このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる 作:ささんさ
生誕祭二日目は、特別派手な開幕式はないため緩慢に始まった。
三日間の華やかな祭りの折り返しであり、過度な熱はない安定した空気だ。
耳を澄ませば、雑音から様々な人の行動が知れる。
昨日のうちに回ることができなかった屋台に訪れる者。
ハイスコア更新を狙ってお遊びに躍起になる、大人気ない者の姿もありありと浮かぶ。
勿論、店で溌剌とした笑みで商品を売り捌く者。
そして子ども向けの屋台で無双する輩に鉄拳制裁する者の声も聞こえている。
後者に関しては、欠片も風情は感じないが──まぁ、そういうものは付き物だろう。
相も変わらず肉の香りを漂わせるオーク料理の店を見つつ、有栖は混み合ったメインストリートを進む。
陽光は未だ朝の方角に傾いており、日本時間で現在時刻が十時ほどと推測できる。
本来であれば昼までのんべんだらりんと過ごす有栖は、やはり眠気で大きく欠伸をした。
「ふ……ぁー」
……あんま人混み好きじゃねぇから早目に出たっつーのに、もう賑わってやがるよ。
恨めしげに周囲を見渡して、クソったれと息を吐くように暴言を吐き捨てる。
ただし心の中で。
目元を擦りながら、有栖は片手で開いた街の地図へと視線を落とす。
無論、以前にアルダリアを恐喝して受け取った地図である。
昨日決断した通り、街の教会へと向かっているのだが──しかし付き人はいない。
ジャラを誘おうとしたのだが、サヴァンからの許可が下りず失敗。
サヴァンと言えば、昨夜有栖が無事王宮へと帰路につくと妙に驚いていた。
「お帰り……その、道中で誰か殺したりしてないよな?(おかしいな、カナリア様からは確か、生誕祭中にアリスの身柄は引き渡される手筈だという話だったが)」
「いえいえ、そんなそんな。私が無差別に誰か殺すように見えますか?」
「……殺してないなら良いんだが」
警戒しすぎではなかろうか、いやこの程度は当然か。
圧倒的強者と目される有栖が、大事な約束とともに相手までお釈迦になれば大問題だ。
それにしても、身柄引き渡しとはこれまた物騒である。
サヴァンを問い詰めた結果、どうにも冒険者が生誕祭での自由行動が許されたのはそれが原因らしい。
王宮に受取人が来るのも不都合で、あからさまに有栖だけを生誕祭に放つのも不自然だからだそう。
情報漏れ気にしてんのか、サヴァンもその受け渡しの詳細は知らなかったし。
この好判断には、誠に遺憾であると政治家のように言わざるを得ない。
そもそも昨日に、そのような受取人が有栖の前へ訪れたような覚えはなかった。
念のため思い返しても、まるでそれっぽい人物は現れなかったはずだ。
人物名を列挙するとしたら、ジャラ、白ローブ集団、ロリコン冒険者を始めとする食堂の連中。
……うむ。
これ絶対白ローブ達のことだよね。
自身の名推理ぶりに絶望する有栖は、実際のところ凡庸な発想だった。
しかし彼らが受取人にしても、あまりにも態度がふざけすぎではなかろうか。
まさかあの白ローブ達はミスリードで──と数瞬血迷ったが、流石にそれはないと自己完結する。
カナリアの指示らしいが、相手側からは適当に仕事をする程度に舐められているのだろう。
白ローブからすれば生誕祭で遊ぶことが最優先事項で、カナリアの要件が二の次なのかもしれない。
この図式は全米も大号泣だ。
などと有栖は適当に考えていたが、他人の不幸を指差して笑う場合でもない。
その思考は救いようのない屑であるが、それはいつものこととして。
結局のところ白ローブの件、と言うより有栖の引き渡しの件の意図は判然としないのだ。
素知らぬ間に肉薄していた危険を野放しにしておくと、不幸の矛先は我が身となるだろう。
よって、ビクビクしながらも一刻も早く危機を察知しようとする小物の鑑だった。
ちょうど良いから、教会で懺悔でもすれば良いのではなかろうか。
しかし当然、引き渡しの要件が不発に終わったのだから冒険者を生誕祭に参加させる意味も消失する。
明日には大事な暗殺阻止の作戦も控えているのだ。
忙しいから、という理由のゴリ押しで二日目も自由行動の前言を撤回することも不可能ではない。
良識のある人間ならば渋々納得するだろう、が。
神への反骨精神──しかし雰囲気に流されること多々あり──を露わにした有栖には通じなかった。
虚仮(こけ)威(おど)しのステータスを盾に、交渉という体の脅迫をサヴァンへ敢行。
相手の心理的なカマかけや引っ掛けは『心眼』で察知、地雷を避けつつ会話を繰り返すこと一時間。
そして二日目の外出権を無事獲得したのである。
……なかなか苦労したけど、俺にかかれば朝飯前って奴だし?
