お兄ちゃんやジェノスさんを警戒したからか、何度かテキトーな場所を指定されてやっとたどり着いたのは、怪人による被害でZ市と同じくゴーストタウンになった街の廃ビル内。
そこで横になっている顔色悪いソニックさんに、訊いても答えてくれないのはわかってるけど、ついつい私は訊いてしまう。
「……ソニックさん、本当に一体何を食べたの?」
「……うるさい」
ソニックさんは体を起こして私からペットボトルを奪い取り、予想通り私の質問を無視する。
そんな「これ以上追究したら殺す」って言わんばかりの殺気を飛ばさないで欲しい。だってプライドの高いあなたが私に看病……は頼んでないけど、それでも手助けを求める程にお腹壊す食材は、普通に気になるよ。
っていうか、この人が割と残念であることは前から知ってたけど、私が思っている以上というか、私が思っていた方向性とはまた違う方向で残念だな。
この人が残念に見えるのはお兄ちゃんに関わるから、本来は暗殺者とか闇の世界の住人って言葉のイメージそのものな人なのに、理不尽すぎる強さのお兄ちゃんに振り回されている所為で、やることなすことがギャグっぽくなっちゃってると思ってたけど……この人、単品でも割と残念だ。
だってこのビルのトイレに貼ってあった、手書きであろう「食べられる野草一覧」が突っ込みどころ満載だった。
「よもぎ」と書かれた欄にはチューリップ、「クレソン」と書かれた欄にはベニテングダケっぽい茸、「ぜんまい」にはウツボカズラが描かれていて、植物名と絵柄が一致してるのはキャベツとヒトクイクサだけだった。
っていうか、キャベツは野草じゃねぇよ。ヒトクイクサについてはもう知らん。
だからある意味、お腹壊したことに関しての疑問はもうない。あれを見たら、むしろよく今まで生きて来れたなと感心したよ。
……いや待てよ? この人の認識であれらが食べられる野草なら、ソニックさんのお腹は相当頑丈なんじゃない? 忍者なんだから、幼いころから少量の毒で体を慣らしておくって訓練もしてそうだし……。あれ? マジでこの人、一体何を食べてお腹を壊したの?
「……おい、何を考えてる? 俺を見て、憐れむような納得したような不思議がるようなら意味不明な百面相をするな」
私が持ってきたスポーツドリンクを半分ほど飲み干したソニックさんが、ギロリと睨み付けながら突っ込んだので、これ以上この疑問を抱いていたら私は八つ当たりで殺されかねないから、もう忘れることにする。
うん、忘れよう。お腹壊した心当たりが「火を通した事」という、「逆だろ!!」とツッコミを入れたくて仕方がない食材のことは。
……いやごめん、無理。マジであなたは一体何を食べたの?
* * *
忘れられないしものすごく気になるけど、ソニックさんからしたら弱ってる自分を見せることが、この上なく不本意であることはわかってるので、この人の機嫌をこれ以上損ねることはしないでおく。
お腹を壊して具合が悪くても、私を殺すくらいはそれこそ片手間で済むほどの実力者であることはわかってるので、私はもう余計なことは言わずに買ってきていた飲料水を置いて、話を変えた。
「ソニックさん、料理できる所とかありますか? お粥でも作っておくので、お腹の調子がマシになったら食べて下さい」
私が持ってきていたもう一つのスーパーの袋を抱えて言うと、ソニックさんはきょとんと目を丸くしてから、不愉快そうに私を睨み付けた。
「……いらん。もう用は済んだから帰れ」
「別にあなたを憐れんで、言ってる訳じゃないですよ。ただ単に、先日は迷惑をかけすぎてまた恩を増やしたから、少しでも返したくて勝手にやりたいと思っているだけです」
この人が何を不愉快に思っているかなんてわかり切っているから、私は用意していた通り答える。
まったく、本当にプライドが高いんだから。
……そんなあなたが、例え本気で水分だけでも確保しておかないとヤバいと思ったから、背に腹は代えられずに私に頼ったのだとしても、実は結構嬉しかったんですよ?
