このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる   作:ささんさ

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34 『因果の結末、または過去の清算』

 そうして、立ったまま有栖は眼を覚ます。

 

 ────? 痛みが消えた……? あ、ああクソったれ。俺は一体……ってか、ここ、どこだ。

 

 意識が体に戻ってくると、自らが立って覚醒したことに違和感を覚えつつ、頭を整理する。

 確か、先ほどまで王宮別館で革命の成功に立ち会っていたはずだ。

 その最中、カナリアと目が合った途端に両目が激痛に襲われ、気がつけば──。

 有栖は険しい顔のまま、気絶後にしては嫌に明瞭な頭で、周囲をまず見渡した。 

 

 ここはどうも吊り下がるシャンデリアの燈色の光で眩いばかりに照らされた、絢爛な大広間のようだ。

 足元には真っ赤なカーペットが敷かれ、有栖は二、三度踏みつけて実感を沸かせた。

 残念なことに幻ではないらしい。

 そこかしこに設置された円形のテーブルには、目にしたことのない見目の料理が皿に盛られている。

 つまみ食いしたくなる衝動に駆られたが、それよりも異様なこの空間に気を取られた。

 

 ……何だ、こりゃ。コイツら一体何なんだ。

 見回してみると、ドレスなど正装をした気味の悪い人影が歩き回っている。

 否、歩き回るというよりは披露宴や式場で今か今かと主役の登場を待ち侘びている雰囲気だ。

 その場に佇んで見回している者や、相方らしき誰かの手をとっている者もそこら中に見当たった。

 ただし、それらは比喩でなく人の()

 黒く塗り潰された人の形をした何かが、そこら中で群れを成しているのである。

 小心者の有栖でなくとも、得体の知れなさに眉を顰めてしまうだろう。

 

 一通り辺り見てみたけど、そもそも全然分かりゃしねぇ……この空間って何なんだよ。

 この場が一体何なのか、一瞬で移動した原因は、まさか実体のある幻覚なのか。

 様々な疑問が頭で煮えて、溜息をする。

 おそらくは気絶直前に見た、『心眼』のスキルがレベルアップしたことと関係があるに違いなかった。

 貧困な発想力では、それ以外に要因が思い当たらない。

 

 『心眼』の新能力としては過去視。

 言わずもがな、戦闘が可能な能力ではない。

 他人の過去を覗き見るという、有栖にお似合いの悪趣味な物である。

 有栖は望んだ戦闘能力が手に入らなかったせいか欠片も達成感がなく、心中でも真顔だった。

 

 視線がぶつかった相手の過去を視る、という説明文を信じるとここはカナリアの過去の風景になる。

 そう考えてみれば、元の世界で見かけたこともない装飾、料理、影にも説明が一応つく。

 異世界で生まれた彼女は異世界の文化で育っているのだから、有栖に見覚えのない物があるのだろう。

 そして影については、彼女の記憶に残っていない人間がそう表現されているのかもしれない。

 記憶は風化する。

 単にこのスキルが彼女の記憶を再現するのであれば、そのように捉えるのが正しいだろう。

 

 ……だとすれば、俺がこの空間から現実に戻るには『心眼』さえ切れば良いのか?

 この現象が『心眼』による過去視なのなら、自在に離脱できるはずだ。

 仮説が正しいか試す気持ちもあったが、生憎と有栖は石橋を叩いて渡る人間ではない。

 いや正確には、慎重さより下衆な感情を優先する性格だろう。

 もしくは、身に迫った危険がなく、直感で大丈夫だと思えば楽観的になる性格とも言えるか。

 あまりに抜けすぎて言葉を失いそうである。

 

 つまり有栖は、自身の足元を固めるより先にカナリアの過去を興味本位で探ることにした訳だ。

 友達の部屋に行けば、まず肌色雑誌を捜索し出すような輩なのだ。

 ちなみに有栖が蒼崎裕也の私室を探った際、三角らしき木馬という道具を見かけた気がする。

 ただ当時の裕也のイメージに合わなかったため、健康器具の一種と思い込んだものだ。

 つまり即刻見なかったことにしたのである。

 

