このちっぽけな心眼で俺は、異世界成り上がりを果たしてみせる 作:ささんさ
「【一撃にて屠殺する斬撃】────ッ!」
突如として現れた騎士姿の男は駆けながら、スキル起動とともに空に斬撃を浴びせる。
すると剣筋をなぞるような円弧を描くようにして衝撃波が飛んだ。
血が、舞った。
それは少女を摘み上げるオークの無防備な背中に横一文字に亀裂が刻まれる。
それだけではない。
あっさりとオークの脂肪と肉の壁は斬り裂かれ、尚も衝撃波の威力は収まらぬと、ついぞオークの身体を両断するに至った。
悲鳴を上げさせる暇もなく、偶然にも不意打ちと相成っていたらしい。
摘まれていた少女はそのまま落下し、不恰好にも──何故か形成されていた水たまりへと──落下していた。
そちらが気がかりだったが、先に邪魔者を排除するべく騎士は。
「ふ──ッ」
吐息とともに、深く踏み込みをかける。
瞬間、砲弾の如く十字路に躍り出た。
そして言葉を続ける。
咆哮で仲間を呼ばれるのは面倒だと、出し惜しみはせずにスキルを口上した。
「【裂帛の連撃は花弁を斬るが如く】!」
異世界におけるスキル発動は、ゲームのオートモードに似ている。
たとえ腕力や速度が足りなくとも、勝手に凄まじい剣撃を再現することが出来る代物だ。慣れない頃だと気持ち悪くて仕方ないが、この世界では有用な技術だった。
無論、最低限スキルの挙動をなぞるようにして微調整は可能であり、不便とも言え威力は折り紙付き。使わない手はなかった。
なお、これらの情報は有栖がミリスで悦に浸っている間に、ガイアールとの訓練で教授されたことの一つである。
──剣筋が煌めいた。
騎士から繰り出されるのは、斬撃の嵐だ。
鋭い銀の風は突然の闖入者に慄き、後退りかけていた残る三体のオークを呑み込む。
風に紅色が混じり、銀閃が肌を肉を骨を断ち、撒き散らし、三体のオークを細かな肉片へと変えていった。
数百もの斬撃と頑丈さが売りの『ターデルの片手剣』の合わせ技は、紙を次々と裂くシュレッダーのような物だ。
時間にして三秒。
動きを止め、スキルの効果時間が終わりを迎える。
そこには、騎士の影のみが立っていた。
三つの巨体は数多の肉塊と散り、モンスター退治を容易く成し遂げたのである。
助けを請う叫び一つ上がる隙もない、お手本のような一幕であった。
「あらかた片付けられたかな……っと」
軽量な銀色の甲冑を装備した騎士──蒼崎裕也は溜息交じりにそう呟いた。
……弱いモンスターばっかりで助かった。レベルは三十もなかったんだろう。これならEE級冒険者でも倒せるぐらいだったな。
別に有栖への遠回しな嫌味ではない。
オークなど本当はその程度のモンスターでしかない訳なのだった。
さて、と裕也はオークの巨体が四つ倒れる周りを見渡しながら考える。
裕也は、洞窟内に響き渡るオークの叫び声を聞きつけて駆けつけた訳だが、そこで少女が襲われているのを発見し、見逃せないと乱入した……という流れだった。
こんな場所で彷徨く少女は怪しさ満点ではあったが、救わない理由はない。
困った人がいれば可能な限り助ける、裕也にとってそれは当然の行為だった。
──はてさて、と。どうしようか。
返り血を周囲に撒き散らしてしまったが、既に大量の乾いた血液が甲冑には付着しているため新鮮な血は目立ちもしない。
血みどろの格好は心配だったが、意を決して。
「ねぇ君、大丈夫だった──?」
オークの餌食になりかけていた少女に振り返りながら、努めて優しげに微笑みかける。
見たところ、年端もいかない女の子だ。威圧感を与えるのは得策ではないのだし、怖がらせてはならないだろう。
血塗れの装備は致し方ないと諦める。
流石に安心感を与えるべく服を脱いで全裸になるほど、裕也はとち狂っていなかった。
「…………」
対して、俯く少女は不自然に出来た水たまりの中で座り込んだまま反応がない。
齢は十つばかりの年若い姿形、まるで精巧な人形のように愛嬌と、身体中には血が滲んだ擦過傷が刻まれており、左肩口は乱雑に白布で縛られている。
その痛ましい在り方は悲哀を誘うが、見ようによっては一種の淫靡さも醸していた。
表情は伏せられながら、それでも酷く可憐な少女である。
だが、裕也には何故か見覚えがあった。
