私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。



成長の証明

 怪人たちが出てきた穴の、正確な居場所や数がつかめない生体反応などいっそ無視していればよかった。

 もっと早くに、バングたちを止めるべきだった。

 

 バングなら、ガロウは決して自分が強いと驕って弱者を甚振っているのではないと理解すれば、謝罪して話を聞くと確信していた。

 俺よりもガロウと付き合いの長いバングならば、バングが謝罪すれば和解する。和解さえすれば、ガロウは怪人になりたがる動機を話すのではないかと期待した。

 

 少なくとも、自分の命を縮めるような無理な抵抗はやめると思っていた。

 

 

 

「こんなところで終わってたまるか!!」

 

 

 

 俺はバカだ。

 俺と同じくらいあの人を、エヒメさんを想っている事がわかっていたのに何で、あんな楽観的な期待をしていたんだ。

 

 こいつは切り離せない心の中心に住まう人さえも、切り捨てようとしていた。

 バングたちにリンチされていた時以上に、痛みに耐える顔で奴は「知らない」と言った。

 

 エヒメさんすら捨てようとしている奴が、それほどの覚悟をとうに決めている奴が今更、止まる訳がないんだ。

 こいつの言う通り、あの忌々しいストーカーをのうのうと逃がした無能な俺達なんかを、信頼する訳がなかった。

 

 * * *

 

「壊れた身体(からだ)で……」

「何じゃこの力は!?」

 

 俺がバングたちを止めた時点でいつ落ちてもおかしくない状態だったというのに、バングが謝罪と感謝のつもりで告げた怪人のこと……半月ほど前に起こったエヒメさんのストーカーが怪人化して、彼女を狙っていた事実はガロウにとっての大きな地雷、限界を超える起爆剤になったようだ。

 

 奴はもたれかかるようにしていた背後の大木を折り、それを両腕で抱えて振り回し、バングたちに襲い掛かる。

 

「ガロウ! わしが悪かったからもうやめてくれ!!

 それ以上やれば……オヌシ本当に死ぬぞ!!」

 

 バングが自分の非を認めて謝罪しながら、ガロウに縋るような懇願を口にするが、もはや頭に血が上っているどころではないガロウの耳には届かない。

 

 これはもう、エヒメさんにもガロウにも悪いが「攻撃しない、危害を加えない」という宣言を守っていたら、それこそガロウを見殺しにするようなものだと判断して、俺は心の中で何度もガロウとエヒメさんに謝りながら、まずはバングたちにしたようにワイヤーで拘束を試みるが、それを放つ前に気付く。

 

「バング! 上だ!!」

 

 ブースターで飛ばすはずだった腕をとっさにそちらに向け、焼却砲の砲口を開く。

 が、殺す気どころかダメージも最小限に抑えるつもりの拘束用の機能と、一撃で排除するつもりの焼却砲という、まったく別の機能を瞬間的に切り替えることは出来なかった為、俺は出遅れて間に合わなかった。

 

 上空から勢いよくこちらに下降してきたのは、成人男性ほどの大きさで、不自然なほど派手な色彩の鳥だった。

 鳥は俺やバングたちとガロウとの間に舞い降りてきたが、地面に足を付ける前に一度大きく羽ばたいた。

 

 サイボーグなので重量が3桁の俺はさすがに吹っ飛ばせなかったが、それでも前に進めない、足を踏ん張らせないと後ろに倒れ込みそうになるほどの風量をこちらにぶつけられたのだから、当然俺以外の人間はただでは済まない。

 

 バングとボンブどころか、鳥の後ろにいたはずのガロウさえも吹っ飛ばされ、鳥は俺やバングたちは無視してガロウの肩を足で掴んでそのまま飛び去ってゆく。

 くそっ! 穴からの生体反応を気にしすぎて上空はノーマークだったが、まだガロウを狙う怪人が残っていたのか!!

