「マスター! すみません、ちょっと来てください!!」
舎弟たちと街を見回っていると、ちょっとトイレに行ってくると言ってコンビニに寄ったはずの舎弟、タンクトップタイガーが俺を引きとめた。
「何だ? 指名手配の賞金首でもいたのか?」
「いえ、そういうのじゃないんすけど、前から話していた『あの女』がいたんすよ! コンビニに!!」
「あの女」と言われても俺にはピンと来なかったが、タイガーの言葉に兄のブラックホールが「何!? あのテレポート女か!?」と言い出して、やっと思い出す。
あぁ、そういえば何度か話を聞いたな。
テレポートという特殊な力を使って、タイガーにいきなり攻撃を仕掛けて逃げた女の話を思い出す。
正直、自分の舎弟がやられたことに対する屈辱や怒りよりも、階級がC級かつ相手は特殊な力を持っているとはいえ、ヒーローが一般人の女相手に一撃で倒されたという事実を情けなく思う気持ちの方が強いんだがな。
まったく、いくらテレポートで予測不可能な場所に突然現れるとはいえ、それ以外はタツマキのような力もないのだろう?
ならタンクトップの動きやすさを最大限に使って、避けるなり防御なり出来るようにしろ。何のためのタンクトップなんだ。
しかし舎弟がやられたのは事実で、そのことに関して何の落とし前をつけないで黙っておくのは、タンクトッパーの名折れだ。
それに女でなおかつ指名手配や賞金首になっていないとしても、ヒーローに攻撃する特殊能力者が危険であることは間違いない。
「どこだ。急ぐぞ」
「はい! こっちです!」
相手がテレポーターなら、それこそ能力を使って逃げられたらいくらタンクトップの動きやすさを駆使しても、見つけることは至難だ。
だからこそ逃げられる前にまずは確保すべきと判断して、俺と他の舎弟たちは先導するタイガーの後を追う。
「あのコンビニで……あれです、あれ! 今、雑誌売り場で立ち読みしてる女です!!」
タイガーが立ち寄ったコンビニを指さした先で雑誌か何かをパラパラめくっている女は、まだ少女と言った方がよさそうなほど幼げで儚げで、どこからどう見てもヒーローに通り魔的な攻撃を加えるようには見えない。
タイガーとブラックホール以外の舎弟たちも、話を聞いて想像していたのとはおそらく真逆に当たる少女に呆気を取られる。
「いや、何かの間違いじゃねーの?」
タンクトップベジタリアンが思わずタイガーに他の舎弟の心の内を代弁して尋ねるが、兄弟二人は見た目に騙されるな! あの女は犯罪者やS級ヒーローもたらしこむ悪女だと口汚く罵るのを聞いていたら、頭が割れそうなぐらい痛くなってきた。
見た目に騙されるなは、まぁ良いだろう。正論だ。
でもお前ら……、全て本当のことを言ってるとは思ってなかったが……
「! そこで何をしている。タンクトップマスター」
頭痛を堪えて俺がこいつらどうしようかと考えていたところで、呼びかけられて振り返ると……俺がとにかく謝らなくてはいけない相手の一人が、不穏な音を立てながらそこに立っていた。
新入りのS級16位、ジェノスだ。
タイガーとブラックホールは、奴の登場で明らかにうろたえる。
あぁ、そうだよな。お前らが言っていた「たぶらかされた、だらしなくて情けないS級」とはこいつの事だから、どこから話を聞いていたかが不安なんだろう。
そしてジェノスの方も、俺よりも明らかにタイガーとブラックホールの方を敵視し、警戒して睨み付けている。
この状況で俺がヒーローとして、集団を率いるリーダーとして、人として、そして一流のタンクトッパーとしてすべきことはただ一つ。
隙あらば逃げ出そうとしたタイガーとブラックホールの兄弟の頭を俺はわし掴んで、そのまま互いの頭をまずは叩き付け、そしてその頭を掴んだまま俺はジェノスに向ってに腰を曲げ、自分の頭を下げた。
「……うちの舎弟が迷惑をかけたようで、すまない」
「…………かけられたのは俺ではなく、先生とエヒメさんだ」
とりあえず俺の言葉と行動で多少の誠意は認められたのか、不穏な音を止めてジェノスは言いつつ顎で方向を指す。
振り返るといつの間に俺らの存在に気付いたのか、S級招集の時に出会い、そして船が墜ちた時に移動で世話になったエヒメという少女が、困惑で目を丸くしてこちらを見ていた。
* * *
「……ほう。先生をインチキやらほら吹きだの、それこそ根も葉もない誹謗中傷をして市民を煽った事で、エヒメさんの怒りを買って自業自得な攻撃を喰らったことを、貴様らは『卑怯な方法で襲い掛かって来た通り魔』と言ったのか?
