私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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この夢は誰も知らない

 不思議そうな顔のまま、ボロスさんは私に問う。

「貴様にとって、『最強』と『無敵』は違うのか?」

 

 その質問に、思わず私が首を傾げた。

 私にとってそれは、明確に別物だったから何故問われるのかすらよくわからなかったから。

 まぁ、何かナチュラルに会話が成立してるけど、よく考えなくてもこの人、宇宙人なんだよね。

 翻訳機的な何かのおかげで、私との会話が成立してるんなら、もしかしたらボロスさんには同じ単語に聞こえてるのかもしれない。

 

 そう思って、私は答える。

「最強はもっとも強くて、無敵は敵がいないですけど?」

「誰がそのまま漢字を分解しろと言った」

 

 私の答えに、怒るのもバカらしいと言わんばかりに呆れて、ボロスさんが即座に突っ込んだ。

 ちゃんと意味を把握してたよ。漢字も理解できてたよ。

 何なの? 地球に来るまでの20年間で地球の言葉を調べて覚えたの? 努力家だな。

 

 けど、こうなると私はどういったらいいかわからなくなる。明確に意味が違うけど私にとってその違いは、右と左って何が違うの? ってレベルで当たり前すぎて、どう説明したらいいかよくわからない。

 

「えーと……あ、私の定義で言えば、ボロスさんは別に無敵じゃなかった」

 どう説明しようか考えてたら、そもそもこの人は私にとって「無敵」の定義に当てはまらないことに気付く。

 

「どういう意味だ? 俺の強さを疑う気か?」

 無敵を否定されたのがちょっと腹立ったのか、ボロスさんの声に棘が混じるけど、別に私は疑った訳じゃないから平然と言い返せた。

「いいえ。ただ、あなたはあんなに多くの20年も付き従ってくれる部下に恵まれている。

 あなたに勝てる人はいなくても、あなたの周りには誰かがいる。

 だから、あなたは『無敵』じゃないです」

 

 あぁ、そうか。私にとって「無敵」は「孤独」と同意語なんだ。

 敵がいないという事は、味方が必要ないという事だと私は思う。

 そして、悲しいけど一番の敵になりうるのは他人より身近にいる人。

 

 ……そういう身近だった人、味方だった人を「敵」と認識できないのは、「敵」ではないのなら、それはもはや強い弱いの問題ではなく、心の問題。

 一人きりで生きていける人か、そうじゃないかという問題だと思う。

 

「まぁ、だから次に行く当てがなくても落ち込まないでくださいよ。あなたには戦いの飢餓を癒す人はいなくても、それ以外で何かを満たす人はきっといますから。

 っていうか、もう今から別の事に目を向けてくれません?」

「貴様、最後が本音だろう」

 

 また呆れたように突っ込まれたけど、強さを疑われたという怒気は消えている。

 そして、図星を突かれてちょっと私は困る。いや、最後だけじゃなくて全部本音なんですけど、一番言いたいことは確かにそこなんだよなぁ。

 まぁいいや。猫被ってもしょうがないから、最低限の礼儀くらいは残して私は開き直る。

 

「そりゃそうでしょう。あなたがどのくらいの強さかは正直知らないけど、宇宙で手が付けられなくなった人が地球で戦ったら、どっちが勝っても負けても、星そのものにダメージ大ですもん。

 だから、戦い以外の何かに目を向けて、それで飢餓を癒してくださいよ。

 弟子を取って鍛えてみるとか、未開発の惑星を開発してみるとか、地球に来るのも観光でしたら、私は止めませんよ」

 

 私の言葉は、宇宙の覇者に鼻で笑われる。

 

「くだらん。

 貴様のような女にはわからんだろうが、俺から戦いを奪うという事は、死と同義だ。命の取り合い、死と隣り合わせのせめぎ合いだけが、生の実感を与えてくれる。

 貴様が言うような、弟子の育成や惑星の開発でそれが得られるか?

 一瞬の油断が、失敗が全てを失う緊張感、絶望的状況に打ち勝つ高揚と達成感を得られるのか?」

 

 女って言ったってことは雌雄の区別つくんだと、ものすごくどうでもいいことを思いつつ、私はボロスさんの言葉に言い返す。

「全然別の事なんですから、そりゃ同じものは得られませんよ。

 そもそも、その戦いで得られるものをもう取りつくしちゃってんですから、他のに目を向けろって言ってるんですよ」

 

 私の言い分を論破したつもりが、そのことをわかっているからこその言い分であることを指摘したら、怒るかと思ったボロスさんが、少しだけきまり悪げに溜息をついた。

 

「……あぁ。そうだな。貴様の方が正しい。

 俺は、強くなりすぎた。俺が欲した戦いの緊張や高揚は、俺自身の手で奪い尽くした」

 

 彼は寂しげに遠い処を見るように、目を細める。

 遠い昔を懐かしむような目は、すぐに伏せられる。

 懐かしみたかったけど、それはもうどんなに目を凝らしても見えないくらい、思い出せないくらい、遠かったのかもしれない。

 