 

 とことん自分の警戒や行動は裏目にばかり出ることに苛立ちながら、俺は両腕をスナイパーライフルモードに変形させ、バングに命じる。

 

「バング! あの怪人は俺が撃ち落とすから、ガロウはお前が走って受け止めろ!!」

 

 かなりの無茶を言っている自覚はある。現にボンブは「おいおい……」と呆れたような声を上げているが、俺の言葉にバングは一瞬だけ間を置いてから応える。

 

「! ……あぁ。もちろんじゃ。怪人は任せるから、ガロウはわしに任せろジェノス君!!」

 

 そうだ。俺がガロウを焼却しようとしていると勘違いした時の、自分の歳を考えていないスピードが出せるのなら、出来るはずだろう。

 今度こそ、正しくちゃんと弟子を守ってやれ。

 

 もう既に鳥は俺達から大分距離を取っているが、それでも俺はバングなら間に合うと決めつけて、照準を合わせる。

 ガロウを巻き込むわけにはいかないが、半端なダメージで生かしても厄介ごとにしかならないだろうから、確実に一撃で殺せるように火力は高めつつレーザーのように火線が細くなるように砲口もギリギリまで小さく開き、チャージしたエネルギーを解き放つ。

 

「聞こえるかぁ!? ガロウは俺が連れていく!! 今、地上にいる奴は全員潰していい!!」

 

 だが、俺がライフルモードの焼却砲を放つ直前、鳥の怪人は思ったよりも流暢に人間の言葉を発して、何かに指示を飛ばす。

 その言葉を無視して俺は焼却砲を撃ち出し、バングもガロウを受け止める為に走り出すが、俺達は何もかもが甘かった、楽観視していたことをまたしても思い知らされる。

 

「後は任せたぞ!! ムカデ長老!!」

 

 地震が起こったように、世界が揺れた。

 俺に背後を確認する余裕がなかったので、これは後からボンブに訊いた話だが、背後の粗末な小屋ごと地面を割って、それは現れたらしい。

 

 黒鉄のような甲殻に覆われた体をくねらせ、それは俺達の前に現れ、バングを足止めして俺の焼却砲は自らを盾にして防いだ。

 ライフルモードだったので、見た目こそはいつもの焼却砲より劣って見えたかもしれないが、範囲を極限まで狭めてエネルギーの分散を最小限に抑えた為、威力はむしろ同じだけのエネルギーで普通に放つより高かったはず。

 

 ……なのに、俺の焼却砲はそれを貫通するどころか、傷すらつけられなかった。

 

 そのことを嘲笑うように、複数の目がこちらを見下ろす。

 そして相手にとっては少し体勢を整えた、身じろぎをした程度だろうが、その程度の動きがまた世界を揺らし、地面を割り砕いていく。

 

 俺とバングたちは、気絶しているヒーロー達が地割れに巻き込まれぬよう保護することが精一杯で、ガロウが鳥の怪人に連れ攫われるのを、ただ無力感に打ちひしがれながら眺めることしか出来なかった。

 いや、眺めることすらも出来ない。それすら巨大すぎるその体に邪魔をされて、もうガロウも鳥の怪人の姿も見えない。

 

 昨日、S市で暴れ回った災害レベル竜、大怪蟲ムカデ長老が忌々しくて仕方なかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ――――俺がもっと強ければ。

 

 もう何度も何度もしてきた後悔が、また胸と頭を占める。

 そしてその後悔のままに、勝算など皆無だというのに俺はバングの忠告を無視して、ムカデ長老に挑みかかった。

 

 わかってる。全部わかってる。自惚れてなんかいない。

 生身でありながら俺より実力者だと、癪だが認めているバングとその兄であるボンブの、二人がかりの大技、技の極致の直撃をくらっても、砕けたのは外殻だけ。

 それも脱皮という形でむしろ回復とパワーアップさせてしまった相手に、俺が一人で勝てるわけがない。時間稼ぎだって数秒も出来るかどうか怪しい相手であることくらい、嫌になるほどわかってる!!

