このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる   作:ささんさ

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28 『笑う男 上』

 有栖は手持ちの杖を弄りながら、一人で荘厳な雰囲気を醸し出す玄関の前に立っていた。

 正門から庭園を突き進んだ場所にある本館、その玄関は見晴らしも良い。

 百八十度見渡せる庭園は壮観で、しかし情緒がない有栖には少々退屈だった。

 屋根では朝の斜光が防げないのが難点だったが、人を待つのには困らない。

 

「あ、こっちです。こっち」

「ハッピー、アリスちゃん。うん、今日も良い天気で嬉しいなぁ!」

「ええ、そうですね。ちなみに悪天候の場合はどう思うんですか?」

「悪い天気でも嬉しいなぁ! って」

「結局何でも良いんじゃないですか……」

 

 こちらへ駆けてきたジャラは、爽やかな笑みを口元に浮かべて気持ちよさげに背中を反らそうとする。

 だが背中の大剣が邪魔なのだろう、動きはぎこちなかったが。

 有栖は改めて彼の装備を観察する。

 みっともなく皺が寄った布地の服装で防具の類は着ていない。

 武器は腰に差された片手剣、そして背負った巨大な両手剣だろう。

 また、片手で有栖の物と同様の魔境を持っていたりもする。

 自分の身長では見上げなければならない長身で、おそらく裕也よりも背は高い。

 燻んだ金の髪と同色の無精髭を顎に生やし、見るからに怠け癖のある駄目男さを放っている。

 ただ一つ、その顔が作る満面の笑み以外は。

 

 ──とりま、誰も付いてきてるようでもないし、ジャラはいつもの格好だな。

 さりげなく周囲を見回す有栖は、予定していた第一段階がつつがなく終了したことに吐息する。

 サヴァンや最悪の場合フィンダルトが来ていたら断念せざるを得なかった。

 木っ端の騎士なら裕也が余裕で撃退できるが、流石に手練れ相手には博打なのだ。

 

 有栖はニコリと微笑んで、

 

「それで、迷い込んだ子どもというのがこの本館の中に入ってしまって……ですね」

「成る程ね。それじゃ、手早く探してあげないと」

 

 張り切って腕を回すジャラと共に、玄関の扉を開けて入館する。

 はてさて、これからが大事だ。

 

 

 ……――……――……――……――……

 

 

 本館に入るのは三回目となるだろうか。

 先刻──ジャラが来る前に、裕也と共に色々と内部を拝見させてもらっていたのだ。

 

 意匠の凝った濃い色の木彫りの扉を開けると、有栖達を広大な空間が出迎える。

 正面に真っ直ぐ進む、太く長い通路。

 その奥には王間に続く豪奢な扉が前方の段上に見える。

 

 またこの通路の左右に十つずつ、別の通路に繋がる入り口が設けられていた。

 異世界召喚初日であてがわれた部屋や執務室などは、そのいずれかの通路の方にあるのだ。

 また見上げると二階もあるようで、内部に張り出した手すり付きのスペースが視認できる。

 

 有栖は先導して歩を進めると、ふとして「ああ」と思い出したかのように問いかけた。

 

「HP、MPは大丈夫でしょうか? アルダリアの陣営の方々も見掛けるので少し心配です」

「いや良いよ。俺は今日動いてないし」

「いえ一応確認しておいて下さい。私、心配なんです」

 

 上目遣いプラス眉尻を下げてジャラの顔を窺う。

 有栖の精神がたとえ発酵していても、神に作り変えられた見てくれは抜群に良い。

 善良な性質を持ち、子どもに優しそうなジャラならば無下にはすまい。

 親切心を装う打算に満ちたこの行為は、下衆こと有栖の真骨頂である。

 

 見た目に騙されたのだろうジャラは、軽く「そこまで言うなら」とステータスを開く動作をする。

 へへっ、ちょろすぎて心配になってくるぁ。

 ギャルゲヒロインを攻略してる気分になってくる有栖だ。

 ジャラがステータスを見るその一瞬に『心眼』を発動。

 前に見落とした彼のステータスの全貌を目の当たりにする。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ジャラ・デンボルトン Lv63

 年齢:32

 種別:人類種

 

 HP(体力):2500/2500

 MP(魔力量):100/100

 

 STR(筋力):250

 DEF(防御力):165

 INT(知力):50

 AGI(敏捷):115

 DEX(器用):65/100

 LUK(幸運):61/100

 

 《アクティブスキル》

 【身は此の剣閃に捧げる】射程:近〜遠距離 魔力消費:──

 禁術に手を染めていたパリィ国の滅亡期に多用された独特な剣術スキル。

 自らのHPを二百削減することで、剣の一閃の威力、射程距離を底上げする。

 己の身を対価に放つ命の斬撃は、容易く地面をも切り裂くだろう。

 

 【身は此の俊足に捧げる】射程:── 魔力消費:──

 禁術に手を染めていたパリィ国の滅亡期に多用された独特な加速スキル。 

 自らのHPを五十削減することで、移動速度を加速度的に底上げする。

 己の身を対価に放つ命の瞬発力は、彼方にいる敵にも追い縋るだろう。

 

