視点は順に、サイタマ・ジェノス・ゼンコです。
【キングさんと妹】
いつも通り部屋で俺は漫画を読み、エヒメは編み物、ジェノスはノートになんか書くかパソコンをいじってるかという、個々で好き勝手やってる時にエヒメが呟いた。
「……ブラストってどんな人なのかな?」
エヒメの口から全く知らない人間の名前が出て来て、まずは驚く。
言ってる内容からして本人も知らん人間らしいが、こいつが会った事もない人間に興味を持つなんて……と感心してしまった。
「ブラスト? S級1位がどうかしましたか?」
俺がエヒメの成長を喜んでいたのにこのわかりやすくそして余裕のない弟子は、また男というだけで目の前に居もしない奴を敵認定して威嚇する。
おい、ジェノス。俺は妹と弟子の恋愛に口出しなんか面倒だし俺が色々と虚しくなるだけだからしたくないけど、さすがにそろそろ口出すぞ。
「いえ、この前の集会に最後まで来なかったことをふと思い出して、どんな人なのかなー? って思っただけです。
……S級1位なら、お兄ちゃんと同じだけ強い人なのかなーとか思ったんですけど、どうなんでしょうね」
ジェノスの架空の敵に対する威嚇に気付いてないのか、それとも理由はわからなくてももう慣れたのか、エヒメは華麗にスルーして質問に答える。
後半の言葉で結局こいつは他人に興味を持ったわけじゃなくて、俺の事を考えてたってのが分かった。
まったく、いつまでこいつは俺にべったりなんだか。
それを叱らないで、このままでいさせてる俺が呆れる資格なんてないけどな。
「あぁ、なるほど。確かに気になりますね。協会関係者も、最高幹部しか奴の正体を知りえないそうです」
エヒメの答えに納得して、ジェノスは威嚇をやめて普通に答える。
そんで俺も確かにヒーローのトップに立つ奴がどんな奴か、……俺よりも強いのかどうかは気になって、漫画を置いてジェノスにさらに訊く。
「お前も何も知らないのか? 一応、同僚だろ?」
「すみません、先生。俺たち他のS級にさえもブラストの情報は機密扱いで、奴が集会などに自主的に来ない限り顔すらわかりません。
……けど、強いと言えばブラストよりもキングが有名ですね」
その答えにさほど期待はしてなかったが少しだけ残念に思ったら、それを察したのかジェノスは別の奴の名前を上げた。
「キング? 誰だそれ?」
「……先日のS級招集で来ていたヒーローの一人ですよ。
S級7位、左目に三本の傷跡がある金髪の大柄な男で、何でも先生を差し置いて『地上最強』と謳われているらしいですよ」
ジェノスが説明するが、思い出せない。あの集会で俺が話したの、武士のおっさんと超能力のクソガキ(なんか俺らより年上とか言ってたけど)と、あとはエヒメの友達の兄貴くらいだからな。他の奴は全然覚えてないわ。
「あ、そういえばこの前、そのキングさんに会いました」
俺が記憶をほじくり返してたら、会話からフェードアウトしていたはずのエヒメが割り込んできた。
「この前? S級招集の時ではなくてですか?」
「はい。この前、ゼンコちゃんとバッドさんと一緒に出掛けた日に」
……ただでさえまたジェノスの奴が威嚇モードになったのに、エヒメの言葉で威嚇が戦闘モードに切り替わりやがった。
おい、ジェノス。ここにそのバッドってやつはいないぞ。
っていうかエヒメ、お前は何でこの重苦しい空気の中、一人平然と笑って話を続けていられるんだよ。
「まぁ、たまたま歩いてたら私が落としたハンカチを拾ってくれた程度なんですけどね。向こうも、S級の集会で会ったことを覚えてなさそうでしたし。
それより、私すごく恥ずかしい思いをキングさんにしちゃったんですよね」
「わかりました。キングを焼却してきます」
「ジェノスさんが何を理解したかが私にはわからない!!」