 ──んじゃ、まず探すとしたらカナリアだな。アイツの過去なんだし、いるのは違ぇねぇ。

 指針を固めると早速、有栖は跋扈する影を小柄な体で避けながら室内を見回し始めた。 

 やはりと言うか、影は場違いなローブ姿で神聖なカツラを被る不審者に気づいた様子はない。

 変えようのない過去において、有栖は傍観者の位置付けなのだろう。

 透明人間になったようで心躍る有栖であった。

 

 そうこう探索していると、この室内がダーティビル王国の王宮だと判然とした。

 決め手は、見上げた天井に描かれた天使と英雄の絵。

 詳しく記述するのであれば、八枚の翼を持つ天使と筋骨逞しい大男の絵か。

 思い返す限りでは、幾分か現実の王宮と比べて華やかだが──ここは玉座も設えてある、ダーティビルの王宮に他ならない。

 

 順調に状況把握をしていると、語りかけるような女声が鼓膜を震わせる。

 

 

『──いつから。彼女の人生は酷く穢れてしまったのでしょう』

 

 

 ひぇっ!? な、何だよクソったれ、知らねぇよ! ってかいきなり話しかけんなってーの!

 突如として脳内に響く声を認識した瞬間、飛び上がりかける。

 このゆったりとした美声には聞き覚えがあるため、その主は推測できた。

 

 ……カナリアの声? 

 声を殺したのは癖として、何者のスタンド攻撃か知るために周囲を見渡す。

 異常をようやく発見した。

 

 彩色された人影を、だ。

 モノクロの人物たちに混じって、幾人かは色と顔形も判然とした者がいる。

 その中で、既視感のある人物は……と、有栖はカーペットが敷かれた壇上を見上げた。

 玉座に腰を下ろす、髭は短いものの威厳を発す男──若き日のサーディ王の姿が視界に入る。

 現在の変態性など微塵も見せない精悍な顔つきだ。

 有栖並みに面の顔が厚いのか、それとも彼のフェチズムは未だ開花していなかったのか。

 結局変態に羽化するのだから、どちらにせよギルティだが。

 

 その他周囲にいる従者や、微笑む高貴な女性など、玉座近くの人々には色が塗られていた。

 特に目を引くのは、その女性が珠玉の如き艶やかさを持つ純白の髪を持っていることである。

 女性は、赤子を手に抱いていた。

 愛らしく微笑む彼女へと手を伸ばす、無垢なる乳飲み子。

 

 そして、声は続く。

 

『彼女は、ダーティビル王国の第一子として暖かく誕生を祝福されました。両親はいずれも優愛を以って彼女を育ててくれ、それに応えるようにすくすくと成長しました────あの男が台無しにするまでは』 

 

 おい最後の一言のせいで、微笑ましい成長物語が不穏な物になってんだけど。

 

 有栖が冷や汗を流すと、照明がぱっと消えたように視界が暗転する。

 それはまるで幕が移り変わるようでもあった。

 

 

 ……――……――……――……――…… 

 

 

 とと、次は何だ……? 

 目覚めると、また場所は変わっている。

 有栖が次に立っていたのは、王宮の一室と思わしき部屋だ。 

 目をそこかしこに向けた結果、図書室のような役割をする場所ではないだろうか。

 四方の壁を覆い尽くす本棚に隙間なく並べられる本の数々は、見る者に否応なく圧迫感を与える。

 

 ──つまり、何だ。この『心眼』レベル二は体験型で相手の過去振り返んのか。

 よって回想の舞台が変わるたび、有栖もその場の再現の最中に放り込まれる、と。

 

 視覚で実現可能な能力ではないが、何故『心眼』で手に入れられたのだろう。

 単なる『過去視』ならば、いつもの説明欄の人が出張って文字だけで表現するのが妥当ではないのか。

 大人の事情という奴なのだろう、と適当に納得しておくことにした。

 今悩む問題でもなし、「かみのちからって すげー」と小学生並みの理解をしておけば良い。

 有栖はただの思考停止野郎だった。

 

 本棚に囲まれた部屋の中央には、一生懸命机に向かう白髪の少女がいる。

 幼い手で書き物をする少女の側には、厳格そうな女性が直立して見張っていた。

 

『赤子が少女と移り変わり文字が読めるようになると、使用人や家庭教師による、王族の作法の勉強、将来民を治めるための勉強、音楽や芸術を学ぶ毎日を繰り返しました。朝晩、文字の羅列が視界に入らない日は、記憶の限りでは、御座いませんでした。御食事の際も、マナーに則った方法をとらねばなりません。──しかし、辛くはありませんでした。立派な両親を持った少女の、行儀良く利口になろうとした少女の、初めて出来た信条でしたから』

