このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる 作:ささんさ
刃が刃を防ぎ、薙ぎ、鎧を切断する甲高い擦過音が通路に鳴り響く。
「ふ……ッ!」
蒼崎裕也は息を吐いて、既に裂け目ができた甲冑を物ともせず剣を振るう。
それを身を翻してギリギリで避けた相手──ジャラは「よ、よ、よっと」と零しながら後退する。
斬り返すこともせずに、先刻から避け、いざとなったら手元の剣で防ぐのみだ。
押している。
最初にして最重要の初撃を防がれた裕也は、チャンスをみすみす取り逃していた。
しかし現在、ジャラは防戦一方。
このままであれば有栖の策を弄せずとも勝ててしまいそうである。
──だからまだ、手を出すなよ有栖。
無駄口を叩かず荒い息をただ吐く裕也は楽観してしまいそうになるが、
「いやぁ、危ない……やっぱり只者じゃなそうだね。嬉しいなぁ、久々だよ」
だがこんな軽口を言う余裕がある男を前には、そうそう危険視は解かれないだろう。
それよりも回避に念を置くジャラの戦い方は、様子見を感じさせる。
裕也の力量を計っているのだろうが──実に好都合だ。
通路は横幅が狭く、天井との縦幅も特出して長いとは言えない。
ジャラの背後に続く通路の先は行き止まりであり、逃げ場はない。
最悪の場合である、逃げ出される可能性がなさそうなことに胸を撫で下ろす。
……もう一つの最悪の場合である俺が死ぬ可能性は、まぁ、俺の頑張り次第だろうが。
裕也は歯を噛み締めて、眼前の笑顔の敵へと果敢に距離を詰めようと前方に飛ぶ。
相手の男はそれに笑みを零しながら受けて立ち、横に構えた剣と派手に打ち合った。
手には返ってくるのは重く、硬い手応え。
──く……ッ、負け、るか……ぁッ!
必死の形相で顔を歪め、裕也はそのまま剣に体重を乗せる。
単純な膂力──STRの数値では裕也が上回っているのだ。
力くらべならばこちらに分があるのだが、そう容易くことは運ばない。
「【身は此の駆動に捧げる】……さぁ、苦しそうな顔なんてしてないで笑おうよ」
にかりとジャラが笑みを更に深めた途端。
彼の体からブチリ、と何かが切れた音が鳴る。
腱が引き千切れでもしたような、生々しくて、寒気を覚える不吉な怪音だ。
それが何かと疑問に思う前に、力の上下はあっさりと崩された。
鍔迫り合いで、押し返される。
突如として段違いにジャラのSTRが激変したかの手応え。
裕也は一瞬にして手が痺れるほどに強い力を受け。
受けに回っていた ジャラが裕也の剣を難なく払いのけ。
「……ぁ、くッ!?」
裕也の体は中空へと放り出される。
STRで裕也よりも下回っているジャラが、膂力の勝負で打ち勝ったのだ。
それにしても先ほどの打ち合いでは片鱗も見せなかった、尋常ではない怪力だった。
有栖の言っていた強化系のスキルがこれか!
