのはミラージュだった。

 あんな奴、エヒメを他の連中と嘲笑ってるくせに、エヒメに散々迷惑かけて世話をしてもらったくせに何の擁護もせず、そのくせやっぱり何でもエヒメに押し付ける最低な寄生虫が大嫌いだった。

 

 でも、相変わらずエヒメとルームメイトで、もう私がエヒメの近況を知るにはあいつを通すしかなかったから、付き合いを続けていた。

 大嫌いだったくせに、エヒメを食い荒らす寄生虫だってことはわかっていたくせに、あいつがあんな風に自分から行動するわけないことくらい想像ついても良かったのに、私は何も疑わなかった。

 

「一人で大丈夫。……それにヒメちゃん、ヘラちゃんには最近、会うの辛いって言ってたから」

 その言葉を真に受けて、そう言われて当然なことをしてきたくせに図々しくショックを受けて、私はそのまま一人であいつをエヒメの元に行かせてしまった。

 

「何するの!? やめてヒメちゃん! 痛いーっ!!」

 ミラージュの金切り声がしたのは、あれから数分後。二人の寮室じゃなくて、共同トイレに二人はいた。

 ……きっとミラージュはそこに、盗んだおばあさまのプレゼントを隠してた。そこでズタズタに切り裂いてからそれを部屋に持っていってから、「ヒメちゃん何してるの!?」と叫ぶ予定だったのでしょうね。

 

 その杜撰な計画を実行する前に、たまたまトイレにやってきたエヒメに見つかって、エヒメはミラージュからプレゼントを奪い返そうとしてくれた。

 それをあいつは、持っていたカッターをめちゃくちゃに振り回して、エヒメに軽くとはいえ怪我をさせておいていけしゃあしゃあ、自分が被害者面をした。

 エヒメの立場を、奪い取った。

 

 ミラージュを信じたわけじゃない。信じてなんかいなかった。

 ミラージュの「ごめんね、ヘラちゃん! 頑張ったんだけど……」という言葉なんか聞いていなかった。

 ただ、おばあさまが編んでくれたマフラーを持って、腕から血を流してこちらを見ているあの子に、私は言ってしまった。

 

「……あなたが……したの?」

 

 自分が最低なことをしたと思っていたから、私ならこんな地獄の中で助ける力があるのに何もしれくれない私なんかを、「親友」なんて言わない。

 きっと壊れて、憎しみのあまりその相手が一番傷つくことをしてしまうような、弱くて最低な人間であることをわかっていたから。

 

 だから、エヒメもそうだと思い込んでしまった。

 されても仕方ないと思って、でもそのくせ、私はあの子に甘えて、あの子に縋ってしまった。

 

「……ねぇ、何でなの!? どうして!?」

 

 違うと言って欲しかった。否定してほしかった。

 信じてあげれなかったくせに、自分の最低な姿を身勝手に投影して思い込んだくせに、それでも私は縋りついた。

 

 あの子は、何かを言いかけたけど、何も言わなかった。

 唇は動いたのに、声にならなかった。

 代わりに出てきたのは、かすれた声であの子が言ったのは……

 

「――ごめんなさい……ヘラ」

 

 私が、あの子に残された最後の強さを壊した。

 あの子が守り抜いた声を、私は奪った。

 

 そうして何もかもなくしたあの子は、背後の窓からあまりに自然な動作で飛び降りた。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」

 

 駆け寄って手を伸ばしたけど、あの子の手は掴めずにすり抜けた感触が、今も消えない。

 エヒメの黒髪が宙で波打った光景が目に焼き付いている。

 上履きだけを地面に落として掻き消えた光景は、それから1年以上毎日夢に見た。

 

「……わかってるわよ。私が、一番悪いことくらい!」

 3年前のあの光景を鮮明に思い出して、自己嫌悪と怒りのあまり眩暈がする。

 カチ割れそうな頭痛を堪えて、私は月と星の灯だけを頼りに探す。

 

「……これでいいか」

 あちこちがありえない程破壊された廊下や教室には、あのいきなりやってきた忍者が投げつけたであろう手裏剣や苦無が落ちていたけど、武器どころか包丁すらまともに握った覚えのない私にまだ扱えそうな刃物は、これしかなかった。

 

 刀身が半分くらいの長さになってるけど、やはり鉄の塊だからずいぶんと重い。

 でも柄が、持ち手がある分手裏剣よりはマシだし、長さも苦無よりはあるから適当に振り回すだけでも十分だと思えた。

 

 私は、折れた刀を拾って階段を駆け下りる。

 

 これからやる事は、復讐なんかじゃない。

 あなたの為なんかじゃない。

 あの子の所為なんかじゃない。

 

 私の、八つ当たりなんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ヒメちゃんは今、どうしてるんだろう?」

 