──ちょっと待てよ。黒髪でこの姿形? まさかこの子、もしかして。
「えっと、君──まさか、有栖なの?」
「…………ゆーや?」
懐疑を孕んだ裕也の声。
しかし黒髪の少女──アリス・エヴァンズは顔上げると、無邪気そうな笑みを浮かべて、その場に座っていた。
久々の再会に、悪態を吐く様子もない。
愚鈍な裕也の発言に、舌打ちをすることすらない。
それどころか天真爛漫にも。
「ゆーや、ゆーやだぁ。ひさびさだぁー」
「……え? ホントにこれ有栖? 良く似た別人じゃないの? ごめんちょっと、人違いだったみたいだ」
「んー?」
年幾許かの少女のような声音と表情には、強烈な違和感しか覚えない。
見た目の年齢としては相応な反応だが、何だろう。
タチの悪いドッキリを仕掛けられた気分だ。
混迷は極地に達し、理解不能の四文字が頭を過る。
「有栖?」
「うんー、アリスだよ。
にかりと、傷だらけの姿で満面の笑みをして親友の名前を語る少女。
確かに姿形も裕也の名前を知るところも、あの有栖でしか有り得ないが……何だ、幻覚でも見せられているのか。これもイザナミなのか──混乱は止む気配がない。
とりあえず、多分、おそらく有栖なのだろうと確定はするものの、だ。
一つ。少女の瞳が、まともではなかった。
ただただ、童女の笑みのまま向けられる、壊れた人形のような虚ろな瞳──。
……――……――……――……――……
蒼崎裕也はアルダリア・フォン・ダーティビルの犬である。
性癖的にも彼は是と答えるだろうし、職種的にも間違いはない。アルダリア自身は否定するだろうが、事実としてそうだ。
ダーティビル王国の革命後、立場が『第二王女の懐刀』から『王国の騎士であり、貴重な異世界人』へと変化したのである。
主な活動はカナリア派──旧政府派の貴族や魔術師を捕縛することだった。新政府へと刷新される際には、余計な反乱分子を排除するのは至極当然だ。
裕也は労力も惜しまず、革命にも参加したアルダリア派の騎士、魔術師達とともに、その残党狩りに明け暮れていた。
朝夕、帳が下りた時間帯にも街路を疾走して、屋根を飛び回り、一心不乱に己の仕事に精を出した。空き時間が作られれば、SSS級冒険者のガイアール・ジェイロンに頼み込んで手解きをしてもらう日々。
そこまで仕事と鍛錬に身を投じた理由は、性癖の問題と並んでもう一つあった。
──俺はあのとき、有栖とかディクローズさんに頼りっぱなしだった。あれは、単純に俺が弱かったからだ。……はっきり言うと、悔しかった。
今も思い返すのは、夜に夢で繰り返されるのは、毎度あの大広間での一幕だ。
手も足も出なかった。
鳶色の髪を持つ女性騎士に、全ての剣戟を封殺されてしまった。
役目の一つも果たせなかった。
意気揚々と先鋒を務めようとして、力不足が故に、最後は役立たずの傍観者に成り下がってしまった。
男の意地で無理を言って、紫髪の吸血鬼と共闘することで、鳶色の髪の騎士を追い詰めたものの……微力とも表現出来ないような、些細な力添え程しか出来なかった。
慣れていないからこそ、悔恨は強く裕也を締め付けた。
後悔の念、そして羞恥の感情がこれほど極度に高まったことなど、彼の人生においてなかったのだ。
単純にマゾだからだが、彼の現実世界にいた頃のポジションも関係が深い。
学校をカースト制度で区切るとすれば、裕也は上位層に属していたことになる。
それも尤もな話だ。
柔和な見てくれ、テニス部員という体育会系の部活動でありながら清涼感のある位置付け、誰に対しても別け隔てなく接し、粗暴さとは無縁の優男……絵に描いたようなイケメンだった。
これには初対面の頃の有栖も、物凄い形相で舌打ちを心の中でしたのは当然と言える。
少女漫画でも今日日見ない男子生徒、それが蒼崎裕也だった。
そして何事にも未練のないように打ち込み、成功すれば喜び、失敗も興奮と変え、爽やかに物事を処理してきた裕也。
逆説的に言えば、それは要領良く厄介事を受け流していただけに過ぎない。
それが永遠に続けられるなら未だしも、何らかのきっかけでその『弱さ』を直視してしまったら。
──俺は、弱い。こんなんじゃ、有栖も明美もアルダリアさんも、誰も……助けるなんて言えないじゃないか。
実感した安易さと無責任さ、己の矮小さが我がことながら腹立たしかった。
