私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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助ける理由

 スイリューさんたちを病院に運んだらすぐに帰れるかと思ってたけど、そんなことなかった。

 当然か。怪人達が大量発生・出現しているのはC市だけじゃなかったのもあってか病院は怪我人でごった返していたし、私が運んできた人はスイリューさん以外は気絶、唯一意識があったスイリューさんが一番の重傷だったから色々事情を説明して時間がかかっちゃった。

 

 まぁその分、私のテレポートのキャパが回復したから別にいいけど。

 事情を話して時間を置いたのが休憩になったってのもあるけど、私のテレポートに限らず超能力は精神力がエネルギーらしいから、その時の気分によって能力の精度とかが変動するのはよくある事。

 私の場合、病院で看護師さん達に事情を話している最中にジェノスさんから連絡が来たことで、現金なことに全回復。

 

 ジェノスさんが試合の途中で抜け出してから全然戻ってこないのは、怪人たちがあちらこちらで暴れ回っている所為で倒してもきりなく引っ張りだこになってるだけ。

 あの人は無事。絶対に大丈夫。

 そう言い聞かせるのも限界近かったから、ケータイが鳴った時はジェノスさんからだってこともわかってなかったくせに、病院の中で看護師さんと話してる最中だっていうのに構わずケータイを取り出して見ちゃった。ごめんなさい、看護師さん。

 

 結果としてはジェノスさんは無事ではなかった。

 けど言っちゃなんだけどいつも通り命に別状はない程度に大破だから、しちゃいけないのはわかってるけどひとまずホッとした。

 命に別状はないけど動けなくなってしまったようだから、クセーノ博士のドローンに回収されて治してもらってるところらしい。

 

 またしても自力で動けなくなるほど怪我……じゃなくて壊れてしまったのは、ジェノスさんは悪くないとわかっていても「どうしていつもあなたは!?」と怒りたい気持ちはある。

 けどそれ以上に無事で良かったという安堵と、博士に回収されてすぐに自分の体を治してもらうことよりも優先して私に連絡を入れてくれたことをつい嬉しく思う。

 

 各地で高レベルの怪人の大量発生、それに伴うヒーローたちの負傷という大事件と異常事態の真っただ中だというのはわかっているけど、私にとってはジェノスさんが無事という事を知っただけでもう何も問題ないと思って、とても軽やかに跳ぶことができた。

 

 お兄ちゃんの元まで、一足飛びで帰ってこれた。

 

「ただいま、お兄ちゃん」

 

 私がテレポートでお兄ちゃんの隣に現れると、お兄ちゃんはいつも通り覇気のない顔と声で「おう、お帰り」と答えてくれる。

 この様子からして、やっぱり格闘大会を襲撃した怪人はお兄ちゃんにとっていつもと変わらない怪人だったんだろうな。

 それと服の汚れがほとんどないから、怪人もほとんど倒せてないのかも。

 

 そういえば格闘大会の怪人も、初代優勝者の方はスイリューさんをお兄ちゃんが2回戦で場外にしちゃった人に任せて帰ってったっけ?

 お兄ちゃんが怪人退治に向かう少し前に、怪人たちは暴れるのをやめて引き上げてしまったのかな? お兄ちゃん、本当に何かとタイミングが悪いよね。

 

 けどそうだとしたら、この怪人の大量出現は偶然なんかじゃなくて計画的かつ組織的なものだってことだよね。

 ……一体、何が起こってるんだろう。

 

 不謹慎極まりないことにジェノスさんから連絡があったことですっかり吹っ飛んでいた不安、スイリューさんから聞いた「怪人が『怪人になれ』と言って『怪人細胞』というものを食わせ、食べた者は怪人になった」という話から懐いたものと同じ不安が過った。

 けどお兄ちゃんがあまりにいつも通りぽけーとしてるもんだから、ついつい私も緊張感とかそういうシリアスを構成するものが抜けていって、「ま、いいか」で過った不安を片付けてしまう。

 

 考えても答えが出ない、規模が大きすぎる問題は私の管轄じゃないと思考を放棄して、お兄ちゃんにジェノスさんから連絡があったことやスイリューさんたちは病院に運んで命に別状はなかったことを話していると、横からドッドッドッドとバイクをふかすような音が聞こえてきた。

 

「あ、キングさんこんにちは」

 

 なんか聞き覚えのある音だなと思って振り返ったら、キングさんがいた。キングエンジンだった。ごめん、キングさん。めっちゃ近くなのに気付いてなかった。

 けどキングさんもさすがに私と違って私が現れた事には気付いているでしょうけど、私が挨拶しても言葉を返すどころかこちらを気にもせずにまっすぐ前を見てる。

 

