境界を越えて   作:鉢巻

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龍虎相打つ

「そう言えば赤城さん、時間の方は大丈夫なんですか?」

 

使い終わった食器を洗いながら、黒島は赤城に尋ねた。

鎮守府には門限という物があるらしい。遠征や任務、夜勤など特別な理由がない限りその時間以降は外出が認められないそうだ。

彼が聞く話ではその時間は九時だったはずだ。現在の時刻は八時三十分、門限まであと三十分しかない。

 

「いいんですよ、どうせ戻っても書類の山を任されるだけですから。それよりマスター、食後のデザートを頂いてませんでしたね。今から注文しても?」

 

赤城はレ級の尻尾をモニモニと手で揉みながらそう答えた。レ級はその感覚が心地いいのか、抵抗もせず赤城にされるがままになっている。

 

「ラストオーダーの時間は過ぎてます。よって却下です」

 

「えー、けちんぼですね」

 

「飴でも食べてて下さい。ほら、投げますよ」

 

そう言って黒島は飴玉を二つ放り投げた。赤城はうまくそれを片手でキャッチする。

 

「ソレ何ダ?」

 

「飴ですよ。知らないんですか?」

 

レ級は首を縦に振って応えた。

レ級だけでなく、深海棲艦という者達は食に関する知識が薄い。黒島の当初の予想通り、深海棲艦には物を調理するという習慣がなく、海底でとれた魚や貝などを食べやすい大きさに加工して、それをそのまま食していたらしい。

そのおかげか、黒島の料理は彼女達に大好評だった。中には感動のあまり涙を流す者もいたほどだ。

―――余談はさておき、レ級の反応を見た赤城は何か悪戯を思い付いたように笑みを浮かべた。

 

「これはですね、と~ってもおいしいお菓子です。見た目はただのビー玉みたいですが、口に入れてみるとあら不思議、何とイチゴの味がするんです!」

 

赤城はそう言うと飴玉の包みを取って、それを一つ口に入れる。

 

「う~ん、甘くてとっても優しい味です。無くなってしまうのが惜しく感じちゃいますね」

 

イチゴというのが何か分からないレ級だが、赤城の幸せそうな顔を見てそれが美味な物だという事は理解した。

 

「ワ、私ニモクレヨ。モウ一個アルンダロ、ソレ」

 

「え~どうしようかな~」

 

「何ダヨソノ言イ方ハ…」

 

「だって~レ級さん、ウツボのたたき一人で全部食べちゃったじゃないですか~。だったら、今回は私が全部貰っちゃってもいいと思うんですよ~」

 

「ウツボハマタ今度獲ッテクルッテ言ッタジャンカ!ダカラ、ナ?」

 

「うーん………嫌です♪」

 

赤城はいたずらっぽく微笑むと、もう一つの飴玉を口の中に放り込んだ。

 

「ア``――――――――――――――‼何ヤッテンダオ前!」

 

「こっちはソーダ味でしたか。イチゴと合わさってイチゴソーダ味、という所ですかね。あ~おいしいです」

 

「吐キ出セ!出シテ私ニヨコセ!」

 

「無理ですよ~、もう食べちゃってますもん」

 

「クゥゥゥゥ!コウナッタラ…」

 

赤城の態度にレ級の堪忍袋の緒が切れた。レ級は赤城に飛び付いて押し倒すと、自分の尻尾にある蛇(※ウツボとも言う)のような頭の口を開き、なんと赤城の頭を飲み込もうとしたのだ。

 

「ちょちょちょ、何するんですかレ級さん⁉」

 

「ウルセェ!イイカラ黙ッテ喰ワレロ!」

 

「洒落になってませんって!ていうか、この口ちゃんと胃まで繋がってるんですか⁉てっきり艦載機の発艦口だと思ってたんですけど⁉」

 

「ドウデモイイダロソンナ事!ソレヨリオ前知ッテルカ?食イ物ノ恨ミッテノハナ、鬼モ震エルクライ恐ロシインダゾ!」

 

「私が知ってる言葉より若干後半怖くなってる⁉マスター!何平然とお皿洗い続けてるんですか⁉助けて下さい!ぎぶみーへるぷです!」

 

「俺としては、店が壊されなければOKですので」

 

救援はこないの…⁉と赤城は顔を青くする。自業自得である。欲を出して独り占めした彼女が悪い。

 

「往生際ガ悪イゾ赤鬼ィ…!」

 

「負けるもんですか…!」

 

赤城は両手でレ級の尾の顎を抑えて必死に堪えている。

じゃれ合っているだけのようだが、さすがにそろそろ止めておいた方がいいだろう。そう思って黒島は皿を洗い終えると、タオルで手を拭きながら二人の元へと向かう。その時、

 

何の前触れも無く、店の入り口の扉が開かれた。

 

「夜分遅くにすみません、マスター。赤城さんがお邪魔してませんか……………」

 

現れたのは赤城と色違いの弓道着を身に付けた女性だった。赤城とは対照的に、凛と引き締まった表情。長い黒髪はサイドテールでまとめている。背中に矢筒を担ぎ、肩には飛行甲板を模した艤装を着けている。

彼女の名は加賀。赤城と同じ、横須賀鎮守府に所属する艦娘の一人だ。

横須賀鎮守府建造当初から軍を支えてきたベテランの一人である。赤城と同じ部隊に所属し、その功績は今で尚留まる事を知らない。

 