流れるようにキング抹消を決意して、しかも立ち上がって本当に今から焼却しに行きそうなジェノスをさすがにエヒメが慌てて止めた。
……お前、マジで何言ってんの? そしてマジで焼きに行く気満々か。
「ジェノスさん、落ち着いて! キングさんのせいで私が恥ずかしい思いをしたわけじゃないですから! 私が一人勝手に言い間違えて、恥ずかしかっただけですから!」
エヒメが必死で止めたら、ジェノスも「言い間違い?」と訊き返して再び座ったので、とりあえずS級同士の戦いは回避できたらしい。
でもエヒメ、たぶんこいつがキングって奴を焼きに行こうって思った理由の半分は、ただお前に関わったからだ。恥かいたかどうかは、割と後付けだろうな。
「えぇ。落としたハンカチを拾ってもらって顔を見た時、キングさんだってわかったんですけど、……ほら、あるじゃないですか。わかってるのに、学校の先生に向かって勢いよく『お母さん』って呼んじゃう事。
私、思いっきり『ありがとうございます、お兄ちゃん』って言っちゃったんですよ。
キングさん、『……いや、気にするにゃ』って噛んじゃうくらい困惑させちゃいました」
「……あぁ。それは確かに、恥ずかしいですね。
けれどそれは、先生をとても信頼している証拠ですから気にしなくていいと思います。エヒメさんにとって、善意=先生だからこそ自然に起こった間違いですよ」
エヒメがジェノスの気をキング抹殺から他の事に向けようとして、自分の恥ずかしい失敗を語ったが、気は確かにそれたけどこいつの生真面目さも何か別の方向に向いてしまって、エヒメが余計に恥ずかしそうにしてる。
こいつ的にはフォローされたかったんじゃなくて笑い飛ばしてほしいんだよ、ジェノス……。
何かあんまりにもエヒメが可哀相になって来たので、俺が助け船に似たような失敗談を話してやる。
「そうだ、気にすんなよエヒメ。
俺も面接の時に、先生をお母さんと呼ぶのとは逆パタで自分の事を『兄ちゃんは』って言ったことあるぞ」
「……先生、それは何というか……いい、お兄さんですね」
「……なんか、ごめんねお兄ちゃん」
ちょっ、お前ら。本気で慰めにかかるな。
* * *
どうでもいい後日談だが、俺もキングと会う機会があってそこであいつの秘密を知ってしまったんだけど、俺的にはキングの秘密よりもあいつが買ってやろうとしてたゲームが気になった。
あいつはシューティングゲームと間違えたって言ってたけど、……「ドキドキ♡シスターズ」か。
……こいつが噛んだのって、困惑じゃなくてまさかエヒメに「お兄ちゃん」って言われたのが嬉しかったからじゃないよな?
まぁ、間違えたというのなら信じよう。うん、ヒーローが人を疑っちゃダメだよな。
……でもキング。お前、エヒメにあんま近寄んな。
【フラッシュさんと名前】
先生は基本的に、人の名前を憶えない。
先生が名前を覚えるというのはある一定以上どこかしらを認めている人間だけであり、俺が知る限りですぐに覚えた名前は無免ライダーさんぐらいだ。
先生ほどの傑物ならばたいていの人間が同じような面白みのない人間なので、記憶に残らないのは当然だろう。
そしてこれは最近知ったが、実はエヒメさんも人の名前と顔を覚えるのは苦手らしい。
エヒメさんの場合は過去のトラウマによる人間不信の所為か、先生と違って名乗られた直後に名前を間違えたり忘れる事はないが、やはり興味のない相手は少し間が空くとすぐに忘れるらしい。
実際、入院していた時にあんなにしつこくやって来ていたスティンガーとイナズマックスの名前を、既に忘れていた。
前提が長くなったが、まぁ何があったかというとただの笑い話だ。
先生とエヒメさんと俺で朝食を取った後、俺が洗い物、先生が洗濯、エヒメさんが部屋の掃除をしていた時、掃除機をかけ終えたエヒメさんが俺に尋ねてきた。
