境界を越えて   作:鉢巻

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赤鬼と狂犬

「どっどどどどうしてここにレ級がいるんですか⁉」

 

「ナッナナナナンデココニ赤鬼ガイルンダヨォ⁉」

 

頭が痛い、胃も痛い。こんな経験をするのは料理人の修行をしていた時以来だ。

唐突に訪れた最悪の事態に、黒島は頭を抱えるばかりだった。

 

「マスター!奴は危険です!今すぐ避難して下さい!」

 

「クロサン!アイツハヤベェヨ!早ク逃ゲタ方ガイイッテ!」

 

レ級と赤城、両方に同時に話しかけられる。当の黒島は現実から逃げたい思いでいっぱいである。

 

「はぁ……とにかく、二人共落ち着いて。コーヒーでも出しますから、ゆっくり話し合いましょうよ」

 

まずは対話から始めよう。そう思って黒島は場を静めようとするが、二人がそれを聞く訳も無く、

 

「何悠長な事言ってるんですか⁉奴はサーモン海の狂犬ですよ⁉話なんて通じる訳がありません‼」

 

「ミッドウェーノ赤鬼ト会話ガデキテタラコンナニ焦ッテナイッテ!クロサン逃ゲヨウ!陸デモ海デモドコデモイイカラ‼」

 

この有様だ。さて、どう収拾をつけた物か。

 

「ていうかさっきから何ですかアナタは!人の事を赤鬼赤鬼って!私の名前は赤城です!鬼はどっちかと言うとアナタでしょうが!」

 

「赤鬼ハ赤鬼ダロォ!尋常ジャナイ艦載機ノ搭載数ト練度…鬼ト言ワズ何ト言ウ!一体ドレダケ苦シメラレタカ‼」

 

「それはアナタ達が私達の海域を侵略してきたからでしょう!どう考えても自業自得です!」

 

「私ハ上ノ命令デアソコニ居座ッテタダケダッテノ!ノンビリ浮カンデ日光浴シテタライキナリ爆撃サレタ気持チ、オ前ニ分カルカ⁉」

 

「分かりますとも!私だってアナタに開幕魚雷で大破させられた事ありますし、艦載機だって何度も撃ち落とされた事ありますよ!おかげで私の給料半減させられる羽目になったんですよ!その責任はどう取ってくれるんですか⁉」

 

「私ダッテ生キ残ルノニ必死ダッタンダヨ!艦載機ヤキュウリョウガドウッテ言ワレテモ知ラネーッテノ!テイウカ、キュウリョウッテ何ダ‼」

 

徐々に会話が泥沼化してきた。仕方ない、と黒島はこの状況にピリオドを付けるべくある行動に出る。

 

「もう頭にきました!こうなったら艤装がなくても関係ありません!素手でとっちめてやります!」

 

「上等ダ!ヤレルモンナラヤッテミロ!戦艦ノパワー舐メルンジャナイゾ!」

 

そうレ級が言い終わった時だった。突然ガンガンガンッと脳天に響くような音が二人を襲った。

 

「――――ッァ…!何ダ一体…⁉」

 

「て、敵襲ですか…?」

 

耳を抑える二人の前に、フライパンとおたまを手にした黒島が現れる。

 

「取り敢えず落ち着け、な?」

 

店の中で暴れたらただじゃすまさない。そんな思いを裏に込めて放った言葉は、見事に赤鬼と狂犬の口を噤ませた。

 

 

 

 

テーブルに向かい合って鎮座するレ級と赤城。二人の間には物々しい空気が漂っている。

それは二人が深海棲艦と艦娘という敵対する立場にある為―――――ではなく。

 

「お待たせしました。特製シーフードカレー、そして、ウツボのたたきになります」

 

「待っっっってましたぁ!」

 

「早ク早ク!モウコレ以上ハ限界ダヨ!」

 

二人の前に大皿に乗ったカレーとたたきが置かれる。レ級に最初に出したカレーは冷めてしまった為、黒島が食べる事になった。もちろん、何日かに分けでであるが。

 

「さてそれじゃあ、頂きますっと」

 

黒島のその言葉を皮切りにレ級と赤城の二人が凄まじい勢いで料理を食べ始める。それを見た黒島は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「うん!ホタテにイカにエビ、どれも素材の旨みがしっかり滲み出ています!」

 

