私のヒーローと世界の危機と愛しい日常風景   作:淵深 真夜

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ジェノス視点です。


今はこれでいい

 ……前々からずっと感じていた違和感の正体が、やっとわかった。

 

 俺のはもちろんその他の奴らの好意に気付かない鈍感さは、過去のトラウマによる人間不信であることはわかっていた。

 けれど、この人を「人間不信」と言い表すことにいつも釈然としないものを感じていた。

 そうとしか言えなかったのに、この人がどこまでも「人間不信」らしくなかった。

 

 今、わかった。

 普通の「人間不信」はそもそも、人間の善意を信じない。人間が善意というものを持ち、見返りなしで自分を助け、愛してくれるという事を信じないのに対し、エヒメさんはどれだけ傷つけられても裏切られても、人に対する善意を信じて疑っていない。

 

 この人は、人間を信じていない訳じゃない。

 どこまでも先生と同じく、真っ直ぐで尊い人間性をどんなに傷ついても保っている。

 

 ……けれど、この人は歪んでいる。

 誰よりも真っすぐで曲げられることがなかったからこそ、曲げることが自分でも出来なかったこそ、この人はあまりにひどい歪みを抱えていることに気が付いた。

 

 ……この人は好意に疎いのではなく、無意識だが意図的に「好意」から目をそらして別物に解釈をしている。

 自分が相手に好かれているから優しくしてもらえてるという相手の下心に気付かないのは、鈍感だとか純粋だからではない。

 これは、相手が優しいから誰にでも同じことをすると思い、その優しさがいつ自分の元からなくなっても、相手に裏切られてもいいようにの予防線だ。

 

 ……人の善性を信じているのに、自分にその見返りを求めない善意や愛情が与えられない、与えられたとしてもそれは一時の「おこぼれ」でしかないと本心から思っていることに、……自分が誰かに愛されて大切にされていることを信じられないということに、気付いてしまった。

 

 * * *

 

「……ジェノス……さん?」

 俺を見て、俺の様子のおかしさに不安げな顔をして呼びかけるエヒメさんは、本心から俺を案じてくれていることがわかる。

 けれど俺は何も答えられない。

 何でもないと言って誤魔化して笑うことも、この歪みを指摘することも出来ない。

 

 指摘など……出来るわけがない。

 

「だって私なんかを、誰が好きになるんですか?」と彼女が言った時、エヒメさんの顔が悲しげに歪んでいたり、何かを諦めたような寂しげな顔をしていたら、どれほどマシだったか!

 

 ……この人は、まるで今の天気を口にするように、ごく当たり前と言わんばかりの口調と笑顔で言い切った。

 ……自嘲ですら、なかった。

 

 いったい何があれば、何をされたらこんな顔であんなことを言えるようになるんだ!?

 もうあれは、諦めたでも、信じられなくなったとも違う。

 

 この人は、誰からも愛されない、善意など与えられないという絶望に適応したんだ。

 深海魚が暗闇で必要のない目を退化させるように、一度堕ちた絶望の底から浮かび上がることも出来ずに、「相手は自分の事が好きなのかもしれない」という期待を失うことで、その期待を必要ないと切り捨ててそこに適応してしまった。

 そうしないと生きてはいけなかったから、当たり前のようにそれを受け入れてしまった。

 

 ……この人は自分をエゴイストと言いながら、多くの人を本心から大切に思い、心配して、その身を投げ出しても守ろうとするのに、先生以外の誰も信じていない……、いや、もしかしたら先生すらも「兄」という責任感で自分に気をかけてくれているとしか思えていないのかもしれない。

 

 あまりにも酷い、真っ直ぐなのに、真っ直ぐだからこそ歪んでいる彼女の「世界」に、……ここまで歪められた彼女の「絶望」に、俺は絶望した。

 

 そしてエヒメさんは、自分がどれだけ悲しいことを言ったのかすらもわからない、適応してしまった絶望の世界に気付かないまま、……貴女が助けを求める側だというのに泣き出しそうな顔で俺に手を伸ばす。

 

 俺が守れなかった、俺を守ろうとした、大きな傷を残したその手で、流れない俺の涙を拭うように指先は頬に触れて、言う。

 

「ジェノスさん、大丈夫ですか?」

 

 助けを求めて誰かに縋るための手すらもぎ取られたのに、誰かを助けようと伸ばし、差し出す手は、涙を拭う指先だけは手放さなかった人が、俺の絶望を案じた。

 

 俺は、エヒメさんが伸ばした手に自分の手を重ねる。

 彼女を悲しませた、「大嫌い」だと言われた手を、あまりにも痛々しい小さな手に重ねて伝える。

 