どうせこの廃ビルなんて、使い捨ての一時的な拠点でしかないでしょうけど、それでも私に自分のアジトを教えた事。私に頼ってくれたことが、嬉しかったんですよ。
ガロウ君にどんな事情や理由があったとしても、助けたかったのに差し出した手を取ってもらえなかった、拒絶された直後だったから、なおさらにね。
あなたにとってはそんなつもりどころか、私の事情や心情なんて知ったこっちゃないでしょうけど、私にとっては自分の存在意義を肯定してもらえたように思えたんですよ。
だから、何か出来ることがあるのならさせてくださいよ。
ここまで自分の心情は語ってないけど、私にさっさと帰る気がないことを察したのか、ソニックさんは舌打ちしてからこの上なく忌々しそうに、吐き捨てるように言った。
「…………割と放任なサイタマならともかく、あのクソガキが来たら面倒だ。それとも、お前があのガキを説得でもするのか? お前より俺が大切だと」
あ、なるほど。プライドだけじゃなくて、体調悪い時にジェノスさんが私を心配して、このアジトを突き止めてやって来るのを警戒してたから、「帰れ」か。
うん、あの人が心配してくれることは嬉しいし、そもそもが私の自業自得とはいえ、確かに時々惚れてる側の私がマジで引くレベルの過保護っぷりと、あとソニックさんに対する毛嫌いっぷりを考えたら、ノーヒントでもここを突き止めてきそうだわ。
そしてソニックさん本人は絶対に認めないけど、今の体調最悪状態でジェノスさん相手は不利すぎるから、厄介ごとを引き寄せかねない私はさっさと消えて欲しいよね。
うん、納得。でも、納得したけどそれはやっぱり、私が退く理由にはならなかった。
というか、今日に関してはソニックさんの心配、杞憂なんだよね。
なので私はその杞憂の根拠を伝える。
「あ、大丈夫です。ジェノスさん、怪人との戦闘で怪我してしまって、博士さんの所で治してもらうそうですから、今日一日は動きたくても動けません」
ジェノスさんには本当に本当に申し訳ないんだけど、こんなことは本心から思いたくないんだけど、このタイミングで大破してくれて良かったよ。
あの人が心配する理由もわかるけど、私はソニックさんに割と助けられっぱなしで恩があるから、助けを求められたら助けたいし、少なくとも絶対に死んで欲しくないって何度も何度も言ってるのに、あの人がしてくれる譲歩は、「苦しむ暇なく一瞬で殺す」だからなぁ……。
ジェノスさんにもう少しでも大人げがあれば、ソニックさんに対して仲良くなれとは言わないから自分には関係ないことなら無視できる程度の大人げがあれば、ジェノスさんの怪我を「良かった」なんて思わなくて済むのに。
どうしてあの人は他の人に対しても傍若無人なところがあるとはいえ、ソニックさんに対しては特にムキになって本気で殺しにかかるんだろう?
私の答えにソニックさんはいつも通り、「学習能力がない奴だな。いっそ頭も機械してしまった方が、よほど賢くなるんじゃないか?」とジェノスさんを皮肉るけど、明らかに苛立っていた様子が薄れて余裕が見えた。
認めないんだろうけど、ジェノスさんが来ない事が確定してホッとしたんだろうね。
ある意味私もホッとしてるから気持ちはわかるんだけど、それでもあの人の侮辱は許さない。
「違います。あの人は同じ失敗を繰り返しているのではなく、前に進むことをやめないし諦めない人ですから、以前よりも強いとわかってる相手でも立ち向かって、同じような結果を出してしまうんです。
結果は同じでも立ち向かった相手が前より強い相手ならば、ジェノスさんはちゃんと学習してますし強くなってます。
今回だって元人間とはいえ伝説級らしい格闘家で、実際にA級のプロヒーロー二人と、その二人以上の実力を持つ人をまさしく一蹴した怪人相手だった上、その前に怪人を7体もほぼ間を置かずに倒してだいぶ消耗していたんですから、生き残っただけでもジェノスさんは十分凄いですよ」
ジェノスさんにソニックさんへの好意的な話題がタブーなように、ソニックさんにジェノスさんをフォローして評価する話は絶対に地雷だとわかっていたけど、私がさっさと帰らない理由以上にこれは退けない。
あの人への想いを自覚したのなら、あの人が語ってくれた「恋の定義」を否定したくないから、絶対に退かないと決めて、私は命に代えてもジェノスさんはあなたが思うほど弱くも愚かでもないと訴えた。
初めのうちは私の予想通り、この上なく不愉快不機嫌そうになってソニックさんは私を睨み付けてきたけど、途中から反応が予想外に変化する。
一瞬、眉が跳ね上がったかと思ったら、私から少し気まずそうに目を逸らした。
ほとんど勢いで私は語っていたので、言いきってからソニックさんの反応に気付いた。
だからそれがいったいどのタイミングだったのか、ソニックさんは私の言葉のどこに反応したのかはわからない。
「……怪人化した人間とは、先日のミラージュのような奴か?」
立てた片膝に頬杖をついて、私から目を逸らしたままソニックさんは訊く。
あれ? そこ? そこに反応したの?