 

 少女は真剣そのものの面持ちで、筆先を動かす。

 子どもの無邪気さとは無縁の少女の表情は、けれどとても生き生きとしていた。

 

 ……うへぇ、嬉々として勉強とか頭沸いてんじゃねぇのかカナリア。

 という、感想が出る有栖も頭が沸いているのではなかろうか。

 勉学嫌いの有栖は、心の余裕という物が存在しないらしい。

 

『頑張って学業に打ち込むとお母様は褒めて下さいました。一つ、一つ、少女が成長するたびお父様も褒めて下さいました。民も少女が姿を晒すと歓声を上げて祝福して頂けました。次期、ダーティビル女王と目された彼女はこの期間──六つの歳の頃までは本当に幸せだったと断言しましょう。──それが終わったのは、七つの誕生日。華やかな誕生会が終幕し、お父様から地下室に呼び出されたときでしょうか』

 

 何かホラーじみてきたな。

 地下室と聞き、元の世界で忌避したホラーゲームの数々を連想して顔を渋める。

 どうか幽霊やらバイオテクノロジーで生み出された異形のモンスターが現れないことを祈って。

 有栖の『めのまえが まっくらになった!』と、勢い込んで自ら目を瞑った。

 

 

 ……――……――……――……――…… 

 

 

 もはや三度目ともなると、鶏肉ハートな有栖にも慣れが生じてくるらしい。

 鼻歌交じりに悠々と目を開ける有栖は、流石に順応しすぎだと思われた。

 おそらく混乱の極みから一周回ったのだろうが、傍目から見れば大物だと勘違いされそうだ。 

 

 次に移り変わった舞台は、暗闇に包まれた通路である。

 等間隔に壁に点在する燭台の明かりで、薄ぼんやりと照らされる程度だ。

 隣の火の光が届かない空間は真っ暗であり、やはり長い髪の女が井戸から這い出すような雰囲気がある。

 心なしか鼻腔に漂うカビ臭い香りが不快だったが、とりあえず前へと進んだ。

 

 ……いつまでもここにいるのは勘弁だしな。黒くてちょこざいなアレとか出てきたら困るし。

 能力だけ書き出すと最強生物と化す虫に、ビクビクしながら通路を渡る。

 殺虫剤がないこの異世界では無性に心許ない。

 そもそも異世界にあの生物がいる──などと考えたくはないが。

 

 取り留めもなく考え事をして、通路の曲がり角に差し掛かると足を止めた。

 角の向こうからは、燭台ではない大きな光源があるのだろうか。

 揺れる橙の灯火が見えて、壁に二つの人影が映っていたのである。

 小さい人影が、大きな人影に覆い被……否、これ以上は拙いと有栖は顔を背けた。

 

 きっとそれは有栖が最も恐れる行為である。

 

 直視したら居た堪れなくなる、と。

 

 このままだと止めに乱入しかねない、と普段の下衆さが形を潜めた言葉まで浮かぶ。

 

 勿論、有栖が無鉄砲にも飛び出したところで意味はない。

 ただ記憶を覗くだけの有栖に、過去は変えられない。

 これ以上足を踏み出しても、現実を直視して損するばかりだろう。

 だから有栖は、足を止めたのだ。

 

『少女はまるで訳が分かりませんでした。何故お父様が服を脱がせるのか、何故少女に痛いことをするのか、何故、何故、何故──結局のところ、少女は最初から騙されていたのでしょう。お母様すらも『娘』という概念を食すための踏み台にすぎなかったというお話でございます。お父様は、筋金入りでございました』

 

 そうだな、真性だな。光源氏もびっくりだわ。

 有栖がドン引きしながら後退る間に、更に暗転して場所が移動する。

 

 

 ……――……――……――……――……  

 

 

 眼を開くと、そこは王宮──ではなく別館の通路だった。

 片側に並ぶ窓からは、激しい雨が降りしきる様子が窺える。

 それを一瞥することなく、とぼとぼと俯き加減に歩く白髪の少女がいた。

 年代物のカーペットは柔い音を立てて、少女の歩みに付きまとう。

 