 傍から見たら迫力のある真顔だけど、私は既にこれは怖さと緊張のあまりに真顔になってるだけなのを知ってる。っていうか、近くでよく見たら冷や汗がだらだら流れてるのがわかるし。

 何? どうしたの? 怪人でもいるの? でも、横のお兄ちゃんは無反応だしなぁ……。

 

「どうしたんです……か………………」

 

 そんなことを思いながら小首を傾げながらキングさんと同じ方向を見て、私は言葉を失った。

 

「? エヒメ?」

 

 お兄ちゃんはキングさんに続いて私までその場で固まってしまったことを不信がって声をかけるけど、私はお兄ちゃんに何も返せなかった。

 

 キングさんの前、2mほどの距離を開けてそこに立っているのは20歳前後の男の人。

 上背こそはキングさんの方が高いけど、体のラインがはっきり出る服なのもあってものすごく鍛えていることが一目でわかる体。

 目はつり上がっているし三白眼どころか四白眼だから、どんなに好意的に見ても人相は良いとは言えない。

 

 わからなくても、思い出せなくてもきっとおかしくなかった。

 結び付けられない方が自然だった。

 けど……けれど……その眼は……私の前で棒立ちになって、今にも泣き出しそうなその眼は…………

 

 

 

『――――――ひぃちゃん……、ごめんなさい…………』

 

 

 

 それは間違いなく、あの日のあの子の眼だった。

 

 * * *

 

「……ガロウ……君?」

 

 呼びかけたというより、零れ落ちた。

 会えて嬉しかったのか、彼が私の知る「ガロウ君」でない事を望んでいたのかさえも、私にはわからない。

 けれど、私の言葉に応えるように私と向き合うその人は……、私よりも年上に見える程にもう「男の子」ではなくとても強そうな「男の人」になった彼は言った。

 

「…………ひぃちゃん」

 

 とても懐かしいその呼び方が、彼は私の知る人ではないという可能性を殺し尽くす。

 どこか期待していた可能性が殺されたにも拘らず、私は少し嬉しかった。

 私のことを覚えていてくれたこと、私だとわかってくれたことが嬉しかった。

 

 もう10年くらい経つのに。私は背が伸びたくらいだろうけど、あなたはこんなに変わったのに、私のことを覚えてくれていたんだ。

 こんなにも、お兄ちゃんみたいにムキムキに強そうになって…………って、ちょっと待って。

 

「!? ガロウ君! どうしたのその怪我!?」

「!?」

 

 彼が間違いなく私の知る「ガロウ君」であることを確信して、懐かしさと大人になった彼を見て月日の流れを感慨深く思ってたけど、それどころじゃない事に気付いて私は思わずテレポートでガロウ君の前に現れて詰め寄った。

 何で私は呑気に、「ガロウ君、すっごいムキムキ」とか思ってんの!? 傷だらけじゃない!! バカなの!? 筋肉フェチなの、私!? 筋肉よりボロボロの服と血まみれの顔とかに注目して心配してやれ!!

 

「ど、どうしたの!? 怪人に襲われたの!? 大丈夫? 痛くない? って、痛くない方がヤバいよねこの怪我!!」

「は? え? ちょっ、ひぃちゃん! だ、大丈夫だから! 俺は大丈夫だから!!」

「あぁ、ど、どうしよう……どうしよう……。な、何か止血できるもの……。あぁ、ハンカチしかない! 絶対に足りない!! す、スカートを破いて包帯代わりに……」

「絶対にダメだ!! しなくていい!!」

「え? そ、そう? じゃあ、救急車? あ、私の方が早いわ。ガロウ君! 病院まで跳ぶから掴まって!!」

「いや、捕まるって何? っていうか、ひぃちゃんさっきも今もどこからどうやって……」

「……お前ら、とにかく落ち着け」

「きゃん!!」

 

 パニくって怪我人のガロウ君に詰め寄ってもはや心配の押し売りをしてる私を見かねて、お兄ちゃんが後ろから私の頭にチョップを落とす。

 お兄ちゃんからしたらものすごく優しく頭に手を置いたくらいの力加減なんだろうけど、それでも私には結構な衝撃で思わずその場にしゃがみ込んじゃった。うぅ……痛い。

 でも、おかげでちょっと冷静になった。何してんの、私? ガロウ君、めっちゃ困惑しちゃってるじゃん。

 

 自分のテンパり具合を恥ずかしく思いながら、私は頭を押さえてしゃがみこんだまま顔を上げる。お兄ちゃんとガロウ君に謝るつもりだったんだけど……

 

「!? ひぃちゃんに何しやがるんだてめぇ!!」

 

 今度は何故かガロウ君がお兄ちゃんの胸ぐら掴んでブチ切れてた。

 何事!? なんでこうなってるの!?