なんかソニックさんらしくない所を気にしてるな。この人、そんなことに興味を持つ人だっけ?
それとも「またあんなのが出たのか?」って思ってるのかな? それならまだ納得かな。ミラージュみたいな動機と経緯で怪人になった奴が他にもいるとしたら、そりゃドン引きでしょうね。
「いいえ。幸いと言えるかどうかはわかりませんが、彼女のような自主的というか自業自得ではなく、怪人によって人為的に怪人に変えられたそうです。
私はよく知りませんけど、怪人細胞? っていうものを取り込んで怪人になったそうです。あと、同じように人を怪人に変えて仲間を増やそうとしているらしいです」
「そいつとサイタマは戦ったのか?」
「はい。いつも通り瞬殺でした」
私がちょっとソニックさんらしくないなと思いながら答えると、これまたソニックさんらしくない質問をされた。けど、らしくない事を疑問に思う前にほぼ反射で即答しちゃった。
するとソニックさんは、ジェノスさんによって短髪になった頭を乱暴に掻き毟りながら、「くそっ!!」と悪態をついた。
え? どうしたのソニックさん?
「……いや、そいつに適性がなかっただけだ。そうだ。俺なら、この音速のソニックならばそれこそレベル竜を超越する怪人に…………」
「は? ソニックさん、何言ってるの? お腹を壊しただけじゃなくて、熱も出てませんか? 迷走どころか本末転倒してますよ。
ちょっと本当に、横になって休んでくださいよ。薬も買って来ましょうか?」
私が困惑していたらブツブツとソニックさんが何かを呟きだし、その呟きがあまりにも彼らしくなかったので、本気で心配になってしまった。
私の言葉が耳に入るのかどうかも怪しい様子だったけど、幸いながらソニックさんは私の言葉を認識してくれた。
「……迷走? 本末転倒……だと?」
頭を掻きむしりながら項垂れていたソニックさんは、項垂れたまま血走った目をこちらに向けてきた。
あ、これ幸いじゃないわ。むしろ私、地雷踏んだわ。
……え? 何で? 地雷どこ?
「……お前は、俺が怪人になってもサイタマに勝てないと思っているのか? むしろ怪人になったら、それこそ勝てるわけがないと思っているのか?」
「いや、勝てる勝てない以前に怪人になろうって手段を選んだ時点で、お兄ちゃんどころかソニックさんは自分で自分を侮辱してるじゃないですか」
今すぐテレポートで逃げ出したいほどの殺気をぶつけられながら問われた言葉に、これまた反射で答える。
待って、ソニックさん。私には本気で、今あなたが何にブチ切れているのかわからない。
そして私の答えに、ガチギレの殺気が一気にしぼんでいった理由もさっぱりなんですけど?
「……侮辱? 俺が俺を、怪人になることで侮辱?」
項垂れていた顔が上がり、元々童顔な顔がまたさらに幼く見えるポカン顔で、私の言葉をオウム返しする。
ソニックさん、マジで熱出てません? 何でそんなにおかしな事ばかり言うんだろう?
「侮辱でしょう? そんな深夜の通販番組で紹介される痩せるサプリみたいなノリで、あなたの今までの努力を超える力が手に入るものに頼るなんて。
それにお兄ちゃんは人間の出来る範囲内の努力で今に至った人なのに、人間をやめることでお兄ちゃんを超えて何を得るんですか? それで満足できるんですか? 出来たとしても、その次はどうするんですか?
今までの自分を全否定することで得た力と結果の先で、あなたは何を目指すんですか?」
ソニックさんの疑問に答えるつもりが、逆に怒涛の質問返しになってしまった。
けど、本気で私にとって今のソニックさんの言動が訳わかんなくて疑問。何でこの人、怪人になりたがってるの?