「すみません、ジェノスさん。S級に長い金髪で刀を持った男の人がいましたよね? あの人の名前なんでしたっけ?」
唐突な問いに思い浮かんだ条件に合う同僚であるS級ヒーローの名ではなく、何故そんなことを訊くのかを尋ね返したのは、嫌になるほど幼稚な嫉妬だ。
会話はしていないとはいえ会った事がある相手の名前を忘れて尋ねている時点で、相手に興味がさほどないことぐらい察しても良かったのに、俺は他人の男を話題にあげただけでへそを曲げた。
俺がこんなバカげた嫉妬をしてるなんてエヒメさんは気付かず、いつものように穏やかに笑いながら掃除機をかけながら見たニュースで奴が出てきたのだが掃除機の音で名前が聞こえず、出てきそうで出てこない、思い出せないのがもどかしかったから尋ねただけと答えてくれた。
「初め聞いた時、ソニックさんに似ているなーって思ったんですけど、そう考えたら関節のパニックしか浮かばなくなって……」
「誰ですか、それ?」
ソニックという名で直った機嫌がまた急降下したが、その後に出てきた謎の人物名なのか二つ名なのかよくわからないものが素で疑問だったので、思わず訊いた。
どうやら先生が音速のソニック(笑)の名前を言い間違えたか覚え間違えたかして、本人に向かって叫んだ名前らしい。
先生、よくそこまで本来の意味にかすってもいないのに語感だけは絶妙に合っている名前が出てきましたね。これは確かに、妙に覚えてしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、エヒメさんが「ジェノスさん、わかりますか?」と小首を傾げて尋ねてくる。
そのあどけない動作にないはずの心臓が高鳴る錯覚を覚えるが、同時にやはり幼稚で醜い嫉妬がまたジワリとにじみ出る。
だからさっさと名前を教えて、話題を変えてしまおうと思った。
「たぶん、閃光のフラッシュですよ」
「あぁ、そっか。本当にソニックさんと同系統な名前だったんだ」
ポンと手を打って、エヒメさんはようやく納得して晴々とした顔になる。
が、何故かその晴々とした顔は少し不満げなものに変化して、言葉を続けた。
「そんな変なヒーローネームにするのなら、もっと外見でわかるものにしてくれたらいいのに」
何故か唇を尖らせて八つ当たりを始めたエヒメさんの幼い言動が少しおかしく、そして微笑ましく、俺は口角が緩むのを感じながら変えようと思っていたはずの話題を続行した。
「番犬マンのような外見ならともかく、奴はこれと言って特徴がありませんからそれは難しそうですね」
「そうですよね。でももし、つけるとするなら……」
エヒメさんがまた何故か真剣に数秒考えて、そして真顔で言った。
「……前髪ジャーマ?」
思わず吹き出してその場に蹲り、エヒメさんとベランダから戻ってきた先生に心配をかけてしまい、申し訳なかった。が、サイボーグで良かったとも同時に思った。
生身なら間違いなく、腹筋が攣っていた。
というより、実は発想とか言葉のセンスがそっくりですよね。
サイタマ先生とエヒメさんって。
【アマイマスクとカッコよさ】
お兄ちゃんがまた私との約束を破って怪人退治に行っちゃって、その不満をまた電話でエヒメおねーさんに訴える。
ごめんね、おねーさん。私の愚痴ばっかりで迷惑かけてるのはわかってるけど、おねーさんのお兄さんがバッドお兄ちゃんと似たような人らしくて、おねーさんは私の言いたいことを全部わかってくれて、そして私が一番欲しい言葉をいつもくれる。
だから、ついつい甘えてしまう。
今日もおねーさんは電話の向こうで私のいう事を全部きちんと聞いてから、お兄ちゃんを庇うようなことは言わずに、「怪我せず帰ってきてくれたら安心するし、こっちも遠慮なく八つ当たり出来るのにね」と言ってくれた。
本当にその通りだよ!
