……勝っちゃった。
キングさんが一人で、60連勝で勝っちゃった。
「……なぜキングが……信じられない……サイタマ組……たったの5人で……私は30人以上を率いて挑んだのに……人脈ですら劣ると言うの?」
「フブキさん、落ち着いて! これ人脈はあんまり関係ない! たまたま、キングさんがゲーム超強かっただけだから!!」
そのショックでフブキさんのメンタルがなんかヤバいんだけど、もうどうしたらいいのこれ!?
っていうか、フブキさんがこんな状態なのにお兄ちゃん、「じゃあ、俺らの勝ちだから飯でもおごってくれ」なんてよく言えるね!
むしろ私はフブキさんにご飯をご馳走したいくらいだよ!!
ただフブキさんの方もプライドの問題か、ただ単に律儀な性格だからかはよくわかんないけど約束を違える気はないらしく、お兄ちゃんの「飯おごれ」に対して力なく「……いいわ」と応えて今現在、皆でレストランにでも向かってる最中なんだけど……
「このままではまずい……。この男にランキング順位を抜かれる気がする……。私が必死で守ってきたB級一位の座を……」
フブキさんのメンタルは回復しないまま、何かずっと独り言をつぶやいてて怖い……。
「お主はどうも、肩ひじ張って上っ面ばかりを気にしておるのう。
若いんじゃから、もうちょっと気を抜いた方がいいと思うぞ?」
「……今回はたまたま俺の得意分野だっただけで、別にフブキ氏やフブキ組が劣っていたわけではないんじゃ……」
「ほら、フブキさん! バングさんもキングさんも、こう言ってるわけですし!!」
もう必死でお兄ちゃんとジェノスさん以外でフブキさんをフォローするけど、フブキさんは全然回復しない。
だめだ、自虐自嘲の負のスパイラルにはまってる!
しまいには、いつまでたってもブツブツずっと言ってるフブキさんをうっとうしく思ったのか、ジェノスさんが「置いて行きましょう」とか言い出すし!
出来るか、そんなこと!
お兄ちゃんも、ジェノスさんの意見を「いや、まだ飯おごってもらってねーし」で却下しない!
そしてフブキさん! 私らのフォローは聞かずに何でお兄ちゃんとジェノスさんの会話だけはしっかり耳に入ってんの!?
「そうよね……。もう私の価値なんて、それくらいしか……」
「フブキさん!? フブキさんを無価値だとか言ったら、人類の9割はガチで無価値以下のゴミですよ!」
自信を無くして私たちにご飯をおごることだけが自分の価値とか言い出したフブキさんに、私は必至で説得する。
いやマジでこれだけ美人でスタイル良くて、強力な超能力を持っててあれだけの人数をまとめ上げるカリスマがあるこの人が無価値なら、人類はゴミしかいないよ、フブキさん!
私は思ったことをそのまんま口に出してフブキさんを褒めてみたけど、お兄ちゃんというかキングさんにボッキリ折られた自信は一向に回復しない。
……この人、タツマキさんがコンプレックスなのはわかったけど、何でここまで自信がないと言うより打たれ弱いんだろう?
超能力では確かに叶わなくても、タツマキさん本人には絶対に言えないけどスタイルは圧勝してるし、向こうはそんな気がないからしてないだけかもしれないけど多人数をまとめ上げるとか、今回みたいに戦闘が不利なら別の自分たちが有利な状況を作り出すこととか、お姉さんより優れてる所なんかいっぱいあるから、私からしたら何を気にしてるのかがよくわからない。
そんなことを考えていたら、怪人発生の警報が流れた。
災害レベル「虎」と聞いて、凹んでいたフブキさんも含めて全員が真面目な顔になり、キングエンジンが鳴り響く。
「行くぞ!」
お兄ちゃんの声に不満を唱える人はおらず、全員がその怪人の元まで急いだ。
……怪人退治で、フブキさんの自信が少しでも回復したらいいんだけど。
* * *
結果は、ダメでした!
