私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ガロウ視点です。


サイタマ、エヒメに土下座する未来決定

『どうしたの、ガロウ君?』

 

 小さなあの子が俺に尋ねる。

 俺は、何も答えない。答えられない。

 

『怪人だって頑張ってるのはわかるよ。怪人だって、守りたかったものがあるのもわかる。

 けど、その為に誰かを傷つける手段を取るのは間違いなんだよ』

 

 ひぃちゃんは困ったような、悲しげな顔で俺に教える。

 確かこれは……あぁ、カニ魔人の話か。

 ジャスティスマンでただ綺麗な海を取り戻したかったカニ魔人を応援してた俺に、たっちゃん達のように変なものを見る目で嘲笑いはしなかったけど、ひぃちゃんは俺の感想に同意はしてくれなかった。

 

 カニ魔人が3対1で不利だったのに善戦してた、変なタイミングでご都合主義な雷さえ落ちなければ勝てたこと、それぐらいに頑張っていたことは認めてくれた。

 カニ魔人の切実な望みをバカには絶対にしなかった。

 

 けれど、カニ魔人を「悪」だと断じた。

 

『……でも、ひぃちゃん。それだとジャスティスマンも「悪」だよ』

 

 俺の疑問に、ひぃちゃんは更に困ったように眉を下げて、答えた。

 

『そうだね』

 

 ジャスティスマンだって、ひぃちゃんにとっては正義じゃなかった。

 そのことにほんの少しだけ、ホッとしたことを覚えている。

 

『誰かを守るために誰かを傷つけるしかないって状況は、いっぱいあるからね……。

「正義」って、難しいよね』

 

 そう言って、困ったように淋しげに悲しげに笑うひぃちゃんを見ると、胸の奥が痛くなったから俺は言った。

 

「ひぃちゃん」

 

 けど、言えなかった。

 

 小さなあの子が大人になって、困ったような淋しげで悲しげな顔で俺を見ている。俺と向き合っている。

 血にまみれた俺を。

 自分の血なのか、あの偽物どもの血なのかわからないぐらいに汚れた俺なのに、それでもあの人は火傷の痕が痛々しい手を伸ばして俺に触れる。

 

 俺に触れてくれるのに、ひぃちゃんは俺を突き放す。

 

『ごめんね、ガロウ君』

 

 やめてくれ……。謝らないでくれ……。

 ひぃちゃんは何も悪くない! 君が悪い訳がない!!

 悪いのは何もかもが中途半端だったくせに身の程知らずだった俺だ!!

 

『助けられなくて……ごめん』

 

 違う……。

 違う番う違う!!

 ひぃちゃんは間違いなく俺を助けてくれた!! 俺は救われたんだ!

 ひぃちゃんが正しいんだ!! ひぃちゃんは間違ってなんかない!!

 

 だからどうか……言わないでくれ。

 

 俺の願いは、怪人である俺が切り捨てるべきなのに捨てられない人は叶えてくれなかった。

 

 あの日のあの子……墨汁まみれで濡れ鼠になりながらも、泣くのをやめて俺に笑いかけたあの笑顔で……、自分を責めるくせに俺に何も渡してくれなかった笑顔であの人は言う。

 

 

 

『ヒーローなんかじゃなくて、ごめんね』

 

 

 

「違う!!」

 

 叫ぶと同時に跳び起きた。

 ……ここはどこだ? 俺は生き延びたのか? 記憶が曖昧だな。

 

 初めは結局鬼サイボーグやジジイにやられて、ムショにぶち込まれたのかと思った。そこはそういうイメージにぴったりの檻の中だったからな。

 が、辺りを見渡すと小さなテーブルの上に手紙が一枚置いてあり、それを読めば大体事情と状況は把握できた。

 

