私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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私を守ってくれた人

 眼が醒めた。

 かすかな物音で起きる程、私は神経質でも眠りが浅いわけじゃないから、きっとただの偶然。

 それとも、もしかしたら起こされたのかもしれない。

 

「……ソニックさん?」

 

 寝起きがさして良いわけでもないのに、暗闇の溶けるような黒装束姿の彼がベッドの脇に立って、私を見下ろしているのがはっきりとわかった。

 彼は、私を見下ろしながら心底あきれ果てた顔をして言う。

「お前は本当に、バカだな」

 

 私、この人と会うたびにまず初めに呆れられてるなーと思いながら、呆れられて仕方ない事ばっかりやってる自覚もあるので、その言葉には曖昧な笑いしか返せない。

 笑いながら私が「どうしたんですか、ソニックさん。お見舞いに来てくれたんですか?」と尋ねたら、予想通り鼻で笑って「そんなわけあるか」と返される。

 

 その返答は予想出来てたけど、肝心の訪問理由はさっぱりわからない。

「なら、どうしてここに?」

 起き上がって尋ねてみてもソニックさんは答えず、ただ不機嫌そうに鼻を鳴らして椅子に乱暴に座る。

 付き合いは全く長くないけど結構わかりやすい性格をしてるから、これだけで話す気はないんだろうなと察して、私は訪問理由を知ることは諦めて別の事を訊いた。

 

「ソニックさん、お茶は緑茶でいいですか? ティーバッグですけど」

 言いながら、消灯で明かりはつけられないからカーテンを開けて月明りで、湯呑やティーバッグを探る。

 ティーバッグやインスタントとはいえ紅茶やコーヒーもあるけど、忍者ならやっぱり緑茶かな? と根拠もなく思いながら緑茶を探し出したけど、返答は未だない。

 

 首を傾げながら振り返ると、腕と足を組んで座るソニックさんが目を丸くして私を眺めてた。

 あれ? 私、別に変なこと言ってないよね?

 

「緑茶はお嫌いですか?」

「……いや。それでいい」

 念のために尋ねてみたら、また呆れたように顔を歪ませて、そして今度は何かを諦めたように深い溜息をついたんですけどこの人。

 

 いや、私の緑茶は嫌いかどうかの質問は、確かにおかしいと思うよ。自覚してるよ。

 でも、それ以外に訊くことなんかなかったんだもん! 何をあんなに驚いていたのか、私にはさっぱりなんだもん!

 

 何が何だかわからないまま、とりあえず電気ポットからお湯を注いで、ティーバッグを湯呑に入れる。

 味の濃さは本人に任せた方がいいだろうと思って、私はそのまま湯呑を渡してソニックさんの近くにゴミ箱も置く。

 そんな私を、もはや私を見る時のデフォルトとなった呆れた目で眺めながら、ソニックさんは口を開く。

 

「お前は本当に、何を考えて生きてるんだ?」

 濃い目が好きなのか、たぷたぷとティーバッグをお湯に何度も浸しながら、深いのか単純な疑問なのかよくわからないことを訊いてきた。

 私は何でお茶いるかどうかを尋ねただけで、こんなこと訊かれてるの?

 

 呆けた顔で質問に答えない私に苛立ったのか、ソニックさんはティーバッグをゴミ箱に投げ入れて、さらに質問を重ねる。

「お前に危機感というものはないのか? 夜中にヒーロー協会の病院に侵入してきた暗殺者である俺に、茶を勧めるお前は本気で何を考えて生きている?」

 

 あぁ。改めてそう言われたら、確かに私は危機感が皆無で何も考えていなくて、そりゃ呆れ果てて溜息しか出ないわって人間だ。

 ソニックさんの言い分は大体合ってるし、自分でも自分のバカさ加減に呆れるけど、一応訂正は入れておこう。

 私はベッドに腰かけて、警戒心がないのは誰にでもではなく、あなただからってことだけは、訂正しておく。

 

「あはは……。呆れて訊かれるのは無理ないですけど、ソニックさん以外だったらもっと当たり前の反応してますよ。

 っていうか、下手したらお兄ちゃんとかがこんな時間にここに立ってた方が、ビックリして悲鳴あげますね。ソニックさんがこういう時間に侵入できたのは、忍者だからって勝手に納得してました」

「……侵入できたのは納得しても、茶を勧める理由にはならんだろ。

 お前、俺が暗殺者であることも、お前の兄の命を狙ってることも、理解しているのか?」

 

 私が侵入したことに関して驚きも質問もない事には納得したらしいけど、警戒せずにお茶を勧めたことは納得できないらしく、その勧められたお茶をすすりながら、呆れ続行のまま訊き返す。

 けど、私からしたらその質問の方が、「何考えて生きてる」より理解が出来ない。

 何故、そんなことを尋ねるのかがわからなかった。

 

「ソニックさんは暗殺者だけど別に殺人狂とかって訳じゃないですから、理由があれば躊躇いなく殺すけど、逆になければあんまり警戒する必要はないでしょう?

 むしろ、警戒心全開でビクビク怯えて顔色伺う対応の方が、見ててムカつくからって理由で殺されそう」

 長い付き合いじゃなくても、深い付き合いじゃなくても、それくらいはわかる。

 この人は決して褒められるような生き方をしていない人でなしだけど、別に人類の敵ってわけでもない。

 決して四六時中警戒しなくちゃいけない人ではないことくらい、私は知ってる。

 

 そう答えると、ソニックさんは湯呑に口をつけたまま、また目を丸くした。

 でもその目はすぐに、細くなった。

 今度は何か、面白がるように目を細めて彼は私に訊く。

 

「そうだな。俺は戦いを好むが殺しそのものに快楽は覚えん。だから、理由がなければ無益な殺生はしない。

 ……理由がなければ、な」

 湯呑をサイドテーブルに置き、言葉だけを残してソニックさんが私の視界から掻き消える。

 私の首に冷たい刃物が当てられた時はまだ、ソニックさんの声が耳に残響として残っていた。

 この人、ジェノスさんに「頭痛が痛いみたいな名前」って言われるほど強調してるだけあって、本当に速いな。

 

「お前を殺す理由がないと、本気で思っているのか、エヒメ?