 

「が、ガロウ君! 待ってどうしたの!? やめてストップ落ち着いて!!」

 

 胸ぐら掴まれてポカンとしてるお兄ちゃんが余計にイラッと来たのか、ガロウ君は殴りかかろうと拳を振りかぶるので私はその腕に飛びつくようにして宥めて止める。

 するとガロウ君がお兄ちゃんを離してくれたのは良いんだけど、ガロウ君のパニックはまだまだ全然納まってない。

 

「ひぃちゃん! 大丈夫か!? 怪我は? こぶ出来てないか?

 つーか、どうしたんだよその手と足は!? 救急車に運んでもらうべきなのは、俺じゃなくてひぃちゃんの方だろ!?」

 

 お兄ちゃんから手を離したかと思ったら、今度は私の手を握ってオロオロしながら私を心配しつつガロウ君はキレる。

 っていうか、手と足? 足は確かにこの間の勢いに任せたハイキックで骨にヒビ入って未だにギブスしてるけど、手は別に……って、あぁそういえば手袋してなかった。

 

 深海王の時に私は両手に火傷を負って、後遺症とかは全くないけど皮膚の変色とかそういう痕は残ってる。

 それをジェノスさんはもちろん、他の人たちも気にして心配される嫌だったからなるべく手袋とかをして隠してたんだけど、流石にあれからだいぶ経つので私はもちろん私の周囲の人たちや一番気にしていたジェノスさんも見慣れちゃったから、ここ最近は手袋つけるのをすっかり忘れてた。

 

 ガロウ君は私の両手を握ると言うよりまさしく壊れ物を扱うように、気を使って包むようにして、私よりだいぶ背が高いのに私を見上げるような、縋るような目をして訊く。

 

「ひぃちゃん、大丈夫なのかよこれ!?」

 

 昔よりずっと乱暴で怒っているようにしか聞こえない口調だけど、昔と全く変わらない目をしていた。

 誰かの痛みを自分の事のように思って、泣きそうになる優しい所は変わってないんだね。

 

「……大丈夫だよ」

 

 だから私も答える。昔のように。昔、ガロウ君が今と同じように、自分が怪我した時よりも私の怪我を心配してくれていた時のように。

 

 ガロウ君が包むように握っていた手の中から自分の右手を抜き取って、彼の逆立った髪に手を伸ばす。

 ほら、この手は大丈夫。痛くないよ。ちゃんと動くよ。

 優しいあなたの頭だって、撫でれるよ。

 これだけは変わらないし、変える気もないと証明する。

 

「大丈夫。この手はちょっと痕が派手に残ってるだけで完治はしてるし、足も折れてないよ。ヒビは入ってるけど経過は順調。

 心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから……安心して」

 

 言っててなんだけど私の言葉はあんまり説得力はない。現にガロウ君の眉間にしわが寄っていて、全然納得してる感じじゃない。

 けどさすがに今の自分ほどではない事くらいは理解したのか、ちょっとまだ不満そうに唇を尖らせつつ彼は無言で頷いてくれた。

 

 そのタイミングで、蚊帳の外にやっちゃってたお兄ちゃんが口を挟む。

 

「エヒメ。こいつが『ガロウ君』か?」

「あぁ?」

 

 お兄ちゃんが私にそう尋ねて、予想外のタイミングでの再会とガロウ君の大怪我で吹っ飛んでた、何で私はガロウ君に会いたがっていたのかを思い出して戸惑うけど、その戸惑いが態度とかに現れる前にガロウ君が反応。

 何故か彼は、ガラ悪く巻き舌で威嚇するような声を出してお兄ちゃんを睨み付ける。

 え? 何でガロウ君はさっきからお兄ちゃんにこんなにもケンカ腰なの?

