私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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バング視点です。


六人目、「優しいおじいちゃん」

 スーパーの買い物かごを一つ取り、エヒメ嬢はまた申し訳なさそうに謝る。

 

「本当にごめんなさい、バングさん。せっかく招待してくれたのに、ジェノスさんは失礼なことを言っちゃうし、お兄ちゃんは図々しいし……」

 今日は兄ちゃんから送られた伊勢海老が、チャランコとわしでは食いきれんのでサイタマ君たちを招待したんじゃが、チャランコが白菜を買って来なかったことでジェノス君とチャランコが諍いを起こし、それを収めるためにわしは白菜をスーパーまで買いに行くと言ったのじゃが……。

 

 エヒメ嬢が兄とジェノス君の無礼を恥じて、テレポートという能力もあることから自分が買いに行くと聞かず、だからと言ってこちらが呼んだ客に買い物を頼むわけにもいかずそこでまた少しもめたのじゃが……、結局エヒメ嬢とわしが買い物に行くことになった。

 

 サイタマ君が「あいつの強情さに勝てたためしがない」と言っておったのを実感したわ。

 意志が強いのも責任感があることも良いことじゃが、この子はちと一度決めたことは何でも思いつめすぎよる。

 まさか白菜を誰が買いに行くか行かないかで、自分が行かなければ死んで詫びるしかないと言わんばかりの顔をされるとは思わなんだ。

 

「エヒメ嬢が気にせんでもええんじゃよ。二人の言うことくらい、ちょっと生意気になって来た孫と思えばかわいいもんじゃ。

 サイタマ君の言う通り、孤独なジジイの飯に付き合ってやると思ってくれたらそれで良い。

 それより、お客さんのエヒメ嬢を移動手段にしてしまってすまんのう」

 

 わしの言葉にエヒメ嬢は、まだ少し困ったままだが表情を笑みに変えて返答する。

「それこそいいんです。遠慮しないでください。

 それより、早く白菜を買って帰らないとたぶんお兄ちゃんが先に食べちゃいますから、急ぎましょう」

 そう言って、野菜売り場の方に歩いてゆく。

 ……こうしてみると、どこにでもいる普通の女の子なんじゃが。

 いやはや、本当に難儀な子じゃ。

 

 白菜だけではなくもう少し食材を買い足しておこうと思い、少し他の売り場もわしとエヒメ嬢で回る。

「……あの、バングさん。豆腐買いすぎでは?」

「ん? 5人で食うのならこれくらいはいるじゃろ?」

「すみません、バングさんの中では豆腐は一人何丁食べる計算になってるんですか!?」

 

 わしが豆腐を10丁ほど買い物かごに入れると、初めは控えめな指摘じゃったのがわしの被せたボケに元気よく突っ込んだ。

 ふむ、サイタマ君に対してよりはまだ遠慮があるが、やはり大人しくしておるよりこういう事を言ってくれる方が安心するのう。

 

 わしがそう言って笑うと、エヒメ嬢は恥ずかしそうに、唇を尖らせた。

「私が遠慮しなくなったら、バングさんにもお兄ちゃんにしたみたいなビンタが炸裂しますよ?」

「あれは武道家として一度、手合わせをしてみたいと思わせるほどの一撃じゃったから、むしろ望むところじゃのう」

「自分で言っといてなんですが、もう本当にあのビンタは忘れてくれませんか!?」

 

 そんなやり取りをしながら、他の野菜やうどん、飲み物を買ってゆく。

 兄以外の身内がおらんわしには、なかなか新鮮なやり取りじゃな。

 武の道を生き、独り身を通したことに後悔はないが、たまには「もしも家庭というものをわしも持っていたら」やら、「子や孫がいたら」と考える時もある。

 

 ……孫娘がいたら、こんな感じかのう。

 そんなひと時の、わしには持ち得なかった、選ばなかった「日常」を噛みしめておると、まだ少し拗ねた様子でエヒメ嬢はわしに言う。

 

「もう本当にあのビンタは火事場の馬鹿力みたいなものなんですから、忘れてくださいよ。私は、バングさんが期待しているような武術の才能なんてありませんよ」

 どうもわしが今日招待したのは、まだ勧誘を諦めていないという下心にこの子はちゃんと気付いていたようで、先手を打って断りを入れた。

 が、そう言われて諦めるような柔軟さは年寄りにはないんじゃよ、エヒメ嬢。

 

「いやいや、サイタマ君から聞いたが、昔はエヒメ嬢の方がサイタマ君より運動神経も良かったんじゃろ? それなら期待もするわい」

「……私はただの器用貧乏で、お兄ちゃんは興味がないことは何もしない、やる気が出るまでが遅いだけですよ。

 お兄ちゃんは言葉通り『やれば出来る人』で、私はお兄ちゃんと比べると高が知れてます」

 

