ジェノス視点です。
エヒメさんからの「話を聴いてあげて」という縋るような、願いのような頼みはもちろん叶えるつもりだった。
だが、俺は普段から自分でも狭いと自覚して呆れる心が、あの人の事になると更に狭量になる。
あの人はそういう人だと知っているのに、そういう人だからこそ惹かれたくせに、エヒメさんが「ガロウ」をひたすら気に掛けることは正直気に入らなかった。
エヒメさんの望みを叶えたいのは、ただあの人を思ってのことだけじゃない。俺が行動することで、少しでもガロウの事で頭が一杯になっているあの人の視界に入りたかったという願望は、認めたくないが多大にある。
エヒメさんや俺の命の恩人とも言える無免ライダーさんにまで俺は嫉妬をむき出しにしたのだから、「ガロウ」本人を前にしてしまえばあの人があんなにも悲しげに、自分の無力感に苛まれながらも俺に願った、俺に頼ってくれた「話を聴いてあげて」という願いは最悪の形で果たせないかもしれないという不安があった。
…………だが、俺の不安はガロウの答えによって霧散する。
「…………知らねぇよ」
「エヒメ」という人を知っているか? という俺の問いに、ガロウは答えた。
吐き捨てるように否定する。
あまりに分かりやすい、虚偽の答えだった。
俺が到着した時には既に満身創痍で、かなり好戦的だと聞いていたのに、俺を前にしても挑むどころか逃げ腰だった。
さすがにこの状態で俺が相手では勝ち目は薄いどころではないと思い、逃げる算段を立てていたと考えるのは、俺の自惚れではないだろう。
なのに、俺の話を聞いているのかどうかすら怪しかったのに、こいつは「エヒメ」という名に反応した。
俺と向き合っていながら周囲や俺の隙を探っていた眼が、俺自身を見ていなかった眼が「エヒメ」という名が出た瞬間、俺に焦点が合った。
そして……こいつは自分で「知らない」と答えておきながら、その瞬間の顔は見ていられないものだった。
今まさに刺されたような、その痛みに耐えるような苦痛に歪んでいた。
それほどまでの痛みに耐えながら、痛みを感じながらこいつは切り捨て、否定する。
「エヒメ」という人など知らないと、彼女を切り捨てた。
切り捨てたはずの自分の方こそが切り捨てられたような顔で。
……俺がこいつの話を聴こうと思ったのは、エヒメさんに頼まれたからだ。
あの人をこれ以上不安がらせたくないというだけではなく、あの人に感謝されたいという浅ましい見返りを求めている、ヒーローとしても人としても未熟で身勝手な理由で動いているのであって、決してこいつの為ではなかった。
けど……今は純粋に、エヒメさんの頼みは関係なく、俺自身の意思で「知りたい」と思えた。
ここまで……俺と同じくらい彼女を想っている事が一目でわかるくせに、それなのに彼女を「知らない」と切り捨てた理由を知りたかった。
結局、彼女のように純粋に奴を助けてやりたいとは思えない自分が嫌になる。
ただ俺には奴が、いつか俺もそうなってしまうのではないかと思わせる未来の末路に見えたから知りたかっただけだ。
やはりどちらにしても身勝手で自分のことしか考えていない、浅ましい動機だ。
それでも……、確かに知りたかったんだ。
傷つけたくないと、思ったんだ。
* * *
「………何のつもりだ?」
エヒメさんを「知らない」と言い張って俺を睨み付けていたガロウが、俺の行動を見て苛立ちと戸惑いを半々にしたような声音と顔で訊く。
まぁ、訊かれて当然だろうな。俺もあの顔を見るまで、ここまでする気はなかったのだから。
「見ての通りだ」
俺は両掌の砲門を閉じ、そしてそのまま両手を上げた降参のポーズで答えた。
いや、自分で言っておいて見ての通りではないか。俺に降参をする気はない。
「お前と戦う気は、お前に危害を加える気はない。お前の攻撃はさすがに避けて防御もするが、俺はこの通り攻撃する気はない。
……だから、どうか俺に話してほしい。お前がどうしてヒーロー狩りを行っているのか。どうして、怪人になりたがっているのかを」
降参する気はないが、敵意がないことを表すためのポーズであることを告げるが、当たり前だがガロウは信じない。むしろ、不愉快そうに顔を歪ませた。
ガロウからしたら、そう言って油断させる算段としか思えないのはわかっている。特にサイボーグである俺だと、素手で手を上げて距離を取っていても、このままガロウに攻撃を仕掛ける術なら実際にいくらでもあるのだから、俺の誠意が伝わらないのも仕方がない。
「……っは! さっすがはヒーロー、それも世間でもてはやされてるS級ヒーロー様だぜ!