意識が実は、熱で朦朧としているとしか思えない。
だってこの人は、絶対に認めないだろうけど相当な努力家だ。
生身でサイボーグのジェノスさん以上のスピードを出せる時点で相当だし、この体脂肪は一桁だろうけど筋肉だってスピードの為、軽量化の為にギリギリまで絞っているであろう体型を見れば、そう思える。
何より、お兄ちゃんの「マジ反復横跳び」で吹っ飛ばされた時とか、ミラージュの時とかでちょっとこのボディライン丸出しの服が破けて体の一部が見えたけど、その体は新旧を問わない傷だらけだった。
明らかにあれは全身に及んでいるし、古傷はともかくこの人の強さからして新しい傷は負けたからついたものでもないはず。
あれは自分でつけたもの。自傷なんかじゃなく、強くなるために負ったもの。
動機は何であれ、ジェノスさんと同じく前を向いて進み続けたからこそ負った努力の証だ。
それを、そこまでして得たものを、それまでの時間も労力も何もかもを否定して無価値に落とすようなものに頼ろうとするなんて、ソニックさん本気で大丈夫なの? が私の正直な感想だ。
この人がお兄ちゃんを殺したがっているのは、悪気なんて一切ないっていうか、お兄ちゃんはマジで何も悪くないけど、それでも圧倒的な強さで、ソニックさんの自信や努力を完膚なきまでに否定してしまったからなのに。
自分の今までを否定されたくないからこそ、お兄ちゃんを超えたいんでしょう?
なのに何で怪人に……、それも食べたらなれるなんてお手軽な方法を取ろうとするのかな?
本当に迷走の果ての本末転倒じゃない。
そんなことを思いながら私はソニックさんからの答えを待っていたけど、返ってきたのは答えじゃなくて質問だった。
「……お前は、俺が怪人になる訳ないと思っているのか?」
「当たり前でしょ」
* * *
うーん。本当にこのソニックさんをどうやって寝かせよう。相当ヤバいぞ、これ。
もういっそ、お兄ちゃんを連れてきて気絶させた方が早いかも。
「ミラージュのような自分の心の問題で無自覚で自然に変化した怪人ならともかく、自分から意図的に怪人にはならないでしょ?
そんな手段を取る人なら……、そんな今までの努力を否定して、これからの可能性を諦めてしまえる人なら、そもそもお兄ちゃんに勝とうなんて執着しないんじゃないですか?
痛い思いも努力するのも嫌だから怪人化なんて楽な方向に逃げようとする人が、何で何度負けてもお兄ちゃんに向かってくるんですか」
私も私で本末転倒な解決法を考えつつ、ソニックさんの当たり前すぎて何でこんなことを訊くんだろう? としか思えない質問に答えたら、ソニックさんはしばらく沈黙した後、いきなり私の前から姿が掻き消えた。
「……誰が『何度負けても』だ。俺は負けていない。一時的に退いてやっただけだ!!」
「うわっ!? 思ったより元気! でもお腹ゴロゴロいってるから安静にしててくださいよ!!」
消えたかと思ったら、私の後ろに回って首に手を回して羽交い絞めにしながらキレられた。
体勢は地べたに座っている状態でのあすなろ抱きが一番正確な体勢だけど、この人相手ではときめかない。今はじゃれてる程度だけど、これはこれ以上バカなことを言ったら首を折るぞって意味の体勢だ。
っていうか、そこ!? そこに反応するの!? 本当にもう負けず嫌いで、ジェノスさん以上に大人げない人だな!!
私がジタバタもがきながらも「ごめんなさい! 負けてません! ソニックさんは戦術的一時退却をしているだけです!!」と言い続けていたら、少しは首に回る腕の力が緩んだけど拘束は解いてくれない。
ソニックさんは私をまるでクッションかぬいぐるみのように前抱きしたまま、私が後ろを振り向けないように、自分の顔を見せないように、私の頭に顎を乗せてポツリと零した。
「……ヒトとしての生に、未練はない。……あいつに敗れた時点で、俺は死んだも同然だったのだから」
私に「負けてない」と言い張っていたくせに、ソニックさんは自分の敗北を認める発言をする。
いや、一応相手をお兄ちゃんだと言ってないから、ソニックさん的にはセーフなのかな?