 わしの言葉にエヒメ嬢は謙遜と思える言葉で返すが、瞳はやけに昏い。

 ……しもた。どうもわしは地雷を踏んだようじゃ。

 

 わしは、この子の過去を全く知らん。

 本人の様子やサイタマ君やジェノス君を見とればなんとなく、何があったかの想像くらいは出来るが、例え詳しい事情や過去を知っておってもわしの言葉などさほど意味はない。

 ……この子の4倍近く生きてきても、この子の闇を照らし、傷を癒す言葉一つたりとも知らんというのは情けない。

 

「……才能があっても力の使い道を間違えるようなら、そやつに武を教える価値はない。

 エヒメ嬢、わしはな、君なら力の使い道を決して間違わんと思うのじゃ。だから、サイタマ君より、ジェノス君よりも流水岩砕拳を教えたいと思っておる」

 

 しかし、知らんからと言って何も言わず黙っておくことは、この子にこんな昏い瞳をさせたままでは、何の為に今まで生きてきたのか、そしてこんな年になっても「ヒーロー」をやっておる意味がまるでない。

 だから、わしは語る。

 

 この子がせめて、強大で凶悪な力から自分の身を守る術を与えたいと思う訳を。

 強大な力を「暴力」ではなく、別の何かに昇華してくれるのではないかという期待をかけてしまう訳を。

 

「前に話したじゃろ? 他の弟子を再起不能にして、破門にした弟子がおったと。

 あやつは才能の塊じゃった。物覚えが良くて、一を聞いて十を知るどころか一を見て百を学び取るほどにな。

 ……じゃが、あやつはわしが教え、自ら学び取った力の使い道を間違えた。誰かを傷つけ、痛めつける為にその学んだ力を使った。

 

 ……わしはもう、同じ間違いを犯したくないんじゃよ。

 じゃから、エヒメ嬢を弟子に取りたいと常日頃、思うんじゃ。

『逃げる』為に生まれた力で、誰かを守り、救うことを、『逃げぬ』ことを選んだおぬしなら、決して間違わんとわしは思うんじゃ」

 

 ……あの日、サイタマ君が隕石を破壊し、その二次被害でZ市が半壊したことを売名行為の為にランニングシャツのヒーローと、そやつらに煽られた市民に責めたてられておった時、そんなサイタマ君を庇って、守るために「自分の所為だ」と叫んだこの子を見た時から、思っておった。

 

 逃げるための力で、あんなに怯えながらも大切な人を守るために自分を貶めて守ろうとしたこの子なら、決して力の使い道を間違えない、と。

 サイタマ君にも同じことが言えるが、既に力のある彼よりも力がなく、なのに選んだ道は力があっても地獄のように苛烈な道じゃ。サイタマ君より、こちらに手を貸したいともうのは当然じゃろう。

 

 ……正直に言うと、あの宇宙人を庇ってアマイマスクに対峙した時、この子の語った生き方はして欲しくないと思ったのが本音じゃ。

 あれは汚物にまみれた茨を、裸でかき分けながら進んでいくようなものじゃ。サイタマ君ほどの力があってもそれを貫くのは至難じゃというのに、ただ逃げるしかないはずのこの子ではアマイマスクの忠告通り、いつか必ず破滅するじゃろう。

 

 けれど、この子はその道を選んだばかりではなく、既に歩いて行ってしまっとる。

 それを今更止めるという事は、そこに至るまでのこの子の傷を、痛みを、それに耐えて歩んできたという今までを「無価値」と断じることじゃ。

 

 わしがエヒメ嬢の選んだ生き方を、道を否定するのは、この子が傷ついてほしくないからであって、その生き方が、貫いた先が無価値なんぞ思えやせん。

 

 逃げずに突き進んだ先に、誰もが救われて幸せになるという結末を夢見て、何が悪いんじゃ?