 

 私からしたらガロウ君が何に怒って、そして警戒してるのかよくわかんなかったけど、次の言動でやっと気づいた。

 

「何なんだよ、さっきからテメェは……、いきなりひぃちゃんを殴った奴がひぃちゃんを気安く呼ぶんじゃねぇ!!」

 

 私を庇うように私の前に出てお兄ちゃんにガロウ君はそう啖呵を切った

 あ、ガロウ君。お兄ちゃんのことをただの不審者だと思ってるわ。

 

 不審者呼ばわりされたお兄ちゃんは、いつもならさすがにちょっとはショックを受けて怒って訂正入れるんだけど、今日のお兄ちゃんは怒るより気になることでもあるのかちょっとポカンとしてから突っ込む。

 

「いや、お前の方が気安いって言うかめちゃくちゃ呼び方可愛いな」

 

 お兄ちゃん、突っ込むところはそこ? いや、正直私もちょっと気にしてたけど。

 

「うっせー!! 勢いで連呼しちまってから今更、先輩とかさん付けで呼んだらそっちの方が気まずくて恥ずかしいだろ!!」

 

 そしてガロウ君も丁寧に反応しなくていいよ。っていうか、そんな理由だったんだ。

 いいんだよ、好きに呼んで! 呼び捨てでもいいんだよ!! 別にひぃちゃんのままでも、ガロウ君がいいのならいいし!!

 

「エヒメが先輩ってことは、やっぱお前が『ガロウ君』で間違いないんだな。

 何でさっきは、キングにすげぇ勢いで向かって来たんだ? 危うく蹴っ飛ばすところだったぜ」

「どれもこれもテメェには関係ねーだろ!! マジで何なんだ、てめーは!!」

 

 お兄ちゃんはガロウ君がキレまくっているのに、あまりにもマイペースに話を続けるからガロウ君は再び拳を固めて足を軽く開いて、勢いではなく体勢を整えてまでして殴り掛かろうとするから私は慌てて止めに入る。

 っていうかお兄ちゃん! 自分が何者かくらいは自分で言ってよ!!

 

「ガロウ君、違う!! 何か盛大な勘違いしてる!!

 この人、私のお兄ちゃんだから気安い呼び方してくれなきゃ私が凹むし、さっきのチョップはむしろ私がガロウ君を困らせてからこそしたことだから!!」

「………………は!? 嘘だろ!? どこも似てねぇ!!」

「ごめん本当!! 似てなくてごめん!!」

 

 ガロウ君の前に出てお兄ちゃんを庇いながらガロウ君の勘違いを正すと、ガロウ君はポカンと目を丸くしてから反射で「嘘だろ!?」と叫び、私も思わず反射で謝った。

 するとガロウ君は私の手足の怪我に気付いた時みたいにオロオロと困った様子を見せながら、数回私とお兄ちゃんを見比べる。そしてしばしの間を置いてガロウ君が発したセリフは、「……み、耳の形が似てる……かもな」だった。

 ガロウ君! 気を遣ってくれたのは嬉しいけど無理に似てる所を探さなくていいから!!

 

「……うん、とにかく君ら全員、落ち着いて」

 

 このグダグダすぎて全員が何をどうしたいのかわからない再会は、キングエンジンが納まったキングさんのとりなしで何とか仕切り直せた。けど、空気は気まずいままだった。

 何ていうか本当、最初にテンパってごめんなさい。

 

 * * *

 

「え、えっと、ガロウ君。久しぶり」

 

 とりあえずキングさんのとりなしで仕切り直して私が改めて挨拶すると、ガロウ君は私から眼を逸らして気まずげに頭を掻きながら言った。

 

「……あぁ、そうっすね」

 

 それだけで、話は終了。

 

 えっと……どうしよう……。

 お兄ちゃんやジェノスさんに「話を聴いてあげて」と頼んでおきながら、私が彼の話を聴く以前に会話を続けられない。

 

 だって実際、何をどう聞き出せと?

 ヒーロー狩りをしてる人間怪人ってガロウ君のこと? そうだとしたら、何でそんなことをしてるの? って訊けと? 訊けるかそんなこと。っていうかこれ、ガロウ君がその人間怪人と同名なだけの無関係なら失礼極まりないわ。

 

 そもそも、昔の彼の話だって私の話術で聞き出した話じゃない。

 たまたま、辛くて吐き出したい気持ちを抱え込んでたタイミングで私と出会って、私が「どうしたの?」って訊いたからガロウ君が話してくれただけ。

 だから私には、明らかにさっきまでのやり取りが恥ずかしいから気まずくなってるだけじゃない、どこかしら「拒絶」が見て取れるガロウ君から上手く知りたいことを聞きだす術なんかない。

 

 でも、このままここで別れる訳にはいかない。そんなこと出来ない。

 けど、どうしよう。本当に何も浮かばない。ガロウ君の怪我を理由に、テレポートで病院に運ぶ? そうしたら少なくとも彼と一緒にいれる時間はもう少し稼げる。

 

「なぁ」

「……なんすか?」

 

 そんな風に考えて、「病院に行こう」と提案する前にお兄ちゃんがガロウ君に話しかけ、ガロウ君は勘違いしてた時よりはマシかな? ってくらい不愛想だけど一応は応じてくれた。

 でもお兄ちゃん……、まさか「ヒーロー狩りしてるじーさんの弟子ってお前?」ってストレートすぎる質問するつもり?