『口封じもされ、少女は優しいお母様にも打ち明けることも叶いませんでした。いえ、少女は怖かったのです。信頼していた肉親に裏切られた少女は、残る片親にも裏切られては敵わないと。己のうちに激情を封じ込めて、毎日を過ごしました。表面上は、今までと変わりありません。けれど……どうしてか、眼に映る物が褪せて見えてしまうのが悩みでした』

 

 有栖の眼前の少女は、どこか褪めた目つきで床を見つめていた。

 鬱だ死のう、と今にも口に出しそうな雰囲気にたじろぐ有栖。

 

 ……うわぁ。俺、絶対糞神の手のひらで転がされたくねぇわ。

 鉄の意志でそう改めて思うほどに、少女カナリアの様相は惨憺たる物だった。

 表面上だけでも不変の生活を営めたことに驚嘆する。

 

 有栖がげっそりしていると突然、カナリアはピタリと動きを停止した。

 やや時間を置いて少女は振り返り、温もりのある笑みを浮かべる。

 そこにはお揃いの髪色をした、幼いながらも凛とした顔つきの少女──おそらく、妹へと。

 

『少女が七つのときには既に、四つになる第二王女である妹も生まれておりました。三つしか違わない妹は、少女とはまるで違った毎日を生活をしていました。王女であるにも関わらず、騎士のように体力訓練やスポーツに励んでおりました。少女と異なる性格を形作る妹を、けれど少女は忌避したりなどしませんでした』

 

 屈託のない笑みで、妹の頭を撫でる少女は先ほどの寂寥感を微塵も残してはいない。

 妹である当時のアルダリアは姉を睨みながらも、こそばゆそうに眼を細めている。

 

 あれ? 案外と仲が良さそうだな。つか、現在のアルダリアとは思えんくらい傷だらけだ。

 アルダリアは今とトレードカラーが変わらず、控えめな装飾の真紅のドレスを着ている。

 だが、それを泥んこに汚して四肢も至る所に擦り傷が見えた。

 対してカナリアは、きめ細かで傷一つない白い肌である。

 

『生まれて初めての妹。加えて同年代の子など貴族主催のパーティでしか見掛けないものです。生傷を付けながらも楽しげな妹が、少女には眩しく、微笑ましく見えたのでございます。それ故に、妹は穢れを知りませんでした。だから幼い少女は幼稚ながらに、妹を守りたいと思っておりました。──ちなみに姉妹で教育方針が異なるのは、『娘』のバリエージョンを増やすためらしいですが』

 

 マジでか……本物だなサーディ王。俺、そんな情報いらなかったよ……。

 そう言いたいが、言葉は出ぬまま更に舞台は暗転して場面は移り変わる。

 

 

 ……――……――……――……――…… 

 

 

 眼を開くと、色取り取りの輝きを透き通すガラス、そこから差し込む日溜まりの中にいた。

 見上げれば白塗りの天井は高く、視界に映る装飾には王宮とはまた違った華美さがある。

 有栖の立つ傍には、背がそう高くない長椅子が劇場の観客席のごとく幾重にも並んでいた。

 

 ……ぱっと見、あの街にあった教会か? 神父の人から話聞き出すとき、中に入らなかったけど。

 内装に視線を巡らせる限り、そのように思われる。

 日差しがあるため点けられてはいないが、蝋燭(ろうそく)の明かり、その質素さに見合わない贅沢な棺らしき物体も前方に置いてあるのが確認できた。

 そして、有栖を除いたただ一人の礼拝者の動向を見るにそれは確実だろう。

 その最前列には一人、現在の有栖と同程度の身長のカナリアが瞼を下ろして両手を組んでいた。

 

『彼女が十代半ばの歳になる頃には、様々な公務にも手を出していきました。外交官の補佐に頼り切りでしたが、周辺国との外交も任されるまでにも成長しました。そもそもお父様が政治を放棄し出していた頃でしたし、一番の理由は腐れお父様が娘に甘いからですわね』

 

 やったね腐れサーディ王、娘からの悪い意味の信頼を勝ち得たみたいで何よりだ。

 『心眼』でカナリアが父親であるサーディ王を、こう呼称し始めたのはこの年代かららしい。

 反抗期ではなく、単なる客観的事実として「腐れ」呼びは妥当だと有栖は思った。

 この有栖自体、神を「糞」呼びしている碌でなしなのだから十分理解できているのだ。

 そう考えると、有栖とカナリアは似た者同士である気がしなくもない。

 

『妹も一度、腐れお父様に襲われかけましたが、見計らっていたその姉の偶然を装った策略により事なきを得ていました。──ざまあないですわね』

 

 暴言が多くなってきたぞカナリアさん? 