 【身は此の駆動に捧げる】射程:── 魔力消費:──

 禁術に手を染めていたパリィ国の滅亡期に多用された独特な肉体強化スキル。 

 自らのHPを百削減することで、ステータスの数値を二倍に底上げする。

 己の身を対価に放つ命の強化は人外と渡り合えるまでに成長するだろう。

 

 【片手壱ツト両手デ弐ツ】射程:── 魔力消費:10

 二刀剣法の初級スキル。

 振るう二つの刀剣の速度をSTRとAGIの値を無視して上昇させる。

 

 《魔術》

 【治癒の雫】 射程:近距離 魔力消費:30

 

 《パッシブスキル》

 【二刀剣法】

 古来より少数の物好きが扱っていたが、異世界人の渡口(わたりぐち)晃(あきら)の手により体系化した。

 未熟者ならば只の剣士に為す術も無いが、熟練者ならば手数の多さで圧倒出来る。

 

 【笑って嗤って微笑って破顔って】

 二十年程前に滅亡した大陸南東の地域にあった、パリィ国出身の剣士。

 笑う男は其の、成れの果て。

 両親に捨てられた彼は、明るく元気な祖母に育てられ順調に成長した。

 どんなときでも笑顔を絶やさない、そうすれば大体のことが上手く行く筈さ、世界平和だって訳ないね。

 其れは祖母の受け売りだったが、亡国に際した苛烈な戦争で彼は歪んでしまった。

 笑う事が彼の、嗤う事だけが彼に許された自由で、微笑う事でしか誰かを幸せにする事を考えられず、破顔わなければならないという強迫観念に襲われるように成り果てた。

 笑顔の伝道師の彼は、今日も虚しく世界に笑顔を振り撒くのだ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 説明欄のデバガメ情報がいつも以上に重いんだが。

 今回に限っては過程を省きすぎて、ジャラが歪んだ詳細不明なのが幸いだったろう。

 この辺りは説明欄の人に感謝しなくもない。

 そもそもプライベートに踏み込んだ説明文を書く奴が悪いのだが。

 

 ってか、それ以上にジャラが予想外に強くて俺、どんな顔したら良いか分からない。

 きっと彼自身に尋ねれば「笑えば良いんじゃないかな?」と言いそうだけども。

 それにしても、冒険者のSSランクの称号はどうやら伊達ではないらしい。

 ステータスは裕也よりも低めだったが、隠蔽されていたスキル群が実に厄介である。

 

 

 ……――……――……――……――……

 

 

「って感じなんですが──裕也、どうします? 一旦様子見ですか? リスキーですけど」

「確かに俺が正面対決で勝てるかどうか……ってか有栖、バレてないよな?」

「大丈夫ですって。手筈通り、ジャラを手前の部屋の隅々まで探すように言ってあります。絶対にこっちへ来ないはず……だろう、かもしれない、と思います」

「すごく不安になる言い方やめてよ、心臓に悪い」

 

 裕也の心配をよそに、有栖は鼻高々に腕を組む。

 

 ここまでのあらましを振り返るとこうだ。

 ステータスの盗み見を終えたとき有栖はジャラに、「子供たちがどこかの部屋に入ったやもしれません。ジャラは左の、手前の通路から見て回って下さい。万一漏れを防ぐため、虱潰しにお願いします。勿論、子どもですからベッドの下、タンスの下、植木鉢の下なんかも見て慎重に。私は右の手前の通路から取り掛かります。万一、私が子どもを見つけたら魔境で連絡しますので、すぐ駆け付けて下さい。先ほどの通信で言った通り、私は何故か子どもから嫌われていますので」などと言っておいた。

 特段、そこまで不審を抱くこともなかったのだろうジャラはこれを快諾。

 有栖の願い通りジャラが手前の部屋に入るのを見送り、有栖は奥の部屋──王間に直行した。

 そこの巨扉を開けると、カナリアらに勧誘させられた会場が広がっているがそれだけではない。

 待ち侘びた様子の甲冑姿の裕也がいたのだ。

 

「ここまでは予定どおりって感じか。有栖が情報を取ってきて、上手いこと目標の相手をある程度操作できる状況にしてきて、俺と相談する……でも一つの誤算は、相手が結構手強そうだってことか」

「ぶっちゃけ、データ見た限り裕也ごときでは勝てる見込みもありませんね」

「そこまで言うほどじゃないだろ?」

 

 そう裕也が肩を落とすように、確かにステータスではジャラに勝っている。

 しかし強化系のスキルがジャラには二つほどあるため、それだけでは比べられない。

 その、上昇値が二倍やらのスキルを使われれば、数値はジャラに凌駕されるのは明白だ。

 

 何より禁術、二刀流などの言葉の響きに「強そう」と根拠なく思っている有栖達がいた。

 実感した訳でもないというのに、説明欄の人に弄ばれる有栖達である。

 

 ジャラの強さを噛ませだの何だの舐めていた有栖としては思案のしどころだ。

 有栖の分際で人を舐めるなど片腹痛いが、それはともかく。

 元を辿れば、こういう展開を想定してジャラのステータスを事前に見透かしていなかった有栖の手落ちだろうとかも、全てを仏のような心で許して、だ。

 