 サイタマの妹であるお前を、俺が殺さない理由が?」

 背後で苦無だか手裏剣だか刀だかわからないけど、私の首に刃物を当てて楽し気に語るソニックさんに、私は答える。

 これも、何でこんなわかりきったことをわざわざ聞くのか、わからない問いだったけど。

 

「思ってますよ。

 

 だって、ソニックさんの目的は、お兄ちゃんを苦しませたり悲しませたりすることじゃなくて、本気のお兄ちゃんと戦って勝つことですし。

 それも、自分の実力でお兄ちゃんから本気を引き出したいって思ってるはずだから、私を人質に取ってお兄ちゃんを呼び出したりすることはあっても、お兄ちゃんの行動を制限させたり、もしくは私を殺してお兄ちゃんに本気を出させるってのは、絶対にしないでしょう?

 むしろそれ、ソニックさんがしたいことから一番外れてることですし」

 

 この人は、自分が最強であることを証明するためにお兄ちゃんと戦いたがってるのだから、お兄ちゃんと戦う機会を得るために私を人質に取ることは普通にやるけど(実際、一回されたし)、それ以外は絶対にやらない。

 それは、自分の実力ではお兄ちゃんに勝てないと言ってるも同然だという事を理解してるから。

 

 だから、この人は私自身に理由がない限り殺さない。

 私の怪我や死でお兄ちゃんが怒って本気を出しても、それは自分の実力不足の証明でしかないのだから、むしろ絶対に避ける。

 それが、私がソニックさんに基本的に警戒心を抱かない一番の理由だったりする。

 

 背中でふっと軽く笑った気配と同時に、首に当てられていた刃物が離れる。

「お前は弱いくせに図々しい女だな」

 背後でそう、端的に私を言い表した。

 知ってますよ、そんなこと。

 

 私たちは似た者同士では決してないのに、どうも互いにどういった人間かを把握しやすい相手らしい。

 ……それが妙に心地よいと思っているのは私だけか、ソニックさんもかまではわからないけど。

 

 * * *

 

「ふん。まぁお前の能天気さはだいたいわかった。が、まだ一つわからんところがある。

 エヒメ、貴様は何で俺がサイタマを殺そうとするのを止めもしない?」

 

 あ、ヤバい。答えにくい質問をされた。

 ……正直に言ったらキレるよね? ぶっちゃけ、ソニックさんじゃお兄ちゃんに勝てないだろうなーって思ってるから、心配してないって。

 

 この人、スピード勝負ならまだ未来に可能性はあると思うけど、体格からしてスピードを優先して鍛えてるから、筋力も平均以上にあっても人間離れはしていないよね?

 たぶん普通に腕相撲とかの腕力勝負でプリズナーさんや深海王に負ける力じゃ、スピードで勝ってもお兄ちゃんを傷つけられずにスタミナ切れで結局負けそうだとは言えない。言ったらそれこそ、私が殺される。

 

「あ、そういえばソニックさん、深海王と戦ったんですか?」

「何故知ってる? そして話を誤魔化すな」

 

 だから私は強引に話を変える。突っ込まれてるけど気にするな。

「ジェノスさんがシェルターに向かう途中、ソニックさんらしい人に会ったって聞いたので。……その時の格好からして、少なくとも何かひと悶着あったのかなーって思いました」

 振り返ってとりあえず前半の問いは、正直に答える。……自分で言った後半の言葉は、思わず目をそらしたけど。

 お兄ちゃんといい、プリズナーさんといい、何で私の周りには外で全裸になっても堂々としてる人ばっかなの!?

 ジェノスさんに「変質者」って言われた時、もう私は誰に謝ればいいかわからなかったんだけど!

 

 私がこんなにも気まずい思いで話したのに、ソニックさんはその時の自分の格好なんて気にせず、「……あのサイボーグと知り合いなのか?」って訊いてきた。自分の全裸はどうでもいいんですかそうですか。プリズナーさんのこと言えませんよあなた。

 

 もちろんこんな突っ込みはなんか急に不機嫌になったソニックさんに言えるわけもなく、普通に「はい。お兄ちゃんのお弟子さんで、ソニックさんに会った後、助けてもらいました」と答えたら、何故か鼻で笑われた。

 その反応に首を傾げる暇もなくソニックさんが乱暴に私の腕を掴んだので、反射で短い悲鳴を上げる。

 もうだいぶマシになったとはいえまだ包帯が取れない、火傷を負った腕を掴んで、彼は皮肉げに嗤った。

 

「助けられた? お前は今の状況を、助けられたと言うのか?

 この腕と体で、この一生消えない痕を身体に残されたお前が助けられた一般人で、深海王を仕留めることも出来なかったくせに修理でさっさと直るサイボーグを、自分を助けたヒーローだと言うのか?」

 

 ……その言葉はジェノスさんを、私のヒーローを否定し、侮辱する言葉。

 

「言います」

 

 だから、私は彼の目を見返して、はっきりと返す。

 その言葉は、肯定できない。否定しなくてはいけない。

 

「ジェノスさんは、私のヒーローです」

 

 例え殺されたって言わないと私は死ぬまで一生、言わなかったという後悔で自分に殺され続けるから。

 

「そして、あなたもですよ。ソニックさん」

 

 このことも含めて、ね。

 

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