本日も厄日
今日はひじきとか洗剤とか特売品が多かったから、私とお兄ちゃんとジェノスさんの3人でスーパーに出かけた帰り、珍しい人を見つけた。
「お兄ちゃん、あそこにキングさんがいる」
帽子を被ってさらにパーカーのフードを被ってるから、すごくわかりにくいし怪しいくらいだけど、特徴的な目の三本傷ですぐにわかった。
恥ずかしながら人の顔と名前を覚えるのが苦手な私でもすんなり覚えることが出来たくらい、ヒーロー名だけどシンプルな名前と特徴のある顔立ちなのに、お兄ちゃんは私の言葉に「誰?」って首を傾げる。
……お兄ちゃん、前にも話題にあげたよ?
「S級集会にも来ていたヒーローです。サイタマ先生を差し置いて、最強の称号を手にしている男です」
前に話題となった時とほぼ同じ説明を、ジェノスさんにさせちゃってた。ごめんなさい、ジェノスさん。兄妹そろって、人に疎くて。
まぁそれはいいとして、ジェノスさんは少しだけキングさんがこんな普通の商店街で何してるのかを疑問に思ったようだけど、正直私はキングさんに何の興味も用事もないので「家が近所かもしれませんね」と適当極まりない回答をしながら、頭の中は今日買った食材でこの先一週間の献立について考えていた。
ただたまたま、知人とも言えないけど他人よりは知ってる人を見つけた。それだけの出来事かと思っていたんだけど、急に騒ぎ始めた人の声が私の日常を終了させる。
いや、これも日常の一部と言われたら、否定できないんだけどね。
「怪人よぉおおお!」
「子供を近寄らせちゃ危ないぞ!」
周囲の騒然と混乱にジェノスさんは険しい顔をして、ひじきのお買い得パックの箱を持ったまま私を守るように抱き寄せる。
あー……自業自得だけど、これは守るというか私が勝手にどっかいかないように警戒されてるんだろうなぁ。信用されてないな、私。それだけのことをしたし、最近はトラブル続きだったから仕方ないけど。
私がテレポートでトラブルの種の元に跳びこまないように、がっちりホールドしながらジェノスさんはお兄ちゃんにすぐに怪人退治をしようかと話を持ち掛けたけど、急に思い直す。
「キングの実力を見る良い機会かもしれません。様子を見ましょう」
「あぁ。そういえばあの人の戦ってるところ、見たことありませんね」
ジェノスさんの提案で集会があった日、宇宙船をどうするかでクロビカリさんに意見を求められて答えた彼の言葉を思い出す。
あんな上空に構えられていたら何もできないと言っていたし、あの日も今日も武器らしきものは何も持っていないから、バングさんやお兄ちゃんと同じ、徒手空拳で戦うタイプの人なのかな?
どうもジェノスさんは、お兄ちゃんではなくてキングさんが最強の称号を得ていることが気に食わないらしく、どの程度の実力を持っているのかが知りたいらしい。
そしてお兄ちゃんも、顔はいつも通り覇気もやる気も感じられない無表情だけど、ジェノスさんの提案に「そうだな」と答えたあたり、キングさんに興味があるらしい。
敵じゃないから戦えないだろうけど、もしも噂通りの強さならお兄ちゃんの虚しさに共感して、友達になれるかもしれないもんね。
どっちも仕方がないなぁと思いながら、私たち三人はとりあえず電柱の陰に隠れた。
……どうでもいいけど、怪人の次に私たちが排除されても文句言えないくらいに怪しくないだろうか、この行動。
* * *
「我が名はG4.“組織”によって作られた機神なり」
合成音声とすぐにわかる無機質な声だけど、しゃべり方はやたらと滑らか、これだけで結構な技術を使ってると素人の私でもわかる。
キングさんの前に現れた怪人は、2メートル近いキングさんが子供に見えるくらい巨大で、そして強そうなロボットだった。
私から見たら強そうで派手なロボットだなーとしか思わないけど、ジェノスさんが言うには正義の天才科学者、クセーノ博士に改造してもらった自分より性能が上かもしれないらしい。
ジェノスさんの放射砲やその他の戦闘に用いる機能はもちろん、味覚を感じられるようにしたりと細やかな人間らしい感覚まで与えられる博士さんが天才なのは疑いようもないけど……、実は前から思ってましたがジェノスさん、なんで博士さんを言い表す時わざわざ、「正義の」ってつけるの?
