このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる   作:ささんさ

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11 『華美の宴 下』

「それでは儂は暫しの間、席を外させて……。ガウス頼んだぞ」

「勿論です。安心してください」 

「ナタリア、御前に言った訳では無い。寧ろ最も心配なのが御前なのだが……」

「勿論です。安心してください」

「何故また──そも、返答が適当に過ぎんか……? 申し訳御座いませんアリス様に御見苦しいところを。それでは儂は此れで」

 

 用件の伝達を終えると、そそくさとジルコニアが去ってしまったため取り残されてしまった。

 基本的に人の話を聞かない女性、大男、雑魚という紹介が為された三人組とともに。

 何とも言い難いが、初対面でないとは言え関わり辛い面々だ。

 友達が連れてきた、自分の知らない友達と二人切りにされたような気まずさが有栖にある。

 待て待て、整理だ。考えろ俺、情報を筋道立てて考えろ。

 

 第一に、サヴァンが雇われで従者をしていたというのは既知の情報だ。

 だが常識的に鑑みて、神の子という役職にわざわざ外部の人間を無意味に就かせるなど有り得るだろうか。

 たとえ相手が世間的に信用を置くに値する人間であっても、神の子を任すに足るかと問われれば否だ。

 以前は、機密情報を盗み見ることが可能な心眼を警戒してのことと納得していたが、やはり腑に落ちなかったのはこの違和感のせいだったのだろう。

 それならば、何も無関係な──たとえば有栖のフロアで仕事をする使用人だけでも良い話だ。

 ダーティビル王国での風聞を十分に得ているなら、有栖をボディガードが必要な人材とも思うまい。

 

 すなわちサヴァンは、ダイス教団の熱心な信者──ダーティビル王国では、欠片もそんな様子が窺えたことはなかったが──であり、並以上の冒険者をも圧倒する実力を持ち、一切背信の疑いがないナタリア達が回復するまでの代理だったのだろう。

 何でサヴァンが選ばれたのかは、ダーティビル王国で俺と面識があるからか……?

 誘拐先で見知らぬ連中に四六時中見張られる、という事態を避けたかったのかもしれない。

 自信はないが、それ以外で彼女を運用する道理が有栖には思い当たらなかった。

 

 だが不可解なのは、代理の役目をここで終える旨をサヴァンが告げていなかったことだ。

 もしや、会食直前に話があるって言っていた件がそれなのかもしれない。

 ただサヴァンの用件は会食後、従者入れ替えは会食中だ。

 別離の言葉を交わすには、明らかにタイミングが不自然だった。

 ……別に推測せずにナタリア達に訊けば良いんだろうけどさ、と有栖は横目でナタリアに視線を飛ばす。

 

「ええと……ナタリアさん。色々と尋ねたいことがあるのですが」

「アリス様、今のうちに料理を攫っておくのが得策かと思われますよ」

「え、あ、はい」  

 

 この調子だ。

 コイツ俺のこと敬ってる? と喧嘩腰にど突きだい衝動に駆られる有栖だった。

 

「アリス様、ナタリアに意思疎通は稀にしか通用しません。御話は四ノ目機関副長の自分が」 

 

 心地良い低音の声とともに、ガタイの良い二メートル級の巨人が有栖の側に音もなく近寄ってくる。

 確かナタリアが言う……チャームポイントが目のガウス、という男だったか。

 純白のローブを頭部から目深に被っていても判別可能なのは便利だ。 

 見上げると、彼の目がくりくりしていた。

 

「では幾つか質問があるのですが、答えて頂けますか?」

「仰せの儘に」

 

 片膝を突いて忠誠の意を示すガウスに、動揺も解けてきた有栖も御満悦だ。

 結局コイツは敬意を向けて貰えるだけで機嫌が直る、ある種便利な奴なのかもしれない。

 便利と言うか、単純と言うか。

 ふとガウスと目を合わせると、すごく目がくりくりしていることが分かった。

 

「では一つ、サヴァンが私に一言も告げずに去った訳を知っていますか?」

「好感度が足りなかったのでしょう」 

 

 『こうしてぼくは女っ気が無いまま、虚しく卒業式を迎えてしまうのだった……死のう』と今にも物悲しいモノローグを伴って、バッドエンドと相成りそうなことを言うガウス。

 けれども有栖としては、媚びたり、子どもっぽく演じたり、利己的な理由で使ったり、軽く高い身分を盾にしていびったり、十分な好感度を稼いでいた手応えはあった。

 後半二つが原因なのではないのか、と露ほどにも思わない有栖クオリティは健在。

 

 念のため心眼で覗いても、ガウスには有栖の神の瞳に萎縮した想いしか見つからない。

 ──やっぱ駄目かよクソッ、こればっかは本人に聞くしかねぇのか? 