バングさんとジェノスさんのコンビネーションが綺麗に決まって、お兄ちゃんがいつも通りワンパンで倒して、フブキさんの出る間がなかった。
……お兄ちゃん。せめてカッコよく決めてくれたらまだしも、糸まみれでものすごくカッコ悪く終わらせちゃったから、フブキさんが余計にショックを受けちゃってるし……。
「……怪人退治も出来ない私なんて、何でヒーローやってるのかしらね?」
「フブキさん! キングさんもしてないから! 怪人にとって相手が悪すぎただけだから!!」
私がそう言ってフォローしてみるけど、やっぱり何の慰めにもならない。
もう本当にどうすりゃいいの、この人!? って思っていたら、「おねえさん!」と高い声と同時に私の腰になかなかの勢いで子供が飛びついた。
「童帝君?」
「おねえさん、Y市に来てたんですね! 知ってたら油断なんかせず僕があの怪人を倒して、カッコイイ所を見せたのにー」
私が視線を下ろすと、ランドセルからなんかものすごいアームがまだ仕舞い直しきれていない童帝君が、私の腰に抱き着いて無邪気に笑っていた。
何でここに童帝君が? って一瞬思ったけど、そういえば童帝君のラボはここ、Y市だった。
そりゃ、怪人発生と聞いたら童帝君が出るよね。
「……おい、童帝。エヒメさんが迷惑がってる。離れろ」
ジェノスさんがお兄ちゃんに引っ付いてる糸を剥がしながら言うけど、私は別に構わなかったのでそのまま童帝君と会話する。
ぶっちゃけ、ちょっとフブキさんの相手に疲れたから癒されたい。
「いいんですよ、ジェノスさん。童帝君も、お疲れさま」
言いながら頭を撫でると猫のような笑顔で気持ちよさそうにしながら、「あ、そうだ。お姉さんも見てください!」と言って、持っていたものを見せた。
……えーと、何これ?
目が八つあるオカメのお面? 岡目八目? ダジャレかな?
「これは僕が新開発した、『オカメちゃん』です。
これで人物を映すと筋肉量とかその他を測定して、肉体強度を測定できるんです」
「へぇ。擬態とかが出来る怪人の発見とかにも使えそうだから、いいですね」
「あ、いいですね。その使い方。でもまだまだ試作段階なんですよね。さっきの怪人も、上半身と下半身で強さが違って、レベル測定を見誤ったし……。
そうだ、ちょっと皆さんも測定させてください」
童帝君が頼みに私は別に良かったので見てもらったら、数字は30。一般的なC級ヒーローを100としているから、私の数値は普通に一般人レベルだけど協会の職員さん(男性)より高いらしい。
……何にも嬉しくないな、この情報!
バングさんはすごい数字が出そうと期待したけどそういうのは苦手だからと言って断り、ジェノスさんはサイボーグだから「肉体強度」は測定できないらしい。
だからお兄ちゃんとキングさんを測ったんだけど、結果はどちらも測定不能。
お兄ちゃんは弱すぎてエラー、キングさんは強すぎて測定できる上限がカンストしたって童帝君は思ってるけど、たぶん逆だよ!
っていうかキングさん、本当はあまり強くないんだろうなって思ってたけど、本当に強くなかった!
とりあえず童帝君に、あの蜘蛛の怪人を倒したのはお兄ちゃんだから、お兄ちゃんもカンストしたんだよ、私より弱いはないよ、っていうかそれは私が嫌だよ! って主張しようとしたけど、童帝君はなんかまだ落ち込んでブツブツ言ってたフブキさんを測定し始めた。
……フブキさんって、超能力者だから別に体はさほど鍛える必要ないよね?
「ちょっ、童帝君! ストップ! フブキさんは測らないで!!」
嫌な予感しかしなかったら止めたけど、遅かった。
「あ、今度は測定できた。“地獄のフブキ”。『19』」
やっぱり、かなり低かった!
そして、フブキさんがOTLのポーズで落ち込んじゃった!!
「19……。私の強さ、C級以下……」
「フブキさん、ちょっと一回深呼吸して落ち着いて!