裕也は驚愕しかけるが、事前にそういうスキルがあることを聞かされている。
一応、心の準備だけはしていたため判断力は見失わなかった。
だが宙に浮かぶ裕也は格好の的なことに違いはない。
「凌ぎ切れるかな、【身は此の剣閃に捧げる】────」
「ク、ソぉッ、【裂帛の連撃は花弁を斬るが如く】!」
同時に口に出したスキル名は、競うようにして正面からぶつかり合う。
宙で目にも留まらぬ速さで繰り出される剣筋と、ジャラの渾身の一撃が衝突する。
散るのは火花。
鳴るのは金音。
そして舞うのは──裕也の剣の刃だった。
「折れ……っ」
「【身は此の駆動に捧げる】」
愕然とする裕也へ、無情にもジャラは二度目のスキルの口上を告げる。
その声が鼓膜を震わせると同時、彼は一歩で裕也と肉薄した。
移動速度が、更に上昇していた。
それに息を呑む暇も与えられない。
まだ裕也の体躯は空中にある。
回避行動をとるのは不可能、握る剣は折れてしまって防げもしない。
つまり現状彼は無防備な的であり、如何な攻撃であっても受けざるを得ない。
裂けたような狂気的な笑みともなったジャラの表情が、更に歪んで、
「俺の一撃を受け切れるかな、黒目の騎士さん?」
その言葉が届き切る前に、熾烈な蹴りが空いた裕也の懐へと炸裂した。
視界が、一瞬暗くなった。
「ご……ぁ─────ッがぁ!?」
振り絞るように吐き出されるのは苦悶の声。
響き渡るは鎧に亀裂が走り、砕け散った高音。
衝撃が腹部を襲った直後に、裕也は先刻の玄関まで吹き飛ばされる。
白面の冷たい床を転がり、やっと停止したのは王間の扉が見える通路の端だ。
……これは、ちょっとマズいかも。
危機感が警告を発しているが、身体中に染み渡る倦怠感に抗うのは難しい。
勝ちたいのであれば素早く立ち上がり、状況を立て直したい。
しかし四肢は思うように動かず、まるで自分の手足ではないかのように鈍重だ。
ステータスを開いてみれば、
ダメージが一定値──半分を越していた。
MPにしてもあと一発【裂帛の連撃は花弁を斬るが如く】を放てるかどうか。
RPGの戦闘ならいざ知れず、HPが減ると体力的な関係で段々と発揮できる力も減っていく。
今ではステータスの数値通りの力が出せないだろう。
あの数値は、コンディションで微量とは言えど左右される物と聞いている。
力を削ぎ落とされている今であれば、一体いくつの数値を弾き出すだろうか。
それを見る勇気は裕也にはなかった。
現実を直視してしまって、力が萎えれば元も子もない。
鼻奥から鉄臭い匂いを感じ取るが、鼻を床ででもぶつけたのだろうか。
そう思っていると、異物が喉元に迫り上がってくる感覚に襲われる。
堪え切れず床に吐き出すと、真っ赤な色が広がった。
半分切ったくらいのHPでこれか……ッ!
乱れた呼吸をしながら裕也は愕然とする。
動悸も激しい。
間近に死が迫る恐怖感に耐え切れないのか。
ただ痛みに些か──些か?──程度の免疫があるため、思考自体は随分とクリアだ。
「何、もうお終いかな? それなら俺も早々に子ども達の捜索に取りかかれてハッピーなんだけど」
恐ろしい、と裕也は思った。
この笑顔で人が良さそうな男が、心底怖いのだと。
緩慢な動作でこちらに歩み寄る、笑顔のジャラには怖気と僅かばかりの興奮以外走らない。
【被虐体質】が段々と成長している気がしなくもないが、今は関係ない。
遂に側まで至ろうとするまで、裕也は仰向けに倒れながら中途で折られた剣を頼りなく握るだけだった。
彼は──背中の大剣すらも抜いていないのだ。
本領すらも出されぬまま、こうして無様を晒すのは自分の実力が足りないから。
それが瞭然と目の前で提示されたようで、唇を噛み締めてしまう。
やはり異世界人でレベルも未だ低い裕也程度の力量では倒せないと、有栖にバレてしまったろう。
これでこの戦闘の意味が消失してしまったも同然だ。
劣勢でも命懸けの戦いを続行して、最善の展開である「ジャラを戦闘不能に追い込む」ができなくなったのは心残りに他ならない。
……だけど、俺の仕事自体は完了してる。
語りかけるような、諦観に満ちた心中の呟き。
誰も反応する者はいないはずのその声に、突如この場に響き渡った声は返答の代わりのようだった。