心の表層では深刻な素振りを見せて、その実、奥底では軽く考えていたのだろうか。
度し難い男だ──裕也は自責の念に駆られて、そう己を評した。
そんな自己嫌悪を雪ぐために、彼は身を粉にして働いたのである。
……こんな情けないままじゃ、全然駄目だ。有栖にだって、会わせる顔がない。
そう、思って。
さて前置きはこの辺りに留めておくとして、本題へと移ろう。
何故に裕也が、このダンジョンへと訪れているのか──その理由だ。
「……アルダリアさんからの命令で、いつもみたいに旧政府側の宮廷使えの魔術師を追ってたんだ。一週間近く王国を飛び回って、もう最後の標的を残すだけだった。その人が、もうだいぶ夜更けの頃に逃亡しようとしてるのを見つけて……東門の方角だったと思う。それで追い掛けてたんだけど、途中で見失ったんだ。目眩ましの魔術を焚かれて──その間は、五秒も経ってなかったと思う」
だがそれに対しての裕也の感想は「またか」だった。
同様の怪現象は裕也が担当した追跡でも二、三度は経験していたのだ。
追うスピードは無論裕也が勝っているにも関わらず、東門の周辺を境に逃亡する上級貴族や魔術師が姿を消した。
逃走用の魔術にしても、魔術名を口上する様子が微塵も窺えなかったことから可能性は低い。
目眩ましで怯ませ何処かに隠れたにしても、東門は特段変わった土地でもなく丈の低い草木は林立しているだけだ。隠れ場所に値するところはない。
だからこそ裕也は諦めざるを得なかった。
そうなるはずだったのだ。
しかし東門では最近、怪しさ満点の『妙な物』を一般人が発見していた。
「
そうして保存食を食べながら武者羅に歩き回っていたら、オークの叫喚を耳にした。
きっと魔術師が逃亡中に襲われ戦闘中と当たりを付け、向かえば──何故か隣国で神の子として崇め奉られているはずの有栖の姿を発見した、と。
裕也は状況説明も兼ねてあらかた口に出すも、有栖は楽しそうに相槌を打つだけ。
果たして耳に入っているのかすら怪しい。
可愛らしいが、ひたすらに気味悪い。
「有栖……君に、何があったんだよ」
「あははは、何にも、何にもだよぉ」
俗に言うお姫様抱っこで持ち上げた小さな親友に声を投げかけても、柄にないだろう声が返ってくる。
普段ならば憎まれ口が返ってくるのだろうが、有栖は為されるがままで、INTが最底辺にまで落ちたのかという様子だ。
女の子扱いをされると殴り掛かる、そう強気に言っていたというのに──少女は無意識的なのか、身を縮めていた。
まるで、本当に単なる少女のように。
……明らかにまともな状態じゃないし、取り敢えず有栖を安全な場所まで運ばないと。
裕也は有栖を抱えて、青白色の光が道に灯った洞窟を進んでいた。
理由は簡単、裕也が侵入したダンジョン口から外へ脱出しようというのだ。
これを語りかけたとき、僅かにだが有栖が弱々しい手つきで手首を握ってくる。
「………ふふふ、だっしゅつ、だっしゅつだー」
「……有栖、頭でも打った?」
これに対して裕也の心底驚いた声である。
酷い対応に思われるだろうか。日頃の有栖の性格を鑑みると妥当なのだが。
有栖が下衆でないイコール異常事態、この方程式には間違いないだろう。
しかしまともな状態でない理由が、平時よりも普通の女の子だから──という言い方だと滑稽な話である。
……いや、普通でもないが。
「こんな怪我して……」
「へっちゃらだよ、ゆーやぁー」
白布が丁寧に巻き直された華奢な左肩を見やる。アルダリアから教えを請うて、やっとの思いで取得した【治癒の雫】が役立った。重傷だった有栖の左肩を完治といかないまでも、急を要する物でなくなったのは大きい。
擦過傷の痕も大部分は消し、形的には痛ましさは薄れたように思う。
また、有栖を浸していた透明感を持つ黄色い水についてだが──その正体には薄々裕也も勘付いていた。
独特な臭いで、その、分かる。
今も有栖の股辺りの衣服を濡らしているため、抱える甲冑にも張り付いていた。
……まさか、有栖のおもらしを拭くことになるとは思わなかったけど。なんだろうな、姿が女の子なせいか拒否感があんまりないなぁ。親友とは言え、ばっちいとも思わないはずないのに──この、興奮感は何だろう?
