このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる 作:ささんさ
──そうだ、魔術を覚えよう。
唐突ながら、有栖はふとそう決起した。
恐怖の夜が明けた早朝、差し込む朝日を横目に有栖はベッドに腰掛ける。
膝には、先ほど書庫から掻っ払ってきた一冊の古びた本を乗せる。
それはサヴァンと書庫を訪れた際に目をつけていたモノであった。
タイトルは『猿でも分かる! 魔術教本』と記されており、作者は例の如く異世界人のようだ。
と、まあ有栖が勢い込んでこのような本を読破しようというには勿論理由がある。
……お、俺は幽霊の存在にビビってる訳じゃねぇんだ。ああ、そうだ。うんそんな気がしてきた。そう、もしもの話だが幽霊に襲われたら、糞神ファッキンが設計した俺の身体じゃ手も足もでねぇ。俺が恐れてるのはそういう力不足の件な訳だ多分。
自己暗示めいた独白だった。
つまり、力不足に端を発す恐怖を克服するには自分も対抗手段を持てばいいじゃない──ということだ。
実に単純だが、有栖にしてはなかなか良い方針だと思われる。
自身の強化で思い当たるのはまずレベルアップだ。
しかし神聖ミリス王国はダーティビル王国とは違い、ダンジョンがない。
この街は信仰者による布施が半分、商業が半分で成り立っているようなのだ。
話は横道に逸れるが、この街についての有栖の知識を公開しておこう。
大河で二つに分かたれており、東が宗教都市、西が商業都市としての面を備えていること。
ダンジョンを中心に建設されたダンジョン都市でなく、冒険者の人口は希少なこと。
そしてこの宮殿が──東と西の大河の真ん中に浮かぶ土地に屹立していること。
堀のように河が流れているが、四方が水に囲まれて逃げ場がないとも言う。
以上、有栖が本から得たこの街の知識である。
情報が少ないのは途中で寝息を立て始めたからだった。
とりあえずダンジョンが存在しないこの街で、モンスターをハンティングすることは不可能だ。
そもそも有栖がモンスターを倒すなど夢のまた夢なのだが。
無論、モンスターを撃破する以外にもレベルを上げる方法はあるそうだが根気が必要らしい。
根気ゼロ、体力ゼロ、ついでに集中力も平常時ではゼロの有栖は早々に諦めた。
そこであっさり諦めるところが根気ゼロの所以である。
レベルアップは望むべくもないとすると、次は武器で強化する方法を思いつく。
魔剣やら拳銃やらで武装すれば如何に有栖といえども強くはなる。
有栖のゲーム知識で言えば、宗教都市の宮殿には──たとえば隠された宝物庫などに曰くつきの聖剣や魔剣が眠っている気がしなくもない。
けれども現状、有栖はフロア外には出られないため一旦保留としておく。
聞くだに阿呆な案だが、案がないだけよりはマシなのだろう。
となれば後は、スキルのレベルアップか魔術の習得が残るのだが。
折角レベル二に上昇した心眼スキルは使いどころが微妙、加えて精神的疲労も大きい、有栖的には残念な物となってしまった。
しかも覚醒直前の激痛を加味すると身体が無意識に震えてしまう。
そして目からビーム砲を発射するなどの攻撃手段でなかったこともショックだったのだろう。
あまり意欲的にスキルレベルを上げようとは思えない有栖だった。
よって、魔術の習得なら俺にもできるだろう、という甘い考えで只今読書しているのだ。
本を読んで力が得られるのなら、誰も苦労しやしないだろうに。
「初級魔術【灯火】……が、一番基本的な魔術なのか」
確かにステータスの魔術欄では結構見かけた名である。
【灯火】、【漏水】、【稲光】、【土隠】、【治癒の雫】が一般に初級魔術と呼ばれている物のようだ。
それぞれ炎属性、水属性、雷属性、土属性、無属性を司っている。
【治癒の雫】以外のいづれかならば、相性により使用不可の物はあるものの、才能があまりない一桁台の年齢でも使用可能な初歩の初歩の魔術らしい。
と、なれば有栖ができないはずがない。
はずがないのだが──。
「【灯火】……燃え上がる瞬間のイメージ……【灯火】!」
短縮された詠唱である魔術名を呟くものの、全く発動する気配がない。
【灯火】の効果は、小規模な火を起こすという細やかなモノなのだが。
火をつけようと凝視する有栖の目線の先の机は、まるで何も起こらない。
と言うか何故この少女は、自らの机を燃やそうとしているのか。
教本によると、大事なのはイメージだ。
たとえば異世界の子供たちは実際に火を起こすのを直に目で見て、その場で【灯火】を習得する者が多いらしい。
有栖だって現実世界で火を見たことは勿論ある。
ネガティブな方向以外で想像力が貧困なことが関係しているのかもしれない。
「【漏水】! 【稲光】! 【土隠】! ぐぐ、くっそ」
人には向き不向きという奴がある。
火属性だけの性質を持つ人間には、他の初級魔術が扱えない。
逆に、希少な存在だが五属性の性質を持つ者は五属性全てが扱える。
それらは『才能』なる有栖の嫌いな言葉が関係してくるところだった。
言うまでもないが、有栖にはそういう才能と呼ばれるモノは魔術の方向性になかったようだ。
全くどれも発動する気配がまるでない。
「チッ……今日は無理かもな、休憩すっか。サヴァンが来たら、んなトコ見せられねぇしな」
三十分ほど頑張ってみたものの、成果なく魔術への挑戦を終える。
初級魔術もできない神の子と認識されると、後々面倒ごとに発展しそうだった。
よってビクビク怯えながらも早朝に書庫から本を盗んできたのだ。
しかし一々返却するのも手間のため、魔術教本は寝台の下へと隠しておくことにする。
元男子高校生の隠し場所としてもベタだが、この自室は広い割に隠し場所に窮するように物が少ないのだ。
──とと、でもやることもねぇしなぁ……うん? 『魔法』? 魔術と違ぇの?