あなたの戦闘スタイルなら筋力なんにも関係ない! そして女としてこの数値、高くても嬉しくない!!」
いきなりOTLのポーズになったフブキさんを見て、童帝君が「……おねえさん、僕は何か悪いことしたんでしょうか?」と若干引きながら訊いてきた。
「……童帝君はあんまり悪くないよ。強いて言えば、タイミングが悪かったかな?」
私はそう答えるのが精一杯だった。
ただでさえ何を言っても凹む精神状態だったフブキさんが、わかりやすい数値で「弱い」と断言された……って思い込んでるんだろうなぁ。フブキさんなら、あんまりその数値関係ないはずなのに。
まぁ、とにかくもうボロボロだったフブキさんの精神をへし折る最後の一撃には十分だったらしく、フブキさんは顔色を真っ青にしている。
さすがにその様子を見ても、「早く飯食いに行こうぜ」とはお兄ちゃんも言えなかったらしく、面倒くさそうに一度溜息をついてからまだ蜘蛛の糸にまみれてる手袋を脱いで、フブキさんの頭を撫でた。
「ほら、もういい加減落ち着けって。
何でお前はそんなに、順位とか数値とか頭数とか、上っ面の部分を気にしすぎるんだよ?」
お兄ちゃんはフブキさんの頭を乱暴に撫でて、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるけど、フブキさんはされるがままでやっぱり最悪の顔色のまま、譫言のように答える。
「ふふふ……あなた達みたいなタイプには理解できないでしょうけど、上っ面は大事なのよ。
自分を他人より強く見せるためには……人より高いポジションで……なるべく隙を見せないこと……。あの人もそうしてたし……、いつも高い所にいて隙が無かった」
……フブキさんの言いたいことは、私には少し理解できる。
順位とか頭数とか結果とかそういうわかりやすい「優れた証拠」がないと、逆に「劣っている証拠」もないのにバカにして見下す人はいるし、隙を見せた瞬間、相手の全てを奪い取って行く人もいる。
上っ面が大事で必要なのは、確かにお兄ちゃんにはわからないだろうけど、事実だ。
……でも、それは――
「? それじゃ素の本気を出せないだろ?」
私が何かを言う前に、お兄ちゃんが心底不思議そうな顔をして言った。
お兄ちゃんにはわからない。だからこそ、惑わされずに行きつく。あまりにも簡単で、貫くにはあまりに困難な真理をこともなげに言いきる。
「周りを気にすんな!!」
「先生! エヒメさん! 周囲に無数の生体反応があります!」
お兄ちゃんが言い切ると同時に、ジェノスさんが声をかけ、同時に童帝君も声を上げた。
「! 子蜘蛛だ!! 怪人の死骸からウジャウジャと散り始めたぞ!!」
「やばい! そいつは寄生型みたいだった! 1匹でも逃がしたら大変なことに……」
お兄ちゃん達より前に戦っていたヒーローさんも顔を青ざめて声を上げ、他の全員も顔色を変える。
地面の蜘蛛は普通の蜘蛛サイズで、倒すの自体は多分簡単だけど数が多すぎて一匹一匹を潰していたら、大半が確実に逃げられる。
ジェノスさんが周囲拡散系の焼却砲が一番手っ取り早くて確実だけど、もう倒したと思って警報が解除されたせいで見物人が多くて、撃ち出すことは出来ない。
お兄ちゃんもバングさんも周囲拡散型、広範囲系の技なんかないし、キングさんはオカメちゃんで論外だって判明した。
だから、私は叫ぶ。
あなたしかいないと。
「フブキさん!!」
「言われなくとも……わかってるわよ、そんなこと……!!」
その答えは、お兄ちゃんの言葉に対してか、私の呼びかけに対してか。
どちらにしろ彼女の顔はもう自信をへし折られて失って、泣きたいのに今まで築き上げたプライドの残滓で泣くことも出来ない顔なんかじゃない。
自信はまだ回復してないだろうけど、何かをふっ切ったような顔でフブキさんは言い切って、ぶわりと彼女の周囲の気流が上昇する。
「あなたや姉が私より強くたって関係ない……。
私は私のやり方でいく!」
空気の流れを操って、フブキさんは器用に子蜘蛛を全部かき集めて、そしてそれを握りつぶすように一気に丸めて潰した。
そして指をパチンと鳴らしたら、まだしつこくお兄ちゃんにこびりついていた蜘蛛の糸も全部は剥がれ落ちる。
「さっきはちょっとキングの凄さに動揺して調子が狂っただけ!