「俺はただ、誰よりも何よりも強くなりたかった。ただそのために、がむしゃらに戦い、打ち勝ち、生き残ってきた。そして、今の立場を、強さを得た。

 ……その結果が、欲しかったものは決してもう手に入らないという飢餓感と虚しさだ」

 

 自分以外誰も登ってこれない、寄り添うものがいない頂点に登ってしまった人が語る。

 きっと誰にも、聞かせたことのない言葉だった。

 自分も目をそらして、見ないようにしてきた強者ゆえの弱音を、私に吐露したのは何故か、それは私にはわからない。

 

 遠慮なく私が正射してしまったからか、この夢か幻かわからない曖昧な存在の私だからか、ずっと誰かに吐き出してしまいたかったからか、それは、わからない。

 

「だからこそ、この悲願は諦められんな。

 俺はこの20年、この予言だけを希望に、この飢餓に耐えてきた。もう俺は飢え死に寸前だ。今更、他のものではこの飢餓は満たせん。

 ……例え、この後に目的を失い、更なる飢餓と虚しさを抱え込むことになってもな」

 

 伏せていた眼を開き、ボロスさんは立ち上がって私を一つの目で見下ろし、宣言する。

 私の言葉に意味はない。

 地球が滅びようがどうなろうが、自分には関係ない。

 ただ、自分が求める戦いを、飢餓を癒し虚しさを埋めるものを諦めないと言い切る。

 

 それは本来なら、絶望すべき宣言だったはず。

 だけど、私にとってそれは、ほんの少しだけ嬉しいと思ってしまう言葉だった。

 だって、他の被害を考えなければそれは、虚しさを埋められるのはボロスさんだけじゃないから。

 

「ならせめて、死人を出さないでください。その目的の人に会うまで。

 そうしたら、きっとあなたは目的を失わない。

 その飢餓は、虚しさはもう抱えこまなくて済みますよ」

 

 だから私は伝え、お願いする。唯一の懸念、他への被害を最低限に。

 それさえ行ってくれたら、あとは好きにしてとしか思わない。

 

 そんな考えだからケロッと笑って答えた私に、もう何度目かわからないけど、ボロスさんはポカンとただ私を見下ろす。

 どんなに威厳たっぷりな全宇宙の覇者でも、中身は特に意味もなく強くなりたいと望む、当たり前でありきたりな子供のままの彼が、少しおかしくて、そしてどうしようもなく私の大切な人を彷彿させるから。

 

 だから私は伝える。

 死人さえ出さなければ、あなたは見逃してもらえる。

 チャンスを、くれる。

 

「その予言の人、絶対に私のお兄ちゃんですから。

 あと、その予言外れてるか、ボロスさんが来るの少し遅れてしまってますね。

 お兄ちゃん、ボロスさんより強いですよ」

 

 あなたは確実に負ける。

 そう伝えても、ボロスさんからは怒らなかった。

 ただ、たった一つの目を見開いて、私の言葉を聞いていた。

 

「けどあなたは多分、お兄ちゃんが戦った中で一番強いから、だからお兄ちゃんもあなたを気に入ると思います。

 だから、あなたが死人を出さなければ、人類の脅威に、敵になりさえしなければ、お兄ちゃんはあなたを殺しません。

 同情とかじゃなくて、美味しいものは最後のお楽しみにするみたいな感じで、あなたがさらに強くなって、もっといい戦いを出来るのを期待して、生かすと思います。

 

 だから……、誰も殺さないでくださいね」

 

 私の言葉に数秒間をあけて、ボロスさんが再び目を伏せる。

 そしてそのまま、笑いだした。

 私の発言にちょいちょい噴き出していたけど、そんなのとは比べ物にならないほど大笑いしだして、私は意味が分からずに引く。

 自分で言っといてなんだけど、キレられてもおかしくない発言はしたけど、爆笑するようなこと言ったっけ?

 

「はははっ! この俺に向って、怯えもせずに言いたい放題のなんて肝の据わった女だとは思っていたが、なるほど!

 貴様の身内が予言の相手か!

 そして、その予言が外れてる、俺が負けると言い切るほどか!!」

 

 ……どうも、おかしかったから笑ってるというより、歓喜のあまり笑ってるらしい。

 ちょっとホッとしたけど、どんだけ戦闘狂なんだこの宇宙人は。

 

 ボロスさんの笑いはしばらくしたら落ち着いたけど、自分より強いと言いきられた相手がいることがそんなに嬉しいのか、彼は終始楽しそうだった。

 それこそこの場に相応しいラスボスオーラが霧散して、遠足前の子供のような雰囲気で、彼は台座から降りる。

 かなりの高さがあったのに、猫のようにほとんど物音を立てずに彼は降り立ち、私に近づく。

 

 そして私に手を伸ばす。

 けど、その手は触れられない。私をすり抜ける。

 どうして、私に触れようとしたのか、触れたいと思ったのかはわからない。

 

 ただ、自分の手が私をすり抜けた時、ほんの少しだけ惜しむように見えた。

 

「貴様の名前は何だ?」

 少しだけすり抜けた手を彷徨わせてから、彼は言う。

 もう何かを惜しむ顔はしていない。ただ穏やかに、彼は笑ってる。

 そう言えば、私の方は名乗っていなかったことを今更思い出し、私が答えると彼は笑みを少しだけ深めて言葉を続けた。

 

「そうか。エヒメ、礼を言おう。戦い以外に、もう一つ楽しみが増えたことにな」

 楽しみ?

