負ける要素がなかったのは事実。
あるとしたら、それは武器などを使わない生身のソニックでは威力不足で、どうしても長丁場な戦いになることからのスタミナ切れ。
深海王との戦いで、彼が案ずるべきはそこだけだった。
雨が、降るまでは。
元々は水の中の生物なのだから、それは当然と考えておくべきだったこと。
深海王が、陸上に上がっていることで弱体化していたという可能性を。
雨が、水が、彼を本来の姿に変えてゆく。
本来の力を、取り戻す。
「あなたの攻撃、まるで痛くない」
部下に比べたらまだ人間に近かった顔立ちが、完全に魚のものへと変貌した貌が嗤う。
(速い)
ソニックのスピードに追い付く速さ。
(でかい)
ソニックの何倍もある身の丈。
(強い)
ソニックをはるかに凌駕するパワー。
(だが、俺が負ける要素は……)
ソニックは決して愚かではない。
だから、ここで「ない」とは言いきれないことなどわかり切っている。
故に、引いた。
逃げるのではなく、その「負ける要素」をなくすために。
丸腰では威力不足の自分を補うための装備を整えるために、一旦身を引く。
逃げるなど、思いつきもしなかった。
それは負ける要素以上に、あってはならない。
逃げる以外にできない小娘でも自分に科して実行していることを、「最強」と名乗るソニックが行う訳にはいかなかった。
逃げるわけにはいかなかった。
負けるわけにはいかなかった。
その理由は、自分が最強だから。
ただ、それだけだだった。
それだけのつもり、だった。
「そこで待ってろ……。
次、会う時がお前の最期だ」
変わり身に使った囚人服と宣戦布告を残して、ソニックは雨天の中、姿を消した。
自分より小柄とは言え、自分でも捉えられず、目でも追えなかった男にわずかながら深海王は驚愕する。
が、彼にとってソニックはただ自分の視界でうろちょろと飛び回ってうっとうしい羽虫でしかなかった。
だから、気にも留めずに歩を進める。
自分にとっての餌場であり娯楽場である場所に。
災害避難所である、シェルターに。
* * *
「お前は誰だ? ここで何をしている?」
そして、二人は邂逅する。
知らず知らずに、バトンは渡る。
知っていたら、ソニックはむしろ意地でも渡さなかった。
知っていたら、ジェノスは殺してでも奪い取っていた。
だから、これは知らなくて良かった話。
腕と眼球で、誰でも一目でただの人間ではないことはわかる。
ソニックは目の前のサイボーグ、ジェノスを一瞥して呟いた。
「ふんっ。ヒーローか?」
ソニックにとってヒーローは、どこをとっても嫌う要素しかない、不快な存在でしかなかった。
それは前からだったし、これからもそう。
けど、この時は少し違った。
嫌う理由にほんの少しだけ、自分以外が関与していた。
守るはずの一般人に、まだ20歳に手が届くか届かないかという年頃の女に保護された奴ら。
逃げないと科した、あの強い目を持つ彼女の光を、あの目の輝きを消しかけたきっかけ。
ソニックはすれ違いざまに、言い捨てる。
「正義ごっこなどしている連中では、本物の強敵には勝てない。
何も守ることは出来ない」
それが、バトンであった事など彼は知らない。
言い捨てたサイボーグが、そのバトンを受け取れる相手だったことさえも。
ジェノスだって、知らない。
自分がバトンを、受け取ったことも。
正義ではなく、ヒーローとして守らねばならない人を託されたことなど、知らない。
誰も、知らない。
ジェノスが振り返った頃には、誰もいなかった。
ただ、目には見えない、誰も知らないバトンだけが託された。
こうして、世界は知らず知らずに交錯する。
何気ない言葉が、何気ない出会いが、蝶の羽ばたきのようにいつか世界を一変させる大きなものに変貌することを、誰も知らない。
「今の変質者はいったい……?」
そしてそのきっかけが、シリアスに始まるともカッコよく終わるとも限らない。
ジェノスはあまりに堂々とした全裸の変質者に気を取られ、数秒間そこに立ち尽くしてしまった。
……ごめんなさい。ちょっと即行エヒメ視点に戻ると情緒がなかったのと、最後シーンがどうしても書きたくて書いちゃいました。
全裸で堂々とカッコつけるソニックと、あんだけカッコつけられたのに身も蓋もないこと言い出すジェノスが大好きです。