 

『ジェノス君、一人でやると言うのか? それは賛成できん……』

『勝ち目がないとわかってて、そんなに無茶するもんじゃない、若モンには未来がある』

『ジェノス。無茶だけはするでないぞ』

 

 俺のしている事は無謀な蛮勇で、バングやボンブ、そして博士の思いを踏みにじる自己満足でしかない事はわかっている。

 

『ジェノスさん……。どうか無理しないでくださいね』

 

 そう言って昨日、見ているこちらの胸が張り裂けそうな程に心配しながらも、俺を信じて送り出してくれた彼女が、どれほど悲しむかなんてわかってる。

 もう何度も何度も俺は、一番悲しませたくない人を俺自身の弱さの所為で悲しませた!

 

 けれど……、俺を想ってくれる人がみな望むからと言って、ここで俺は何もせずただ逃げるだけでいいのか?

 本当に……それでいいのか?

 

 ……………………いいわけがない!!

 

 その一心だけで俺はムカデの巨大すぎる体に飛び乗り、ひたすら奴の顔を目がけて焼却砲を撃ち放つ。

 人間の老人じみた不気味なあの顔や目ならば、体より装甲が柔いのは確実だ。ライフルモードでも貫通どころか、穴すら穿つことが出来なかった体は無視して、ダメージが通りそうな所を俺を執拗に狙い、撃ち続ける。

 

 だが、体と比べて柔くともムカデの装甲は全身が俺の攻撃力より上回っているのか、いくら撃ち続けても何発命中させて派手な爆発を起こしても、ムカデは一向にひるみすらしない。

 

 焼却砲が、火や熱は効果が薄いのなら、俺の砲ではパワー不足だというのなら。

 効果がほとんどないと見切りをつけたなら、俺は肩と掌のブーストを起動させて、さらに上空に飛び上がる。

 

 ……俺がもっと強ければ。

 こんな奴、サイタマ先生のように一撃で倒す力があれば、ガロウをみすみす連れていかれることはなかった!

 連れていかれても、すぐさまに追って取り戻すことができた!!

 

 こいつのことだけではない。

 俺がもっと強ければ、あの穴の中の生体反応に気付いても、穴から離れても対処できるという余裕や自信が持てるほどの強さがあれば。

 バングとボンブの隙を、ガロウが落ちる直前まで見つけることができないほど弱くなければ。

 

 あの二人の攻撃の盾になれる程の頑強さがあれば、武術など何も知らなくても、あの二人の攻撃を見切って防ぐことができる程の力があれば、サイタマ先生のように強ければ初めから、バングがガロウを傷つけることなく止めることができたのに!!

 

 それが出来ていれば、少しは奴からの信頼を勝ち取れたかもしれない。

 ガロウは俺達の説得に、応じてくれたかもしれない。

 

 ……少なくとも、慕っているバングが誤解とすれ違いで大切な友人であるガロウを傷つけたという事実にあの人が、エヒメさんが傷ついて悲しむ未来などなかったはずなのに!!

 

 いつもと同じ後悔。

 けれどいつもと違って、怪人を倒せない事ではなくガロウを連れていかれた、ガロウに対して何もできず傷つけただけという後悔が、俺を突き動かす。

 

 どけ。邪魔だ。消えろ。

 あの人の願いを叶えるために、あの人が心から安心して笑ってもらう為に、ガロウを取り戻すのに怪人協会との戦いは避けては通れないのかもしれないが、貴様らなんかを相手にしている暇はないんだ!!

 

 太陽を背にしてムカデの目をくらませ、俺はそのまま飛び上がった時以上の出力で肩のブーストを起動させて一気に下降。

 俺の身長以上のムカデの顔に飛び降り、俺の体重とブーストの勢い、そして重力が相乗された両腕のブレードをムカデの両目に突き刺した。

 ムカデの瞼ですら俺の攻撃力をその装甲は上回っており、眼球も普通の生き物からは考えられぬほど頑強なものだったが、流石に俺の体重と重力、ブーストの勢いまで相乗されていれば、その装甲を貫通することができた。

 

 もちろん、それだけで終わらせるつもりはない。

 

「デュアルブレードラッシュ!!」

 

 ブーストの勢いをそのままに、俺はひたすらに俺の攻撃が唯一通用する部位であるムカデの眼球にブレードを突き刺し続ける。

 やっと有効打を少しは決めることができたが、それでも俺の無力感と焦りは消えない。

 