殺さないでまずは説得してくれるとは、お優しいこった!!」
ガロウは俺の言動に皮肉で返す。それは予測していたが、その皮肉は俺を挑発していると言うより、自分の怒りが爆発しないように少しでも抑える為のものに思えた。
それほどまでに、発言そのものは軽いが声は苛立ちに満ちて、強い憎悪と拒絶が言葉と俺を睨み付ける眼にこもっていた。
先ほどの「知らない」という発言以上に吐き捨てる、まさに唾棄するような言葉だった。
どうやら、俺の想定以上に俺の誠意は伝わっていないようだ。
というか、「ヒーロー」全般に対してこいつは強い不信感を懐いているように見えた。
その反応は説得なんて無理だと判断するには、諦めるには十分だったかもしれない。
けど、それは出来ない。
「……優しいのは俺じゃない。お前の話を聴こうと思えたのは、俺自身の意思じゃない。
俺は優しいどころか、心も視野も狭い。自分の感情に振り回されて、少し考えればわかった簡単なことも、ただ振り上げた拳を力いっぱいに落としたいの一心でそれを見逃し、取り返しのつかない間違いを犯しかけた大馬鹿者で、本来なら身も心もS級どころかヒーローと名乗ることすらおこがましい、その程度の器と実力だ」
俺の発言は信用されないのはわかっているが、それでも俺にできる誠意の証明は、このポーズと言葉を尽くすことしかない。
だから、話を聴くためにまずは語る。俺の話を、俺がお前の話を聴きたいと思った理由を、真摯に。
「俺はただ、頼まれたからまずは確認しただけだ。お前が『ガロウ』ではなかったら、あの人が知る『ガロウ』でなければ、躊躇なく焼却していただろう。
……たとえお前にどのような事情があったとしても、それを考慮どころかそんなものがあったことすら想像せずに……一方的に『悪』だと判断して、排除していた」
あぁ、自分で言っておいて改めて俺がしていたであろうことを考えると、ガロウの気持ちがよくわかる。
怪人への憧れやヒーロー狩りの動機は想像つかないが、ヒーローに対しての不信感なら俺自身の事だけで十分に想像がついた。
……あの人を、エヒメさんを知っているのならなおさらに、俺など信じられんだろうと納得してしまう。
だが、納得して退く訳にはいかない。
「それが大きな、ヒーローとして致命傷の間違いであることをお前で理解した。お前は、エヒメさんの友人であるなし関係なく、話も聞かずに排除すべき危険人物ではない」
俺の発言に、ガロウはもう一度鼻で笑う。
「おいおいどーした、鬼サイボーグ!! お前、目玉ぶっ壊れてんじゃねーの?
危険人物じゃない? 俺が? お前にはここで伸びてるヒーロー8人が見えてねーのかよ!? それとも、自分と同じS級じゃねーとヒーローどころか人間扱いもする気ねーのか!?」
肩の傷を押さえていた手を広げ、俺に見せつけるようにして俺の発言を、自分が危険人物ではないということを否定する。
確かに8人のヒーロー、それも一般人に毛が生えた程度の下位C級ではなく、B級でも上位の実力派達を満身創痍になりつつも撃破したこいつは、普通に考えたらむしろ危険極まりない。
エヒメさんの頼みがなければ、そう思って何も言わず、訊かずに排除していた。
彼女が心配している相手だとわかっていても、彼女にこれ以上心配してほしくないという偽善でしかない自己満足の為に、こいつを焼却して存在ごとなかったことにしていたかもしれない。
けれど、俺は知った。
知ってしまった。
こいつが誰に反応して、その人を「知らない」と言うことがどれほど辛かったのか知ったから。
だから、俺は迷わずに答えた。
訊き返せた。
「何か、理由があったのだろう?」
ガロウは俺が即答で訊き返したことに、気勢がそがれたようにキョトンと目を丸くして言葉を失った。
その隙に俺は手を上げたまま、さらに言葉を続ける。
「お前がしたこと、相手がヒーローかそうでないかなど関係なく、暴力で重傷を負わせたことは許されない。それは裁かれ、償うべき罪だ。そこは擁護する気はない。エヒメさんだってそうだろう。
だが、お前は怪人のように身勝手な欲望や醜悪な自己満足の為に、人を傷つけている訳ではない事くらいは、人の心の機微に疎い俺でもわかる。
……お前はエヒメさんが信じた通り、根が善良で真面目過ぎるからこそ、道を間違えてしまっているように俺には見える」
お前の話は聞くが、お前の罪はなかったことにするわけではない事を俺が明言しても、ガロウはその点に関しては不満そうな反応は見せなかった。
が、俺が「何か理由があった」と確信した理由に対しては、あからさまに不快感をあらわにして舌を打ち、そしてエヒメさんの名を出せば駄々をこねるように、俺の言葉に被せてその名を掻き消そうとするようにして否定する。
「……だから、知らねぇって言ってんだろ! そんな奴!!」
泣き出しそうになりながらも、奴はエヒメさんを「知らない」と言い張る。
痛々しさしかないその否定が見ていられなくなり、俺は本心からそんな自傷のような否定はやめろという思いから、「下手な嘘だな」と正直な感想を口にする。
だが、上手い嘘などつけぬほど切り離せない、切り捨てることなど出来ない人を、「知らない」と言わねばならない理由があるのか、意地を張っているというより何かに怯えているように、その恐れる何かから隠すために、守るために見えるほど「知らない」を貫き通す。
「知らねぇよ!! 知る訳ねぇだろ!!