実に気持ちの悪いことを考えるクソマゾ野郎は、果たしてクソマゾホモ野郎に進化したということなのか。
いや、単にマゾ気質が元男にも適用されることになってしまったのだろう。【被虐体質】が強化されたに違いない。
なんてことだ、マゾの死角がなくなってしまうなんて。
どちらにせよ、裕也は元から変態だったためそう変わらないのだが。
ダンジョンで有栖が大怪我など何らかの要因で尿を漏らし、プライドクラッシュして廃人状態なのでは……裕也が頭を巡らせて出た答えが、それだ。
馬鹿げた発想だが、あの有栖が憔悴し切るとは体力的な物以外に考え難かった。
予想の範疇を越した有栖の状態には、何ら思い当たる節すらない。
何故ならこんな様相の有栖を見たことは、一度だってなかったから──。
「……とにもかくにも、帰ろう。ダーティビル王国に。話を聞くのは、その後にするよ」
……――……――……――……――……
「……そんな。道が、塞がってる?」
「たいへんだー、どしゃくずれー、あは」
眼前、地上へと繋がっていた通路は土砂に埋まっていた。
道を違えたはずはない。目印用の小石──石灰石のような物で、壁に白文字で印を書いて、帰り道を辿ることが出来るようにしていた──を道標にして戻ってきたのだ。
しかしその結末には、見知らぬ行き止まりが待っていた。
剣で突き刺してみるも、手応えが十分以上に返ってきた。魔術も行使されており、出入りを抑止するためにか、堅く堤防の如く埋め立てられている。
断言するなら、ここから脱出は不可能だろう。
──そう言えば、入口が狭くて不便なダンジョン口は埋め立てるんだったっけ。でも、明らかにアルダリアさんが言ってた日付より
推測はするものの、一向に断定される物はない。柄でない真似はするものでなかった。
頭の中身に靄がかかったように、段々と苛立ちを覚え始める。
こういう物こそ有栖が役立つのだろうが、見ての通りマインドクラッシュ中により使い物にならない。
よって裕也が可能なことは、状況確認を呟くことだけだった。
「閉じ込められたってことか……一つ、見つけた道はあるけど……って、何だ」
足元から妙な乾いた音がした。
何らかの拍子で、腕の中の有栖から、もっと言えばそのポケットから何かが落下したようだ。
気になって拾い上げてみると、それは小冊子……外装は手帳だったが、一ページ捲ると日記であるらしかった。
──有栖の? そんな訳ないか、有栖の性格的に日記書くとは思えないし。こんなに字が綺麗じゃないし。
酷い言い草だが、日頃の有栖以下省略。
とりあえず、有栖が無駄に薄汚い本を持ち歩くはずはない。
ならばきっとこの日記は、重大な物なのではないか……確信めいた物に突き動かされ、一通り目を通す。
そこに綴られていたのは「うつにっき」とタイトルが振られそうな内容と、陰惨な結末を予期させる物だった。
吐き気を催すとともに、裕也の新たなトラウマとなったのは間違いない。
良心のあるマゾは、こういうところが弱点であるようだ。
気になる記述は一つあった。
出口を探す有栖と裕也には「殺し合いが演じられた空間の最奥に何があったか」それが最も気に掛かることだ。
実は裕也的には、一つ
出来れば、あの道以外の脱出口を捜索したい。
「あてもなし、行くしかない、か」
「そーだよー、ごーごー。行こ行こー」
嘆息して、目印を頼りに有栖が元いた辺りへと踵を返す。
今度こそダンジョンの真相へと、足を踏み入れようとしていた。