 こんなものは有効打とは言えない事を、本当はわかっている。ノーダメージよりはマシという慰めすら出来ない。

 こいつの人間のような顔の部分の目を潰しても、ムカデらしい顔の部分にまだいくつも目は残っている。

 森林公園外の市民が避難するまでの時間稼ぎになっているかも怪しい足掻きしか、俺は出来ていない。

 

 足掻けば足掻くほどに、自分の弱さを思い知る。心が折れそうになる。

 だが、折れる訳にはいかない。折れてたまるものか。

 

「すり潰れろ!!」

 

 意味などないに等しい足掻きに意味はあると言い聞かせてムカデの目を刺し続けていたが、ムカデは俺の左足に噛みついて拘束し、そのまま身をねじって自分の体の節目に俺ごと頭を突っ込む。言葉通り、自分の体で俺をすり潰すつもりのようだ。

 

 またすぐに博士の手が必要なほどの破損は避けたかったが、ここでサイボーグの利点を生かさなければ意味がないので、俺は噛みつかれた左足を自分でもぎ取って離脱する。

 だが、ムカデの触手じみた尾が俺を捕らえ、そして大鎌じみた顎が俺の体を上下に二分した。

 

 地上でバングの「ジェノス君!!」と俺を案じる、悲鳴のような声が聞こえる。

 しかし俺には、そこまで心配をかけていることに対する罪悪感さえも懐く余裕はなかった。

 ただひたすらに悔しかった。自分の弱さに腹が立って仕方なかった。

 

 上半身と下半身が別れ、重力のままに落下するしかない俺を真下で見上げながらニヤニヤ笑うムカデに、サイタマ先生と出会ったきっかけである蚊の怪人を思い出す。

 あの時も、俺は上下が二分されて自爆以外になす術をなくしていた。

 

 ……俺は、あの時のままなのか?

 あの時から何も変わっていないのか?

 

「そんな訳……あってたまるか!!」

 

 俺は確かに未だ先生の足元にも及んでいないかもしれないが、それだけは絶対にない。未だにあの頃から何も変わっていない訳ないと駄々をこねるように俺は叫び、コアのエネルギーを全力全開に起動させた。

 自爆する気はない。あの頃は、生き延びることなど考えてなかった。怪人に負けて無様に死ぬぐらいなら、その怪人を道連れにすることを望んで、自分の命を軽んじ続けていた。

 

 そんな俺の命はもちろん、博士の負担が大きいが俺自身はパーツを交換すれば済む破損を、怪我と認識して心配して悲しんでくれる人、そして俺の自分を軽んじる姿勢を本気で怒ってくれた人と出会えた。

 その人から、たくさんの尊いものを教えてもらった。

 抱えきれないほどに大切で、愛しいものをもらった。

 

 復讐を肯定してもらいながら、幸せになってもいいという許し。正義とヒーローの違い。強くなるために必要な、「逃げない」を貫く覚悟。

 そして、人間らしいあまりにも穏やかでありふれた日常の幸福。

 

 強くなりたいと願うのではなく、強くなると誓ったんだ。

 復讐の為ではなく、あの幸福を、日常を守るために、これからも続けてゆくために俺は強くなると誓って今まで歩み、足掻き、走り続けていたというのに、あの頃と同じように自爆しかもう手がないなんてあってたまるか!

 

 死んでたまるか!! このまま、戦力外であってたまるものか!!

 

 コアのエネルギーを肩のブーストに回して出力全開で無理やり落下していた下半身に追いつき、接着する。

 ガロウの時の腕のように自ら外したものではないから、かなり無理やりだがあのまま上半身だけよりはマシだ。

 

 そして下半身を接着しても俺は肩のブーストの勢いを止めず、むしろ残された右足のブーストも起動させてさらに勢いをつけてムカデの顔面、狙い通り人間らしい顔の方ではなくムカデの方の顔の口、歯に全身の勢いをつけた蹴りを入れる。

 

 そこは体の装甲よりは柔いかもしれないが、それでも俺の焼却砲でダメージを与えることが出来なかった部位。

 ムカデではなく人間の顔の部分を狙った方がまだ効果的だったかもしれないが、それはせいぜい時間稼ぎにしかならない。いや、下手に半端なダメージを与えて先ほど以上に暴れ回られたら、この巨体からして被害が森林公園の外にも向かってしまう。

 

 だが、ここでこの牙を砕いてぶち抜けば、まだ活路はある!