 クソッ! 結局俺は怪人協会なんかに連れ攫われたのかよ。

 助かったとは思えねぇ。むしろ邪魔をされたとしか思えないから、恩着せがましい手紙を丸めて捨てて、さっさとここからおさらばしよう。

 服はありがたくもらうけどな。さすがにパンイチで出歩く、変態怪人として名を遺す気はない。

 

 鉄格子の扉を、蹴りで吹っ飛ばして外に出る。だが、外に出たところで俺にはどこをどう進んだらいいのかわからん。

 っていうか、頭が上手く回らねぇ。未だに体中がすげぇ痛い。手足は重い、頭痛もする。喉も乾いてるし、腹も減った。

 ジジイと鬼サイボーグはどうなった? あのムカデ相手に………………どうでもいいか……。

 淀んだ空気に血の匂いが混じってるな。吐きそうだ。それに静かすぎて耳鳴りがしてくる……。地下深くか?

 

 取り留めないことを考えながらテキトーに歩いていたら、声が聞こえた。

 切羽詰まって泣き叫びながら命乞いをする声だ。その声の方向に意識を向ければ、やけに人……というか生き物の気配がするので、ひとまず身を隠しながらそちらに向かって様子を窺う。

 

「見逃してくれぇ! 俺達が悪かったぁ! もう二度と歯向かうようなことはしねぇよ!!」

 

 広間の中心で7人の男女が泣きながら取り囲む怪人たちに命乞いをしてる。

 全員バトルスーツを着てるが話してる内容からして、プロヒーローじゃなくて外部の傭兵部隊みたいだな。何つー無謀なことを……。

 

 そんな風に呆れて眺めていたら、声が聞こえた。

 

(隠れててもいいから、もうちょっと待っててね。ガロウ君)

 

 その声は頭に直接届く。テレパシーか。

 ということは、あの一つ目玉のずんぐりむっくりは超能力者か。……なんか、無性に気に入らねぇ。あれとひぃちゃんがかなり大雑把なくくりとはいえ、同じ存在(もの)に分類されるのが嫌だ。

 

 どうでもいいことを考えて身の程知らずな傭兵どもの末路を眺めていたら、G5とかいうロボットの口添えでどうにかそいつらは怪人の手駒ではあるが、生き延びることができたようだ。

 ……まぁ、それもどうでもいい。

 

「ふーーーー……、ふっふっふ……。

 まーだ……人間の匂いがするね。とっくに気付いているんだよ……」

 

 とりあえず傭兵たちの処遇が決まったところで、見た目こそは人間に近いが、だいぶぶっ飛んでる奴が俺の方向に振り返る。

 

「出てこぉい」

 

 命令をきく義務も義理もないが、このまま無視するのもこいつらを恐れて逃げたみたいで癪だから、お望み通り出てきてやる。

 

「やぁ、ガロウ君。早いお目覚めだね」

 

 さっきから指示を出して、怪人どもを抑えきれてはいないが統率してたから、この目玉が怪人協会とやらの頭かと思っていた。

 が、広間に入って気付く。出入り口から窺っているだけじゃわからなかった。でかすぎて逆に見えなかった。入っても、やっぱりでかすぎるのとピクリとも身じろぎもしないから、生き物だと気付くまで少し時間がかかった。

 

 なんだ、奥にいるあのデケェのは……?

 

「静かに。今から彼と大事な話をする」

 

 俺に疑問にもちろん周りの怪人どもは答えず、口々に勝手なこと言って喚いて騒ぐのを目玉が制して、これまた勝手に話を進める。

 

「俺に……どうしてほしいんだ?」

 

 勝手に物事が進むのは気に入らねぇから、あえて俺は話をさっさと進める。

 こいつらの都合なんかどうでもいい。協力する気はない。ただ、何も知らないまま利用されるのは嫌だからこそ、何を望んでいるのかは知りたかった。

 