はらりと手慰みに捲ったページに、『魔法』についての記述があった。
しかもたったの一ページのみ。
疑問のままに有栖はその字面を追ってみる……飛ばし読みで。
・・・
……魔法とは、魔術に簡略化される前段階を言う。
そもそも魔術は「魔法という長い詠唱を掛けて発動する力」を、効率化と詠唱の短縮によって『魔術名』と脳内のイメージだけで発動することを可能にした──言わば魔法を高速詠唱に変えたモノを指す。
とどのつまり詠唱を最低限に省略した『魔法』こそが、魔術なのである。
その分、魔術は原型の『魔法』よりも威力が落ちるが、簡素化で一般人も広く扱えることとなった。
魔術で食べて行く人間にならないのであれば、『魔法』は面倒で用途に乏しいモノでしかない。
然し一流の魔術師に成るのであれば、『魔法』は欠かせない切り札だ。
『魔法』の威力は、己の感情の高ぶりに比例すると言われている。
筆者は一度、一流の魔術師の逆鱗に触れて詠唱ありの【灯火】を浴びた経験がある。
その際に、一瞬で膨張した火炎によって全身火傷を負ったが──威力の程はこれで伝わっただろうか。
一流の魔術師に『魔法』が必要な所以はつまり、決定打を補うという面だ。
次に魔術の行使の仕方を説明したい訳だが、これがどうにも上手くない。
筆者が一度も扱ったことがないという点もあるが、大きな問題は別だ。
『魔法』、詠唱は人によって異なるからだ。
例えば、【灯火】の原型の魔法を扱おうとすれば個人個人で威力も詠唱も差異が出てしまう。
何故ならば詠唱とは即ち、自らの感情を高める言葉だ。
月並みのモノではなく、自身の胸中に仕舞った思いを吐き出す言葉が望ましい。
無論、それは人によって異なる。
このように体系化が困難を極めるため、短縮し弱体化させ万人向けに構築したモノが魔術なのだから。
『魔法』を修めるのであれば、まず自分を見つめ直すことが重要である。
・・・
良く分からないが結局、放り投げてENDで締め括っていた。
何処ぞの密林のサイトで星一つのレビューが並びそうな終わり方である。
有栖も小難しいことは理解を放棄して「ふーん」と適当に読み飛ばしていた。
魔法はつよいすごいということを頭に留めておく。
と、そのときノック音が響く。
途端に有栖は本を閉じ、寝台の下に放り込み、髪を整えてシーツから飛び退き、椅子にゆったりと──見えるように──腰掛けた。
いつ見ても芸術的な早業である。
「失礼する、おはようございますアリス様」
「ええ、おはようございます。今日も麗しいメイド服姿ですね」
「……そのことについては触れないで欲しいのだが」
頭を抱えるサヴァンを、内心下衆の笑いを浮かべていた。
嫌味な奴である。
本人は否定しているものの、サヴァンのメイド服は妙に似つかわしい。
しかし使用人の衣服が似合うというのは褒め言葉なのだろうか。
さて、昨日と同様の彼女であるが紙袋と思わしき物をぶら下げている。
「……おや、その手に持っているのは何でしょうか?」
「アリス様が前に所望していたモノだ。ようやく上層部からの認可を得た」
サヴァンは袋から、有栖からすれば既に懐かしくなった品々を取り出す。
肩掛けバッグ、小振りのナイフ二本、ダーティビル王国の地図、マグラッカルの樹杖、そしてサトウの魔鏡が二枚、果ては紫色の初級魔術師のローブなど。
──あー、やっとか。これで連絡手段ゲット。まあ繋がるかどうか賭けなんだけどな。
サトウの魔鏡がミリス上層部のチェックを抜けたことを幸運に思う有栖。
まあ有栖は今の生活を満喫しているため、雑談することしかないが。
誰に繋がるかは分からんけど、裕也の野郎に一言くらい文句言ってやらなきゃなぁ? あのときよくも見送りやがった恨みは忘れちゃいないぞ……。
その割りにはミリスの生活を楽しんでいる有栖は、逆恨みも甚だしい。
まあ裕也はマゾだから別に可哀そうでもないが。
無表情でわくわくする有栖に、
「魔鏡については僕の前でのみの限定使用だけれど」
「……まあ、分かってましたよ。ちなみに私がそれを拒否した場合?」
「特に罰が下されるという事はない。あくまでアリス様はミリスに協力している立場だ。強いて言えば……僕の胃の痛みが増大し、アリス様のその行動を上に報告をする程度です」
「敬語」
「報告する程度だ」
おい告げ口とは汚ねぇぞ!
厳罰はないという言葉に、拍子抜け半分納得半分だったが、サヴァンの意味深な言葉に慄く胸中。
本質的に有栖はチキンなのだ。
そういう何が起こるか不明瞭な言い方は、有栖としては非常に気にかかる。
神の子を無下に扱いはしないだろうが、裏で自身の評判を下げるのは得策ではない。
ここは我儘を通すのではなく、一旦ミリス上層部にゴマを擦ろう。
好感度が低いと色々融通が利かなくなるかもしれない。
よって有栖は内心舌打ちをしながら、「特に問題ありませんが」と澄ました顔を作り、負け惜しみを呟く。
器が小さいことこの上ない。