 俺でも、こいつに勝つことができるかもしれない。

 勝ってみせる。

 諦めてたまるものか!

 

「うぉおおおおおおおおおおおっっ!!!!」

 

 肩、肘、右足の脛や左足の膝、全身のブースターを片っ端から起動させて、歯に当たった状態でも俺は勢いを緩めない。

 遠目から見たらムカデが火を噴いているように見えるほど勢いをつけ続け、俺の体そのものを弾丸にしてその歯を、牙を砕く。

 

「うごっ! しまった……」

 

 蹴り砕いた勢いのまま、俺はムカデの口内に入り込んだ。

 ムカデも俺の狙いが何であるかを察したのか、奴は焦ったような声を上げる。

 

 思った通り、流石に体内は普通の生き物らしい柔さだった。

 だがこいつはある程度なら自分の体内さえも自在に動かすことが出来るのか、口内から食道当たりの位置まで入り込んだ俺を内側から自分の体で挟み込んで動きを封じ、そのまま消化液を分泌しだす。

 

「数秒で完全に溶かしてやる!!」

 

 くぐもったムカデの声に、無理やり肉の壁を押し上げてスペースを作りながら言い返す。

 

「溶けるのは、貴様の方だ」

 

 俺の狙いはこれだ。

 バンクたちでも外殻しか破壊できない程の装甲なら、破壊しても脱皮で回復してしまうのなら、内側から破壊してやる。

 

 俺は先ほどの蹴り、ジェットドライブアローの反動で服が燃え尽き、消化液によって装甲も溶かされてむき出しになったエネルギーコアから直接放つ。

 今の俺に出せる、最大威力である超螺旋焼却砲をムカデ長老の体内から放った。

 

 * * *

 

 超螺旋焼却砲を放った反動で、先ほどとは逆に俺はムカデの口から吐き出されてそのまま地面に落下する。

 蚊の怪人の再現の次は、深海王の再現。同じ結果ばかり出す自分の弱さを、改めて思い知る。

 

 だが、それでもあの頃よりはマシになったと思えた。

 そう。敵を倒せず無様に倒れ伏すしかなかった……エヒメさんに絶望させた挙句に、あんな一生痕が残る火傷を負わす結果よりはずっと……

 

「…………!」

 

 俺が無理やり体を、首を動かしてムカデの様子を窺うと、ムカデは口や体の節から俺の焼却砲による火を噴きだし続けていた。

 だが、その火の勢いは徐々に衰えてゆく。そして火の勢いに反比例して、俺を見下ろすムカデの目の光は強くなる。

 

 炎を噴き出していた体の節は、火が衰えて消えると同時にミチミチと音を立てて、焼けただれていた体が再生してゆく。

 体だけではなく、あの人間のような顔も、俺が蹴り砕いた牙さえも同じように……。

 嘘……だろ?

 

 俺の心の声に対する答えのように、再生した老人の顔が俺を見下ろして嘲笑う。

 ムカデの足が、俺の体を貫いて踏みつぶそうと高く掲げるのが見えたが、もはやボディの損傷やエネルギーの使い過ぎなど関係なく、俺に動く気力などなかった。

 

 またしても……俺では……勝てない……。

 守れない……。何も……。世界も……あの人との約束も…………。

 

「逃げるぞ!」

 

 あの頃よりマシにすらなっていない。あの時より良かったことといえば、エヒメさんがこの場にいない事しかないということを思い知り、心が折れかけていた俺をバングが抱えて走り出す。

 ムカデの消化液まみれで、コアから直接超螺旋焼却砲を放った影響の熱もまだ冷めきっていないにもかかわらず、バングは自分の肩や腕が焼けるのを一切気にせず、ボンブに他のヒーロー達を任せて森林公園を走り抜ける。

 

 おい、やめろバング。こんなところでお前がエヒメさんの再現をするな。

 余計に、自分の何も変わっていない所を思い知って情けなくなる。自分が無力であること、弱いことを思い知って泣きたくなる。

 

 そんな八つ当たりの文句を言う気力だってなかった。

 なのに、自分の弱さを思い知って無気力状態なのに、それでも俺はまだ諦めることが出来ない。

 

 俺に足りないのは何だ? あんな奴がまだ他に何匹も残っているのか?

