私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


恋情エゴイズム

「いや、マジですごいっすね! こんなの俺、初めて見ましたよ!」

 

 ……いつものようにエヒメさんの見舞いに来たら、エヒメさんの病室から先生でもバングでもない男の声が聞こえた。

 担当医師と看護師も把握しているが、その声はどの音声データとも一致しない。

 いつでも焼却砲を放てるように準備しつつ、たまたま急患か何かの都合で担当医が来れず、別の医師や看護師が看ているという可能性も考慮して、俺は病室の扉を開く。

 

「これ、一枚の紙でできてるんすか!? エヒメさん、めちゃくちゃ手先器用ですね!」

「……はぁ。……ありがとうございます。……! ジェノスさん!」

 

 病室にいたのは、黒い全身タイツじみた体にフィットする服装で、切っ先が刃の代わりにタケノコという奇怪な槍を持った男。

 ……確か、A級ヒーローのスティンガーだったか?

 

 比較的順位が高かったのでかろうじて見覚えがあったが、もちろん直接的な面識はない。そんな相手が何故、エヒメさんの病室でエヒメさんにあんなにも気軽に馴れ馴れしく話しかけてる? と思いながら、思わず焼却砲のエネルギーをチャージしている間に、エヒメさんが俺に気付いてくれた。

 

 見たことのない人形じみた無表情で生返事をしていたエヒメさんが俺に気付いた瞬間、嬉しそうに微笑んだことで、チャージせずとも上がっていった体内の熱が治まる。いやむしろ、まったく別の意味でさらに上がったが、それは余談だ。

 そして、エヒメさんの反応でスティンガーの方も振り返り、俺を見て驚愕の声を上げた。

 

「え、S級16位のジェノス!? 何でお前がここに!?」

「それはこちらのセリフだ。何の用だ、A級10位、スティンガー。

 その女性は、俺が師事している人の大事な妹さんで、俺自身の恩人でもある。……答えによっては、容赦はしない」

「お、俺はこの前の海人族襲撃でこの子に助けられたから、お礼を言いに見舞いに来ただけだ!!」

 

 俺が焼却砲の砲門を奴に向けて尋ねると、奴も槍を構えながら答える。

 ……あぁ、そういえば深海王が現れる前に、暴れていた奴の部下に当たる怪人をほとんど仕留めたヒーローがいたな。それが、こいつか。

 なるほど。病室に来ていた理由はそれで納得してやろう。

 

 だが、それはエヒメさんに馴れ馴れしく話しかけていた理由にはならない。

 そして彼女が、あんなにも人形じみた無表情で対応していた理由にもな!

 

「……あ、あの……二人とも……ケンカはやめてください……」

 俺がそのことを力づくでも問い詰めようとした時、エヒメさんが止める。

 いつもより控えめというより何かに怯えているように見えたので、俺は慌てて砲門を閉じ、エヒメさんに駆け寄る。

 

「エヒメさん!? 大丈夫ですか? 体調が悪いのですか?」

「わ、悪ぃ! エヒメさん! ビビらせちゃったか?」

 

 スティンガーの方もエヒメさんに向き直り、謝罪する。が、何故お前は軽々しく彼女の肩に触れる?

 

「えっと……大丈夫……ですけど……、とりあえず、……ケンカはしないでください」

 エヒメさんは俺ら二人にそう答えるが、やはりその対応はどこか弱々しい。

 親しくなくてもその様子のおかしさに気付いたのか、スティンガーはエヒメさんの肩から手を離して、「ごめんな、エヒメさん。怪我人なのに俺が勝手にしゃべって長居して。また、出直します」と言って、出て行った。

 

 出て行く前に、一度俺を睨んだのは気のせいではないだろう。

 もちろん、俺も睨み返したが。

 

「……あの、スティンガーさん。……お見舞いのお花、ありがとうございます」

 奴が出て行く前に、控えめにエヒメさんが口にした礼の言葉と、締まりのないやつの笑顔が無性に気に入らなかった。

 

 奴が持って来たらしい花を生けた花瓶を一度睨んで、俺は尋ねた。

「エヒメさん。奴に何かされましたか?」

「え? されてないされてない! 本当に何もされてませんから、始末しようとか考えないでくださいね!」

 

 俺の問いに慌てて否定をする様からして、遠慮とかではないようだ。……少し、残念に思った俺に自己嫌悪が襲う。

 始末しようと考えたのは、決してエヒメさんの為じゃない。俺はただ奴に嫉妬していただけだ。

 

「……なにもされてないんですけど……、あの人は優しくて気さくでいい人だとは思うんですけど……ちょっと苦手なんです。

 スティンガーさん個人と言うか、ああいう人が」

 

 自分の身勝手さに凹んでいたら、エヒメさんが少しだけ困ったように、吐き出すように補足で答えてくれた。

 彼女は先生や俺が渡した折り紙を一枚取り出して、手元も紙も見ずに折りながら話を続ける。

 

「なんていうか……ああいう天性の人気者って感じの人は、すごく遠く感じて苦手ですね。

 元々、ただでさえ苦手な人付き合いがああいう人が相手だと、何を言っていいのか余計にわからなくなって、どんな顔をしたらいいのかも分からなくなって、自然と不愛想な対応になってしまうんですよ。

 だから、心配をかけてごめんなさい」

 

