私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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晴天への言葉

 ……悔しいなぁ。

 結局、何にもできないなんて。

 

 あのヒーローさん達の犠牲では、怖気ついて怯んで臆病風を吹かせて、覚悟が決められないで、やっぱり逃げることしか出来なかったのに、ジェノスさんが危ないって思ったら、あんなにも簡単に覚悟を決められた自分が恥ずかしい。

 自分を助けようとしてくれた人でも、結局「どうでもいい他人」と分類している自分のすさんだ心が、何よりも恥ずかしい。

 

 そんな恥ずかしくて、自己嫌悪で死にたくなって、刺し貫いたあの眼球の感触が気持ち悪くて、何もかも嫌になりそうだったけど、……それでも、あの人だけは助けたかったのになぁ。

 

 決して、「どうでもいい」訳がない、大切な人。

 

 ちょっと過大評価と勘違いが入ってるけど、お兄ちゃんを正当に評価して、憧れて、慕ってくれる人。

 

 お兄ちゃんの虚しさを、お兄ちゃんの求める形ではないけど、埋めてくれそうな人。

 

 私と同じ、お兄ちゃんが大好きで、そしてお兄ちゃんのように真っ直ぐな、とても尊い人を、……ジェノスさんを守れると思ったのに、それなのに、あのタイミングで限界だなんて……

 

 エゴイストな私は、最低な後悔をする。

 スティンガーさんやイナズマックスさんを保護しなきゃ良かったと、考えた。

 

 ……でも、あの女の子を庇うためのテレポートには、後悔はない。

 あの子を助けなければ私は、この先ずっとジェノスさんにどんな顔をして付き合えばいいのかわからなかったから。

 助ける術を持っていたくせに、逃げないと誓ったくせに、あの子を庇わなければ私は、それこそ何のために生きているのかさえもわからなくなるから。

 

 ただ、それだけの為に、自分の為に助けた。

 

 ……その結果が、ジェノスさんとの約束を、「安全なところで必ず帰ってくると信じて待つ」を破って、ジェノスさんに心配と迷惑をかけた。

 せっかく優勢ではなかったけど、決して不利じゃない戦いだったのに、ジェノスさんは女の子と私を庇って、体の大半を溶かされた。

 

 だから……だから私は、例え腕が焼け落ちても、あの人を守らなくっちゃいけなかったのに。

 あの人が負った傷は、本来私が負うはずの痛みだったのに。

 

 なのに……それなのに……

 

「やってくれたわねぇぇっ!! 小娘えええっっ!!」

 

 怪人が叫んで、私の胴体を軽々掴みあげた。その握力であばらが折れたのはわかったけど、腕の熱さで痛みがよくわからない。

 何より、体が全然動かないし、頭も全然働かない。

 

 もっと何かしなくちゃいけないことがあるのに、考えなくちゃいけないことがあるのに、私はただ後悔しかしていない。

 

 何もできない自分を責めて、私は殻の中に引きこもる。

 自分を守るわけでもない、ただ自分で自分をさらに傷つける、後悔と自己嫌悪の殻の中に。

 

 * * *

 

「俺がB級じゃ通用しない、自分が弱いってことは、ちゃんとわかってるんだ!」

 

 後悔と自己嫌悪の殻に、かすかなひび割れが出来る。

 そのひび割れから、声が聞こえる。

 

 悲痛な、自分の弱さを嘆く、自分の無力さを悔やむ声が、聞こえてくる。

 

 その声で、気付く。

 自分がまだ、生きているということに。

 どうして、怪人がまだ私を叩き潰していないのか、疑問に持つ。

 

 殻のひび割れが増える。

 声が聞こえる。

 誰かが、痛みに耐えながら叫んでいるのが見える。

 

「俺がお前に勝てないなんてことは、俺が一番よくわかってるんだよぉッ……!!」

 

 痛みに耐えながら、それでも真っ直ぐに、何も諦めていない、何も終わらせないと誓い、逃げずにそこに立つ人がいた。

 

「それでも、やるしか、ないんだ!

 俺しかいないんだ!」

 

 何もできない、自分が傷つくだけでも、それでも立ち向かい、私を、ジェノスさんを、シェルターに取り残された人たちを守ろうと、救おうとしている人がいた。

 

「勝てる勝てないじゃなくて、ここで俺はお前に立ち向かわなくっちゃいけないんだ!」

 

 例え目の前の敵に勝てなくても、何かを守って、誰かを救う人がいた。

 

 ヒーローが、いた。

 

 ……殻が、破られる。

 

 これはきっと、私の都合のいい解釈。

 ただの自己肯定でしかないことくらい、わかってる。

 

 でも、……それでも、……私のしたことに意味はあった、……価値はあったと、言ってくれたような気がした。

 

 誓いが輝きを取り戻す。

 逃げるなと、私の中の私が言う。

 

 だから私はもう一度、何かをしようと、何ができるかさえもわからないけど、たとえ自分の為でしかないとしても、私は守りたかった。救いたかった。

 

 私の大切な人を、今は何とも思ってなくても、未来では大切になるかもしれない人を、私に絶望を教え、同時にいつも希望をくれる「人間」に、何かをしたかった。

 

 けれど、私の身体は動かない。

 ねぇ、動いてよ。動いてよ!!