 語りに特定の人物への悪意が見え隠れしながらも、話は続く。

 

『彼女は妹に、お父様は獣だから細心の注意をするようにと言い含めました。彼女はこれから忙しくなる身、妹が自衛出来なければ手が届かないこともままあるからでございます。幸い、妹はそこらの一兵卒と同等ほどの強さを有していたため戦力的には申し分ありませんでしたので問題ありません』

 

 そして息継ぎをした後、

 

『ですが、それでは単なる延命処置に過ぎません。元凶を断たねば無意味でございます。ですが、寝首を掻くような悪徳の行為に手を染めるのは心境的に嫌でございました。何故ならば、そのような後ろ暗い方法を用いてしまえば、此方に正義がございません。そのため彼女は正当に、お父様に天誅を下す手法を執行せんと考えておりました。暗殺など以ての外──そう、妹にも約束させました。公平に、善良に、妹には歩んで欲しかったのですから。ですから彼女はクーデターを起こす計画を、お父様にも逃れ得ぬ罰を下す計画を、裏で立ち上げたのでございます』

 

 最初にダーティビル王国の革命計画の草案を作成したのは、カナリアということらしい。

 何と言うか、意外である。

 完全悪役ムーブをして、サーディ王の側にいた彼女が? と疑問に思うのも当然だ。

 ……だよな。何でアルダリアを捕まえるとか、そんな方向に行ってんのか訳分かんねぇ。

 

 有栖が首を傾げていると、目を瞑っていたカナリアがはたと瞼を開ける。

 優雅に振り向いた先は、数人の白いローブの者達が踏み入ってきた入り口の方だ。

 

『利用するのは、外交でも接することの多い神聖ミリス王国の使徒と決めていました。革命を蜂起するのに十分以上の個人戦力もあり、国の内政干渉についてもダイス教を掲げるミリス王国の特権(・・)と保護のお陰で問題は少なく……ええ、そうです。それで彼女は、彼女は、彼、女は……?』

 

 

 あ? どうしたんだ、と有栖は眉を寄せる。

 流暢だった語りが、急に口籠り始めた。

 戸惑って有栖が、その教会に佇むカナリアを見ても変わらず笑みを顔に貼り付けている。

 有栖は不安になって教会のあちこちに視線を飛ばす。

 突然の異常で心細さに駆られたこの情けない元男は、気を紛らせようとしているのである。

 涙ぐましい努力だった。

 

 ちょっと待て。何だよあれ。

 カナリアの背後、つまりは教会の奥に一つの巨大な絵画があることをようやく認識する。

 それを目にして、有栖は絶句した。

 

 

 描かれていたのは、神々しい女の絵だった。

 

 

 

 ──その女は、透き通るほどの群青の髪を無尽蔵に伸ばしていた。

 

 ──その女は、両の瞳が黄金色に輝いていた。

 

 ──その女は、絶世の容姿を誇示したような澄ました表情だった。

 

 ──その女は、現在のアリス・エヴァンズと瓜二つと言って良いほど似通った姿だった。

 

 

「あ、あ、あ……? 何で、誰だ、これ」

 

 カナリア自身の語りと合わせても、この教会がダイス教の物であるのは疑いようがない。

 あのように目立った位置にあるべき絵画は、偶像崇拝が禁じられていなければ主神の物であるべきだ。

 癪に障る青年の──タウコプァ・エヴァンズの絵でなければならないはずである。

 

 有栖はポケットを慌てて探った。

 召喚当時に、彼から嫌がらせで送りつけられたメモ紙があったはずだ。

 悪趣味な言葉と一緒に、送り主として彼の名前が添えられていたと記憶している。

 

 怒りから握り潰したものの、ずっと初期装備のホットパンツのポケットにあった。

 皺だらけだったが、逸る気持ちを抑えて広げる。

 そこには。

 

 

『全く、待ち草臥れた。ようやく気付いたかよ遠藤アリスちゃん。

 察しの通り、オレはタウコプァ・エヴァンズって名前じゃねぇんだ(・・・・)

 元人間でな真っ当で清く正しい神じゃねぇから、オレ。

 ハハハッ、騙されたかぁ? 