 目玉の要求は端的に言えば、鳥の怪人が言ってたように俺の勧誘。

 馬鹿馬鹿しい。何度も断っただろうがそれは。

 なのに、目玉は上から目線で俺が望んで、喜んで入ると思っているように、俺に「条件」を付けた。

 

「我々には君が本当に『怪人』なのかまだ判断できない。君が本物の怪人であることを証明してみせてくれ」

 

 クソくだらねぇ疑念の為につけられた条件を、「ツノでも生やせってか」と皮肉れば、後ろの置物のようなデカブツが「条件」とやらをやけに重々しく、もったいぶって告げる。

 

「――――1日やる。

 誰でもいい。ヒーローの首を持ってこい」

 

 オロチとやらの言葉に、虫の怪人が「そりゃわかりやすい。躊躇いなくヒーロー殺せりゃ、立派な怪人だ」と同意した。

 

 

 ……その言葉にかすかな反意を覚えたが、その反意は具体的な言葉にならなかったので、ひとまず俺はとっくの昔に条件を満たしてることを告げる。

 

「………………ヒーローの命なら、午前中の戦いで……」

 

 だが、俺の言葉は俺を邪魔してここに連れてきた鳥ヤローに遮られる。

 

「残念な知らせだが、シルバーファングたちは生き残っているぞ! ムカデ長老は倒された!!」

 

 思わず、目をかっ開いて鳥怪人を凝視する。

 ……生き残った? あのまさしく災害としか言いようのないムカデ相手に、ジジイどもと鬼サイボーグだけならまだしも、俺がボコった8人も?

 

 鳥怪人の言葉が信じられず、鳥怪人の方を見ていたのに、俺の目に鳥怪人は映らない。

 俺に見えるのは、手品のように魔法のように軽やかに降り立って現れ、そして笑うあの人だけ。

 

『ガロウ君。来たよ』

 

 俺の、言ってもいない「助けて」に応えるようにその幻影は笑っていた。

 夢で見た悲しげな笑顔じゃなくて、嬉しそうで誇らしげな、誰よりも何よりも綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

《ヒーロー協会の体たらくを見ればわかるとおり、人類側に勝ち目はありません。全面降伏すべきです》

 

「怪人様に迎合せよ」だの「全面降伏」だのと書かれた旗やプラカードを掲げて、拡声器で自分達だけ助かろうと浅知恵を絞ったくだらない主張が、聞きたくもないのに耳に届く。

 

《怪人様の味方に付くというものは我々と共に行きましょう!

 常識や倫理観が塗り変わっていく世界で生き抜くのです!!》

「うるせぇぞーー!! 怪人の味方になるくらいなら死んだ方がマシだっつーの!」

 

 俺でも同意も共感も出来ない主張に対して、癪だがほとんど俺と同意見を叫び返した男に、拡声器でアホなことをがなり立てていた男が、プラカードを掲げていた取り巻きに指示を出す。

 

《丁度いい! ならばあなたを生贄の第一候補にしましょう!! 捕まえろ!!》

 

 ……胸糞が悪い。

 ただ単に自分が助かりたくて、他の誰かに嫌なもんを全て押し付けたいだけのくせに、表面上は「人間の種の保存の為」と言い張る屑どもが、ただでさえイラついていた俺を更にイラつかせた。

 

 お前ら、その主張が本音なら犠牲になるべきなのは、生贄になるべきなのは怪人を迎合しない奴等じゃなくて、迎合してるお前らであるべきことをわかってるのか?

