境界を越えて   作:鉢巻

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境界を越えて~after episode~
訪れた日常


かつて、人と深海棲艦の境界を越えようとした男がいた。

ある深海棲艦との出会いをきっかけに、幾多の困難に直面しながらも、彼はその夢を実現させた。

これから描くのは、その夢が叶った後の世界。人と深海棲艦の境界を越えた世界での、彼らの日常の物語。

季節は秋。喫茶店『Pace』、本日も営業開始である。

 

 

 

 

時刻は正午。一時の安らぎを求めて、今日も人が集まるのだが―――

 

「レ級、三番テーブル空いたから片してきて!終わったらすぐ次の人呼んで案内して!」

 

「アイヨ!」

 

「クロサン、定食ノ唐揚ゲ、揚ガッタ。盛リ付ケ、オ願イ」

 

「分かりました。――――よし、防空棲姫ちゃん、これ五番テーブルにお願い!」

 

「分カッタワ、五番五番……コッチネ!」

 

「ご注文繰り返させて頂きます。日替わり定食が一点、オムライスが一点、食後にコーヒーのアメリカンとミルクティーが一点ずつでございますね。しばらくお待ち下さい。――マスター、オーダー入りました」

 

「見せて下さい、―――オーケー、すみませんが加賀さんも厨房をお願いします。今の注文の下準備と、二番さんのサンドイッチを」

 

「了解です」

 

営業再開から一週間経ったこの日も、店は多くの客で溢れていた。いや、溢れすぎていた。それはもう猫の手も借りたい程に。

きっかけは終戦直後に海軍が行った記者会見。そこで『Pace』が深海棲艦と交流が行える施設として公表された。そしてその翌朝、黒島が目にしたのは、店の前で開店はまだかまだかと待ち構える大勢の人々の姿だった。訪れた者達に話を聞いてみると、「本当に害が無いか自分の目で確かめたい」という者もいれば「深海棲艦のミステリアスな雰囲気に惹かれた」という者など三者三様の意見が。中には、

 

「いやぁ、今日も防空棲姫ちゃん可愛いなぁ」

 

「まったく、駆逐艦は最高だぜ‼」

 

「あの艶めかしい脚で自分を踏み台にして欲しいでござる」

 

「サッキカラ何変ナ事言ッテンノヨ!イタイメニアイタイワケ⁉」

 

「「「是非お願いします‼‼‼」」」

 

「クロサンコイツラモウ嫌‼」

 

最早多くは語るまい。

 

「それにしても本当にお客さん多いですね~。でも、忙しいのはいい事です。あ、マスター。ナポリタンを追加でお願いします」

 

目まぐるしく動き回る黒島達を横目に、赤城はカウンターの席で目の前に並んだご馳走をゆったりと堪能していた。

 

「ありがとうございます赤城さん。忙しいと思ってくれてるなら、手伝って頂けると尚ありがたいのですが」

 

「残念ですが私は今日一人のお客として来ている身。二時間並んでようやく手に入れたこの席、空け渡すなんて事はそうそうできませんよ」

 

「…そうですか、分かりました。もし手伝ってくれてたら今日の賄い、赤城さんの好物のハンバーグにしようと思ってたんですけど――」

 

「さて、食事も一段落ついた所で私もお手伝いしましょうか。おや?どうやらお会計が混んでいるご様子。私行ってきますね」

 

残った料理を瞬時に平らげると、赤城はそそくさとレジの方へと向かっていった。「現金な人だな」と黒島が呟くと加賀が「マスターもよく知っているでしょ」と笑い返す。全くその通りである。

 

「クロサン!今日ノゴ飯ハンバーグッテホント⁉」

 

そう声を上げたのはもう一人の食いしん坊、レ級だ。

 

「ああ、そうだ。だからお前も、もうひと頑張り頼むぞ」

 

「ヨッシャアー!任セロ!」

 

満面の笑みを浮かべながらレ級が店内を駆け巡る。その姿を見たお客さんも、皆つられるように笑みを漏らす。

 

「クロサーン、マタオーダー入ッタワヨー」

 

「分かった。…じゃあ、俺も頑張るか!」

 

今一度気を引き締めなおし、黒島は自分の戦場に身を投じていった。

 

 

 

 

「アリガトウゴザイマシター」

 

時間は過ぎ午後八時。鐘の音と共に本日最後の客が出て行く。長かった業務もようやく終わりを迎えた。

 

「終ワッッタ~、今日モ疲レタワァ…」

 

防空棲姫が机に頭を垂れながら呟く。

 

「やはり人員が圧倒的に足りないわね。戻ったら、鎮守府からの応援をもっと増やすよう申請するわ」

 

「ソウシテ、クレルト、助カル」

 

「私も途中参加でしたけど、それでもどっとと疲れました…。マスター、よくこんなの一人で捌いてましたね」

 

「まぁ慣れですかね。俺も初めの頃は四苦八苦してましたし」

 