 いや、間抜け面してるアリスちゃんの顔でオレはもう興奮状態な訳だがな。

 あ? 騙してた理由とか、そんなモン引っ掛かったアリスちゃんを指差して笑うためだけど?

 最後に一言、バー』 

 

 

 全てに目を通す前に、有栖は天を見上げた。

 

「ふざけやがってクソったれッ! 俺は騙されてなんかいねぇよ、ねぇからな!」 

 

 ……今度こそメモ帳を引き千切って、有栖はしょうもない嘘に憤怒を露わにした。

 思えば、ダイス教の戒律からしてあの神と反していた。

 結果論だが、あの男が主神に据えられる宗教で、貞淑さを良しとはしないだろう。

 加えて『心眼』の説明欄には、持ち主が女神だとしっかりと記載されているではないか。

 そもそも、あの青年は『心眼』を渡す際に「ハズレ」だと嘲笑っていた。

 あんなにも自己への評価が高そうな青年が、自分が持つ瞳をそのように呼称するだろうか。

 

 落ち着け、素数を数えて落ち着くのだ遠藤有栖──と、自分に言い聞かせた。

 狼狽えてはあの男の思う壺だと、意地で頭を切り替えようとする。

 それに神の子の罠のときとは違って、馬鹿にされた意外に害はないのだ。

 ひっひっふーと息を吐き、頭に上った血を下半身に移動させる。

 

 そうしていると、侮辱に耐える有栖の耳に、動揺するカナリアの語りが入ってきた。

 

 

『……ミリス、そう神聖ミリス王国でございます。彼女は決意したミリス側との最初の会合で、革命の手伝いを要求した際に────ああ、その、ええとお父様に疑問も抱かせぬように、彼女自身も革命される側(・・・・)になることで隙を狙おうと、そう言って、ですね……? 確か、ああどうしてか、ミリス側の方が彼女に拒否を通達した後、あああダーティビル王国を御し易く。天下り先として傀儡に内部からするために、ミリスと結びつきを強めるために、わたくしは……わた、くしは? ミ、リスに利用、されて……? 妹が、何故か、何故か急に疎ましくなって──いいえ、確か妹が裏切ったのですが……しかし、あれ。けれど何をどう裏切ったのでしょう……? 記憶が、いやそもそもそのような記憶など元から……………』

 

 

 ……おい、マジ大丈夫か!? 混乱してっけど、ミリスで何かあったのか!? 

 心配で耳を傾けるが、それきり完全に黙ってしまったカナリア。

 更に何時までも暗転しない場面と合わせて、有栖は過去視の効果が切れたのだろうと素直に思った。

 怒りが沈静化したのは良いことだが、そこはかとなく不安だ。

 

 聞いてる分だと、カナリアがアルダリアに怨念を向けたきっかけがミリスらしいが。

 ──臭ぇな。ミリス王国が、何かカナリアに刷り込みとか洗脳とか仕掛けた(・・・・)のか?

 尋常ではない様相に、有栖はミリスが黒ではないかと考えた。

 流石にこの様子はおかしい。

 だからと言ってどうすることもできないのだが。

 ミリスはヤバいから絶対近づかねぇ、と誓いを立てるぐらいか。

 

 そしてカナリアの扱いと様子も気になる。

 過去視の限りではカナリアとアルダリアの報復は完了している。

 革命は成功し、のさばるサーディ王も誅されることだろう。

 だが最後の混迷具合で有耶無耶なものの、カナリアは誰かに細工されただけな存在がする。

 勿論、その細工が解ければの話だ。

 ……同情じゃねぇよ? 俺は単に、美人に媚び売るつもりなんだからさ。

 

「うぃひひ」

 

 そんな風に下衆っぽく笑ってから、有栖はさて、と自分の頭を叩く。

 とりあえず何をするにしても、過去視を解かねばならない。

 そう思って、有栖は毎度『心眼』を切り替えるようにしてオフにして。

 暗転。

 

 

 ……――……――……――……――…… 

 

 