 わかってないよな。お前らはただ自分が助かりたい、その為なら何も悪くない赤の他人を平気で差し出せるくせに、それがどれだけ外道な行為かを理解しているから、そんなことを出来る自分がクソであることを認めたくないから、上っ面だけ「人間の為」って言ってるだけだもんな。

 

 お前らは人間の味方でも、怪人の味方でもない。自分だけが可愛い、ただのコウモリだろうが。

 

 そんな風に思ったのと、あとはたまたま俺が初めに文句をつけた男と向かってきた馬鹿どもの直線上にいて、避ける方がむしろ面倒くさかったから、デコピンでそいつらをぶっ飛ばしておいた。

 

「生贄制度で自分達だけ助かろうなんて、怪人を舐めすぎだぞ、テメェら」

 

 色々言いたいことがあったが、けれど上手く言葉にできなかったし、下手でも伝えようって気にもなれなかったから、とりあえず俺はそれだけ言ってそのままテキトーに歩を進める。

 

 それにしても、怪人協会の影響で人間社会がこうも簡単に揺さぶられるとは、拍子抜けだな。

 既にこんな状況だと、俺という最強の怪人だ大々的に出現した時のインパクトが薄れちまわないか不安になってきたぜ……。

 

 俺の不安を肯定するように、どっかのビルについたTVでニュースキャスターが、各地で自棄を起こした馬鹿どもの馬鹿なやらかしを告げ、えらそーなおっさんが大げさに嘆く。

 

《けしからん輩もいるものですな。怪人が暴れているからといって、相対的にヒトの罪が軽くなる訳ではありませんよ》

 

 こういうおっさんの主張は大体、癇に障って納得できた試しがなかったが、これだけは心から同意できた。

 その通りだ。

 怪人協会が中途半端なことをしやがるから、威勢だけのクソどもを増長させる……。

 

『いい気味だ』

 

 ……あいつらと……たっちゃんと同じように。

 俺が弱いくせに身の程知らずの半端者だったから……、だからあいつらは痛い目に遭っても反省なんかせず、むしろ意地になって増長したんだ。

 いっそのこと、俺は弱いままでいた方が良かったんだ。

 

 そうすれば……あの人は――――

 

 …………やめろ。もう思い出すな。

 もう俺はあの人の「ガロウ君」じゃないんだ。殺せなかったが、殺す気だったんだ。ひぃちゃんと親しい関係であろうあいつを、鬼サイボーグもバングのジジイも殺す気だったんだ。

 

 あの人の大切な人を、あいつらよりも外道で卑劣で最悪な手段で奪って壊して踏みにじる気だったんだ。

 そして今も、そのつもりなんだ。

 怪人協会(あいつら)なんかどうでもいい、怪人協会に幹部として入りたい訳でもないが、俺が怪人になる為、俺が「怪人」だという証明に必要なことなんだ。

 

 ヒーローを殺すことが、怪人の証明になるとは思っちゃいねぇ。

 けれど、あの人が大切に思う奴等を……鬼サイボーグやバングのジジイをこの手で殺せば……、あの人を悲しませれば、俺は誰が何と言おうと間違いなく怪人だ。

 

 もう決めたんだ。だから迷うな。躊躇うな。

 俺は怪人なんだ。だから、知らない。好きなんかじゃない。

 あの人の事なんか。あの子のことなんて――――

 

「うわぁー! 喧嘩だ! 止めろ!」

 

 考えるなと言い聞かせているからこそ考えてしまうのは、血は足りないわ腹は減ってるわでイライラしているから。

 だから俺は、テキトーに目についたファミレスに入ろうとしたら、その出入り口でジジイの胸ぐらを酔っ払いのオッサンが掴んで暴れてた。

 通行人がそのおっさんを何とかなだめようとするが、おっさんは酒臭い息と唾を飛ばしてがなり立てる。

 

「どうせ俺達はみんな怪人に殺されちまうんだ! 我慢なんかしてられっか!」

 

 おっさんが自棄を起こして、ジジイや通行人をどうこうしようが俺には関係ない、どうでもいいことだが、俺は腹が減ってるんだよ。なんでわざわざここでやる?

 

「おい。店の出入り口で邪魔なんだよ。消えろ」

 

 ムカつきつつも俺にしては相当穏便にまずは口で言ってやったのに、おっさんはさっき喚いた言葉通り我慢する気がないからか、折り畳みのナイフを取り出して俺に突き付ける。

 俺はそのっ切っ先を折って、そのままおっさんの目玉に突き付ける。

 

「消えろ」

 

 我慢なんかしてられない?