博士さん本人が自称してるのかな? そうだとしたら、私の博士さんの印象がちょっと変わるんですけど。
ジェノスさんが勝手に言ってるんなら、とりあえず博士さんに同情を送ろう。
私はついつい、私自身があまり興味のある出来事ではないからどうでもいいことを考えていたけど、キングさんは何かそのロボットと話してから、S級集会でも鳴りっぱなしだったどっどっどっどって音を立ててどっか行っちゃった。
どうもロボットはキングさんを使って自分の性能テストと、キングさんの戦力データを取りたかったらしく、でもキングさんはトイレに行きたかったから先に行かせてくれと言ったらしい。
……マイペースな人だ。お兄ちゃんと本当に気が合うんじゃない?
ロボットは10分の猶予を与えて、1分遅れるごとに10人殺すという条件を付けてそれを許可して律儀に待ってる。
動きといい言葉といいかなり人間らしくて高性能だけど、こういう律儀というか融通が利かないあたりが実にロボットらしい。
何か忠犬みたいに待ってる姿は、ちょっと可愛いかもしれない。
そんな風に呑気に考えられたのは、猶予の3分くらい。
5分、6分、7分と経つにつれて、さすがに私はもちろんジェノスさんも苛だった様子を見せる。
キングさんが帰ってこない。それだけなら、他力本願な話だけどジェノスさんもお兄ちゃんもいるから別に良いんだけど、人類最強と謳われているキングさんに戦いを挑んだロボットということで、周囲の人間がまったく避難をしてないのが大問題。
これが他のヒーローなら、危機感なく見学するにしてもよほどの馬鹿じゃない限り、さすがに巻き添えの危険性くらいは想像してもっと遠くから見てるんだろうけど、キングさんはお兄ちゃんみたいに一撃でいつも怪人を倒しているらしく、周囲の人たちの危機感はゼロに近い。
このまま、もしもキングさんが初めの猶予10分に間に合わなかったら……
私はその可能性に背筋を凍らせたけど、周りの人たちは全くその可能性に気付かない。自分が犠牲になる可能性というものに、思い至っていない。
根拠もなく「自分は大丈夫」と思い込む人たちをどうしたらいいかわからなくて、頭がグチャグチャになってきたタイミングで、私の肩を抱く手の強さが増し、頭にはぽんっと温かな手のぬくもりが降って来た。
お兄ちゃんが視線はロボットに向けたまま、私の頭に手を置き、ジェノスさんは私を心配そうに見てしっかりと自分に抱き寄せる。
「お兄ちゃん? ジェノスさん?」
「お前は余計なこと考えんな。何とかすんのは、俺とジェノスの仕事だ。
お前の仕事は、……一仕事を終えた俺たちを労うことだ」
「えぇ。俺たちにどうか、任せてください。……必ず、帰ってきますから、どうか貴女は信じて待っていてほしいんです」
私が呼びかけると、お兄ちゃんはそっけなく念押し、ジェノスさんからは後悔がにじむ懇願された。
私がまた感じなくていい責任を感じて、一人で暴走してたのを二人はお見通しだったみたい。
「……ごめんなさい。うん、大丈夫。今日はちゃんと待つ。信じて、待ってますから」
さすがにここ最近、特にこの間の怪人になったあのストーカーでたくさんの人に迷惑と心配をかけたから、今日はもう本当に大人しくしていようと誓う。
うん、今日はこの大人しく待つという誓いから逃げない。
「……だから、ジェノスさんも無茶しないでくださいね」
けどせめて、これだけは言わせて。
人の事なんか言えないことをいっぱいやらかして来てるけど、それでもジェノスさんも自分がサイボーグだからって、手足の一本二本がもぎ取られることをこの人は何とも思わない。
……それが私は、前々からずっと嫌だった。
ジェノスさんは私の図々しい頼みごとに、一瞬固まる。たぶん、お前が言うなとか思われてるんだろうなぁ。
でも優しい人だから、そういう事は言わずに穏やかに笑って、「はい」と答えてくれた。
ジェノスさんの答えに私が安心したら、「俺の心配はしねーのかよ」ってお兄ちゃんに言われたけど、……ジェノスさんの焼却砲を至近距離から喰らって、被害が服だけだった人に何の心配をしろと?
何? 公然わいせつ物陳列罪の心配?