「もう今日は簡単に許してあげない! アマイマスクのサインだけじゃなくて、直接会わせてくれるまで許してあげないんだから!」
「……ゼンコちゃんは、アマイマスクのファンなの?」
私の言葉におねーさんは意外なところに反応して、訊き返す。
「? うん。大ファンってほどじゃないけど、好きなドラマに出てたから、一回くらい会ってみたいなーって思ってるの」
「……そうなんだ。会わせてもらえるといいね」
何だかいつもより歯切れの悪い言葉に、浮かんだ考えがあった。
「おねーさん、もしかしてアマイマスクのこと、嫌い?」
一瞬、おねーさんもファンで会いたいのかな? って思ったけど、声の感じからして遠慮してるというより困ってるって感じだったから、たぶんこっちなんだろうなぁ。
まだ直接会って遊んでもらったのは2回しかないけど電話はいっぱいしてるから、顔を見なくてもおねーさんがどう思ってるかはだいたいわかってきたと思う。
「……あー、ごめんねゼンコちゃん。でも、嫌いって程じゃないよ。ちょっと……苦手なだけ」
私の考えは正解だったみたいで、おねーさんは気まずそうに申し訳なさそうに謝るから、私はなるべく明るく言った。
「おねーさん、気にしなくていいよ。私も大ファンってわけじゃないから、別にそんなことで怒らないよ。
私、アマイマスクよりおねーさんの方が好きだから、ぜーんぜん気にしてないよ」
実際、アマイマスクのファンであることを馬鹿にされたら怒るけど、おねーさんがファンじゃないことに怒るほど私はわからずやじゃない。
人の好みはそれこそ人それぞれだもん。同じものが好きじゃないのは残念だけど、仕方がないことだとしか私は思わない。
だからそう言ってみたけど、大好きなおねーさんと同じ話題で盛り上がることが出来ないのが少しだけ残念で、私はつい「でも何で、アマイマスクが苦手なの?」って訊いちゃった。
おねーさんは私がファンだから気を遣って言わないようにしてたのに、私が「気にしないから教えて」と駄々をこねたら話してくれた。
「えーと……ドラマとかを見てたら演技が凄く上手だなーと思うけど、……何というか演技が上手すぎて、『本当の彼』がまったく見えないところがなんか苦手だなーっていつも思っちゃうの。
……何ていうか、人間味がないように私には思えるの」
おねーさんの答えにビックリしたけど、なんか納得した。
そう言えばアマイマスクは色んなドラマや映画に出て、色んな役をやってるけど、確かに一つも「この役はなんか合ってないな」って思ったことがないや。
優しい恋人役もすごく怖い殺人鬼の役も、アマイマスクはいつも完璧に演じてるから、私は「本当のアマイマスク」を全然知らない。
芸能人が普通の人に「本当の自分」なんて見せるわけないのはわかってるけど、それでも少しくらいは見えてきそうなものなのに、アマイマスクのイメージが私の中で固まらない。
……うん。確かに意識してみたら、気持ち悪くて好きになれないかもしれない。
「そっか。なら仕方ないね。
でも私は、顔がカッコイイから好きだな」
私の答えにおねーさんは申し訳なさそうな感じを消して、少し笑った。
「ふふっ、でも私、アマイマスクよりバッドさんの方がカッコイイと思うよ」
おぉ、おねーさんがお兄ちゃんを褒めた。
これを教えたら、お兄ちゃん喜ぶだろうなー。お兄ちゃん、おねーさんの事大好きだから。
「あとジェノスさんの方が綺麗だし、ソニックさんの方が美人だし、バングさんの方が渋いし、アトミック侍さんの方が男らしいし、童帝君の方が可愛いし、タツマキさんの方が勇ましいと思うな」
……これは言わないであげた方がいいな。
ただでさえ最近S級に入ってきた人とおねーさんが凄く仲が良いらしくて、お兄ちゃんマジ泣きしてたし。
「っていうかおねーさん、もしかしてアマイマスクの顔も嫌い?」
「ううん。そんなことないよ。イケメンだなーとは普通に思う。
でも、あの人イケメンではあるけど逆に言えばそれ以外に特徴ないから私、髪形変えられるとわからなくなるんだよね」
なんかすごい勢いで他の人の方がカッコイイって言われたから、そもそも顔が嫌いなのかなと思ったら、逆に顔が嫌いって言われた方がマシそうな答えが返って来た。
そしてこれも、納得してしまった。
うん、確かにアマイマスクの顔を説明しろって言われたら、難しいよね。
私が納得しつつもどう反応したらいいかで悩んでいたら、電話の向こうでお姉さんがもう一回笑った。
「でも、私『たち』にとって一番カッコいいのは、やっぱりアマイマスクじゃないよね?」
おねーさんの言葉に、私も笑う。
うん、そうだね。
アマイマスクがどんなにイケメンでも、、絶対に勝てないぐらいカッコいい人を、私たちは知ってる。
私とおねーさんの声は、自然と重なった。
「「私のお兄ちゃんが、世界で一番カッコイイ」」
だから、早く帰って来てね。お兄ちゃん。