防空棲姫だけでなく、他の面々の顔にも疲労が色濃く見えていた。その中でも特に重症なのが、

 

「…」

 

「クロサーン、レ級ガ息シテナイワヨー」

 

そう、レ級である。何せ余りの忙しさに昼食もまともにとる暇もなかったのだ。一応軽い間食を挟みはしていた物の、やはり量が足りなかったようである。今も腹の虫が鳴く音が絶え間なく聞こえてくる。

 

「悪いけどもう少しだけ待ってくれ。ちゃんと働いた分、しっかり食べさせてやるから」

 

と、ここで入口の鐘の音が鳴り響く。目を向けた先には白いワンピースを着た少女、北方棲姫の姿があった。

 

「クロサン、オネーチャン、オ仕事オ疲レ様!」

 

「ああ、ありがとう」

 

「オ帰リ、ホッポ。学校、楽シカッタ?」

 

「ウン!」

 

北方棲姫は普段、この店から歩いてニ十分ほどの所にある小学校に通っている。彼女の明るく素直な性格のおかげか、学校生活はうまくいっているようだ。学校が終わった後は仲のいい艦娘達と共に鎮守府で過ごし、港湾棲姫の仕事が終わるまで時間をつぶしているのだ。

 

「アー、ホッポ。オ帰リー」

 

「防空チャン、赤城オネーチャンモ加賀オネーチャンモオ疲レ様!」

 

北方棲姫の労いのおかげで、沈みがちだった空気に綻びが生まれる。子供はいつだって大人に活力を与えてくれる。

 

「アレ、レ級チャンドウシタノ?」

 

「お腹が空きすぎて動けなくなっちゃったみたいなんです。今ならイタズラしてもばれませんよ」

 

「赤城さん、子供に悪知恵を吹き込むのはやめてちょうだい」

 

「別ニイインジャナイ、チョットクライ。私知ッテルワヨ。コウイウ時オデコニ『肉』ッテ書クンデショ?」

 

「ちなみに油性で書くのがポイントね。水性だとすぐ落ちちゃって面白みがないからね~」

 

「ナルホドネ、分カッタ――――ワッ⁉」

 

突然声を上げた防空棲姫。その視線の先には、まるで最初からこの場に居たかのようにくつろいでいる川内の姿があった。

 

「ナ、ナナ何デココニイルノヨ!何シニ来タワケ⁉」

 

「何って、その子送ってきただけだよ。そんでもって、ついでに私もご飯ご馳走になろうかと。丁度お腹も減ってるし」

 

「ソ、ソソ、ソンナ事言ッテマタ何カ企ンデルジャナイデショウネ。ヤレルモンナラヤッテミナサイヨ!返リ討チニシテアゲルワ!」

 

混乱状態に陥っている防空棲姫を見ながら川内は「あちゃー、嫌われちゃったなー」と頬を掻く。

 

「防空チャン、モウ外暗イカラ大キナ声出シチャダメ!ソレニ、オ店ノ中デ暴レルノモヨクナイ!」

 

「そうだそうだーその通りだぞー」

 

「調子ニ乗ッテ…!アンタ達モ何カ言ッテヤンナサイヨ!」

 

「ほっぽちゃんの言う通りだと思いますよ?」

 

「赤城さんに同意」

 

「ゴ飯ハ、イッパイ、アルカラ」

 

「何コノ四面楚歌⁉私ノ味方ハイナイノ⁉ネェクロサン、クロサンハ私ノ味方ヨネ⁉」

 

「(^_^)」

 

「ドッチ⁉」

 

半ば定着しつつあるこの防空棲姫いじり。平和が訪れたこの世界だからこそ見れる風景である。―――と、そうこうしている間に。

 

「みんなお待たせ、できあがったよ」

 

黒島のその一言で全員が自分の席に向き直る。子供のように純朴に、目を輝かせて。

 

「本日の賄い、ハンバーグ定食になります。鉄板熱いんで気を付けてくださいね」

 

目の前に置かれたのはまさに肉塊。一度フォークを入れてみれば、中から濃厚な香りを放つ肉汁が溢れ出てきた。

食欲を直に刺激するこの匂い。これはもう、待てない。

欲望のままに、彼女達はハンバーグを口の中に放り込む。

 

「~~~~~~ッ♪」

 

噛む度に、凝縮された肉の旨みが口の中一杯に広がる。空になっていた腹が、心が、幸福感満たされていく。

 

「おいしっ!さっすがマスター、一ヶ月経っても料理の腕は衰えてないね!」

 

「ありがとう、そう言ってもらえると安心できるよ。でも作ったのは俺だけじゃないんだぜ」

 

そう言って黒島は北方棲姫の隣に座る港湾棲姫を指す。

 

「私ハ、オ手伝イ、シテル、ダケ。クロサンニハ、全然、及バナイ」

 

「そんな事ありませんよ。俺なんかよりずっと飲み込み早いですし。もっと自信もって下さい」

 