「ジャラ! 探しましたよ、一体どこに行ってたんですか?」
先ほどジャラと打ち合っていた通路から出てきた人物が、そう声を大に問いかける。
小さなローブ姿の少女──下衆野郎こと遠藤有栖。
彼女が裕也の心情を読み取って、状況に割り込んできたのだ。
タイミングを誤らず現れた友達に、思わず裕也は微笑みそうになってしまった。
……――……――……――……――……
簡単に今までの有栖の動きを振り返るとこうなる。
最初に有栖が動いたのは、裕也がジャラに不意打ちを決める前だった。
そのときジャラが物色をしている際、有栖はそこの通路の奥に身を潜めてたのである。
理由は三つ。
その一、ジャラから
その二、奥の部屋のため「手前から探して」と頼まれたジャラが後回しにする部屋のためだ。
その三……は特に思い浮かばなかったらしい。
三つなどと見栄を張って、理由を水増しする有栖はどうしようもない奴だった。
予想外の登場だったのか、ジャラも首を傾げながら有栖に問うてきた。
「アリス? あれ、右側の通路をするんじゃなかったの?(あれ、俺聞き間違ってたかな?)」
「ジャラを探しに来ていたのですよ。この右側の通路の行き止まりには隠し通路があって、同じく左側の通路にある隠し扉と地下で繋がっているので──それよりも、です」
両手で饒舌に語る内容を形容しながら、有栖はジャラに近寄っていく。
当然ここで有栖が説明していることは全てフィクションであり、実物とはかけ離れている。
要するに真っ赤な嘘な訳だが、ジャラに確認する隙も与えずに話題を進めた。
懐から、一枚の鏡を取り出しながら。
「先ほど、サヴァンから私にジャラに対する伝達事項がありました。戦闘に十秒もかけているせいで、こちらに回ってきたのですから反省して下さい。それで内容ですが──何でも至急、王都東門に来いだとか何だとか。どうもフィンダルトが来てくれたせいで戦力過剰になりすぎて、ですね。外国や増援を最小限に防ぐため、そちらに向かって欲しいんだとか」
過剰戦力について云々言っていたのは事実。
そしてジャラ自身も魔鏡の通信で「戦力が十分だから、俺行けるよ」だと発言もしていた。
そのようなジャラも納得している言葉や理由も入れ込むことで、信憑性は格段に上がる。
たとえそれが嘘八百であっても。
ジャラも特に疑問を抱いた様子はなく「じゃ早く行かないと、か」と呟いていた。
『心眼』で見通す限り、本心から騙されているのが見て取れた。
こういう安全確認において『心眼』は本領を発揮する。
騙すにしても自分が思い込みで突っ走って、相手から逆に嵌められたなど洒落にもならない。
「と、ああアリスちょっと待って、その前に(この転がってる人片付けないと)」
「それには及びません。そこの方に、アルダリア達の居所を吐かせられるかもしれません。ですから、原型を留めずにぐちゃぐちゃにするのは、聞き出してから後で私がやりましょう。ジャラは特段そのことに役立たないのですから、お早く向かわれることが大事かと」
冷酷な有栖の言葉に、ジャラは倒れる裕也に突き刺しかけた剣を止める。
あぶねー、容赦ねぇなこの頭ハッピー野郎。
肝を冷やす有栖を他所にジャラは剣を腰に差し直しつつ、
「……そうだね、他人を殺めてハッピーになれる絶対数が減るのは大問題だ」
「そんな問題とは思いませんが、もうそれで良いんじゃないですか?」
意味不明な理由を述べたあとにジャラは「あれ?」と問いかけてくる。
「アリス、俺の鏡見てない? そっちの通路にいたのなら、奥の方に投げ飛ばしとたし……」
「ジャラ。……もう少し、物を大切にすることを学びましょう?」
場にそぐわない笑みを顔に貼り付けると、有栖はバッグから欠片を取り出す。
不規則に割れた薄いガラスの欠片だ。
言ってしまえば鏡の残骸である。
文脈から考えて、十五歳のときに若気の至りで壊したガラスではない。
これは「ジャラの魔鏡が割れた」と見せかけるための道具だった。
真実としては王宮の部屋の鏡を割って、バッグに入れていただけである。
ジャラが放り出した本当の鏡は回収済みで、無事に有栖のバッグの中に収まっていた。
──俺がジャラを最初に標的にしたのも、裕也に目を惹きつけてもらってたのもこれを入手するためだしな。そこんとこは完璧にしとかねぇと。