 私は彼の言いたいことが理解できなくて首を傾げると、ボロスさんは少しだけ意地悪気に笑う。

 

「貴様は少し、面白い。俺を恐れもせず、言いたいことを全て言うのが新鮮だ。

 ……だから、貴様はこのダークマターの獲物だ。勝負に勝っても負けても、貴様は俺がもらう」

 

 なんかすごい宣言された。

 いや、私が言いたいこと言ってるのは少なくとも生身じゃないからだし、これでも色々とオブラートに包んでるよ。

 

 ……けど、まぁいいか。もちろん、私は宇宙に旅立つ気はさらさらないけど、この人が他の何かに目を向けてくれるきっかけになるのなら、それでいいやと思えた。

 お兄ちゃんと同じ孤独を抱えるこの人を、私は憎めないし恐れることも出来なかったから。

 

 幸せになって欲しいと、願ってしまったから。

 

 でもマジで獲物認定は勘弁してほしいので、私はお望みの通り言いたいことを言ってやる。

「お兄ちゃんに勝てない人が、私を奪い取れるんですか?」

 

 私の無礼さこそを気に入ったボロスさんは、私の挑発をむしろ嬉しそうに、楽しそうに聞きながら、「勝てないと思うのは、貴様の勝手な予想だろうが」と言い返す。

 

 そう、これは私の勝手な予想。

 でもあなたは、お兄ちゃんには勝てないよ。

 趣味とはいえ、趣味だからこそ何一つ妥協せず、本気で「ヒーロー」を貫き通すあの人に、守るものはなくただ強くなりたいだけでここまで来てしまったあなたでは、背負うものが違うから。

 

 背負うものがあるからこそ、生き物は大きな力に押し負けそうになっても、倒れないように踏ん張ることが出来るのだから。

 

 だから、あなたにはまだ無理。

 

 そのことにこの人は気付けるだろうかと不安がよぎった時、自分のパジャマのポケットに中が入ってることに気付いた。

 それが何かを思い出し、少しだけ私の顔は自然に綻んだ。

 

「でもまぁ、どうしてもっていうのなら、お友達にならなってもいいですよ」

 言いながら、私はポケットに入っていたものを取り出して、ボロスさんに差し出す。

 

 寝る前に、入院生活中の入眠儀式と化していたので、ついつい折ってしまってた折り鶴。

 大きな鶴の翼にもう一羽、小さな鶴が繋がった連鶴を差し出し、言う。

 

「そしたら、折り鶴くらい教えますから」

 友達が出来たきっかけ。私が一番好きな、大きな存在にか弱くてもしっかりと寄り添って離れない鶴を差し出して、願う。

 

 孤独なあなたの背負うものにはなれなくても、ほんの時々でも寄り添える存在になることを。

 あなたが背負って、守って行きたい誰かを見つけられることを、願う。

 

 まぁもちろん、笑って「いらんわ」と言われると思っていたけど、表情は予想通りだったけど言葉が少し違ってた。

 

「貴様は本物のバカだな」

 

 その辛辣で的確な言葉に何も、言い返せなかった。

 

 言い返す前に、私は目覚めた。

 そして、窓から差し込む朝日が夢の記憶を緩やかに、けれどあまりにもあっさり溶かしつくしてしまった。

 

 夢を見たことすら忘れて、私は起き上がった。

 

 * * *

 

 今日はバングさんの道場にお呼ばれしてるから、ちゃっちゃと準備しなくちゃと、眠い目をこすって着替え、パジャマは洗濯物ボックスに入れて、顔を洗う。

 冷たい水でようやく目がはっきりと覚め、頭がちゃんと働くようになってから、ふと昨日の事を思い出し、洗濯物ボックスを開けて自分のパジャマを取り出した。

 

 危ない危ない。そういえば昨日、寝る前につい癖になって折り紙を折ってたら、トイレに入ったお兄ちゃんが紙を切らしてることに気付いて呼ばれて、その時、とっさにポケットに折ってた鶴を入れちゃってたんだった。

 危うく、入れたまま洗濯しちゃうところだったと思いながら、パジャマのポケットを探ったけど、左右どちらも空。

 

「あれ?」

 パジャマだけじゃなくて他の洗濯物も洗濯物ボックスから出して、ボックスそのものを探ってみたけど、ポケットから零れ落ちたわけでもないらしく、どこにも折り鶴は見つからない。

 

「……勘違いだったのかな?」

 私はそう結論付けて、洗濯物を仕舞い直して歯ブラシを手に取った。

 

 夢の事は、何も思い出せなかった。

 

 そしてこれからも、思い出せない。

 

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