「……そんなこと、言わないでください」

 

 俺の本音を、目のそらしようがないように、真っ直ぐに。

 

「俺は、貴女が好きです」

 

 * * *

 

 俺の告白にエヒメさんは目を丸くさせ、俺に触れていた手は反射で引こうとするが、その手を掴み離さない。

 彼女が無意識に、俺の言葉を別の意味合いに解釈しないように、エヒメさんを見据えて言葉を続ける。

 

「俺は、エヒメさんが好きです。

 サイタマ先生の妹だからではありません。先生がいてもいなくても、貴女に出会えていたのなら、俺は貴女に必ず惹かれていたでしょう。

 

 貴女の、穏やかな笑顔が好きです。貴女がいつも自然に俺を『サイボーグ』ではなく『人間』として扱ってくれるのが、嬉しかった。

 貴女が俺の幸せを願ってくれたおかげで、俺の復讐を肯定しながらそれだけに全てを費やすのは間違いだと言ってくれたおかげで、俺の世界は一変しました。

 貴女と一緒にいる時が、俺は一番幸せです」

 

 ただ思い浮かぶがままに、自分の気持ちを羅列する。

 恋慕でも愛情でもない、ただの好意に過ぎない、「好き」という幼くて単純な、ただそれだけの気持ちを全て言葉にする。

 

 恋慕や愛情は、伝わらなくてもいい。

 それを今、伝えるのは俺の身勝手以外の何物でもない。

 それを伝えてしまったら、このあまりにも真っ直ぐな歪みを抱えて絶望に適応したこの人の負担にしかならない。

 

 やっとの思いで適応した世界を壊す、毒にしかならない。

 

 ……けれどそれは、ただの好意であっても同じことだ。

 諦めて、捨てて、忘れて、それがないことを、手に入らないことが当たり前だと言い聞かせて適応させたのに、この人にまた裏切られて失う恐怖を背負わせるだけだという事はわかってる。

 

 それでも、俺は――

 

「……正直、好きになれないところだってあります。

 いくら言っても危ない行動をするところや、音速のソニックに対して無防備すぎるところとか。

 けれど、それらも一つ一つが貴女を……、エヒメさんという存在を構成する大切な一部ですから、俺は貴女の好きにはなれないところも含めて、貴女が好きです。

 

 ……だから、もう……言わないでください。

 俺が、いますから。

 エヒメさんの事が好きな人間は、ここに俺がいますから」

 

 それでも、俺は知っていてほしかった。

 この世界は、貴女が思うような見返りを求めない善意なんかほとんどない、誰もかれもが裏で見返りを求めて下心が存在する下劣な世界だけど……、それでも、求める見返りが「貴女の幸福」である人間もいることを、貴女の前だからこそ正しい人間でいられる者がいることを。

 

 ……貴女が俺に言ってくれたように、俺に「幸せになってもいい」と言ってくれたように、貴女は助けを求めてもいい、逃げてもいい、そして何より、誰かに好きになって欲しい。

 幸せになりたいと、望んで欲しい。

 

 俺は絶対に裏切らないと約束するから、だからどうか信じて欲しかった。

 

 ……そこまで思って勢いで言ったのはいいのだが、完全な勢いだけで一気に言ったので気が付かなかった。

 いつの間にかエヒメさんの表情は呆気を取られたものではなく、俺が掴んでいない方の手を口元に持ってきて俯き、耳まで真っ赤にしていることに今更気づき、俺も気恥ずかしくなる。

 

「………………えっ……と……あ、ありがとうございます」

 真っ赤になってうつむいたまま、エヒメさんは消え入りそうな声で答えた。

 その反応と言葉からして好意そのものは伝わったようだが、思った以上にきちんと伝わっていたのがまたさらに恥ずかしい。

 

 告白のつもりはなかったが、もしかしたらむしろ今のタイミングでは色んな意味で伝わって欲しくない方の「好意」まで伝わってしまっているのかと不安がよぎったが、わずかに上げた顔の表情と言葉がそれを否定する。

 

「……でも、……あんまりそういう……ストレートな言い方は……しない方がいいと思います。

 えっと……私はすごく嬉しかったですよ! 嬉しいんですけど……ご、誤解してしまいそうなので……」

 赤面しながら困ったように笑って、エヒメさんは言う。

 

 やはり気付いていなかったことにホッとしつつ、……ここまで言っても「好意」以上には決して取らない、彼女の絶望の根深さをまたさらに見せつけられ、俺は泣きたくなる。

 けれど、泣けない。たとえ俺が生身であっても、泣きはしない。

 