 

 この人ならやる。この人はすっごく単純にめんどくさいという理由で、駆け引きとか言葉の裏の読み合いなんてできる訳がない。

 けどそんなストレートさこそがこの場合は確実に事態をややこしくさせるから私は止めるつもりだったんだけど、お兄ちゃんの問いは私の予想以上にシンプルかつ遥か斜め上だった。

 

 

 

「お前、エヒメの事が好きなのか?」

 

 

 

 何 を 言 い や が り ま す か 、 こ の 愚 兄 は !?

 

「……は?」

 

 お兄ちゃんのものすごく脈絡のない突発的な質問に、思わずガロウ君は口と目をポカっと開けてそのまま絶句。

 けど数秒後、傷口から止まっていた血が吹き出すぐらい一気に顔を真っ赤にさせてお兄ちゃんに向かって怒鳴る。

 

「! !? な、ななななな何言ってるんだてめーは!?

 そ、そんな図々しいこと思ってる訳ねーだろ!! 確かにひぃちゃんは昔っから可愛いし優しいし天使だけど、俺なんかが好きになっても迷惑なだけだろーが!!」

「いや、その答えからしてお前めっちゃエヒメが好きだよな?」

 

 うん、お兄ちゃんの言う通りだよガロウ君。すごく嬉しいけど、ものすごく恥ずかしいことをあなたは言ったよ。

 っていうか、ガロウ君の中で私はどうなってんの?

 

「ガロウ君、とにかく落ち着いて。お兄ちゃんが変なこと言って本当にごめん。あの人の言う事は基本、気にしないで」

 

 私としてもテレポートで逃げ出したいくらい色んな意味で恥ずかしいけど、またしてもガロウ君がお兄ちゃんに殴り掛かりそうだし、ガロウ君も恥ずかしさの所為で出血してるしで、とにかく彼の出血だけでも止めようとハンカチを彼の頭の傷に押し当てながら説得する。

 

 けど彼のセリフは完全に勢いだけで言ったものらしく、私の存在を忘れていたのかガロウ君は私が触れた瞬間、大きな音に驚いた猫のようなアクロバティックな動きで私から離れて、余計に真っ赤にさせてしまった。

 どうしよう。ガロウ君の私に対する過大評価が恥ずかしいけど、それよりも羞恥の所為で出血がひどくなってるガロウ君が普通に心配。このまま出血死はしなくても、貧血で倒れられたら申し訳がなさすぎる。

 

「だ、大丈夫だよ、ガロウ君!」

 

 私はそんなある意味ガロウ君に失礼すぎる心配から、警戒する猫に近づこうとするどう見ても怪しい動きで距離を詰めつつ彼のフォローを試みた。

 

「私も、ガロウ君の事が大好きだから! ほら、一緒一緒! 両思いだよガロウ君!!」

「エヒメちゃん。そのセリフどう考えても逆効果」

 

 私のセリフを、後ろからキングさんが突っ込む。その通りだよ! ガロウ君、余計に顔を赤くして血をだらだら流して固まっちゃったじゃん!!

 

 またしてもその場がグダグダになって、私は八つ当たり気味にその元凶であるお兄ちゃんを睨み付けるけど、お兄ちゃんはいつも通りの覇気のない顔をして、「……ジェノスがいなくて良かった」とか呟いててまったく気にしてない。

 相変わらずマイペースに、お兄ちゃんは言った。あの質問の意味の答えである言葉をガロウ君に告げる。

 

「なんつーか、アホな妹で悪い。で、そんなアホの心配を真っ先にしてくれて、ありがとな」

 

 お兄ちゃんの言葉に、私もガロウ君も言葉を失う。

 さっきから絶句してたけど、意味合いが変わる。

 ガロウ君からしたらお兄ちゃんの訳の分からなさが増しただけかもしれないけど、私はどうしてあんなことを唐突に訊いたのかを理解してしまった。

 