 半ば予想通りと言え、落胆は感じざるを得ない。 

 

「二つ、私は貴方達とダーティビル王国での生誕祭で出会したことがありますが……私の記憶が確かなら、貴方方はそのような怪我をしていなかったように思います」

 

 ちらりと視線を向かわせたのは、ローブの隙間から覗く三人の身体の欠損と傷跡だ。

 遠慮なく、並ぶ色彩豊かな料理を食すナタリアは右肩から先がなく、眼前のガウスは喉から額までに痛々しい切り傷、特に喋らず放置中のライネスは左耳が欠落している。

 以前のガウス、ライネスについて知る由もないが、少なくともナタリアにはそんな傷跡などなかったはずだ。

 

「それは──アリス様を保護した後の仕事での負傷です。ダーティビル王国での『正義の闘争』の後始末、且つ集結していたカナリア・フォン・ダーティビル派の数人が偶然発見した『認知されていなかったダンジョン口』の調査として、混迷を極めていた東門に向かったのですが……SS級冒険者ジャラ・デンボルトンの妨害を受けまして」

「ジャラ?」

 

 唐突に話に現れた既知の人物名に、内心びっくり、外面では眉を顰めて聞き返す。

 ガウスは相も変わらずくりくりした目で、

 

「……報告に依れば、アリス様と少なからず親交があったようですね。東門で、何故か不審者として捕縛されていたのを発見し、直ちに解いて、ダーティビル王国生誕祭の結末を簡素に話したところ襲い掛かられまして。情報の行き違いがありましたが、今では誤解も解けております」

 

 さらりと、有栖がホラを吹いた顛末を事務的に言い終えるガウス。

 恐らくジャラが不審者として縛されていたのは、彼を適当に東門で妄言を吐くbotと化させたからだろう。

 事の顛末を口にしたとガウスは言ったが、その内容が「アルダリア・フォン・ダーティビル派の勝利で革命は終了した。我らもアリス様を確保して大満足」という内容だったため十中八九、有栖が誘拐されたと誤解──いや真実なのだが──したからと推察される。

 そして何の因果かジャラは、生誕祭で無双した四ノ目機関のナタリア、ガウス、ライネスを撃退し重傷を負わせ、有栖の世話係が空席となり、そこにサヴァンが抜擢された……という経緯になるのだろう。

 つまり大体全部有栖が悪い。

 

 巡り巡ってとんでもないブーメラン投げてたって訳だ、はは、笑えねぇ。

 どうにも引っ掛かる点は、ジャラが四ノ目機関の主要メンバー数人を相手取ってこうまで戦果が挙げられた違和感。

 生誕祭の一日目でナタリア達に囲まれ、脅迫されたあの時、彼は白旗を上げていた。

 そもそも四ノ目機関の力は、ダーティビル王国に置いて、人類最強と噂のガイアールを抱えたアルダリアですら畏怖と恐怖で塗り潰されるほどの物だったのだ。

 所詮、フィンダルトの金魚の糞であるジャラがそう易々と被害を与えられる相手だろうか?

 祐也との一対一では、祐也の方が圧倒的に力不足で判定は揺らぐが、確かにジャラが強者なのは分かるのだが……。

 

 手加減していたのか? それとも手の内を見せたくなかったのか?

 だがジャラのステータスは全て覗き見済みだ、あれ以上のスキルも魔術も隠し玉もないはずだ。

 

 その疑念はガウス曰く、ジャラの持つ独特なスキルに依る物であるらしい。

 自傷し、HPを削り、削り、削る程に能力値が上昇し続ける──ある種、無限の力。

 あれを酷使し、生死の境を彷徨えば如何な存在にも立ち向かえるだろう。

 しかしそれにしては、二日前に連絡を取った際にピンピンしていたような。

 

 ……まあ良いか。とりあえず大体の経緯は知れたし。あとガウスが、ジャラの件の他に気になることを言ってたな。

 

「先ほど、東門に向かった理由の一つを『認知されていなかったダンジョン口』の調査と口にしていましたが……」

 

「どうにも、ダーティビル王国の首都から方位東の位置に、中型モンスターが這い上がれない程度のダンジョン口が発見されたようで……」

 