もちろんこんなことを口に出したら、その時点で私の首はボッキリ折られるだろうから、黙って話を聴く。
普通に気になったから、聴きたかったってのもあるけど。
熱による世迷い言だと思うけど、何であんなことを言い出したのかが知りたかった。
「このままいくら修行を重ねても、あいつに勝てるビジョンが浮かばない。だが、何としても勝ちたかった。諦められなかった。だから……そのための手段など選んでいられなかった」
そこまで言って、ソニックさんは黙り込む。
私に話せることはそこまでなのか、それともこの言葉が全てなのか。
どっちにしろ、ソニックさんやっぱり具合が悪い所為か、なんか妙な迷走してるなぁ。
まぁ、努力が嫌だから怪人化に頼ったんじゃなくて、努力だけでは超えられない気がして追い詰められたから血迷ったのなら、まだあの怪人になりたがる発言は納得だ。
それ以外は、全然納得も理解も出来ないけど。
「自分の手で勝ちたい、相手より強いことを証明したいと思ってる時点で、どう足掻いてもヒトそのものじゃないですか。死んだも同然なのにそんなことを思って行動に移すなんて、どんだけアグレッシブな悪霊なんですか」
ソニックさんに羽交い絞めにされたまま、私はまずは正直な感想を言ってみた。
いやマジでソニックさんが死んだも同然な存在なら、サダコとかカヤコ以上に行動派すぎる悪霊じゃねぇか。
「勝てるビジョンが浮かぶ相手としか、ソニックさんは戦う気がないんですか? お兄ちゃんは、レベル狼相手でも勝てるビジョンなんて浮かばなかった時期がありますよ。それでも、貫き通したから今があるんです。
お兄ちゃんに出来たことが、ソニックさんには出来ないんですか?」
そしてわざと少し、挑発するように私は言ってみる。
一瞬、私の首に回しているソニックさんの腕に力が入るけど、私の首を折るのにも締めるのにも全然足りないので、私は気にせず言葉を続ける。
「勝てるビジョンが見えなくても、目標のお兄ちゃ……目標の人が見えてるんだから、いいじゃないですか。その人にひたすらまっすぐ向かって行けば。それにあっさり超えられたのなら、それこそ今までは何だったんだ? って拍子抜けしません?
あと、怪人になったソニックさんがその人に勝ったとしても、それで勝ったと言えるのはソニックさんではなく、怪人細胞の方ですよ。気持ち悪い肉の塊の方があなたより優れているなんて、あり得ないでしょう?
……だから、水分しっかりとって休んで落ち着いてくださいよ。私が知っている強いあなたを侮辱する程、今のあなたには余裕がなくて迷走してますよ」
ソニックさんは何も答えない。ただまた少しだけ腕の力が強くなった。
私を逃がさない為でもいつでも首を折れるようにでもなく、本当にただ抱きしめているだけだと錯覚してしまいそうな力加減。
縋るような抱擁に思えた力のまま、ソニックさんはまたしても、ポツリと零すように呟いた。
「……お前は、人間のまま俺がサイタマを超えられると信じているのか?」
あ、認めようとしなかったのに名前出した。本当にソニックさん、弱ってるなぁ。
「えぇ、もちろん。けど、ソニックさんが強くなる分、お兄ちゃんもまたさらに強くなると思ってますけど」
私は正直に、言わない方が良いとわかってる部分まで答えた。
だって前半の肯定だけじゃ、私のブラコンぶりを知ってるこの人じゃ、口先だけの言葉だと勘違いされそうなんだもん。
ソニックさんが強くなることを信じて疑わないのは本当だけど、いくら恩があってなんだかんだで信頼している人とはいえ、やっぱり私の一番はお兄ちゃんなのは間違いないから、今のお兄ちゃんを超えることは信じても、お兄ちゃんに追いつけるかどうかは別。
っていうか、これはソニックさんを信じてないんじゃなくて、私がお兄ちゃんに期待しているという話。
そのことを理解してくれていたからか、ソニックさんは私の言葉にマジギレはしなかった。
あすなろ抱きのまま後ろから両頬をつねる程度に機嫌を損ねちゃったけど。
「痛い痛い痛いですソニックさん! ブラコンの戯言だと思って見逃がしてくれてもいいじゃないですか!!」
「うるさい、黙れ。貴様は本当にそそらせておきながら、即座に萎えさせてくるな。
くそっ! 腹を壊してなければいい機会だから食ってやったのに……」
私が喚いて抵抗するけど、本当にお腹壊して調子悪いのか疑うほどに拘束は解けないし、私の頬をつねるのをやめてくれない。
っていうか、食うって何? 変なもの食べてお腹を壊したのに、何を食べたがってるのソニックさん。意外とこの人、食い意地はってる?