ただ有栖も笑みを浮かべるだけで「ジャラが投げて鏡が割れた」とは口にしない。
自明なことを声に出すのは得策とは言えず、相手にそう理解させれば術中に嵌りやすくなる。
どうやらそれが功を奏したらしい。
察したのかジャラは笑みを浮かべながらも、無言の圧力に顔を青くしている。
「あー……(あのとき割っちゃってたか、弁償かなぁ? 出費は痛いけど……自業自得だ、仕方ないか。でも王宮から離れるのに、魔鏡なしじゃ辛いな)その、アリスのを俺に貸してくれない?」
「却下です。私が困ります。到着場所に指示する人がいるらしいので、ジャラはその方でも探してて下さい。サヴァンとは別の指揮系統らしいので、まぁ鏡は必要ないでしょう」
「そうなのか、ありがとう!(これでハッピーだ、いやぁ俺も天に愛されているなぁ)」
「ちなみにその方は極秘の存在らしいので、合言葉を言わねば相手にしてもらえないそうですよ?」
「へぇ、どんなの?」
「『結婚してくれ』です。勿論、誰がその人なのかは分からないので、その場の全員にそう声をかけるとよろしいかと」
きっとこの後、東門に誰彼構わずナンパしまくる不審者が現れたと騒ぎになるだろう。
他人事の有栖はど畜生である。
そんな作り話にまんまと引っかかったジャラは、特に疑問を抱いた様子もなく頷いた。
どうも、普段告げない言葉だからこそ合言葉の意味が……と勝手に納得してくれているようだ。
実にちょろい。
そしてジャラは善は急げとばかりに、玄関から出て行ってしまった。
「いってらっしゃいです」
ジャラを見送ると、一度嘆息してから視線を動かす。
吐血で白色の床を汚しながらも起き上がろうと苦心する、その倒れた友達へと。
「無茶しないんじゃなかったんですか? 裕也」
「……ごめん。途中離脱しようにも、あんまりにも力量差があって無理だった(ちっ、うっせーな)反省してるよ(見逃して欲しいな)」
「おい、お前反省しろよ。心ん中見え見えだぞクソったれ……です」
「その暴言に『です』付けても全然上品じゃないんだけど。暴言重ねてるようにしか思えない……それに、有栖に見られてるの承知でやってるから問題でもないよ」
裕也は「よっと」という掛け声で壁に寄りかかりながら立ち上がる。
まだ戦闘のダメージが体に残っているらしい。
鎧は破損し亀裂が無数に入っており、下に着ていた薄着が見え隠れしているのは流石に痛ましい。
けれども顔は鼻血が出ていること以外、異状は見当たらない。
彼なりに『無茶』を防いだつもりなのか。
そう考えると何も言えない。
……裕也の意地に免じて許してやらんこともない……ただ、少し休んだ方が良いな。次のターゲットがターゲットだし、無理はさせらんねぇ。
珍しく有栖が真面目なことを思考していると、足音がした。
かつん、とその硬質な音は間違いなく靴が床を叩く音。
──誰かいるのかクソったれ!? マジかこの場見られたら俺が裏切ったってバレバレじゃねぇか、いや待て待て落ちつけ俺。魔鏡みてぇな通信入れられる道具は下っ端にゃ配られてねぇ。斯くなる上は殺して口封じだな。ああそうだ、全身黒タイツの犯人とかも言ってた言ってた。よしよし俺は今、すげぇ冷静に考え事できてるぞ。
テンパる有栖は、小悪党の手段に手を出しかけていた。
思わず鳥肌が立ってしまいそうだったが、有栖は悠然と音が鳴った方向に視線をやる。
そこには、二人の人物が立っていた。
一人は、こんな現状で外行き用の華美過ぎない真っ赤なドレスを着こなす純白の髪の女性。
もう一人は、包帯を身体中に巻いた筋骨隆々で図体も巨大な男性だ。
男の方に見覚えはないが、その女性の方は有栖も知っている。
と言うか、事実上現在有栖が味方している女性である。
……そう言えば確かに裕也は王宮のどこかにいるっつってたっけ。
剣撃の騒音や大声で、こちらの存在を知る可能性はとても高かった訳だ。
彼女は美貌を困惑気味にしかめて、有栖と裕也を交互に見て、
「裕也と──君は、何故ここに……?」
「ええ、少し情に絆されまして寝返ってきましたアリスと言います。アルダリアさん」
にっこりと──裏で緊張感に固まっていたが──微笑む。
余裕を感じさせる振る舞いに、その女性、アルダリアは唖然としていた。
……役者もだいぶ、揃ってきたな。