 あの子がいなくなっても、ミラージュは私の傍から離れなかった。

 エヒメの代わりに、今度は私に寄生していることはわかっていた。

 拒絶すれば良かった。あんたなんか大嫌いだと言ってやれば良かったのに、私は唯々諾々とあいつの要求を呑むしかなかった。

 

 あいつが「やって」と言い出したことを断れば、これ見よがしに呟いてきた。

 エヒメがどうしてここにいないのか。エヒメは今頃、どうしているのか。

 

 あの子を地獄に引き留めていたくせに、あの子にトドメを刺した私を責めたてた。

 

 あいつの面倒を見て、甘やかすことがあの子への償いになる訳ないことなんてわかっていたけど、エヒメの名前を出されたら私はもう、「やめて!」と叫ぶことも出来なかった。

 ただあいつを黙らせる為だけに、私はあいつの奴隷に成り果てた。

 

 でも、もうどうでも良かった。

 エヒメに何もしてあげれなかった、何もしなかった私に、したいことなんてなくて、あってもそんなことをする資格なんて、幸せになる権利なんかなかったから、だから私は私の家や親のおこぼれを食い散らかすあいつらに抵抗せず、勝手にさせておいた。

 

 そうやって何にも楽しくない、何も感じない付き合いを続けて、怪人に襲われても思うことは「あぁ、また死ねなかった」だけだった。

 ミラージュたちが、鬼サイボーグを追っかけるのもどうでも良かった。彼の顔すら、私はろくに見てなくて覚えてもいなかった。

 

 私の心に感情を呼び戻したのは、あの子だった。

 鬼サイボーグの傍らで、彼に何よりも誰よりも大切そうに守られている、それなのに怯えきって「ごめんなさい」としか言えないエヒメと再会してしまった。

 

 泣きたいくらいに嬉しかった。

 泣きたいくらいに悲しかった。

 

 3年前とは違って、可愛らしい格好をして大切に誰かに守ってもらえているあの子に会えて嬉しかったけど、3年たってもあの子の傷は何も癒えていなかったことを痛感したから。

 

 そして最低な私に蘇った感情は、あまりに身勝手な思いも生み出した。

 

「……ご、ごめん……なさい……」

 

 謝らなければいけないのは私の方なのに、私を責めないで謝るあの子に腹が立った。

 そんな資格なんかないくせに、私に謝るあの子が許せなかった。

 

「……それは何に対しての謝罪? 3年たってもまだ、それしか言えないの?」

 

 あの子の声を奪ったのは私自身のくせに、謝るだけでそれ以外は何も言ってくれないで、去って行ったあの子を、「卑怯」だと思ってしまった。

 

 

「言いたいことがあるのなら、言いなさいよ。ごめんなさいごめんなさいってそれだけ言って、また逃げる気?

 ……卑怯者」

 

 ねぇ、言ってよ。何でもいいから。大嫌いでも、最低でもいいから、私が全部悪いんだから、私にトドメを刺してよ。

 私なんか大嫌いになって、私を切り捨てて、忘れて、あなたを守るその人と幸せになってよ!!

 

 弱い私は、何も言えなかった。

 最低な私にできたのは、もう最低を貫くことだけだった。

 

 死ぬ前に私と話したいなんて言い出して私に頼ってくれるなんて、あの子を今度こそ助けられるかもしれないことに期待する資格なんて、私にはないんだ。

 

 あの子にはあれだけボロボロになっても、信じられる、逃げ出して飛び込めば助けてくれるお兄さんと、私の言葉を自分が言われたかのように怒ってくれる人がいる。

 もう、私なんかいらない事はわかってるし、それは良いことなんだ。

 

 だから、私は最低を貫く。

 

 ただ自分の為に、自分の八つ当たりの為に、行動する。

 

 

 

「ミラァァァァァジュゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 

 

 遠回りした甲斐があって、奴の後ろに回り込めた。

 私は、ただ全てを壊したいの一心で叫んで、刀を振り上げた。

 

 全部全部、壊れてしまえっ!!

 

 エヒメを食い荒らして、奪い尽くして、殺し続けるお前なんて!

 

 エヒメを蔑んで、犠牲にして肥え太る父や学園、私の家なんて!

 

 あの子を裏切った私なんか全部全部壊れてしまえばいい!!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 がむしゃらに振り回した刀が、真一文字にミラージュの目を切り裂いた。

 血の代わりに銀色の液体がまた噴きだして、私の顔にかかる。

 

 ……料理すらほとんどしたことない私は、初めて知った肉を切り裂く感触と人間ならあり得ない液体が噴きだして私に降りかかってきたこと、そしてミラージュの甲高い鳥の鳴き声のような絶叫に慄き、体が動かなくなった。

 何もかも壊すつもりだったのに、私が死んでも、もうこいつがエヒメにだけは手を出せないようにするつもりだったのに、私は結局また、何もできなかった。

 

 サイボーグさんが私の名を呼んで、こちらに走ってくるのが見えた。

 けれど、ミラージュの体から、額の傷から垂れ流された銀の液体の壁に阻まれる。

 