「コノタタキッテイウ奴、歯応エガ最高ダゾ!モウズット食ベテイタクナルナ!」

 

それだけ聞いて黒島は一安心する。料理を作った人間として、最も緊張するのはこの瞬間だ。

 

「このホタテすっごく美味しいですね、身がプリップリで、噛めば噛むほど味が広がって…最高です♪」

 

「それはレ級が獲ってきてくれた物なんですよ。というか、今回の料理に使ってる具材は全部そうなんですけどね」

 

「マサカ海ノ中ニコンナニウマイ物ガ転ガッテタナンテナー。ホンット損シテタヨ今マデノ人生」

 

「いやーレ級さん案外いい仕事するんですね。こんなにいい物が食べれて、私ちょっとアナタに感謝です」

 

「オイオイ、ソレハクロサンニ言ウベキダロ。私ハタダ適当ニ魚獲ッテキタダケデ、実際ココマデウマクシタノハクロサンナンダゾ?」

 

「そうですね。ありがとうございます、マスター」

 

「はいはい、どういたしまして」

 

そして食事を始めてほんの十分後、皿の上の料理は綺麗になくなっていた。

 

「ゴチソウサマデシタ。イヤーウマカッタ。私、満足」

 

「同じくですレ級さん。あ、でもまた今度ウツボ獲ってきて下さいよ。アナタがほとんど食べたおかげで、私全然食べれなかったんですから」

 

「分カッタ分カッター、マタ今度ナー」

 

「もう、本当に分かってるんですか」

 

大食い同士、何か通じる物でもあったのだろう。レ級と赤城は今回の食事を通してすっかり打ち解けていた。それを見て黒島も胸のつかえがとれた気分だった。

 

「あ、そうそうレ級さん。アナタどうやってここまできたんですか?鎮守府の正面海域には見張りの子達がいたはずなんですけど…まさか、手を出したりしたんじゃありませんよね?」

 

「スルワケナイダロソンナ事。艦娘ノ本拠地、マシテヤ赤鬼ナンカガイル鎮守府ニ手ヲ出シタラ、ドウナルカ分カッタモンジャナイッテノ」

 

「む、また赤鬼って言いましたね…まあいいです。しかし、どうやってここに?あの子達がアナタ程の深海棲艦を見逃すなんて…」

 

「私達深海棲艦ハナ、武装ヲ完全ニ解除スルトドンナ電探ニモ映ラナクナルンダ。ソレヲ利用シテ艦娘ニ見ツカラナイヨウニ海ノ中ヲ泳イデ、人気ノナイ海岸カラコッソリ上陸シタッテワケ。イヤー、機雷ヲ持ッタ艦娘ノ下ヲ通ルノハ正直生キタ心地ガシナカッタヨ」

 

その言葉の通りレ級の尾の部分には武装が一切施されていない。黒島は以前同じ事をレ級に尋ねた事があったので特に反応は示さなかったが、初耳の赤城は驚いた様子で目を見開いていた。

 

「そうだったんですか、知りませんでした……あれ、ちょっと待って下さい。という事は、レ級さんは以前からここに…」

 

赤城は視線をレ級から黒島へと移す。やっぱりそうなるか、と黒島は諦めたように口を開いた。

 

「一週間くらい前…かな。散歩中のレ級がウチのカレーの匂いを嗅ぎつけたようで…それから色々あって、店が閉まる少し前になるとレ級や他の深海棲艦がくるようになったんです」

 

「そんな…こんな事って……!」

 

黒島の言葉を聞いた赤城はプルプルと小刻みに肩を震わせていた。彼女が怒るのも無理はない。自分がしている事は世間から見れば立派な反逆行為である。黒島はここで腹を括る事を胸に決めた。

 

「何を言われても仕方がない事をしたのは分かってます。言い訳をするつもりもありません。……ですが、一つだけ言わせて欲しいんです。彼女達は「という事は一週間前からあのメニューが食べれたって事ですか⁉どうしてそんな大事な事を教えてくれなかったんです⁉」怒る所そこですか」

 

黒島の心配はあっさりと杞憂に終わった。自分の責務より目の前の食べ物を優先するその性格、さすがは赤城である。

 

「ひどいですマスター、私とアナタの仲だと言うのに…悲しいです。悲しくなったら、何だかお腹が空いてきました…」

 

「これ以上は店の経営に影響が出てくるんでホントに勘弁して下さい。ほら、コーヒー出しますから」

 