 ダンジョン。

 異形のモンスターが跋扈し、次々と生まれ落ちる摩訶不思議な地下迷宮。

 冒険者や探索者は日夜そこに潜り、希少な植物の採取、レベル上げ等々の活動を行うため、ダンジョンを領有する都市は商業も発展、人が盛んに出入りし、言わば富国の象徴とも言うべき存在だ。

 無論、ダンジョン口──地下への入り口は元来から空いている場所しかない。

 よって国を繁栄させるためにダンジョン保有国とならんがために、血眼で未確認のダンジョン口を探すらしい。

 場合によっては、保有するダンジョンの奪い合いで国同士の戦争に発展したこともあるようだ。

 

 ダンジョン口にしても、その間口の幅やら高さには差異がある。

 今回発見されたダンジョン口のように比較的狭い場合、ダンジョン都市として繁栄することは不可能だ。

 ダンジョン都市が栄える理由は、数多の冒険者達が積極的に地下へと出入りし、珍奇な収穫物の流通を良くするからこそだ。そこに商人が群がり、店舗を打ち立て……という順で活気溢れる街になっていく。

 

 けれども、その出入り口が人一人しゃがんで通るのが精一杯の物であれば?

 あまりにも不便だし、近辺には既に首都のダンジョンがあるのだからそちらへ人は流れていく。

 よって人は寄りつかず、誰の利益にも発展し得ない。

 

 しかも小型モンスターは問題なく、そのダンジョン口を潜り抜けることが出来るのが厄介だ。

 地上に這い上がってきたモンスターの討伐は、冒険者や騎士、警備隊が至急取りかかねばならない程の重要な仕事だった。

 そもそもこのタイミングで見つけ出された所以は、東門付近で数匹のゴブリンが目撃されたからだ。

 それで一悶着あったらしいことを、ガウスは目をくりくりとさせながら付け加える。

 

 つまりはそう、発見されたダンジョン口は単なる害にしかならない邪魔な穴。

 このようなケースでは、該当の穴を埋めて使用不可能にするのが国際的なルールとなっている。

 地上生物の外敵であるモンスターをのさばらせる理由はないからだ。

 

 ──まぁでも、金のなる木をほっとく訳ないわな。ダンジョンがねぇミリスからすると、喉から手が出るほど欲しいもんだろうし……けど、ダーティビルの首都の近くってこた、ダーティビル王国の領地内にダンジョンがある訳だろ? ミリスが介入しても美味くなくねぇ?

 疑問符を解消するため、ぶりっ子有栖は首を捻って、

 

「……ミリス側にはそれにどんなメリットがあるのでしょうか?」 

 

「学のない者の推測で御座いますが……発見されたダンジョンの管理、這い出たモンスターの討伐はダーティビル王国の管轄と成りましょう。しかし長きに渡り良好な関係を結んでいた神聖ミリス王国にも利益はゼロでは御座いません。ここは此方も一枚噛まねば、という判断なのでしょう」

 

「随分、憶測の混じった言い方ですね。事情は聞かされていないのですか? 貴方方が実行部隊なのでしょう?」

 

「我々は単なる『道具』でしかないので御座います、アリス様」

 

 目をくりくりさせながらも、ガウスはぴしゃりと即答する。

 その妙に機械的な返答は、不思議と有栖はガウス達の本質を捉えているような気がした。

 生誕祭を子どものようにはしゃぎ、間抜けていたやり取りをする彼らには──何処か──無邪気さよりも、無機質さを感覚させる。

 ……何つーか、人じゃねぇってまではいかねぇけど気味悪ぃ。目はくりくりしてっけど。

 しかし『道具』と自称する彼らは確かに無知すぎる。

 出会ってから一言も喋らない雑魚ことライネスを心眼で見ても、雑魚っぽいことしか考えていないようだった。

 ナタリアに関しては、無垢にも眼前の食べ物のことと有栖への警護しか頭にない。

 馬鹿ばっかりだった。

 

 機密事項は伝えられていないのか、それともミリスの実態とは有栖に明かしていることが全てなのか。

 だからこそ心眼を持つ有栖の従者として申し分ないと判断されたのだろう。

 

「と、長話が過ぎましたね。私を待ってる人々の元へ向かわねば」

 

 ふと、有栖は周りの雰囲気を察して話を切り上げた。

 思いの外ガウスとの話が長引いたせいか、ちらちらと不特定多数の視線を周囲から感じる。

 そろそろ他の聖者や貴族への挨拶回りでもせねばなるまい。

 此処から数時間に及ぶ猫被りをして相対しなければならないのだから、本来なら此処からが本番だ。

 