 違う。私のしたかったことはこんなんじゃない。あの子の大切な人に、危ない真似をさせる為じゃない。

 私は私の責任を負わねばならなかったのに、私の体は動かない。

 

「ヘラァァァァァァッッ!!」

 

 両目を切り裂かれたミラージュが両手を突き出す。

 目が見えていないはずなのに、その手はまっすぐに私の首に伸びてきて、爪を立てて締め上げた。

 呼吸と一緒に声が、言葉が胸の奥に閉じ込められる。

 

 何も叫べないまま、私の首を絞めて、私の体を持ち上げてミラージュは「死ね! もうあんたなんかいらないのよ!!」と叫び続けた。

 

 あぁ、私はここで終わるんだ。

 何にも出来ないまま、最低なまま、死にたかったのに後悔だけを残して、図々しく「死にたくない」と思いながら死ぬんだ。

 

 脳裏に、昔の光景が浮かんでは消える。

 お父様やお母様、ルビナスやベラドンナは一切登場しなかった。大好きなおばあさまさえ、出てこなかった。

 

 あの子との思い出しか、浮かんでこなかった。

 

 初めて話しかけたのは、ミラージュに「やって」と折鶴を押し付けられていたから、「ちゃんと自分でやりなさい。あなたも、甘やかさない」と注意した。

 エヒメは手元を見もせず、それでいながらとても綺麗な鶴を折りながらしれっと私に言った。

 

「いいの。先生の怪我の快癒を祈らず、無理やり折らせても意味はないでしょ」

 見た目に反して結構毒舌で、だけど気持ちのいいことを言う子だなと思って、気に入った。

 

 私のくしゃくしゃの鶴を見て、あの子は「一生懸命折ったのがすごくよくわかる。可愛い」と笑って言ってくれた。フォローじゃなくて、本心からそう思ってくれているのがわかるくらい、その鶴を大事そうに手に取ってくれた。

 

 おばあさまと同じ、なんでも作り上げる器用な指先がうらやましくて、あの子が物を作っているのを見るのが好きだった。

 

 ……あぁ、やっぱり死にたくないなぁ。

 あの子に、伝えたかったなぁ。

 

 私と出会ってくれて、対等な友達になってくれて、たくさんの尊いものをくれてありがとうと言いたかった。

 

 何にもしてあげれなくて、ただあの子の強さに甘えて縋り付いて、信じることすらできなかったことを、許されなくてもいいから謝りたかったなぁ。

 

 ……4年前、あの子が別の高校ではなくうちの高等部にそのまま進学すると知った日を思い出す。

 あの子ならうちの学校以上にいい高校にいくらでも行けたはずなのに、エヒメはあの地獄に残った。

 無理やり口実を作って二人きりになって、あの子を問い詰めて、どうして逃げ出さないの!? どうしてこんな所に残るの!? と私が訊けば、弱々しく儚げに笑って答えた。

 

「だって、ヘラのことが大好きだから」

 

 その答えに納得なんかできなかった。エヒメですら私の「どうして?」に納得のいく答えなんかくれなかった。

 

 でも……ただ唯一、好きな答えだった。

 

 ――言いたかったなぁ。

 私も、あなたが大好きだって。

 

 

 

 

 

 

「ヘラッ!!」

 

 

 

 

 

 私を呼ぶ声が聞こえる。

 手放しかけていた意識が覚醒する。

 

 私の首を締め上げるミラージュの背後、壁の色が一部変わっている。

 真っ赤に焼ける金属の色をしたその壁が破れ、サイボーグさんが飛び出してきた。

 

 同時に、上空から黒い影が、闇そのものが飛び込んできて、ミラージュの腕に何かが突き刺さる。

 苦無と、手裏剣がいくつも突き刺さり、私の首を締め上げていた指が離れる。

 

 膝から崩れ落ちる私が見ていたのは、そのまま拳を固めて腕を振りかぶったサイボーグさんと……

 

「ヘラに、触るな!!」

 

 空間が陽炎のように歪んだ瞬間現れた、パジャマ姿のエヒメが、私とミラージュの間に割って入って現れたあの子が思いっきり、ミラージュの顔を蹴り飛ばしている瞬間だった。

 エヒメの蹴りの一瞬後に、サイボーグさんのこぶしも右頬にめり込んで、そのままミラージュは地面のコンクリートを抉りながら数メートル吹っ飛んだ。

 

 座り込む私を、同じく座り込んだエヒメが泣き出しそうな顔で言う。

「ヘラ! 大丈夫!!」

 

 私は答えた。

「……大丈夫よ」

 

 大丈夫。

 あなたさえいてくれるのなら、私は何もかも大丈夫。




すみません。パソコンの調子が悪いので、明日は更新できません。
明後日は更新できるように、スマホでちまちまフリップします。
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