得意げに鼻を高くする有栖だが、言ってることもやってることも三下である。
ただ物事とは得てして上手くいかない。
前述のようにジャラは明日の件で断られてしまった。
有栖が連れ出す正当性は微生物ほどにもないため、無理強いはできない。
ならばと思って矛先を変えたが、同様にフィンダルトも明日に控える作戦の下準備で不在だった。
集った冒険者の残り一人こと大男は見るからに暇そうだったが、無視して王宮から出た。
絡んだことのない相手であることもあるが、巨漢を身近に置くと何だか犯罪の香りがするのである。
年の差の溝が深いコンビだと、本がだいぶ薄くなる偏見だ。
そうだと裏をかいてサヴァンを誘っても、言葉を濁されて拒否された。
指令官なのだから当然である。
だが他に思い当たる人物と言えば、サラの食堂に溜まる輩やそれこそ白ローブくらいだ。
サラの食堂の連中は、気は良いが柄が悪いため教会から放り出される可能性が大で却下だ。
その点、白ローブは聖職者のため完璧だが本末転倒のため、やはり却下。
こうして候補が消失した有栖は、自分の交友関係の狭さに絶望するのだった。
と、そのような紆余曲折があり、結局は有栖単独で教会へと歩を進めている訳だ。
世間的に形容するのならそう、ぼっち乙である。
装備は生誕祭初日と変わらず。
枯れ木色の杖を握り、バッグを肩から下げ、ローブのフードの下にカツラを乗っけている。
完全防備を確かめていると、ようやっと教会の尖塔が人波の向こうに見え始めた。
三つの尖塔を持つ白塗りの教会は、景観を第一にした四角いガラス窓が三つ正面に穿たれている。
有栖には原子レベルで理解できないが、建築士のセンスの良さが窺える配置だった。
規模は現代と比較しても大きく、ジャラが観光のレパートリーに入れていたのも頷ける話だ。
西洋建築らしい外観なのは、ここにも異世界人の手が加わっているのか、偶然なのか。
……とりあえず、無邪気な観光客の女の子辺りをイメージしてっと。
むにり、と表情筋をほぐす感じで二、三度頬を揉んで、見るからに晴れやかな笑顔を作る。
鏡がないのは失策だが、きっと大丈夫だろう。
そのように有栖は意を決して、教会の正面にある木彫の扉へ向かった。
扉の前では、垂れ目の目元が優しげな白ローブが箒で道を掃いている。
こちらの方向へ訪れたことはなかったが、ごく普通に白ローブを被った者は生息しているようだ。
──さて、ここで前にいる白ローブを無視して教会内に入るのはちょっとアレだよな。
常識としては、挨拶をしておくのが礼儀だろう。
「おはようございます!」
「おはようございます。元気が良いねぇ、お嬢ちゃん」
しわがれてはいるが、優しげな初老の男の声で安心する。
これがまた話聞かないタイプの女性だったら、折角作った笑顔が真顔に変わるところだ。
有栖は生き生きと目を輝かせて、
「あのっ、その。私、生誕祭で初めてこの国に来たんですが、この教会、とっても有名だって聞いて、あの……えっと」
「うんうん……この教会のことが知りたいんだね?」
「あっはい、そうなんです!」
「それじゃあ、中へ。ここで立ち話は何だからねぇ」
おお、なんとお優しいことか。
溌剌とした笑みの下「うぃひひ」などと下衆の笑い声を上げる有栖とは違う種類の人間だ。
勢いだけで話し上手とは言えない少女を演じる有栖は、老人に取り入ったことで安心中である。
冷静になって見てみると、老人を詐欺に引っ掛けて満足げな有栖の図、だった。
実に下劣である。
「ああ……お嬢ちゃんはダイス教の信徒かな?」
「はい! ですけど、教会とかに来るのは、その、初めてで……」
「成る程ね」
扉に入りかけた初老の男が、ふとこちらを振り返って問うた言葉に有栖は即答する。
ダイス教というのは確かダーティビル王国の国教で、この教会で崇拝する宗教の名だった、と思う。
もっとも有栖の持つダイス教の知識は、白ローブが特徴とかその程度だ。
だが、嘘でも信徒だと言わねば教会内に入れてくれるか怪しかった。
そのため「あまり物を知らない田舎娘」の設定も演技に加える。
男は一度「では」と告げ、内部に続く扉の前で作法を教授してくれる。
「後学のために教えると、第一に被り物は全部外して、第二にステータスを教会の戸外にいる神父──今は僕のことになるんだけど──に見せること。それで問題がないようであれば、誰でも足を踏み入れることを許されている」
神父様ーカツラは被り物に入りますかー!