 なら、他人の我慢も期待してんじゃねぇよ。

 

 ……どいつもこいつも半端で、自分の都合がいいように物事が進むと信じて疑わない馬鹿どもばかりで胸糞悪い。

 そしてこんな奴等と俺がそう変わらないという事実が、更に俺を苛立たせる。

 

 違う。違うんだ。

 俺はあの酔っ払いやくだらない主張をしてたカスどもはもちろん、半端に脅すだけでバカに自棄を起こさせても、人間そのものに絶望を叩きつけることは出来ていない怪人協会の奴等とも違う。

 

 俺は奴等とは違う。

 こんなクソどもも黙らせる、真の恐怖を作り出す。

 

 ――――だが、今は腹が減りすぎた……。

 

 * * *

 

 ファミレスで肉メニューを全制覇して、そのまま食い逃げしたのはいいが、さすがにマラソンはきつかった。

 腹を満たしたことでだいぶマシになったが、やっぱり本調子には程遠い。これじゃ、まだ鬼サイボーグに戦う気がないとしても勝てないな……。

 

 だとしたら……どうするか。傷が癒えるまでどこかで大人しくしとくべきだろうが、その大人しくできる場所なんか、癪だが怪人協会しか思い浮かばねぇ。

 だが、肝心の怪人協会も「先に条件を満たせ。そうしたら保護してやる」と言っている。

 

 ……まぁ、今のバッドコンデションな俺でも、C級どころかB級下位くらいなら余裕だ。テキトーにそいつらを狩ってひとまず、追っ手の心配がない休める場所を確保するのが、合理的なんだろうな。

 けど……それは気に食わない。

 

 元々、あいつらの仲間になる気はねぇ。指図を聞いてやる気もねぇ。

 ヒーローを狩るのは全部俺自身の為であって、怪人協会(あいつら)の為なんかじゃねぇ。

 

 そもそも、ヒーローを殺せば怪人として認められるって、どういう理屈だ?

 条件出された時から納得してなかったけど、改めて考えれば考える程に訳が分かんねぇよ。それは怪人じゃなくて、ただのヒーロー殺しだろ。

 怪人って言うのはもっとこう……その現場に居合わせないような連中も、恐怖に陥れるような存在つうか、なんつーか……。

 

 そうだ。だから俺は、テキトーな雑魚ヒーローを狩る訳にはいかない。

 雑魚ヒーローを殺しても、そいつが弱かったからで終わる。俺を恐怖する理由にはならない。

 俺が狩るべきなのは、殺すべきなのは、ジジイか鬼サイボーグだ。

 

 そいつらを狩れば、殺せば……少なくともあの人は…………

 

『だ、大丈夫だよ、ガロウ君!

 私も、ガロウ君の事が大好きだから! ほら、一緒一緒! 両思いだよ、ガロウ君!!』

 

 あの人が「大好き」だと言ってくれた「ガロウ君」はいなくなる。

 あの人にとっての怪人に、俺はなれるんだ。

 だから、絶対に俺はあいつらを――――

 

「痛い! 痛いよ!!」

 

 声が聞こえた。

 聞き覚えのある声が聞こえたから、特に意味のない反射で俺はその声がした方向に目を向ける。

 

 高台になっている道路から見下ろせる公園に、ガキどもがいた。

 パッと見ただけなら鬼ごっこかなんかで遊んでいるように見えるが、さらによく見て何を言っているのかを注意したら、それは「遊び」でないことが一目で知れる。

 

「おい、タレオ。お前どうして無事だったんだよ?」

「お前も怪人なんじゃねーの?」

「やーい、怪人ブサイク!」

「痛い痛い痛い痛い!!」

 