 そんな連中を前に、俺はただ指を咥えて見ていることしか出来ないのか?

 

「バング! まずいぜ、このままじゃ森林公園を抜けちまう! 街で犠牲者が出るぞ!!

 あと……こんな人数を抱えたまま長くは走れん! 今年いくつだと思っとるんじゃ!?」

 

 俺がいくら考えても答えは出ない。答えも結果も出せないまま、事態は悪い方向に進んでゆく。

 普段はすぐに調子に乗るうっとうしいジジイだが、ただでさえS級の中でも良識的で責任感が強いバングは間違いなく、俺の言葉の所為で自分がガロウにしたことに罪悪感を懐いていた。

 その罪悪感が、この事態は全て自分の責任だと思わせて、あのような行動を取らせた。

 

 バングは抱えていた俺をそこらの木にもたれかからせて、ムカデと正面から対峙して言った。

 

「一か八か……お兄ちゃん。人生最後の全力を出すぜ」

 

 バカか、お前は。

 自分を棚上げして、まず思った。

 

 お前、自分が死んでも市民はもちろん、俺を守る気か?

 俺に、ガロウの救済を託す気か? あいつの話を聞かずに兄と二人がかりでリンチした自分よりも、俺の方がまだ信頼を得られるとでも思ったのか?

 

 ふざけるな。俺があいつを救いたがっているのは、結局はエヒメさんに頼まれたから。エヒメさんと約束したから。エヒメさんを悲しませたくないからに過ぎない。

 あいつの為なんかじゃないんだ。あいつの為になんか、何も行動していない。

 

 あいつを真に救えるのは、エヒメさんやお前のように、あいつを心から思う者だけなんだ。

 

 話を聞かない、俺以上に自分で勝手に思い込んで思いつめるガンコジジイにそう言って怒鳴りつけるつもりだった。なんなら、もはや自壊しかかっている自分の腕を投げつけても良かった。

 

「させませんよ」

 

 だが、それを実行する前に凛とした声音がバングを止める。

 

 舞い降りるように、そこに初めから存在していたかのように自然に現れた。

 現れた瞬間、それが誰かを認識した瞬間、世界が塗り替わる。

 

 絶望的な状況に変わりはないのに、モノクロだった世界が色づき、煌めいた。自分の無力さを嘆いていた絶望は吹き飛び、何としてもこの世界を守らなければと思えた。

 諦める気などなかったのに、それでも立ち上がる気力をなくしていたはずなのに、その人を前にしたら足を失っていても立ち上がれた。

 

 この深海王の再現で唯一の良かったところは彼女がいない事、彼女が危険な目に遭っていない事だったはずなのに、彼女がいれば自分はこんなにもまだ戦えたことを知った。

 

「エヒメさん!?」

 

 バングの前に現れ、バングを庇うように前に立ってムカデと対峙するエヒメさんは、俺の呼びかけに答えてはくれなかった。振り返らなかった。

 当たり前だ。そんなことをしている余裕などない。そんな事をする為に、彼女はここに来てくれたのではない事くらいわかっている。

 

「バングさん! ジェノスさんを連れて私に触れて!! そっちのおじいさんも、その人たちをしっかり抱えたまま私に触れてください!! ここまでムカデと距離が近ければ、直撃はなくても余波に巻き込まれます!!」

 

 エヒメさんがそう指示を飛ばすと同時に、森林公園の俺達の現在地から別方向で、拡声器を使った声が聞こえた。

 

「ムカデ長老~~! おい、害虫!! お目当ての“ブラスト”を連れて来たぞ!!」

 

 キングの声だった。そして奴が「連れてきた」と言っているのは俺どころかバングも姿を見たことがないS級1位「ブラスト」だと!?