「クロサンモオネーチャンモ、ドッチモ料理美味シイ!」

 

「ソウ…カナ…。アリガトウ」

 

周りからの声に港湾棲姫は照れくさそうに頬を赤く染める。川内としては、彼女のあの大きな手でどうやって料理をしているのか気になる所なのだが、今日はその疑問は胸の内にしまっておく事にした。

と、ここで「あの…すみません」と、申し訳なさそうなおずおずとした声が会話の中に割り込んできた。声の主は加賀だ。

 

「どうしました?」

 

「モシカシテ、オイシク、ナカッタ…?」

 

「い、いえ。そんな事はありません。料理はすごくおいしいです。ただ…」

 

チラリ、と加賀は目線を横にずらす。それを辿った先には、まるで魂が抜かれたかのように、髪の毛の先まで真っ白になったレ級の姿があった。と言うのも…

 

「どうして彼女の分のご飯がないのかしら。さすがに見ていてかわいそうになってきたのだけれど…」

 

皆が夢中でハンバーグを頬張る中、レ級の目の前には前菜の一つも置かれていない。ちなみに同じ境遇の物が一人――赤城である。「あの~、私もなんですけど」と言いたげに視線をチラつかせている。

 

「赤城さんはともかく、レ級は特に頑張ってくれていたみたいですからね」

 

「いえ、それは答えになっていないのでは…」

 

「それだけ時間がかかるって事です」

 

そう言うと黒島は調理場へと向かって行く。何をしているのだろう、と目で黒島の姿を追う加賀。そしてほんの数十秒後、戻ってきた黒島が持ってきた物に思わず目を見開いた。

 

「ほらレ級、起きろ」

 

放心状態のレ級に声をかける。しかし返事はない。じゃあこれならどうだ、と黒島は持っていた器をテーブルの上に置く。

「ン…」とレ級がわずかに目を開き、ぼやける視界で目の前に置かれた物を捉える。そしてそれが何かを認識していく内に、レ級の瞳が煌めきを帯びていく。

レ級の前に置かれた物。それは、厚み5㎝、重量1.5㎏を誇る巨大ハンバーグだった。

 

「―――――――キッッッッッッタァァァァァァァッッ‼‼‼」

 

レ級はすぐさま傍にあったフォークを巨大ハンバーグに突き刺す。

 

「重ッ!ドウシヨウ持テナイ!」

 

「ナイフ使えナイフを」

 

隣に座っていた北方棲姫からナイフを受け取り、レ級は切り出した肉塊にかぶり付く。

 

「ウマ―――――――――――‼私今日コノ為ニ、コノ為ニ働イテタ!」

 

「そりゃよかった。頑張って作った甲斐があるってもんだ」

 

「あの~、マスター。私の分は…」

 

「心配しなくてもちゃんと用意してますよ。どうせ同じのが欲しいって言うと思ってたので。はい、どうぞ」

 

「何だか貶されたような気がしますが、まあいいです。いただきます!」

 

そうして二人目の食いしん坊も、同じようにハンバーグにかぶり付いた。

 

「……その、何と言うか……すごいですね…」

 

その光景を見ていた加賀は、ため息をつくように言葉を零す。

 

「でも、これだけの物作るのはそれなりに手間がかかったでしょう?言ってくれれば、お手伝いぐらいしたのに」

 

「いえ、それ程手間はかかってませんよ」

 

黒島の答えに、加賀は「そうなの?」と頭に疑問符を浮かべる。黒島の隣では港湾棲姫が同意するように頷いている。

一体どうやって作ったのか、と加賀が考えていると、

 

「あ、はいはい。私それ知ってる」

 

「お、川内ちゃん。それじゃあ答えをどうぞ」

 

「炊飯器、でしょ?」

 

「正解。よく知ってるね」

 

そう、炊飯器である。作り方はいたって簡単、普通のハンバーグと同じ要領で肉だねを作り、あとはそれを炊飯器に入れスイッチを押す。これだけである。火が通っているかどうかは、箸を突き刺して赤い汁が出てこなければOKだ。

 

「ご飯を炊くだけじゃないのね…」

 

「他ニモ、パントカ、ケーキトカ、プリントカ、色々デキル」

 

「便利だよね~最近の炊飯器は。簡単そうだし、私も今度何か作ってみようかな~」

 

「川内ガ料理シテルトコロッテ、想像デキナイワネ…」

 

「エ、川内モ何カ作ッテクレルノ?ジャア私オムライスガイイナ!」

 

「ちょっと、まだ作るって言ってないよ~」

 

賑やかな会話をしながらも、食事の手は止まらない。

分け隔ての無い暖かさが、今確かにこの場を包み込んでいた。

 




あけましておめでとうございます!

そしてお久しぶりです。前回の更新から3か月、…ハイ、申し訳ありませんでした。
タイトルの通り今回から後日談に入って行きます。相変わらずの亀更新となりそうですがどうかよろしくお願い致します。
それではまた次回!

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