 言いながら彼女は、手元を見もせずにまた鶴を量産していた。

 しかも、普通の折り鶴ではなく孔雀のように尾羽を広げた「祝鶴」や、二匹の鶴が寄り添う「夫婦鶴」、その名の通り水を飲んでいるように見える「水のみ鶴」といった、高難易度の折り鶴を、器用にかなりのスピードで折り続けた。

 

 その様子に、俺はあの隕石破壊時の兄妹喧嘩を思い出す。

 この人は怒りやストレスはひたすら何かを作ることで発散させるという、先生の言葉を。

 同時に、彼女は本来あまり人が好きではないこと、警戒心が野良猫並みで基本的に自分から関わらないし笑わないと言っていたことも、思い出した。

 

 あぁ。そうか。あの人形じみた無表情は、俺が知らない彼女の他人への対応だったのか。

 そのことに気付いて、醜い優越感が満ちる。

 自己嫌悪も同時にするが、今はそれよりも喜びが勝る。

 

 彼女にとって俺は、付き合っていてストレスを感じる他人ではないという事。

 愛想笑いが出来ない彼女が、俺に向けてくれる笑顔は本物だという事。

 それが、本気かどうかまでは判別がつかなかったが、エヒメさんに明らかな好意を懐いていたあのスティンガーに対しての優越感となり、俺の黒く醜い独占欲を満たす。

 

「……いえ。何もなかったようなら、何よりです。

 それと、もしあいつがどうしてもうっとうしかったら、遠慮なく俺に言ってください。全力で排除しますから」

「全力じゃなくていいです。とりあえず、武力行使で排除だけはやめてください」

 

 エヒメさんの言葉につい本音で返してしまったら、さすがに若干引かれた様子で穏便な解決を願われた。

 しかし排除自体を止めなかったという事は、本気でスティンガーには辟易していたらしい。

 それがまた、俺の中の黒い欲情を満たす。

 

 自分の未熟さを、器の小ささを痛感しながら、ベッドを埋め尽くしそうな鶴の中の一つが目についた。

 それは、開いた扇に乗った折り鶴だと初めは思ったが、よく見たら下の扇と上の鶴は同じ紙から折られて一体化している。

 

 それをつまみあげて、エヒメさんにこれはどうやって折るものなのかを聞いてみたら、彼女はまた折り紙を一枚と、小さな鋏を取り出して説明する。

 

「これは一部を切り取って、それから切込みを入れないとさすがに折れないものですね。名前はそのまま、鶴の扇で……あ」

 

 説明をしながら、エヒメさんが何かに気が付いたように声を上げ、そして少しおかしげに、嬉しそうに笑った。

「エヒメさん?」

 その唐突な反応の理由がまったくわからず、俺が声をかけると彼女は嬉しそうな笑みのまま、俺と顔を合わせて答えた。

 

「ごめんなさい。急に変な反応しちゃって。ちょっと今、なんでスティンガーさんはいい人なのに、あんなに苦手なのかわかっちゃったのが、なんかちょっとおかしくて」

 

 話題から消えたと思っていた男の名がエヒメさんの口から零れ落ちたことで、また矮小な俺の器がざわめく。

 俺と一緒にいる時に、先生ならともかく他の男の話なんてしないでくださいと言えたら、どれだけ楽だろう。

 

 そんな俺の浅ましい思いも知らないで、エヒメさんは屈託なく笑い、言葉を続けた。

「あの人、一人勝手に話して完結して、私の話を聞いてくれなかったんですよね。

 ジェノスさんは同じものを見つけても、穏やかに私の話をまず聞いてくれるから、一緒にいて落ち着きます」

 

 ………………スティンガーより気を許されていると確信した時より、スティンガーを穏便な方法でなら排除してほしいと思っていることを知った時より、それらとは比べ物にはならないほどの喜びが、俺の胸に満ちる。

 

 が、それがあまりにも清らかで、穢れのない思いから来るものだから、今までの黒い優越感が完全に自己嫌悪に成り下がる。

 自業自得でしかないが、予想外すぎるカウンターを喰らってしまった。

 

「……俺は、誰に対してもそうじゃないですよ。

 むしろ……、エヒメさんがいつも俺の話を真面目に聞いてくれて、俺のことを考えて忠告や励ましをしてくれたからこそ、俺はエヒメさんの話は一言たりとも聞き逃したくないと思っているだけです」

 

 自己嫌悪と罪悪感に耐えきれず、俺はエヒメさんが語る自分を否定する。

 貴女だから、貴女が相手だからそんな風に俺は穏やかに、話を聞いていられるんだと。

 誰でもそんなんじゃない、話を聞く人を選ぶ身勝手な男だと告白しても、彼女は穏やかに微笑んで返す。

 

「それなら、私だっておんなじですよ。

 現にこうやってスティンガーさんのお見舞いは迷惑がった癖に、ジェノスさんが来てくれたことはすごく嬉しいって思ってますから」

 

 自分も身勝手だと、彼女は言った。

 その身勝手に選んだ相手が、俺だと。

 

 心に満ちる感情に許容量があるのなら、俺は心はとっくの昔に破裂しているだろう。

 喜びはもちろん、どこまでも身勝手な自分に対する罪悪感でも。

 

 ……恋愛は惚れた方が負けだと言うが、それを思い知らされる。

 

 俺はどうやったら、この人に勝てるんだ?

 勝つ気などさらさらないくせに、そんなことを考えた。

 





タグに逆ハーを入れてるのに、逆ハー要素が少ないなと思って書いてみた話なので、スティンガーさんは多分、今後でしゃばることはないと思います。
キャラよくわかってないし。
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