天使みたいに可愛くて、天使よりも優しくて、何かいつもいい匂いがしてそこにいれば周りの空気がキラキラ光って見えるひぃちゃんなんて知らねぇよ!!」
「滅茶苦茶知ってるだろ、お前!!」
しかし本当にガロウにとってのエヒメさんは俺と同じくらい切り離せない心の中心にいる所為か、「知らない」と言い張っているのにこいつの本音が勢いで飛び出て、ただでさえなかった説得力が今完全に消し飛んだ。ついでにシリアスな空気も。
けれど俺に、「空気を読め」と言える資格はない。
「そんな、周りの輝く空気どころか天使の羽や輪も時々見える人なんて、エヒメさん以外にいるか!!」
何故なら俺も、あまりの説得力はないが心の底から同意見なガロウの発言に釣られて、常日頃思っている事を同じく勢いだけで言い放ったからだ。
「待て! 羽は俺も見えるけど輪はダメだろ!! それじゃひぃちゃん、死んでるみたいじゃねーか!!」
「! しまったその通りだな! だが、それぐらいにあの人は天使ということだ!」
「おう、それは同意見だけど…………って、俺が言うのもなんだけど何だこの話!? 乗っかるんじゃねーよ!! 何話してんだ俺ら!?」
しかもそのまま、二言三言の数秒間とはいえ普通に意気投合してしまった。
あぁ、うん。その通りだな。俺は何を言ってるんだ。命に別状はなさそうだが、重傷を負ってるヒーローたちを放置してまで、何してるんだ俺らは。
あまりにバカらしいやり取りを互いに素で行ってしまった所為で、俺はもちろんガロウもかなり気まずそうになってしばし沈黙するが、しかし俺はある意味このやり取りをして良かったと思う。
やはりこの男は、有無を言わずに排除すべき悪ではないと確信できたから。
間違いなく、エヒメさんの見かけではなく中身に惹かれ、「天使」と称するこいつが根っからの悪であるわけなどない。
そう確信したからこそ、余計に本心から知りたくなった。
俺と同じようにあの人を見ているのなら、あの人を優しさに惹かれ、想うのならば何故、あの人が悲しむとわかり切っている「ヒーロー狩り」をする理由が真摯に知りたかった。
* * *
「……ガロウ。お前は何故、ヒーロー狩りなどをしている?
何故、そこまでして怪人になりたがるんだ?」
「…………お前よくあのやり取りの後でシリアスに戻れんな」
もう一度俺は、手を上げたままガロウの動機を尋ねると、ガロウは心の底から呆れたような、呆れが一周回って感心の域に達したような微妙な顔と声音でまずは呟く。
だが奴も、俺の改めて訊き返した問いで当初の不信感や不快感を思い出したのか、ガロウの怒気がじわじわと復活する。
「……理由? んなもん、もう何度だって言ってるつーの!!
俺が怪人だからだよ! 俺は最強の怪人になりたいから、ヒーローどもを狩って経験値稼ぎしてるんだよ!!