 何処までも広がる真っ白な空間で、下卑た哄笑が上げられていた。

 その主は、有栖が憎悪する群青の髪を持つ青年の外見をした男である。

 タウコプァ・エヴァンズと自らを名乗っていた神は、投射機の如く眼前で地上の映像を映して笑っていた。

 指を差して、愉しげに、楽しげに。

 拍手するように、自らが腰を下ろす椅子(・・)に片手を叩きつける。

 

「い……っ!?」

 

 椅子が、澄み渡るような声音が悲痛に歪んだ声を発す。

 その声に対して下品に破顔すると、

 

「途中で斜め上に方向性がブレてたが、オレの見込みは大体正しかったようだな、タウコプァ(・・・・・)エヴァンズ(・・・・・)ちゃん」

 

 椅子──四つん這いになった、群青の髪を床に垂らす美女に話しかけた。

 その女性は両目が抉り取られているため、瞼を閉じ切っており、自慢だった髪もカツラ用に数十メートルか切り取られ、肌には縄で縛られたりした際の痕が残っている。

 そんな彼女は声を震わせながら、

 

「……わたしの名前、を勝手に名乗って、ただで済むと……ひぐっ」

「ハハハハハ! 未だ折れてないってのもさぁ、良い玩具な証拠だ。あと三百年程度はオレを愉しませてくれよ。オレが飽き性じゃねぇから弄ってやってんだぜ? 感謝しろよご主人様ってさぁ、ハハハハハ!」 

「下、衆がぁ」

「くっ殺の台詞なんてのも陵辱物の醍醐味だけどさぁ、流石にもう何万回言ってると飽きがきそうだよな?」

 

 精一杯の罵倒が、嘲りの言葉で潰される。

 

「まぁ親娘丼を堪能するのも乙なモンだって、適当に造形したアリスちゃんも下の世界で頑張ってんだぜ? ほらタウコプァちゃんも見習えよ? ま、飽きてもアリスちゃんが地上で陵辱されるときに穴として扱ってやるからさ。逆に言えば、アリスちゃんが死んだら用済みのお前も首絞めながら犯すけどな──ああ、なんて寛大なんだオレは」

 

 そう言って、地上の映像に男は目を向ける。

 ──屈辱に腸が煮えくり返るタウコプァ・エヴァンズが、人知れず拳を握ったことなど男は気づきもしなかった。

 

 

 ……――……――……――……――…… 

 

 

 結局は全て有栖のお節介に終わった。

 何がと言えば、カナリアの処分についてである。

 

 過去視は時間の概念に囚われないようで、目覚めたのは両眼の痛みで気を失った直後だった。

 これ幸いと上手く言いくるめて、カナリアの情状酌量を求めようとしたのだが無駄であった。

 

 有栖ごとき部外者が進言する前に、アルダリアがカナリアに下した処分は軽かったのだ。

 大まかには、王位継承権の剥奪と何処か遠方へと飛ばされるらしい。

 これが決定ではないものの、服役や極刑と言うのはないようだ。

 懸念すべき、何らかの作為的な性格改造の可能性の話は有栖がしておいたため、きっとカウンセラーなり何なりがどうにかしてくれるだろう。

 そうでなくとも困るのは有栖ではないため、これ以上お節介を焼く気にはならなかったが。

 

 ……チッ、媚びが売れねぇじゃねぇか。

 などと負け惜しみ気味に心中で吐き捨てておいた有栖だが、どうしてか心は晴れやかだった。

 ちなみにサーディ王は処刑らしいが、これについては「ああそう」とだけ述べておこう。

 野郎とやりすぎた変態に同情はしない有栖だった。

 

 

 

 

 

 さて波乱万丈ありつつも、これで本当に革命騒動は終結を迎えた訳である。

 有栖も肩の力を抜いて安心の吐息が零れる。

 

「エヴァンズ様、よろしいですか」

 

 すると唐突に背後から小声で話しかけられた。

 誰かと振り向けば、一仕事終えたミリス王国の聖職者達である。

 

 クエスチョンマークが脳内に浮かびながらも、厳かな雰囲気を振り撒いて何用か問うたところ、

 

「無礼をお許しください、エヴァンズ様。そろそろ──」

「? と、っと、何を……!」

 

 

 聖職者、おそらく女性による手で有栖の四肢が抑え込まれた。

 

 

 他人に見えぬように両腕に組み付かれ、足は単に片腕だけで身動きを封じられた。

 何の前触れもない動作に、反射的に身悶えして必死に抵抗するも無駄だ。

 平たく言って、小学生並みに弱い有栖が大人の腕力に抗えるはずがないのである。

 ──何、何なんだよ! この唐突なエロ同人展開! え、違うよね? マジ違うよね?