「ア、私ミルク多メデオ願イ!」

 

三人はコーヒーを啜って一息つく。ちなみにレ級はミルクコーヒー、黒島と赤城はブラックである。

 

「はぁ、おいしいです」

 

「食後ノコーヒーハ一味違ッテマタウマイナ~」

 

「そりゃどうも」

 

和やかな空気とコーヒーの香りが部屋を包み込む。三者三様全てが違う彼らは、今確かに、同じ感覚で満たされていた。

 

「……マスター。私は今回の件、上に報告しないでいようと思います」

 

カップをテーブルの上に置いて、赤城が話を切り出した。

 

「…という事は、最初は報告するつもりだったって事ですか」

 

「当然です。鎮守府のこんな近くに深海棲艦がいるのを知って、みすみす見逃すなんて事はできません。もし艤装があれば、すぐにでも彩雲を放って応援を呼んでいた事でしょう」

 

その口調は穏やかではある物の、確かな重みを伴っている。彼女とて艦娘、軍人である。欲に溺れて本来の役割を見失うような無様な真似はしない。

 

「オ、応援ッテマサカアノ時ノ…⁉カ、勘弁シテクレヨ赤鬼、私ハ何ノ武器モ持ッテナイッテイウノニ……」

 

「分かってますよ、だから報告はしないって言ったでしょう。それに私も、アナタが害の無い存在だって言う事は、何となく分かっていましたから…」

 

赤城がそう思うには三つの理由があった。

一つ目は、先程レ級が言ったように一切の武器を搭載していないという事。二つ目は、一般人である黒島が普通にレ級に接しているという事。

そして三つ目。それは、レ級がいたサーモン海域で、誰一人として死者が出なかったという事だ。

人類と深海棲艦が行っているのは戦争だ。殺意と殺意がぶつかれば、それ相応の死人が出る。

赤城はこれまで何十隻もの深海棲艦を沈めてきた。ぶつけられた殺意には全て応え、迎え撃った。例え敵が背を向けようと、助けを乞おうと、掌を血に染めて彼女は弓を引き続けた。全ては国の為だと、平和な海を取り戻す為だと、自分に言い聞かせて。

そしてサーモン海域。赤城は初めてレ級という存在と邂逅した。今日もいつものように敵を殲滅する。その思いで弓を構えた彼女は次の瞬間その動作を停止させられた。なぜなら、

 

レ級が赤城にぶつけたのは、殺意ではなく敵意だったからだ。

 

殺意と敵意では明確に違いがある。殺意というのは、相手を殺す事を意図した意志の事だ。殺さなければ殺される。だからこそ赤城は、これまでの敵に弓を引くのに迷いを持つ事はなかった。だが今回は違う。何度も言うがレ級が赤城に向けているのは殺意ではなく敵意なのだ。一見、この二つは言葉の意味は変わりないようにも思える。しかし、敵意とはあくまで敵対する相手に向ける意志の事である。つまり、殺す事を前提としていない。

結果として、この日赤城は初めて弓を引く事をためらった。目の前の、殺意の無い深海棲艦を、沈める事ができなかった。

 

「………何はともあれ、アナタがここで大人しく食事をするだけだと言うなら、私はこの事は口外するつもりはありません。その代わり、時々でいいので私にも新鮮な海の幸、ご馳走して下さいね」

 

「ソウイウ事ナラ任セロ!近海ノ魚全部獲リツクシテヤルゼ!」

 

「獲りつくすのはやめてくれ。さすがに漁師の方々に迷惑がかかる」

 

人と艦娘、そして深海棲艦。この世界に存在する三つの種族が、同じテーブルを囲んで笑顔を浮かべる。いつか、この光景が当たり前になればいいのに。そんな希望を胸に秘め、三人は笑い合うのだった。

 

 




閲覧ありがとうございます!

ここで重要なお知らせです。
なんと作者はシーフードカレーを食べた事がありません!ウツボのたたきもです!そもそも魚貝類全般が苦手です!
という訳で、中身の無い分になってしまい申し訳ありません。次はちゃんと食べた事のある物を書きたいと思います。
二話目投稿からおよそ三週間かかりました。おそらく今後もこんなペースで書き続けると思います。失踪するつもりはさらさらないのでご心配なく。

さて、次は一体誰が登場するか……乞うご期待を!


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