怪人だから、悪いことするのに理由なんかねーんだよ!!」
自分が人間であることを否定して怪人だと言い張り、怪人になりたいとガロウは叫んで答えた。
だが、ガロウ。お前は俺の認識がお門違いで俺の目は節穴だと言いたいのかもしれないがな、その答えこそが俺からしたらお門違い、お前が「怪人」ではなく「人間」の証明だ。
「怪人こそ、理由もなく暴れ、人を傷つけやしない。むしろ奴らは、自分のしている事を『悪』だと認識しない。
奴等は自分の欲望を正当化して他者の命や尊厳を、大切な何もかもを踏みにじって蹂躙するからこそ排除されるべき人類の敵だ。
怪人を『悪』と認識し、自分の罪を正当化しないお前が怪人である訳がない」
ガロウ、俺から見たらお前は主張は、行動は「怪人」として破綻している。
俺にはお前が一般的な怪人のように、自分より弱いものを甚振ることで愉悦を感じることができるようには到底思えない。
そもそもこいつがしている事はヒーロー狩りという、C級でも一定以上の強さが保証された者、強者であるべき者ばかりだ。
ヒーロー以外の被害者が協会の役員一人だけならば、それは例外中の例外だと考えた方が自然だろう。
こいつは返り討ちに遭う可能性が高い者しか狙っておらず、良くも悪くも一般人という弱くて当たり前な者など眼中にないのは確か。
初めから弱い者いじめなんてあまりに怪人らしいことを、こいつはしていない。
「…………黙れ」
俺がガロウの言い分を否定すると、奴は俺の発言に反論はせず低く唸るように命じる。
反論は出来ないからしないのか、それとも奴自身が俺の主張を否定したくないと思っているのかはわからない。
それを知る前に、奴は俺を拒絶する。
だが、お前が怪人になりたがる「本当の理由」を話してくれるのならいくらでも黙ってやるが、そうでないのなら黙りはしない。
最低でも、これだけは言わせてもらうぞ。
「そもそも、お前が人類の敵や悪人になれる訳がない」
手を上げたまま俺は断言する。もしかしたら、呆れている様子が隠せてなかったかもしれない。
それぐらい、俺からしたらあの「知らない」の発言時点で明白すぎる事実だったのだから。
「エヒメさんの事が好きな奴が、悪事など働ける訳ないだろうが」
俺がこの言葉を、こいつは根っから腐った悪人ではないという絶対の確信を得た根拠を口にした瞬間、ガロウが押さえ込んでいた感情が、怒気が爆発した。
「黙れって言ってんだろ!!」
どこからどう見ても満身創痍で、俺が現れた時は逃げることしか考えていなかったのが嘘のような勢いと気迫で、俺に殴り掛かってきた。
単純に、一直線に飛び込んで殴り掛かってきただけなので、回避はもちろん出来たが、戦意がないことを示す両手は上げ続けることが出来なかった。
怪我の度合いから油断していたのもあったが、それを抜きにしてもその体勢を維持したまま回避できる勢いではなかった。
もしも避けずにまともにくらっていたら、生身ではない俺でもただでは済まなかったことを如実に、俺が避けて地面に叩きつけられた拳によって抉られた地面の深さと広さで表している。
だが、その程の驚異的な戦力を前にしても俺に戦う気は起きない。むしろ更に霧散してゆく。
それは癇癪を起こした子供のような行動だった。そうにしか見えなかったが、図星を突かれた逆ギレには見えなかった。
俺には、自分の言い分に聞く耳を持ってもらえず、的外れな説教をされて、それを「違う」と訴えているように見えた。
ガロウは振り返り、俺を睨み付ける。
怒りで頭に血が上ったせいか傷口から止まりかけていた血が噴き出し、それがうっとうしかったからかぐしゃぐしゃと頭を掻き毟るようにして、髪に血を擦り付けて拭う。
血で髪が赤く染まり、怒りのあまりかそれとも怪我の影響か、右目のみを真っ赤に充血させて奴は叫ぶ。
「そんな人は知らねぇし、俺は誰が何と言おうと怪人なんだよ!!
俺が、俺こそが! 怪人協会なんて目じゃない、どんなヒーローも敵わない! 最強の怪人だって証明してやるよ!!」
そう叫んで、宣言して、俺の言葉を全否定して奴は俺に襲い掛かって来る。
その叫びは、その主張は、望みは嘘には思えなかった。
だけど、俺は自分の確信を捨てられない。あの確信は未だに揺るがない。
奴の宣言は、奴自身の望みでありながらガロウの本意とは違う、「そうでなければならない」という呪縛に思えた。
……また更に、奴の怪人を目指す「真の理由」を知りたくなった。
なぁ、ガロウ。一体お前に何があったんだ?
何があってお前はそんな義務を通り越して強迫観念のように、「怪人にならなくては」「悪でいなければ」と思っているんだ?
なぁ、ガロウ。
お前が怪人にならないと、エヒメさんは救われないのか?
原作と展開は変わってないのにキャラの心情とかがオリ主によって変わっているというタイプの原作沿い二次創作が好きなので、基本は展開を変えない主義です。
ですが、さすがにここで原作通りにバトられたらジェノスが屑すぎるので、ガロウVSジェノス回は大幅に変えます。
ただ、原作のジェノスがガロウを慮る理由などないのであの言動(問答無用で排除や小物扱い)は当たり前で仕方ないとはいえ、原作ジェノスと比べてうちのジェノスの言動が穏健すぎるからこそ「……これ、ある意味原作の展開やジェノスをディスってるように見えなくないか?」とちょっと不安になってしまいました。
その結果、「ちょっとジェノスの株を落としておこう」と迷走したからこそ、途中で一瞬エヒメの事でガロウと意気投合というシリアス爆散のボケシーンが生まれました。
つまりは、ジェノスのボケの為にそのきっかけの「ひぃちゃんは天使」発言したガロウは被害者。ごめん、ガロウ。