 ──サヴァンが消えたからって、何か変わる訳じゃねぇんだ。

 右拳を固く握り締め、有栖はまたしても(・・・・・)自分に対する言い訳を嘯く。

 平常心を保つため、寂しさを紛らわすための虚勢、それに加えてもう一つ。

 元より大きかった矜持が、神の子として崇め奉られることで肥大化したことがその原因だろう。

 

 ──ああ、俺はもう大丈夫なんだ。誰かの助けなんかなくたって生きていける。

 サヴァンが任を解かれ、有栖の前から去ったため、知人と呼べる誰かは皆いなくなってしまった。

 従者は、基本話を聞かないナタリア達で気の休まる時間は大幅に削られるだろう。

 此度の立食の開幕にかました、裏工作ありの派手な演出も一人でこなさねばならなくなる。

 

 ただ勿論、横暴に従者交換を拒否してサヴァンを取り戻しても良かった。

 実際そう命じてみると「サヴァン・デロ・ガインド卿は急ぎで、大レクシア帝国に戻ったと聞いております。どうにも次の仕事が立て込んでおり、それに向かうようですが……力尽くで連れ戻すのにも時間が掛かりますので、それまでの間は我々が……」と意外なほどにあっさりと了解されてしまった。

 ただ、彼女が帰還するまでに幾つ障害があるかは知れない。

 

 ──けど、どうにでもなる。いや、どうにかする。今までだってそうしてきたんだから。

 そしてこのドヤ顏である。見目麗しいが、普通に腹が立つ奴だ。

 

「その前に一つ、貴方の実力を見せてもらいたいですね。私は伝聞の実力しか知りませんので」

「承知しました。では、其方にステータスを送りましょう」

 

 思い出したように──本当にたった今思い出しただけである──そう要求すると、何の躊躇もなしにステータス画面が有栖の視界にスライドしてくる。

 何時もの手順で心眼を利用して、ガウスの全ステータスを視認した。

 

 ……な、何だ、これ。サヴァンより高ぇ……これならまぁ、ボディガードとしちゃ文句ねぇかなぁ。

 有栖はガウスの異様な数値と記述に目を剥いたが、現実では冷徹な眼差しで一瞥しただけに見せた。

 

 こいつらと関わる気は毛頭ねぇ、サヴァンが帰ってくるまでの辛抱だと思って思考停止する。

 そうして直ぐさま自らを切り替え、決意を新たにすると、そわそわと待ち構える数十人の聖者達へと歩み出した。

 

 

 神の子として、本当の一歩目は今この時なのだ──と。

 

 

 

 

 ──日は、こうして落ちてゆく。

 宴はつつがなく終幕を迎え、此処に広く紛れもない神の子の存在を認知させた。

 そして。

 アリス・エヴァンズは気付かない。

 刻々と、針が時間を刻む中で暗闇で何かが蠢いていることに。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ガウス・プロターク Lv54

 年齢:16

 種別:人類種

 

 HP(体力):845/1300

 MP(魔力量):675/1000

 

 STR(筋力):1000

 DEF(防御力):1000

 INT(知力):300 

 AGI(敏捷):1000

 DEX(器用):100/100

 LUK(幸運):20/100

  

 《魔術》

 【治癒の雫】 射程:近距離 魔力消費:30 

 【照らす安寧の光彩】 射程:中距離 魔力消費:50

 治癒の中級魔術。

 太陽から降り注ぎ、世界を支える大樹の葉を通過した柔い光は複数対象の傷を癒す。

 

 【蒼き乙女の素肌は高貴也】 射程:近距離 魔力消費:10

 ダイス教団に代々受け継がれる攻撃防御一体型の魔術の一つ。

 指向性の有る攻撃を反転、逆方向に吹き飛ばす。

 神聖なる乙女の艶やかな肌にすら、下賤の民が触れる事は叶わない。

 

 【蒼き乙女は影を歩まず】 射程:── 魔力消費:5〜

 ダイス教団に代々受け継がれる移動魔術の一つ。

 任意の空中を己の足に接触するときのみ固定化させ、擬似的に空中を歩行可能。

 神聖なる乙女は如何なる悪路であっても、優雅に踏破する。

 

 【乙女とは斯く動かざる可し】 射程:近距離 魔力消費:12

 ダイス教団に代々受け継がれる束縛魔術の一つ。

 拘束する対象者の身体を、不可視の圧力で傷一つ付けず速やかに失神させる。

 神聖なる乙女は、無用に動かぬからこそ美しい。

 