そして今、貴様らは何をするつもりだった? 自分たちの仲間とリーダーに、都合のいいことだけを吹き込んで、エヒメさんの名誉を貶めて、多勢に無勢で何をするつもりだったんだ?」
「ジェノスさん、すみません。焼却砲はさすがにやめてください。人間が蒸発するのは、さすがに見たくないので」
とりあえず他者の迷惑にならないように、コンビニの駐車場の端にでも俺たちは移動し、タイガーとブラックホール、そしてジェノスとエヒメという少女に「本当の事」を問い詰めた。
……結果、俺の頭痛はさらに増した。
「あの女」が彼女であることを知った瞬間から、タイガーが一方的な被害者ではないことは確信していたが、まさかここまで綺麗な逆恨みだとは思いたくなかった。
ジェノスが掌どころか腕全体から砲門を解放して今にも舎弟二人を焼き払おうとしているが、止める気にもなれない。新人潰しの挙句、ヒーローでもない子に逆恨みで俺を利用して集団リンチを企むこいつらを、本気で消し去って欲しかったくらいだ。
俺や他の舎弟たちにも呆れられて見捨てられていた二人に救いの言葉を掛けたのは、彼女の兄を除けば最大の被害者である本人だった。
しかし本人も止める理由はただ単に、ジェノスの最大火力で消し炭すら残らないであろう二人が蒸発する瞬間を見たくないだけだった。そりゃそうだろう。
ジェノスはその言葉でさすがに砲門を閉じるが、今にも二人を殺しかねない目で睨み続け、睨まれてる兄弟は自分が敵に回した相手の恐ろしさを今更になって実感し、謝罪の言葉も言えずにただその場で震えあがっている。
もう情けなさで泣きたくなってきた。しかしここで「そいつらが全部勝手にやった事」と言って二人を切り捨てて見捨てるのは簡単だが、それこそタンクトッパーの名折れだ。
舎弟にタンクトップの似合う存在になれと教え、筋トレを重ねてきたが、心根までタンクトップが似合うように教育していなかった俺が、その責任から逃げるわけにはいかない。
「すまない、ジェノス。それと……エヒメさん。こいつらのしたことは、ヒーロー以前に人としても最悪だ。
こいつらの所業は、協会に俺から報告しておく。確実に資格剥奪になるだろうから、それで手打ちにしてくれないか」
「いやです」
俺が謝罪と殺す以外の方法としてとりあえず上げた、こいつらの償いとしての「ヒーローの資格剥奪」を、彼女は即答で断った。
その答えというか即答っぷりに俺や舎弟たちはもちろん、ジェノスさえも目を見開いて、庇うように自分の後ろにやっていた少女を見ていた。
俺たちの視線を、彼女は真っ向から見据えて、言う。
「この人たちが資格を失うことが、どうして私やお兄ちゃんに対する謝罪や償いになりえるんですか?」
……それを問われると、こちらも辛い。
彼女の兄に対してしたことは時間が経ちすぎているのとJ市の件で、今更こちらからあの時の悪評はブラックホールのデマだったことを公表し、その責任を負って辞めても、名誉回復どころか下手したらさらに大きな悪評が尾びれとして付く可能性の方がはるかに高い。
彼女と初めて会った日、アマイマスクに対して彼女が言っていた言葉が蘇る。
被害者は一生被害者で、加害者も一生加害者。
犯した罪に対して償いなどできない。
そういうたぐいの事を、この少女は言っていた。
「……俺が言うのもなんだがな、君の考えはアマイマスクとはまた違う方向で頑なだ。
許すことを強要するつもりはない。が、償いも許されないのなら、……『間違える』こと、『失敗する』ことも許されないのなら、人はどうやって生きたらいいんだ?」
俺はあの時、この子の言葉を知って思ったことを問うた。
舎弟が俺の教育不足で許されないことをしたこの場で言うことじゃないのはわかっていたが、それでも、この子には言っておかなければならない。
あの時、まずはアマイマスクから守ることを優先して言えなかったことを。
アマイマスクも間違いだが、君も間違えているという事を。
「君の言葉は正しかった。けど、同じようにアマイマスクの考えだって正しい。
この世には話を聞く時間を与えてはいけない、今すぐに排除しなければならない悪もいる。あの時はそうじゃなかったから、アマイマスクが劣勢だっただけだ。
君は信念を持って、本気であの考えを、生き方を実行していることに疑いはないし、それは素直に尊いと思う。
けれど、それでも君の考えは、正しくても大きく間違っている」
ジェノスが金の瞳を俺に向ける。どうやら俺も、敵認定されたようだ。
だが、どんなに憎まれても言わせてもらう。