そんなことを思っていたら、唐突にソニックさんは私を離して、そのままトイレに向かう。
あ、また波が来たのかな?
私はもちろんソニックさんも気にしないで欲しいはずなので、唐突なソニックさんの行動を突っ込まずスルーして、勝手にお粥でも作ろうと私は台所かアウトドア用のコンロとかを探そうとしたんだけど、トイレからちょっとスルー出来ない音が聞こえて、思わずそちらに振り返った。
いや、ソニックさんの名誉の為に言うけど、下痢特有のあの音が凄かったとかじゃないよ。
どっちにしろ汚い話だけど、そういう音じゃなくて明らかに嘔吐しているような声と音が聞こえたから、心配になっただけ。
お腹を壊してるんなら嘔吐もあり得るけど、そこまで調子が悪かったの?
お粥よりも、薬を買ってきた方が良くない? けど、嘔吐してるんなら飲み薬なんて症状落ち着くまで意味ないから、しがみついても病院に連れて行くべき?
予想外の症状に私はパニックを起こしてオロオロしていたら、思ったよりも早く、そして元気そうにソニックさんはトイレから出てきて、口元を乱暴に拳で拭いながら言った。
「……ふん。元々、都合よく利用するだけで手を組む気はなかったからな。血迷ってあの、過去の栄光にしがみつく老害共に借りを作らずに済んだのは、僥倖とでも思っておくか」
「……ソニックさん、何の話ですか?」
「こっちの話だ。お前には関係ない」
なんか顔色は悪いまま、でも妙にすっきりした顔で訳の分からない事を呟くので私は尋ねるけど、ソニックさんは答えてくれず一蹴する。
ただ、私を真っ直ぐに見てこの人は、私に宣言した。
「エヒメ。俺は怪人にはならんぞ。ヒトのまま、俺は全てを超えてやる」
その答えに、私が返せたの反応はもちろん困惑。小首を傾げて、私は当たり前のことを言うしかなかった。
「……知ってますけど?」
「そうだな」
私の答えに、ソニックさんが満足げに笑った理由はわからない。
けどまぁ、体はともかく精神的な調子が戻ってくれたのなら、別にもう何でもいいや。
* * *
その後、ソニックさんは何かを振り切ったのか「さすがに腹が減った。なんか作れ」と言って甘えてくれたので、予定通り私はお粥を作る。
その最中、ソニックさんは横になりながらまたなんかブツブツ呟いてた。
「……吐き出したから完全な影響はないだろうが、多少はやはり影響があるようだな。まぁ、この程度は俺を露払いに使おうとした慰謝料だと思って、ありがたくいただいておくか。
……くくっ。体が軽い。この感覚……まだ慣れるまで時間がかかりそうだが、嵌っていた袋小路から抜け出すにはちょうどいい、目先の目標だ。
待っていろ、サイタマ! 新たなパワーを得た俺が、今度こそお前の息の根を止めてやる!!」
……ソニックさん。何言ってるかほとんどわからないし、やる気を出してくれたのは別にいいんだけど……、体が軽く感じるのはお腹壊したから痩せただけな気がする。明らかにちょっとやつれてるし。
っていうか、あなたの体格からして脂肪はもちろん筋肉も限界まで削ってるだろうから、痩せたとしたら失える体重分のものって水分だけだよね?
とりあえず水のんで本当に寝てください、音速の残念忍者。
今回はソニック視点で書くつもりが、この連載を見直してみてそういえばエヒメから見たソニックを実はほとんど描いてない事に気付いたので、エヒメ視点で書いてみました。
結果、読者にほとんど突っ込みを丸投げするスタイルの話になりました。
何だかんだでエヒメはソニックの残念な所より良い役どころなシーンを見る機会の方が多いで、ソニックに対しての信頼度と評価が高い為に起こった、ソニックにとって役得なのかそうじゃないのかよくわからない話だなこれ。