 一応裕也と相談してからだが、一時撤退も視野に入れなければならないやもしれない。

 この段階では未だ、引き返すことは容易い。 

 単にジャラを呼んで「子ども達、私を見て門から逃げ出しちゃいました」と告げれば後戻りできる。

 しかし。

 

「強くて保留してても、いつかは突破しなくちゃだ。強者を狩るなら各個撃破が一番良いに決まってる──このチャンスをふいにするのは勿体ない」 

「ですね、同意見です。でも裕也、無茶はするなよ」 

「格上相手かもなんだ、無茶はするさ。だからそのときは有栖が助けてくれるんだろ?」

「言いやがりますねクソったれ……でもまぁ、できる限りはするつもりですが」

 

 有栖は話し合ったプランを再度思い浮かべ嘆息する。

 ここから先は裕也の戦闘次第と演技力次第だ。

 無茶をするようなら、有栖も出て行く羽目になるだろうが。

 神に祈る行為が無駄と分かった自分にできることは、悪巧みの罠(・)のタイミングを外さぬようするだけ。

 激励も込めて、有栖は自身の小さく細い握り拳を裕也に向ける。

 

「頑張って下さいよ、私の前で人死にとか御免ですからね」 

「ああ、死ぬ気で頑張るさ」

 

 少し大きな手甲が差し出され、互いの拳を軽く打つ。

 ──んじゃ俺は、本番に向けてこそこそ動くとしますか。

 

 

 ……――……――……――……――……

 

 

 一方ジャラは、二つ目の部屋──客人用の部屋だろうか──を隅々まで探し回っていた。

 無辜で純粋で笑顔が美しい子ども達が、詰まらない諍いに巻き込まれるのは不本意だ。

 詰まらない、ああジャラからしてみれば本当に詰まらない。

 国の興亡も存亡も、誰かの笑顔の前には等しく詰まらないことだ。

 ただ国が滅ぶとスマイルが減るため、結局従っているのだが。

 

 ──ベッドの下、机の裏、扉の死角、いないっと。

 一通り見回って、笑みを更に濃くする。

 傍目から見れば、金品か何かを探しながらニコニコ笑う不審者だった。

 強盗にしか見えない。

 さて次の部屋に向かうかと、鏡を携えて扉から出る。

 鏡を持つのが面倒なことに今更ながら気づき、入れ物や鞄の類いをサヴァン辺りに頼んでおけば良かったと後悔しそうになった。

 だが頬を更に緩めて、ジャラは思考をポジティブに変える。

 そうだ、手で鏡を持つことによって自分は鏡の機能をいち早く扱うことが可能なのだと。

 もはや表情がだるんだるんのジャラは、鏡面を見る。

 

 たとえば。

 

 

「────不意打ちは、効かないよ」

「チィ、やっぱり誰かさんの真似じゃバレバレか……」

 

 

 そう、たとえば──背後から斬りかかる輩を映し出すことに有用だ。

 

 瞬時に帯剣された片手剣を抜き、振り向き様に一閃する。

 甲高い刃物同士の接触音。

 ジャラはバックステップで距離をとり、同時に片手を塞いでいた鏡をジャラの背後にあたり通路の奥に滑らせる。

 視線は正面に捉えた襲撃者を射抜く。

 

 その人物は髪色、肌色、瞳色、一切が遮蔽された甲冑姿だ。

 王国で一般的に使用される下級騎士の物と同一、つまりは一山いくらな騎士であるのだろうが。

 

 ──俺に来たってことはアルダリア派の騎士なんだろう……ただ単なる木っ端じゃないだろうね。

 一撃が明らかに重かった。

 素の筋力はSSランクのジャラを凌ぐかもしれない。

 もっともジャラはSSランクの中では最下層のステータスなのだが。

 それでもこの騎士に舐めてかかるのは愚行だろう。

 子ども達を捜索したいのは山々ではある。

 しかしこの相手を放置した方がもっと危険なのは自明の理だ。

 ──アリスが相手するのが一番ハッピーなんだろうけど、鏡は投げ捨てちゃったし、大声で呼ぶのもナンセンスだなぁ。余計な仕事を押し付けてアリスのスマイルが減っちゃったら元も子もない。

 一層口角を上げて、ジャラは片手剣を構えながらに問う。

 

「なかなかにハッピー。良いね、実にハッピーだ! 君も騎士の一人なんだろう、名乗りはあるかい?」

 

「生憎とそういう作法は知らないんだ」

 

「そうか、まぁ俺も知らないんだけどさ! でも──冒険者の作法なら分かるかい?」

 

 片手剣を回すジャラに「何となくは」と返す騎士は握られた剣を構える。

 そしてこちらへと踏み込み、突撃してくる彼に。

 ジャラはただただ口端を歪めるばかりだ。

 

「大正解」

 

 と呟いて、ジャラは酷薄にそれを迎え討つ。

 ここに、駆け出しの異世界人とSSランク冒険者の戦闘の火蓋が切られる。

 

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