傷しかつかないという道に突き進む子に、注意もしないで見て見ぬフリをするために俺は、タンクトップを着こなしているんじゃない。
そんなバカなことから、体を張って止めて守るために着こなしているんだ。
「こいつらの事が許せないのはいい。それだけのことをしたのだからな。
でも、償いを『無意味』と断じるのはやめろ。それは、君自身の首を絞める言葉だ。
……君はまだ若い。だから、必ずどこかで間違え、失敗する。
それは当たり前で、許されていいことなんだ。償いさえすれば、許されるべきことなんだ」
俺の言葉を、彼女は黙って聞いていた。途中で割り込んで、自分の主義主張を訴えることをせず、ただまっすぐに俺を見据えて最後まで聞き、そして……
「タンクトップマスターさんは、とても立派な『ヒーロー』ですね」
穏やかに、嬉しそうに笑って言った。
自分の生き方を否定されても、「間違えている」と言われても、彼女は怒りも悲しみもせず、自分より俺の言葉で殺気立っていたジェノスをポカンと拍子抜けさせた。
「そうですね。私も、自分でも頑なというよりバカな考えだなーって思います。そもそも、別に私だっていちいち自分がされた嫌なことを全部覚えてるわけでもなければ、してしまった悪いことを許してほしいと思って、償いを求めますよ。
……でも、そうやって『許されるから失敗をしていいんだ』と思ってしまったら、その考えに甘えちゃいそうじゃないですか?
だから、自分を律するために言い聞かせるんです。
被害者は一生被害者で、加害者だって一生加害者だって」
思ったより、彼女は自分の頑なさと歪みを自覚していた。
が、この自覚は別に良い意味はない。むしろ、俺の言葉が無意味だったと思い知らされた。
……この子は、俺の言葉なんて、俺の考えなんてとっくの昔に自分で辿りついて、自問自答した結果、それでもあの道を選んだのか。
はっきり言って、俺から見たらこの子の考えや生きると決めた道は無意味だ。真面目に貫こうとすればするほど、他人はもちろん、自分自身の醜さや弱さを思い知って、傷ついて、いつか必ず破滅する。そんな結末しか、想像できない。
けれど、それもわかったうえで貫くのなら、……たまに口出しする程度にとどめておこう。
無意味だと誰かに言われても、それを無価値にしたくないこだわりや気持ちはわかってるつもりだ。
だから、せめてたまに口出そう。
この子がいつか、自分の選んだ道を諦めたくなった時、引き返したくなった時、その諦めが罪悪感にならないように。
ここまで強固に意思を固めているのなら、俺の否定的な口出しくらいでは今更迷わないし、傷つかない。
……俺の口出しで迷って傷つくようになったのなら、俺の言葉を言い訳にして、盾にでもして戻って来たらいい。
それくらいは、してやるさ。ヒーローだから。
そんなことを勝手に考えて決意していたら、エヒメという弱いのに強情でどこか歪んでいるくせに真っ直ぐに突き進む少女は、少しだけ申し訳なさそうな苦笑をして、俺に言う。
「ごめんなさい、マスターさん。なんか、誤解される言い方しちゃって。
私が言いたかったのは、この二人の償いに意味はないとかじゃなくて、ヒーロー資格剥奪はそのまんま、償いにならないっていう意味です。
だって正直言ってこの人たち、マスターさんの部下と思えないくらい、ヒーローじゃなくなった方が何しでかすかわからないくらい性質が悪いじゃないですか」
言われて、また頭痛がぶり返した。
俺の事を評価してくれたのは嬉しいが、もう完全にこいつらは犯罪者予備軍じゃなくて犯罪者扱いされてるのか。いや、実際にそうだからもう何ともいえん。
が、この子が何を言いたかったのか、何を望んでいるのかは、今の言葉でよくわかった。
「……あぁ。本当にすまない。返す言葉もない。先ほどの提案は撤回しよう。
そして、約束しよう。
こいつらは絶対に、ヒーローをやめさせない。身も心も鍛え直して締め上げて、どこに出しても恥ずかしくない、超一流のヒーローに、そしてタンクトッパーに教育し直すことを、約束する」
俺の新たな償いの提示に、タイガーとブラックホールはこれからどんなしごきをされるかがわかっていないのか、命の危機も資格剥奪の危機からも脱出したと思い、感涙する。
その様子をジェノスが不愉快そうに睨み付けているが、不穏な音が聞こえない所からして提示した償いの内容に不満はないらしい。
そして肝心の本人は、満足そうに微笑んで答える。
「ありがとうございます。タンクトップが似合うかどうかは、正直どうでもいいですけど」
……本当に正直な意見だな。