 

「エヴァンズ様……あまり暴れないで頂きたい。ミリス王国に報告に向かわねばなりませんので」

「ミリス……!?」 

 

 口を抑えられながらも、ふがふがと声が漏れた。

 何のことだ手を離せクソったれ、と考えなしに叫びたいが冷静になってみるとそうである。

 アリス・エヴァンズは神の子だ。

 それらしい容姿をしているらしいのだし、つい先ほど自分で宣言もしているから間違いない。

 たとえ髪がカツラで、そもそも異世界人で、性根が下衆で無能であっても間違いではない。

 

 だが、勢いで進んできた有栖は軽く考えていたのだ。

 そのような者がいるのであれば、天地が引っくり返る大事件と化すのは自明の理だと言うのに。

 ダイス教の人間が有栖を放置することなど有り得ない。

 ダイス教の総本山に属する聖職者が、有栖を確保する絶好の機会を逃すはずがなかった。

 

「くっ──仕方がありません。ガウス、【乙女とは斯く動かざる可し】で動きを封じろ。ステータス関係で弾き飛ばされるかも知れんが、全力で、だ。命懸けでもミリス王国へとお届けするのだ……!」

「だいぶ待て。高貴な御方にそのような真似を──と、今更か。」

「ああ、きっと我らが主が許してくれる。ちなみに私が許可した訳ではないことをここに明言しておく」

「良い性格してるな。言ってる場合でもないが」

 

 ずしり、と言い合いの最中に体が重みを増す。

 魔術の類のようだが、『心眼』で見透そうにも目が霞んで赤字が読み通せない。

 このような弱点までも備えているとは、有栖も歯噛みと罵詈雑言が飛び出してしまう。

 いや、それは平常通りだが。

 

 ……拉致だぞおい! 少女誘拐とか洒落なんねぇって!? って、声が出ねぇぞ!

 口すら利けないのも魔術の影響だろう。

 よって誰にも助けを求められず、為すがままに白ローブの一人に体重を預けるように寄りかかる。

 

 周囲の者たちは、そもそも異常に気づいていない。

 フィンダルトやガイアールなどの目端が利く者は、各々不審の目を向けるが口を挟めない様子だ。

 此度の革命において、彼ら聖職者が寝返らなければ失敗していたのは明らか。

 容易に口を挟める立場ではなく、そもそも有栖がミリス側の者だと勘違いしているのかもしれない。

 ダイス教の神の子である者が、まさかその発祥地の人間と縁も何もないとは思うまい。

 

 最後の希望として、蒼崎裕也へと視線を向けたが──どうにも近寄れないらしい。

 それはそうだ。

 裕也から見てみれば白ローブ達は、窮地に有栖と共に駆けつけてきた味方なのである。

 まさか有栖の誘拐とは妄想しないだろうし、良識があれば言いがかりも大っぴらにつけられない。

 だが友の声なき叫びが通じたのか、裕也は白ローブの一人に質問をした。

 

「あの、有……じゃなくて女の子、様子がおかしいような。何か、抑えつけられてません?」 

「エヴァンズ様とお呼びなさい、異世界の民よ。エヴァンズ様は疲れてお休みになる際に暴れなさるのです」

「……ああ、成る程」

 

 って、それで納得してんじゃねぇよ裕也この野郎! 温かい目とかいらねぇんだよ! 俺、確かに寝相は悪いけどさぁ!

 

 頼りの友人からは、日頃の悪癖でスルーされる悲劇。

 もはや有栖は半泣きである。

 失意のまま意識が途絶える有栖に一言告げるのだとすれば、様々な意味合いも込めると一つだろう。

 

 後先考えず神の子と名乗ったこともあり。

 友人に異常と気取られないずぼらさもあり。

 それらが引き金となって生まれた、この結末はきっと。

 

 

 ──俗に言う、自業自得という奴だ。

 

 




これにて、第一章完結です。
第二章は掲載まで、今暫くお待ち下さい……。
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