……とはいえ、今回の負けは認めるわ。今日の所は大人しく帰るけど、まだ諦めたわけじゃないからね。それじゃ……」
いつもの調子を完全に取り戻したフブキさんに私はホッとしたけど、お兄ちゃんは「帰んな。約束通り飯おごれ」と言い出した。
もう本当に空気を読め、お兄ちゃん!!
* * *
久々の外食は美味しかったし楽しかったけど、予定よりだいぶ遅くなっちゃったなぁ。もう外が真っ暗だ。
……ちなみに予定よりだいぶ遅くなった理由は、フブキさんが注文の際に念密なカロリー計算をして時間がかかったから。
彼女のあのスタイルがどうやってでき、そして維持されているかの一端を理解した。
うん、私には無理だ!
で、お会計の後、私がフブキさんにご馳走になったお礼を伝えたら、「気にしなくていいわよ」とそっけない返しの後に私から目をそらしながら、ポツリと言った。
「……悪かったわね」
「はい?」
いきなり何のことについての謝罪か、そもそも私に謝ってるのかすらわからなかったから、私が問い返すとフブキさんは目どころか顔をそらせて語りだす。
「私が落ち込んでた時に、色々言ってくれたのに話を私が聞かなかったこととか、……あなたがああいう手段が嫌いなのに巻き込んだこととかよ!」
……あぁ、前半はともかく後半は何のことかと思ったら、あの勝負方法の事か。まぁ、確かにあの数の暴力とだまし討ちみたいな方法は私のトラウマスイッチの一つだけど、どれも避けようと思えばいくらでも避けれたものだから、実はさほど気にしてない。
褒められた手段ではないのは確かだけど、こっちが避けようと思えば避けれたチャンスはいくらでもあった、むしろ甘いくらいだったと私は思ってる。
っていうか、フブキさんは何だかんだで誠実で優しいよね。もっと卑怯なマネをしようと思えばいくらでも出来たはずなのに、それをしなかったんだから。
「大丈夫ですよ。フブキさんも、気にしないでください。……フブキさんは優しいですね」
私がそう答えると、フブキさんはきまり悪げに「……優しくなんかないわよ」と答える。
それを、私は否定する。
「優しいですよ。それと、自分の悪いと思ったことはちゃんと謝って、至らないと思ったところを認めるのは人として凄いと思います。
……だからこそ、『フブキ組』の皆さんは、フブキさんについて行くんだと思いますよ」
フブキさんがそらしていた眼を、私に向けてくれた。
きょとんとした顔で私を見るフブキさんに、私は伝える。
「上っ面が大事」と言った彼女に、それに同意をしながら否定する。
「『フブキ組』の皆さんは、フブキさんの『上っ面』に惹かれて、それ目当てで一緒にいるわけじゃないですよ。
フブキさんを尊敬して『この人についてゆきたい』と思ったから、だから皆さんは『フブキ組』なんです。……皆さんはフブキさんの『上っ面』じゃなくて、『内面』が大事なんだと思います」
上っ面が必要で大事なのは、それしか見ていない「敵」相手の時だけ。
フブキさんは、少なくとも「フブキ組」の皆と一緒にいる時は、そんな上っ面なんか必要ない。
私がプレッシャーで潰れそうなとき、そのまま潰すのではなく助けることを選んだこの人に躊躇いなく同意したあの人たちは間違いなく、フブキさんの上っ面なんかどうでもいいはずだから、そのことを伝えて少しでもこの人が肩ひじを張らずに休めるようになってほしかった。
「……バカね。あなたは」
フブキさんは、妖艶な美女は子供のように無邪気に唇を綻ばせて言った。
「言われなくても、知ってるわ。そんなこと」
……どうやら、私の言葉は余計なお世話で杞憂に過ぎなかったらしい。
けれど私もその答えが嬉しくて、自然に頬が緩んだところでお兄ちゃんやジェノスさん達が呼ぶ。
「おーい、エヒメ何してるんだ。帰るぞ」
「エヒメさん、電車がなくなりますよ」
その声に私が「今行く」と答える前に、がしっと私の両肩が掴まれてそのまま抱きしめられた。
背中の圧倒的な質量と弾力に思わず同性でも顔が赤らんだのに、それを押し当ててる本人は楽しげにお兄ちゃんたちに言った。
「サイタマ。あなたの妹、今晩貸して」