 ニヤニヤ嗤いながら3人が1人のガキに石を投げつけたり、顔をつねってひっぱたりしている。

 言っている事もやっていることも、絶対に遊びじゃない。

「遊び」で片づけていい光景じゃない。

 

「――――――やめろっ!!」

 

 深呼吸で吸った息をそのまま声量にした声で俺が言えば、ガキどもはビビってそのまま一目散に逃げ出した。

 いじめられてたガキだけが、腰が抜けたのかそれとも甚振れたせいで体が痛くて逃げ出すことも出来ないのか、その場に膝をついている。

 そんなガキに、俺は歩み寄って声を掛ける。

 

「何てヒデェ面で泣いてるんだ。こりゃ、いじめられるわ。可哀相に」

 

 なんでわざわざ近づいて話しかけたのかは、わからない。

 そもそも、「やめろ」と叫んだ理由すら俺には、自分の事なのにわからない。

 叫んだのも、話しかけたのも、俺にとっては反射みたいなものだったとしか言いようがない。

 本当に可哀相だと思ってる訳でもねぇ。こんなの、嫌味だ。

 

 それなのに、このガキはただでさえブサイクな顔を涙と鼻水にまみれて更にブサイクにしつつも、顔を上げて俺を見て、俺が誰だか理解した瞬間に目を輝かせた。

 昼間、あの小屋で俺と会った時の様に。

 

「おじさん!?」

「おじさんじゃねー!! 俺はまだ18だぞ!」

 

 何度言っても俺をおじさん呼ばわりするガキに素でキレて言い返すと、ガキはまた怯えてぐずりだす。

 それが鬱陶しかったから、俺はもう関わりたくなくてそのまま背を向けた。

 

「さっさと帰れ。もう日が暮れる。また怪人が出るかもしれねぇぞ」

 

 その言葉だって、特に意味のない反射。自分が何を言っているのかもよくわかってなかった。

 言った端から内容を忘れるような言葉だった。

 

 ……自分で言った言葉はすぐに忘れたくせに、ガキが鼻水啜りながら言った言葉は嫌になるほど耳に残った。

 

「…………おじさん……ごめん。……お昼は逃げちゃって…………」

 

 泣きじゃくりながら、ガキは言う。何度言っても、俺が18歳だってことが信じられないのかおじさんと呼ぶ、ビビりなのか神経図太いのかよくわかんねぇガキは、そのまま言葉を続けた。

 

「僕……ちゃんと見てたのに……。ヒーロー達がおじさんを退治しようとしてたけど、やっぱりあれは間違いだったんだよね……。

 だっておじさんはあの時……、銃弾から僕を守ってくれたんだから!」

 

 俺にビビって泣いて逃げたガキが、俺に怒鳴られて泣き出すようなガキが、今度は逃げずに零れる涙を必死にこらえて鼻水を啜りながら、俺に近づいて言う。

 

「今だってそうだ。助けてくれた……」

 

 俺に、手を伸ばす。

 俺に縋るように、まだ半泣きだがそれでも笑ってガキは俺に向かって言う。

 無邪気に、信じて疑わない目で。

 

「きっとおじさんは正義の味方で――――」

「やめろ」

 

 その伸ばして手をすり抜けて、俺はガキの口を手を押さえてそれ以上癇に障る言葉が出ないようにする。

 ガキと向き直って見下ろし、睨み付けて、明確に怖がらせるつもりで低い声で言い捨てる。

 

「鳥肌立ったぞ」

 

 あまりにもバカらしくて気持ち悪いガキの勘違い発言に、鳥肌どころか蕁麻疹が出る。

 何が「助けてくれた」だ。何が「正義の味方」だ。

 

 俺は何も、正しいことなんかしていない。する余地がなかったなんてただの言い訳だ。

 俺は正義じゃない。ヒーローじゃない。

 だから、そんな目で見るな。俺に期待するな。俺に手を伸ばすな!!