 やっぱりお兄ちゃんは、面倒くさいことを嫌ってストレートに尋ねただけ。

 ガロウ君がヒーロー狩りであるかどうかよりも、そんなことをするほど怪人に憧れる理由よりも、お兄ちゃんにとって一番知っておきたかったこと、知っておかなくちゃいけなかったからこそ、訊いてくれたんだ。

 

 私の怪我を真っ先に心配して、私に暴力を振るったと思い込んだお兄ちゃんをガロウ君は許さなかったから。ガロウ君は私のことを守ろうとしてくれていたから、お兄ちゃんはその真意を知りたかったんだ。

 お兄ちゃんは、ガロウ君が私のことを「好き」だと思ってくれているのなら、もうお兄ちゃんはそれ以上の話を聴かなくてもガロウ君を信じようと思ってくれたんだね。

 

 例え、ガロウ君が本当にヒーロー狩りをしていても、そこには何か訳がある。言葉通りの「怪人への憧れ」による身勝手な暴力ではないことを信じてくれたんだ。

 

 ……ごめんね、お兄ちゃん。脈絡がなさ過ぎたのは事実だから睨んだことは謝らないけど、迷ってた事は謝るよ。お兄ちゃんとしては、そっちの方こそ謝らなくていいと思ってるかもしれないけどね。

 でも私は、迷って怖がって訊きたいのに聞けなかった。逃げないと誓っているくせに、また逃げようとしていた私自身を許せないから。

 

 だから、そんなつもりはなくてもお兄ちゃんが背中を押してくれたのだから、もう迷わないし逃げないよ。

 

「ガロウ君、病院に行って手当てしてもらおう?」

 

 私はまだポカンとしてるガロウ君に言った。

 話を聴くための時間を作る為じゃない。弱い私が逃げ場を塞いで覚悟を決める為の時間稼ぎじゃない。

 ただ、あなたがもう痛い思いをして欲しくないから、その為だけに連れて行きたい。

 

 ……私は、あなたを傷つけずにあなたの傷を聞き出せるほど口が上手い訳じゃない。

 だから、あなたの話は絶対に全部、最後まで聞くけど何も訊かないよ。

 

 あなたが話してくれるまで、訊かないよ。

 訊かないまま、信じ続ける。

 

 あなたは私の知るガロウ君だって。

 昔から変わらない、優しい子だって。

 

 * * *

 

 私の言葉で余計にポカンとしちゃったガロウ君に申し訳なく思いつつ、私は一方的に話を続ける。

 

「さっき、いきなり私現れたでしょ? 私、テレポートが使えるようになったんだ。すごい?

 それ使って病院まで行こう? お兄ちゃん、ガロウ君を連れて行くから先に帰ってて」

「おう。つーか、キングの家に寄るわ。この前見つけたハメ技で、今度こそこいつをぶちのめす」

 

 お兄ちゃんも文句や心配はないらしく、普通に応じてキングさんに「覚悟しろよ」と言ってる。でもお兄ちゃんが発見したあのハメ技、実はハメ技って言えるようなものじゃないんだけどなぁ。リーチが長い分、攻撃と攻撃の間も長いからキングさんならたぶん余裕で……っていうか私でも反撃できるよ。

 

 まぁ、それを指摘するのは無粋すぎるから、私は曖昧な笑みを浮かべてお兄ちゃんに「いってらっしゃい」と言ってガロウ君に手を差し伸べる。

 けれど、ガロウ君は私の手を取らない。

 

 私のテレポートを信じてないとか、訳が分からなくて困惑してるからじゃなくて、私の手を払いのけるほど積極的ではないけど、明確に彼は私を拒絶してた。

 

「……ひぃちゃん、ありがと。心配してくれて」

 

 ガロウ君は私の手を取らず、笑って言った。再会して初めて、彼の笑顔を見た。

 昔の笑顔とは全く違う、何かに耐えるような笑顔で彼は昔のように優しく言う。

 

「でも、大丈夫だから気にしないでくれ。俺はほら、もうこの通り昔のひ弱ないじめられっ子じゃない。

 こんな怪我、つばでも付けりゃ治るからひぃちゃんは気にしなくていいんだ。それより、自分の心配しろよ。テレポートが使えるようになったのよくわかったけど、今日も怪人がそこらかしこで暴れ回ってたんだから、他人の事より自分を優先しろって」

 

 自分は大丈夫だと、ガロウ君は笑って言い張る。

 怪我だらけのボロボロの姿で、どう見ても痛くない訳がない姿なのに、それでも彼は自分は平気だって言い張った。

 

「ほら、俺はこの通り強くなったんだから、もうひぃちゃんが助けなくてもいいんだよ」

 