「……そうですね。

 けれど、これだけは誤解しないでください」

 

 俺が泣いたらこの人は、その手で縋るのではなく自分の手を差し出して涙を拭うから。

 だから俺は精一杯、サイボーグの利点を生かして、この乾いた目を笑みの形に細めて言う。

 

「俺は、本心から貴女が好きです。

 同情や哀れみで言った訳でも、先生のついででもない。俺はエヒメさんという人が好きです。だから、俺の好きな人の事を誰も好きになる訳ないなんて……」

「わ、わかりました! わかりましたから、もう言いませんから、すみませんもう勘弁してください!!」

 

 エヒメさんの手が俺の口を押えて、さらに顔を真っ赤にさせて叫ぶ。

 確かに、これはやりすぎた。俺がエヒメさんの立場なら、確実にコアが暴走して自爆していただろう。

 

 俺は掴みっぱなしだったエヒメさんの右手を離すと同時に、俺の口を押える左手を剥がして「すみません」と答えた。

 ……この時はおそらく自然に、笑えていただろう。

 

 エヒメさんが、赤面しつつも安堵したように笑ってくれたから。

「……ごめんなさい、ジェノスさん。えっとなんだか……心配をかけてしまって」

 笑いながら謝罪する、……自分の言ったことの何が悪かったかをまだよくわかっていないエヒメさんに、胸の奥、コアと同じ場所にあり違うものが軋むように痛む。

 

 それでも……今はこれでいい。そう、思えた。

 赤みがまだ強く残る顔で、エヒメさんは顔を上げて笑って俺に言ってくれたから。

 

「でも、本当にそう言ってくれて、嬉しいです。

 私も、ジェノスさんの事が大好きですから」

 

 その言葉は、俺とは違って本心から「ただの好意」でしかないことくらいわかってる。

 

「……私も、自分を蔑ろにして大事にしてくれないジェノスさんを、どうしても好きにはなれません。あなたが好きだから、傷ついてほしくないから、そこは何があっても許すことは出来ません。

 ……でも、あなたがそういう人だからこそ出会い、そして何度も助けられたのは本当ですから……、私も、ジェノスさんの好きになれないところ、許せないところ、大嫌いなところを含めて、あなたが好きです」

 

 それでも、嬉しかった。

 全然守れてなんかなかった俺を、貴女に助けられっぱなしで、悲しませて泣かせてばかりの俺に「助けられた」と言ってくれたこと、彼女を泣かせてまでして手に入れた力を、「大嫌い」と言われたこの手を含めて、価値を見出してくれたこと。

 

 そして何より……

 

「だから……私はあなたと『ケンカ』がしたかった。

 私は、全然ジェノスさんに好かれてる自信なんかなかったから、そのくせジェノスさんに求めているものがあったから、……だから私は、あなたにも私に何かを求めて、訴えて欲しかった。

 だから……えーと……な、何か色々あったし想像とは違うけどとりあえず、お互いに言いたいことを言えたようで満足してます!!」

 

 最後は恥ずかしさの限界を迎えたようで、一気に言って話を無理やりに終わらせたことに、思わず吹き出す。

「笑わないでください!」と少しだけ怒るエヒメさんに謝りながら、俺は胸の奥の無力感に言い聞かせる。

 

 今は、これでいい。

 この人は自分が好かれている、自分を好いてくれる人が少なくとも一人はいると知ってくれた。

 今は求めるものがあまりにささやかでも、それでも何も求めないで自分が諦めていることを知らないままでいるよりは、ずっとマシだ。

 

 エヒメさんの絶望はあまりに根深くて、先生ですら3年かけた今でもそこから引き上げられないのなら、俺が無理に引き上げてしまったらそれこそ、この人は耐えきれずに壊れてしまう。

 

 だから、これでいい。

 今はその絶望の底から1ミリでも浮かび上がったのなら、少しでも自分に向けられる「好意」に気付けるようになったのなら、……その手で誰かに何かを求めるようになれたのなら、それでいい。

 

 この人が少しでも幸福に近づけたのなら、もうそれだけで十分だ。

 

 だから今はもう、これ以上は何も言わない。

 今は何もできないのなら、これからしてゆけばいいと無力な自分に言い聞かせる。

 

 ……とりあえず、俺の告白あたりから何か勘違いして聞き耳を立てている地獄のフブキとキングをそろそろ焼却するところから始めるか。

 





ジェノスVSソニック編、実はまだ終わりません。
あと4話ほど続きます。ソニック出ないけど。
もう少しだけお付き合いお願いします。
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