 

「おい、食い逃げ犯!!」

 

 ぐつぐつ煮えたぎるような苛立ちのままに叫びそうになったところで、後ろから叫ばれた。

 最初は俺のことだとわからなかったが、あぁ、確かにしたわ、食い逃げ。

 自分がしたことを思い出したら、ノルマ義務があるC級あたりのヒーローが追ってきたのだろうと思って面倒くさかったが、そのヒーローの言動は俺の予想に反してというか、訳わかんねぇ方向で裏切った。

 

「この野郎! 食い逃げなんて……!! 全くいいタイミングでやりやがってこの野郎!

 今回だけ許す!!

 それじゃあ、一応注意したということで……」

「待ておい、なんだゃそりゃ!?」

 

 お前、何しに来た!?

 何か最初から言ってる意味がおかしいが、追ってきたのに見逃すのかよ!? せめて食い逃げした理由を訊いてから、その理由次第で見逃せよ!!

 

「俺を退治しに来たんじゃないのか? 怖気づいたか? ヒーローネームは何だ!?」

 

 マジで訳わかんねぇこと言うだけ言って帰ろうとするハゲヒーローに突っ込み返せば、そいつは足こそは止めたが振り返らず、ボソボソっとよく聞こえない呟きを零す。

 マジで何だよ、こいつ…………ん? よく見りゃこいつ……何か、見覚えがあるな。

 

 産毛どころか毛穴さえ見当たらない毛根死滅の頭に、黄色いコスチューム……そんであの耳の形は…………って、こいつ! ひぃちゃんの兄貴じゃねーか!!

 昨日からわかってたけど、マジで訳わかんねぇことしか言わねぇなこいつ!!

 

 けど、ひぃちゃんの兄貴ってことは、こいつは俺が「ガロウ君」だから食い逃げを見逃すってことか?

 妹の後輩だから、友達だから、情けを掛けてるってことか?

 

「おじさん……食い逃げしちゃったの? 見逃してくれそうだし、絡まない方がいいよ」

 

 俺がこのハゲに見逃される理由を察したと同時に、ガキが服の裾を引いて言った言葉に、頭の奥で何かがぶちッと切れた。

 

 ふざけんな。

 怪人協会どころか、雑魚ヒーローやクソガキにまで情けを掛けられたらいよいよ終わりだ。

 鬼サイボーグやバングのジジイが生き延びたって話を聞いて、内心ホッとした自分に腹が立つぜ。怪人の定義はともかく、俺に決定的な覚悟が足りてねぇのは確かなようだ。

 

 雑魚には興味なかったが、こいつがひぃちゃんの兄貴なら話は別だ。

 こいつなら、鬼サイボーグやジジイと同じかそれ以上に、あの人が悲しみ、傷つく。

 俺があの人の事なんて好きじゃない証明になる。

 

 俺は背中のガキを振り払って、隙だらけの禿げに距離を詰める。

 舐めんじゃねぇ……。俺は怪人だ……!

 

「おい! 今からテメェを……」

 

 ハゲの肩を掴み、そのまま振りかぶった拳を振り下ろし……

 

 

 

「……すまん。俺も共犯だから、これ以上絡むのは勘弁して」

「おぐぅおっはああああああーーーーっ!!」

 

 

 




サイタマがガロウに気付けなかった理由を本編で明記するタイミングは、基本が一人称という形式上誰視点でも覚醒ガロウ戦の後半あたりになるのでここで先に一応説明しておくと、普通に財布無くして焦ってたから余裕がなかったのと、ガロウの髪の色が変わっていたからです。
ただでさえ人の顔と名前を全然覚えない人だから、髪の色が変わったらもうサイタマさんにはわからないと信じて疑いません。

もちろん、それは気付かず殴ってしまって仕方がないとエヒメが納得する理由になる訳ないので、サイタマさん、今から土下座の準備しとけ。

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