 笑って、少しおどけるように力こぶを作って見せて彼は言う。

 

「……違うよ、ガロウ君」

 

 だから、私は伝える。

 あなたにどんなに拒絶されても、これだけは伝えなくちゃいけない。知ってもらわなくちゃいけない。

 勘違いなんてさせない。

 

「ガロウ君。私があなたを心配するのも、助けたいと思うのも、あなたが弱いからじゃない。ただ単に私があなたの事が好きで、痛い目に遭って欲しくなくて、悲しい思いなんかしてほしくないから助けるの。

 

 誰かを助ける理由に、その人が弱いとか善人だとかそういうのはないとは言わないけど、一番の理由にはならないと思う。一番の理由は、その人が好きだからっていう身勝手なものだよ。

 けど、だからこそ私は例えガロウ君がどんな怪人もパンチ一撃で爆発四散できるほど強くても心配だし、……『助けて』って言われたら相手がいじめっ子だろうが怪人だろうが何であっても助けたいよ。

 ……だから、ガロウ君。私を心配してくれるのは嬉しいけど、一人で抱え込まないで。痛いのなら痛いって言って。助けて欲しい時は、『助けて』って叫んで。

 

 絶対に、助けるから。助けたいから、助けるから」

 

 私の言ってる事はただのワガママ。ガロウ君の心配を、思いやりを無駄にすることだってのはわかってる。

 それでも、ガロウ君に知ってもらいたかった。

 ガロウ君が強くなったのは、嬉しいよ。けど、そんなことを理由に一人になろうとしないで。独りで大丈夫だなんて、言わないで。

 

 大丈夫なら、そんな悲しそうに笑わないでしょ?

 

 私が勝手に助けたいだけなんだから……だから……だから…………私の事がいらないのならいい。けれど……誰かに助けを求めることそのものを拒絶しないで。

 

「………………マジで変わってねぇな。ひぃちゃんは」

 

 私の答えに、ガロウ君は呆れたように言った。

 私の頭に、少し躊躇しながら手を置いて。

 

「ありがとな、ひぃちゃん」

 

 私の手を取らないけれど、ガロウ君は私の頭をお兄ちゃんのように撫でて言う。

 

「……ずっと、会いたかった。けど、きっと会ってもわかんねーって思ってた。忘れられてるだろうし、覚えてくれてたって気付いてもらえないと思ってたから、……一目で気付いてもらえて嬉しかったよ」

 

 お兄ちゃんのような遠慮なしの雑さじゃなくて、むしろ遠慮そのもののような手つきだけど、とてもその撫で方が優しいと思えたのは同じ。

 だけど、ガロウ君は私の頭を撫でて私の横を通り過ぎる。

 

「だから……これで俺は十分なんだ。

 もう、十分すぎるくらいに俺は助けてもらったから……大丈夫なんだよ、ひぃちゃん。

 つーかさぁ、流石に少しは俺が男だってこと意識してくれよ。年上たって1歳しか変わらない女の子に助けられっぱなしって、かなり情けないだろ?」

 

 そう言って笑う顔はやっぱり何かに耐えるような悲しげなものだけど、もう私はそれ以上彼には踏み込めない。

 今はまだ、踏み込めない。

 ガロウ君は私を拒絶してるんじゃなくて、何かに怖がっているように見えるから……だから今は踏み込んじゃダメだ。

 

 だから、踏み込まないまま伝える。

 

「……うん、そうだね。ごめんね、ガロウ君。

 ……でも、お願いだから忘れないで。あなたが弱いとか強いとか、正しいとか間違ってるとかなんて関係なく、私はあなたを助けたいって思ってる事だけは……、そしてそれは私だけじゃない。あなたが『助けて』と言うだけで、何も知らなくてもただ助けたいって思って、助けようとする人はいっぱいいるから。

 だから……忘れちゃダメだよ。『助けて』って言葉だけは……絶対に」

 

 私の言葉に、ガロウ君は振り返らなかった。「わかった」とかそういう言葉は返さなかった。

 けれど、振り返らないまま彼は片手を上げてくれた。

 

 やっぱり、拒絶しきれない優しさは何も変わってない。

 マジで変わってないのはあなたの方だよ、ガロウ君。

 

「……これで、良かったんだよね?」

 

 ガロウ君が歩き去った道から目を離すことが出来ないまま、私は言う。

 答えを求めてた訳じゃないけど、後ろからキングさんの「エヒメちゃん……」と心配する声が聞こえる。

 私の頭を、遠慮なしの雑さで撫でられるのと同時に。

 