などと、バナナを遠足のリュックに突っ込む小学生並みの質問はしない。
被り物を取るのは神への敬意を表すためで、ステータスについては危険人物をマークするためらしい。
異世界人が以前、他国の教会で暴れた事例があってから、その規則が厳格になったようだ。
髪色を誤魔化しても、ステータスの種別の表示は隠せない。
あくまでもそれを確認するためだけのため、数値やスキルは見せずに済むのはありがたい。
ダイス教には「虚偽は控え、真摯に隣人と接しなさい」という一節があった気がする。
『虚飾』のスキルなど発覚した日には、火炙りにされかねない。
そういう訳で、やっとカツラを買った意味が出てきたのだ。
有栖は意気揚々とフードを外し、この身に何の嘘もございませんと熱弁するがごとく、ステータスを何の憂いもなく優しげな神父へと飛ばした。
こんな気持ちでステータスを渡すの初めて……もう何も怖くない。
その後すぐに首と胴体が分かれそうな言葉を吐きながら、有栖はその群青色のカツラを衆目に晒す。
地毛の黒髪を隠すため、ロングヘアなのは邪魔だが仕方ない。
そんな妙に気取ったことを考えながら、目の前の老人が許可をくれるのを待つ。
そして。
「ア、ァ、アリス・エヴァンズ……と、君の名前は言うのかい……?」
「はい! えっと、どうかしたんですか」
一目にして瞭然に、初老の神父の態度が、変化した。
頻繁に、有栖と神父の手元にスライドさせたステータスを交互に見つめ、瞠目している。
小刻みに震える彼の心境は何か。
恐怖──ではない。
それは畏怖と愕然、という言葉が適当だろう。
あれ、何だこの反応。
惚けたような疑問で有栖も狼狽える。
確実に『虚飾』の影響下と思われる能力値、そしてスキル欄は隠蔽できているはずだ。
隠されていない種別には、異世界人の表示はない。
年齢の欄が伏せられてはいるものの、ここまで驚愕されることでもあるまいし。
名前だって、この神父にアリス・エンドーと名乗って混乱させている訳ではない。
惑乱する脳内は、その神父の驚きの原因を突き止めるため『心眼』の発動を促す。
そうだ、こういうときこそ『心眼』は使わねばならないのだ。
特に何の逡巡もなく、有栖は『心眼』を起動──黒の瞳は、金色に変色して真実を見つめる。
その様子が、決定打となった。
直後神父は有栖の前に跪いて、両手を切願するかの如く組ませた。
平民が大名行列に頭を垂れるようにも、眼前に突如として現れた神仏に祈りを捧げるようにも見える。
クエスチョンマークが脳内で洪水を起こしていると、引きつった声音で神父は、
「その……その、眼はぁ! 君、いえ、貴女様がまさか────神の子であらせられるとは!」
「えっ」
──えっ。
間の抜けた声を発す有栖は何故だか、そのとき耳元で憎っくき神が爆笑する声が聞こえた気がした。