 

 私だって、立ち向かわなくっちゃいけないんだから!

 弱い私に、私は立ち向かわなくっちゃならないんだから!!

 

「よくやった。ナイスファイト」

 

 ――その言葉は、私に向けられたものなんかじゃないことはわかってる。

 

 でも、バカな私は、身勝手な私は、やっぱり自分の都合のいいように解釈する。

 

 そして実際、もう私にすることなんて何もない。

 

「うんうん、わかったわかった。雨降ってるから、早くかかって来い。

 ……っていうか、お前が持ってるそれ、アホで鈍感で怖がりのくせに意地っ張りで面倒くさいバカだけど、俺の妹なんだよ。さっさと離せ」

 

 ……ごめんね、お兄ちゃん。本当にバカで迷惑と心配ばかりかける、面倒くさい妹で。

 

 * * *

 

「離せよ」

 

 その一言と同時に、一瞬こもった力は抜ける。

 

 私を掴み、握り、締め上げ続けていたぬるぬるとした気持ち悪い手が離れ、この世で一番安心できる腕の中に、私の身体は納まった。

 

 まだ、体は動かない。腕の熱さもどこか、他人事のようにしか感じない。

 でも、私を守るように、決して離れないように、しっかりと力強く、それでも優しく抱きしめる腕だけは感じ取れる。

 

 その腕のぬくもりを感じながら、お兄ちゃんの軽い一撃が放つ、低くて重い音を聞いた。

 すべてが終わる音を、聞いていた。

 

 すべてが終わっても、私の身体が動かない。

 お兄ちゃんにごめんも、助けてくれてありがとうも、言えない。

 私にその時できたのは、今閉じたら今度はいつ開くかもわからないくらい重い瞼を、ただ閉ざさないようにするだけで、精一杯。

 そんな死体同然な私を見下ろして、お兄ちゃんは私を叱る。

 

「お前な、俺に80年は生きろって言っておいて、自分はさっさと死ぬ気か?

 ふざけんなよ。俺が約束したんだから、お前だってせめて同じくらい生きろ」

 

 ……うん。そうだね。ごめんね。

 お兄ちゃんが約束してくれたんだから、守るよ。

 私だって、生きるよ。

 その約束からも、絶対に逃げない。

 

 そう誓いながら、私の意識が薄れていく。

 瞼を閉ざさないでおくことも、もう限界だった。

 

 ……なのに、耳は閉ざすことが出来ないから、だから、聞きたくない声が聞こえた。

 

 お兄ちゃんのしたことを軽々しく扱い、ジェノスさんや、お兄ちゃんが称賛した人、他のヒーローさん達のしたことを、「誰でも出来る」と言う声が、聞こえた。

 そう喚くバカを周りは非難するけど、その非難している連中だって似たようなことを考えていたのは、透けて見える。

 

 他のヒーローは活躍できなかった?

 

 お前たちは、何を見てたの?

 あの怪人に立ち向かったのは、お前らには活躍じゃなかったの?

 それがなければ今頃、ここは死体の山が出来ていたこと、それを防いだことは、活躍じゃないの?

 

 誰でも出来るのなら、どうしてお前たちは何もしなかったの?

 

 そう言ってやりたかったのに、……この趣味だからこそ本気で行い、何の妥協もしない人は言う。

 他のヒーローや私なんかのおかげで、自分は漁夫の利を得ただけだって。

 

 ……またワンパンで終わって、虚しさだけを抱えたくせに、得られたはずの称賛を他人に渡して、お兄ちゃんは一人きりで「ヒーロー」を貫いた。

 

 ……お兄ちゃんの生き様は、尊いものだと思う。

 けれど、私は肯定できないよ。

 

 お兄ちゃんが幸せじゃないなら、私は庇われても嬉しくないよ。辛いだけだよ。自分の無力さが嫌になるだけなんだよ。

 

 お兄ちゃんが救われないなら、私は救われないよ。

 

「………………お兄ちゃん」

 

 まだ、意識を手放せない。

 しなくちゃいけないことが出来た。

 

 私は、動かなかった体を、手を、遠ざかっていた痛みが蘇って、全身が悲鳴を上げるけど、それでも動かす。

 

 涙じゃないことは、わかってる。

 でも、いっそ泣いて。

 その涙を拭うことくらい、私にだってできるから。

 

 私は、お兄ちゃんの頬に指先を滑らせる。

 涙のような雨のしずくを拭って、伝えた。

 

 ごめんなさいよりも、ありがとうよりも、たとえ意味はなくとも、価値がなくとも、いつか何かの意味に、価値となる信じてる言葉を、伝える。

 

「お疲れさま」

 

 それだけを伝えて、私の意識は途切れた。

 

 最後に見えたのは、厚くて真っ黒な雲が丸く穴開いて、そこから見えた、目が痛くなるほどの青空だったことだけは、覚えてる。

 

 その空によく似た、お兄ちゃんの笑顔は、現実か私の願望だったのかは、わからない。

 




今回で深海王編は終了。
次回から、オリジナルの日常小話的な話がしばらく続きます。

そして、今後の展開についてのアンケートを活動報告で取りますので、出来れば一度見て、そしてできればお答えください。

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