 

 キングの発言から、このムカデはブラストと因縁があるようだ。おそらく、ブラストを連れて来たというのはムカデを自分に引き付ける為の嘘。

 エヒメさんがここにいるということは、キングだけではなく先生もいるということだろうから、ムカデに関してはもう何も心配しなくていいだろう。

 

 だが、エヒメさんの言う通り俺達の位置がヤバい。ムカデはキングの挑発に乗って俺達から方向転換したが、体が巨大すぎてまだ俺達はムカデと至近距離すぎる。

 キングや本当にいるかもしれないブラストがどのような攻撃手段なのかはわからないが、この巨体と再生能力を持つムカデを殺すには、それこそ先生並の一撃必殺が必要だ。

 

 そしてそんな攻撃が、ムカデ単独の被害に納まるわけがない。本当にエヒメさんの言う通り、この距離では直撃は避けても、洒落にならない余波をくらう。

 俺やバングならまだ先生の拳圧で吹っ飛ぶくらいで済むが、負傷しているヒーロー達がヤバい。

 

 そのことをバングも瞬時に理解したのだろう。いきなり現れたエヒメさんに面食らうボンブに「お兄ちゃん、エヒメ嬢の言う通りにしろ!」と指示を飛ばし、俺を抱え直して自分もエヒメさんの肩を掴む。

 だが、俺はまだろくに動かない体を無理に動かし、バングから離れようと足掻きながらエヒメさんに言った。

 

「エヒメさん! 俺は置いて行ってください!! この人数だと貴方の負担が大きすぎる!!」

 

 エヒメさんのテレポートは一度に跳ぶ距離と重量が反比例する。重ければ重い程、彼女は一度に跳べる距離が短くなって、今のように瞬時になるべく距離を取りたいのなら、かなり短い間隔で何度もテレポートを繰り返さなけれなならない。

 

 それがどれほど彼女の負担なのかは、俺には想像もつかない。

 だが、この場合は俺が一番彼女の負担である事、そして先生の攻撃の余波に巻き込まれても唯一の生体部位である脳を、頭部だけでも守れたら後は何とでもなる俺を置いていくのがベストであることくらいはわかってる。

 

 なのに……、彼女は……。

 

「ここであなたを置いていったら、何の為に来たかわかりませんよ」

 

 俺の言葉に、俺がベストだと判断した提案を「意味がない」と言い切った。

 ……エヒメさん、……自惚れてもいいですか?

 

 その言葉は、貴女が俺の為に来てくれたという意味だと思ってもいいんですか?

 

 そんな恥ずかしくなるほど自意識過剰なことは当然訊ける訳もなく、エヒメさんはブツブツ何かを呟きながら真っ直ぐに、もう俺たちなど眼中にないからこそ辺りの木をなぎ倒して地面の岩を弾き飛ばしながら身を翻す天災じみたムカデを見据える。

 その眼に恐怖はない。その横顔は、誰よりも何よりも美しかった。

 

「……何のためのテレポートだ。私はいつまで、自分だけ逃げれたらいいって思ってるんだ!!」

 

 エヒメさんは自分を奮い立たせるように、呟いていた言葉を叫びに変えると同時に一瞬の浮遊感。その浮遊感がなくなった時には、景色は変わっていた。

 俺達の目の前には、ムカデ長老がとてつもない形相と勢いでこちらに向かって来ていた。

 そして、そのムカデの老人の鼻っ柱に拳を叩きこむ背中が見えた。

 

 エヒメさんは10人を超える人数を一気に、一度に一番の安全圏まで、俺達とはほぼ反対方向の森林公園入口にいた先生の元まで連れてきてくれた。

 

 * * *

 

 改めて、先生のすさまじさを今まで以上に間近で拝見した事で、思わず言葉を失う。

 もはや自分の無力さを嘆くのも馬鹿らしくなって、いっそ清々しく思える程の一撃だった。

 バングとボンブは二人がかりの連撃でようやく全身の外殻を破壊したというのに、先生は一撃でもう再生など出来る訳がないと確信できるほど粉々にムカデ長老を吹き飛ばしたのだから、劣等感を覚える余地もなく痛快としか言いようがない。