 キングさんの所に行くと言いつつ、私とガロウ君のやり取りを黙って待っていてくれたお兄ちゃんは、何も言わずに私の頭を撫で続ける。

 お兄ちゃんの優しさに私はただ甘えて、零れ落ちそうな涙をこらえて言う。

 

「……お兄ちゃん。ガロウ君、いい子だったでしょ? 私の言ってた通りでしょ?」

「……あぁ。そうだな」

「……だから、これでいいよね?」

 

 お兄ちゃんは何も答えない。答えなくていいよ。いいわけないのはわかってる。

 ガロウ君の様子からして、何か後ろ暗い事情があるのはもう間違いない。なんかキングさんにすごい勢いで向かって来てたことからして、キングさんに挑もうとしてた可能性は高い。

 ……彼が「ヒーロー狩り」の、「人間怪人」とただの同名である可能性はほとんどないことなんて、もうわかってる。

 

 そして彼がヒーロー狩りだとしたら、そこにどんな事情があったとしてもその行為は許してはいけないもの。

 話を聴かずに一方的に痛めつけて捕らえるのは酷いことだけど、このまま放っておくのは論外であることはわかってる。

 

 彼の事が好きで、だからこそ強いとか弱いとか関係なく助けたいって思うのならなおさら、このまま放っておいたらいけない。

 助ける為にも止めなくちゃいけない事はわかってる。

 

 だけど、私は踏み込めなかった。

 だってあれ以上踏み込んだから、それこそガロウ君が逃げ出すだけならまだいい。

 ……ガロウ君が壊れてしまいそうな気がしたから、踏み込めなかった。

 

「……大丈夫だ、エヒメ」

 

 答えなんかいらない。いいわけないのも、私が悪いのもわかっているのに、お兄ちゃんは言う。

 

「助けるさ。俺もあいつの事、気に入ったからな」

 

 私のヒーローは、断言してくれた。

 ヒーローだからじゃない。それが仕事や義務だからじゃない。

 

 お兄ちゃんのヒーローは趣味だから。

 趣味だから……好きだから助けると笑って言ってくれた。

 

「……ありがとう。お兄ちゃん」

 

 だから、私も笑えた。笑って、安心して言えた。

 そっか、好きになってくれたのなら……安心だね。

 

 あなたがどんなに悪いことをしても、間違っていても……絶対に助けるよ。

 好きだから、助けることを諦めないよ、ガロウ君。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 お兄ちゃんのおかげで少しは楽になったけど、それでも私の中で後悔やガロウ君は大丈夫なのかっていう心配や不安が重くのしかかっていた。

 それが綺麗さっぱり吹っ飛んだのだから、ある意味感謝すべきなのかな?

 

「はい、もしもし! ……え?」

 

 結局、ガロウ君を病院に運ばなかったことで私もキングさんの家にお邪魔しようか、それともキングさんがうちに来るかという話をしている最中にケータイが鳴った。

 ジェノスさんからかと思ってまたキングさんが引く勢いでケータイ取り出して電話に出たけど、ジェノスさんじゃなかった。っていうか、「ジェノスさん」って言わなくて本当に良かった。

 

「え? ちょっ、急に何言ってるんですか? っていうかどこにいるんですかあなたは?

 最初に会った海岸近くの森? そこにいるんですか? え? そこでもう一度電話しろ? 何なんですか、その用心深さは……。そんな警戒するくらいなら、何で飲料水を切らすんですか? お腹でも壊しました? ……あ、切られちゃった」

「? エヒメ。誰からだったんだよ」

 

 一方的に「飲み水を持ってこい」って要求をされて切られ途方に暮れる私に、私以上に訳がわかってないお兄ちゃんは怪訝な顔をして電話相手が誰だったかを尋ねる。

 私は一瞬悩んだけど、ジェノスさんがいないのをいいことに正直に答えた。ごめんね、ジェノスさん。

 

「えっと……なんかソニックさんが具合悪いみたいだから、お水持ってちょっと様子見てくる」

「……ジェノスにばれないようにしろよ」

 

 ある意味ソニックさんのことも信頼しているからか、それとも面倒くさいだけか、お兄ちゃんはそれだけ言って止めなかった。

 っていうか、ソニックさん本当に何があったの?

 何か、「……やはり火を通したのが悪かったのか?」とか呟いてたけど、火を通した方がお腹壊す食材って何? もうそれが気になってガロウ君の事が吹っ飛んじゃったよ!!

 

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