 

 だからこそ、わしはこの子に力を与えたい。

 闘い方が下手で、必要以上に相手を痛めつけ、壊してしまうわしが得た答えである流水岩砕拳を、この子なら上手く使えると思うんじゃ。

 ……あのバカ弟子とは、違ってな。

 

「……私はお兄ちゃんが約束を破ったら、わざとじゃなくても怒って殴るような人間ですから、私だってきっと力を得たら間違えますよ」

 

 エヒメ嬢はわしの言葉にしばらく間を置き、わかっておったがやはり否定して、勧誘を断る。

 あぁ、わかっておる。おぬしは絶対にわしの勧誘はもちろん、何の力も欲しないことを。

 

 おぬしは誰よりも痛みを知る道を選んで歩いているからこそ、誰かを傷つけることを恐れている。

 力の使い道を間違えないからこそ、力をそもそも欲しない。

 

 ……そこまでわかっていても、それでも与えたいと思うのはジジイの余計なおせっかいじゃ。

 

「……そうか。……それでも、気が向いたらいつでも来なさい。戦うのが嫌なら、攻撃のさばき方だけでも、防御の型だけでも教えちゃるから」

 じゃから、わしは何度断られてもしつこく誘う。

 この子の傷を癒すことが出来んのなら、闇を払うことも出来んのなら、せめてその傷がこれ以上増えんことを、闇が深まらんことをただ願って。

 

 武の道に生きたわしに出来ることは、これしかないからのう。

 

「……ありがとうございます」

 エヒメ嬢はまた、困ったような笑顔でわしに礼を言った。

 きっと真面目にすべてを学ぶ気がないのに、自分にとって都合のいいものだけを得ようとするのは図々しいとでも思い、この子は護身すらわしから学ぼうとは思わない。

 結局、わしがこの子にしてやれることはない。

 

 が、まぁいいじゃろ。

 とりあえず、自信なさげで光を失っていた眼に、ちゃんと光が再び灯ったのじゃから。

 

 * * *

 

「……バングさん、一つ、良いですか?」

 会計を終えて、買い物かごからビニール袋に商品を詰め替えながら、エヒメ嬢は問うた。

「何故、他の弟子の皆さんは辞めたのに、チャランコさんだけは残ったんですか?」

 

 一瞬、質問の意味がよく分からんかったが、チャランコは素人から見ても根性がある奴には見えんからのう。他の門下生が恐れてやめたのに、あやつだけ残るのは確かに傍から見て不思議じゃろうなと納得して、わしは答える。

 

「何、単純にあやつはその他の門下生が辞めた原因であるガロウが暴れた時、さぼって道場に来てなかったからだけじゃ。

 じゃからあやつは、ガロウが暴れたところもやられた門下生も見ておらんし、それを見てた門下生から話もろくに聞いておらん筈じゃから、未だにガロウのことを特に恐れてもおらんのじゃろう」

 

 わしの答えにエヒメ嬢は何も答えず、何かを考えるように中空に視線をやってから質問を重ねた。

「……もしかして、そのガロウって人はバングさんのお弟子さん全員を再起不能にしたわけじゃないんですか?」

 

 どうやらエヒメ嬢は、ガロウはその場におった弟子全てを再起不能にしたと思っていたようじゃったらしく、わしは否定する。

「いや、あやつが再起不能にしたのは、あやつに次ぐ実力者ばかりじゃ。

 強さを極端に求める奴じゃったから、どっちにしろチャランコはあの場におっても怪我はせんかったじゃろうな」

 

 情けないとも思うが今現在唯一の弟子の運の良さに今更気づき、わしが笑うとエヒメ嬢も笑った。

 エヒメ嬢もチャランコの無駄な運の良さに笑っておるのかと思ったが、続いた言葉でその考えは否定される。

 

「なんだ。バングさんの教え、そこまで間違えてないじゃないですか。

 その人、『弱い者いじめ』はしない人なんですね」

 

 言われて、チャランコの運の良さ以上に今更なことに気付いた。

 

 ――あぁ、そうじゃ。

 あのバカ弟子は才能の塊で、それに驕ってわしの留守中に他の門下生を「実践」と言って痛めつけ、体に傷、心に恐怖を刻み付けた。

 力の使い道を、間違えた。

 

 けれどあやつは他のバカ弟子、ニガムシなどとは違って一つだけ絶対に間違えないものを持っておった。

 他の奴らはどんなに叱りつけても、まだ未熟な新入りに技を試したりして痛めつけ、才能ある者を潰そうとしたり、暴力で奴隷のように自分に従わせる馬鹿者がおったが、……あやつは絶対にしなかった。

 

 良くも悪くもあやつは弱いものに興味がなく、後輩の面倒を見てやることはなくて、挨拶しても睨み付けるような奴じゃったが……、あやつは一つだけ、絶対に間違えはせんかった。

 

 ……弱い者いじめという、一番間違えてはいけない力の使い方だけはせんかった。

 

「……ボコボコにしたのは、ちと悪かったのう」

「もし、また会えたら謝ればいいんですよ。悪いことしたのは事実なんですし」

 

 気まずげにわしが呟けば、エヒメ嬢はまだ少しおかし気に笑いながらそう答えた。

 ……やれやれ。慰めるつもりが慰められるとは。

 

 このシルバーファング、一生の不覚じゃな。

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