 

「ジェノスさん……」

 

 俺がそんな風に思いながら先生の背中を眺めていたら、エヒメさんが俺を呼びかけた。

 

 エヒメさんは俺の傍らに膝をつき、かなり無理をしたのか血の気の引いた青い顔色で、両目一杯に涙を溜めて俺を見ていた。

 その涙を見たら、先生に与えられた痛快さや清々しさは消え、あの戦いの最中に苛み続けた無力感が襲い掛かって来る。

 自分が本当に、何も成長していない事を思い知った。俺は何も変わっていないのに、この人はとても強くなったことも知った。

 

 深海王の時なら、この人数を一気にここまで連れて跳ぶことなんかできなかったはずなのに、この人は「自分一人だけが逃げる為の能力」であることを嫌って、俺達を助ける為に限界を超えてくれた。

 なのに俺は……、ガロウから何も訊き出せなかった挙句、怪人に連れ攫われ、そしてこのムカデだって結局倒せなかった。時間稼ぎにはかろうじてなったが……、ダメージらしいダメージを与えることなど出来なかった。

 

 深海王の時と何も変わっていない。成長していない。あの時と同じように、俺は貴女を守るどころか悲しませてばかり…………

 

「ジェノスさん!」

「――――え?」

 

 自分の無力さに落ち込んで何も言えなくなっていた俺に、エヒメさんは泣きながら俺の胸に縋りつき、そして言った。

 

「無事で……良かった……」

 

 ……悲しませてばかりだと思った。また俺は彼女に心配をかけて、だから泣かせてしまったと思っていた。

 俺が弱い所為で泣いていると思っていた。

 けれど、彼女は……エヒメさんは…………。

 

「ジェノスさん……。おかえりなさい。……お疲れ様」

 

 しばらく俺の胸に縋りついて泣いていたエヒメさんが顔を上げ、言ってくれた。

 まだその両目から涙は溢れている。けれど、彼女は笑っていた。

 俺に心配をかけぬように強がってではなく、心から安堵している、喜んでいてくれている事がわかる笑顔で彼女は、ここまでボロボロになった俺を「無事」と言って喜んでくれた。

 

「……はい。……ただ今、戻りました」

 

 だから俺も、笑って答えられた。

 約束を……、必ず「いってきます」と言ったらどんな怪人相手でも生きて戻ってきて「ただいま」と答えるという、先生と同じ約束を果たすことができた。

 

 ……あぁ。俺はまだまだ弱くて、戦力外かもしれない。けれど、成長していない訳ではない。

 あの時とは、深海王の時とは違って、どんなに望んでも動かせなかった体が動く。

 この人の涙をこの手で拭えるのなら、俺はまだこれからも折れずに、どんな敵にも屈せずに前に進める。そう思えた。

 

「ジェノス、大丈夫か? また派手にやったな」

「先生」

 

 エヒメさんが少し落ち着いたのを見計らっていたのか、エヒメさんが泣き止んで俺から離れたタイミングで先生が俺に安否を確かめる声を掛けてくれた。

 それは十分光栄で、そしてエヒメさんのおかげで失いかけていた自信は取り戻していたが、それでも俺には一刻も早く、もっと強くなりたいという渇望があった。

 

 ムカデ長老を粉砕した先生の一撃が、その軌跡である木々が薙ぎ倒れて巨大な(わだち)のようになった地面こそが強さの象徴、俺が目指すべき場所へ至る道そのものに思えた。

 なので、サイタマ先生に唐突だろうが改めて尋ねてみた。

 

「先生、俺に足りないものは何だと思いますか?」

「え? パワーじゃね?」

「多分絶対に違う!!」

 

 先生の答えに俺が納得しかけたが、即座にエヒメさんに「違う」と否定された。

 そして先生は、「ジェノスさんが真に受けるから、テキトーに答えるな!!」とエヒメさんにその場でしばらく叱られてしまった。

 何というか……、余計なこと訊いてすみません、先生。

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