 《パッシブスキル》

 【四ノ目機関】

 賽の目で分業するダイス教団、其の公認された暗部と言う矛盾した性質を持つ。

 構成員は十名で規定されており、欠員が出次第補充される。

 補充要員が枯渇すれば其の限りでは無いが。

 各々はメフィレスの何れかの研究の影響下にあるため最低限能力を持ち、又熱心な教徒で無ければ入団出来ない。

  

 【選りすぐりの兵隊】

 生み落とされ、二年が経過した頃合いにステータスをチェックされ、才能が認められれば無償でダイス教団の学舎に強制的に入学させられる。

 卒業後には一ノ目〜六ノ目機関の何れかに配属され、晴れて聖職者として出世街道を歩むことと成る。

 

 【短命】

 メフィレス・マタルデカイトの研究の成果である『外付け魔力の木偶人形』の弊害。

 外部の膨大な魔力を体内で循環させる事により、正しく人外の能力値を得たものの、身体を確実に蝕んでいる。

 元の素養で効果も個人差が出、能力値は平均して五百前後、寿命は五年が限度。

 因みにガウスは今年で五年目である。

 

 【躯は機械、心は純真、之完璧を体現す】

 幼少から頑丈だった純真な少年は、遥か昔聞いた、澱んだ悪魔の声を一つだけ覚えている。

 ──君を見ていると、木偶人形という言葉を連想する。

 霞がかった記憶で悪魔は笑う、彼の取り柄は身体だけだと嘲笑う。

 だから、それを伸ばしてみたくはないか、きっとエヴァンズ様も、御両親も御喜びになる。

 純真な少年は差し出された悪魔の手に、何の疑問もなく手を伸ばす。

 それが良い事だから拒否は出来ない、少年は実直にそう思った。

 純真で、無垢で、然し其れは思考放棄とも言い換えられる愚行だ。

 ──だから君は、木偶人形なんだ。

 其の呟きは彼には聞き取れず──。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 

 ……――……――……――……――……

 

 

 満月が空にぽっかりと空いた夜。

 ミリス王国の東に位置するダイス教団の象徴的な建造物──サン=ハイル大聖堂の最奧に二つの影がある。

 ただ一つの照明である篝火が橙色の光を、饐えた臭いが香る部屋を照らしていた。 

 

「……漸く目が覚めたか、メフィレス」 

 

「──そっちの声(・・・・・)は、貴殿だな。……馬鹿な事を言ってくれるな、只今覚醒したのでなく、今瞬きをしただけなのだ。くく、け、宴に出れぬ身と成って此の際と、並行していた研究を整理していた。然し、暫く研究も凍結しそうだ、矢張り此の削減された費用では厳しい」 

 

 一人は、白衣を着衣した、血を想起させる澱のように濁った赤髪の男だ。

 もう一人は、その巨躯を誇示するように敷地面積の少ないサイズの白ローブを被った男。

 彼は武器なのか杖を手慰みに回しながら、赤髪のメフィレスに向かって労った声音を投げかける。

 

「苦労を掛けるな。それも仕方のない(・・・・・)話だが──私は何も世間話に来た訳ではない」 

 

「知れた事を。用件は手短に話せ、オレは至高の君に裏切られて心的外傷を負っているのだ」 

 

「アリス・エヴァンズ様の事か……貴様、あれは戯言でなかったのだな」 

 

 呆れたような響きの声をぶつけられても、メフィレスは反応を返さない。

 どうにも片思いの相手が一日経たずしてジルコニアに密告したことがショックで未だ凹んでいるらしい。

 

「ならば要望通り手短に。……満願成就の日が近場に迫っている。魔力量は十全か?」 

「無論だ、儀式の手筈は全て整えられている──だがゆめゆめ忘れてくれるなよ? オレの『研究の期日』まで待つ、という約束をな」 

 

「不本意ながら、だが。私や枢機卿等からすれば無意味に迂遠な道を通る事が歯痒くて仕方ないが」

 

「オレが『強欲』を満たす為なのだ。口喧しい連中は適当に黙らせろ。研究成果は出来損ないばかりとは言え、断念するには惜しい計画だ」

 

 

 くっけけ、と独特な含み笑いをするメフィレスに、筋骨を誇る男も同調して笑みを浮かべる。

 

 

「さあ────満願成就まで。ダイス教団の悲願達成まで、あと───」 




一旦、この話で連続更新中断します。
二章完結まで書いた後に、一章同様こちらに一気に載せたいと思います。
感想等よろしければ、お願い致します。
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