私がお兄ちゃんにそんな軽口を叩こうかと思った、無機質な声が響いた。
「時間だ」
タイムリミットが来てしまった。
キングさんはまだ、この場に戻って来ない。
それなのに周囲の人たちは、「おっかしいなー」とか言って騒ぎだしたけど、誰も自分がロボットの言った、「1分遅れるごとに10人殺す」の10人になる可能性を考えていない。
あまりに危機感も想像力もない、バカな野次馬。
けれど、私もそんなバカの一部だった。
ロボットは無慈悲に、強大な剣を振るう。
私に向って、一直線に。
『え!?』
さすがに私はもちろん、お兄ちゃんとジェノスさんも同時に声を上げる。
どうやら私は、「1分遅れるごとに10人殺す」の第一号に設定されたらしい。
ここ最近のトラブルは私の自業自得ばっかだと思うけど、さすがに今日のは私、運以外は悪くないよね!?
何なの!? 厄日というか厄年なの!? 私、数え年で今二十歳だから本厄じゃなくて後厄のはずなんだけど!?
パニクってそんなバカでどうでもいいことしか考えられなかった私はもちろん、何もできなかった。
っていうか、テレポートで逃げたらジェノスさんも一緒に跳んで、お兄ちゃんだけ置いてけぼりになる。たぶん支障は何もないけど、さすがにそれは何かお兄ちゃんに悪い。
そしてスーパーの袋を両手に下げたお兄ちゃんよりも、私がバカなことをしないように抱き寄せて、そして私をたぶん初めから守ってくれるつもりだったのか、荷物を地面に全部置いてたジェノスさんの方が、行動は早かった。
私に向って真っ直ぐに振り落とされたロボットの剣を、私をしっかり抱き寄せたまま殴って砕き、そしてそのままジェノスさんは右手を飛ばした。
何それ初めて見た新機能!?
ジェノスさんは極太のワイヤーで繋がった右手首を、ブーストで勢いよく飛ばして、ロボットに拳が接触した瞬間、ブーストの勢いをさらに増して思いっきり殴りつける。
巨大なロボットが吹っ飛んで背中を地面に叩き付けて倒れる。
ロボットを殴り飛ばした勢いでブーストの熱風が吹き付けてきたけど、ジェノスさんがしっかりと抱え込んでくれてたのでそこまで酷くない。せいぜい、髪が乱れたぐらいの被害で済んだ。
ワイヤーを引き寄せて自分の右手首を回収してジェノスさんは私に、「大丈夫ですか!? どこか怪我は!?」とものすごく心配そうに尋ねられたから、私は大丈夫と答える。
ジェノスさんの方もどこも怪我はなくて、一応お兄ちゃんも確認に見たけど、何かちょっと楽しそうな顔で「何それ、ロケットパンチ?」とか言ってた。
あぁ、うん、お兄ちゃん。ロケットパンチが男のロマンなのはわかったから、もうちょっと空気読んで。
けどこんなことを考えてる私だって、空気を読めてない。
かなり派手に倒れたけど、ジェノスさんが自分より性能が上かもしれないと言われたロボットはすぐにジェノスさんも持ってる肩のブーストを使って起き上がり、そのまま足を振り上げた。
「! 先生!」
「わっ!」
ジェノスさんはお兄ちゃんを呼びかけて、そのまま私をお兄ちゃんの方に突き飛ばし、自分一人で踏みつけてきたロボットの足を受け止めた。
「ジェノスさん!?」
「ジェノス、手貸そうか?」
お兄ちゃんに抱き留められた私が叫び、お兄ちゃんはいつものようにやる気なく尋ねる。
「いえ!」
さすがに高性能なだけあって、見せしめ第一号に設定した私に執着するという融通の利かなさはなく、自分の邪魔をするジェノスさんを優先排除対象にしたらしいロボットの踏みつけに耐えながら、ジェノスさんはお兄ちゃんの申し入れを断った。
お兄ちゃんがぶっちゃけテキトーに出した課題である、「S級10位以内に入れ」というものを達成するにはこれくらい独力で倒さなくちゃいけないと叫んで、彼は焼却砲でロボットの足を壊して踏みつけから脱出し、そのままロボットに向かって殴り掛かりに行った。
……最低でも災害レベル鬼と自分で言った相手なのに、もう既に顔にヒビが入ってるのに、なのにジェノスさんはロボットの足を壊した後、ロボットに殴り掛かる前に私に向って、微笑んで言った。
「エヒメさん、いってきます」
……あぁ。今日は本当に厄日だ。
こんなに近くで私は、何もできないまま待ってなくちゃいけないなんて。
……たぶんキング編は、キングがエヒメと接触しないまま次回で終わります。
前回の後書きでも書きましたが、原作のキング・フブキ編に当たる話は、ジェノスVSソニック中心のラブコメ色が強い話になります。
キングとフブキが好きな方、本当にごめんなさい。
私も好きなんですけど、この二人は原作でがっつりサイタマと関わった分、エヒメと関わりをあまり持たせられなかった……。