「なぜレ級がここに…!マスター、すぐに退避して下さい!」

 

加賀が入ってきたタイミングは最悪だった。倒れる赤城を押さえつけて、大口を開けるレ級。どう見てもレ級が赤城を襲っているようにしか見えない。

やっぱり、と言うべきか。状況を見たままに捉えた加賀はすでに弓を構え、艦載機を放とうとしている。それを見た黒島の背筋に冷や汗が走る。

 

「加賀さん⁉お願いですから艦載機だけはやめて下さい!店が壊れる!」

 

「ま、待って下さい加賀さん!これには深い訳があって…!」

 

黒島と赤城の言葉も彼女には届かない。レ級はというと、加賀を見た途端に青い顔をさらに真っ青にして固まってしまっていた。

 

「最低限の装備しかありませんが、何とかします。待ってて下さい赤城さん、今助けますから…!」

 

そして加賀が矢を放とうとするその時である。再び来客を知らせる鐘が鳴り響いた。

 

「ア~ヤット着イタワ~。私ノ持チ場カラ遠スギデショ、ココ。艦娘共ガ辺リニウヨウヨイルシ、非武装デクルヨウナ所ジャナイワヨ。護身用ニ単装砲一個ダケ持ッテキチャッタワ」

 

長い白髪と、細身ながら出る所はしっかり出ているボディ。額にはペンネントと呼ばれる黒い鉢巻を付けている。何よりの特徴として、彼女には羊のように巨大な角が二本、左右の側頭部から生えていた。

その者の名は防空棲姫。半年ほど前に海軍が行ったFS作戦に置いて初めて姿を現し、その名を海に轟かせた。駆逐艦ならざる装甲と火力。海軍の間では『レ級を越える悪夢』とまで言われる程の力を持った深海棲艦である。

 

「クロサーン、セッカク命張ッテマデキテアゲタンダカラ、ソレニ見合ウモテナシヲ………」

 

デジャブとはまさにこの事である。加賀と防空棲姫の二人はしばらく互いの顔を見つめ合う。そしてそのまま二人は―――――――――卒倒した。

 

「……これ、どうすればいいの?」

 

黒島の呟きは、静かな店内に溶けていった。

 

 

 

 

「まさかこんな所で再びアナタと会うとは思いもしなかったわ、防空棲姫。その忌々しい顔は健在ね」

 

「ソッチコソ。最近姿ヲ見ナイモノダカラ、テッキリ戦イガ怖クナッテ逃ゲタモノカト思ッテタワァ、正規空母加賀ァ」

 

加賀と防空棲姫の放つ威圧感が喫茶店の中の空気を張り詰めさせる。

あれから数分後、無事に意識を取り戻した二人はまるで先程の出来事がなかったかのように立ち上がり、今の状態に至った。

 

「大人しく海底に閉じこもっていたらいいものを。自分からわざわざ鎮守府に攻め込んでくるなんて、それもそんな小さな砲塔一つで。自殺志願なのかしら?」

 

「ガラクタノ分際デデカイ口ヲ叩カナイデクレルカシラァ。コレハアナタ達ノ相手クライコレデ十分トイウ私ノ意志表明ヨォ。ナンナラ試シテ見ル?一航戦ノ片・割レ・サン」

 

一触即発とはまさにこの事だろう。そんな中、残りの三人は少し離れたカウンターの傍でその様子を見守っていた。

 

「………なあ、レ級。あれ、どう思う」

 

黒島が隣のレ級に話しかける。

 

「ドウッテ言ワレテモ、見タマンマダ……」

 

レ級は渋い顔でそれに答えた。

 

「見たまんまって…それだとあの二人、このまま放っておいたら……」

 

「収拾が付かなくなる、でしょうね」

 

罰の悪そうにする黒島に赤城が答えた。彼女もまた、レ級と同じように不安げな表情をしている。

 

「じゃあ、早く何とかしないと…!」

 

「いえ、私達が行ってもおそらく逆効果でしょう。もう少し、チャンスを伺った方がよいかと」

 

「私モソウ思ウ。アソコニ首ヲ突ッ込ムノハ、砲弾ヤ魚雷ノ暴風ガ吹キ荒レル戦場ニ飛ビ込ムヨウナモンダゾ。悪イ事ハ言ワナイ。今ハ赤鬼ノ言ウ通リニシテ――」

 

「そんな事言って…じゃあ、チャンスって言うのはいつになるんだ⁉そもそも、本当に待っていれば、その機会がくるのか⁉」

 

声を荒げる黒島に、二人は口を閉じる。

 

「一刻も早く誤解を解くのが、あの二人の為になるんじゃないか?それに、その事はアンタ達二人が一番よく分かってるんじゃないか?」

 

「しかし………」

 

 

「だってあの二人、どう見たって虚勢だよ⁉早く止めてあげようよ!」

 

 

――――言葉には本音と建前という物がある。

本音とは自身が心の底から思っている嘘偽りの無い言葉の事、逆に建前は本心を隠し表面を保つ為の言葉の事である。

人は時と場合を選びそれを使い分ける。中にはその切り替えができない不器用な人間もいるが、それは別の話として。

今回、この二人の本音と建前を覗いてみよう。

 

「アラアラァ、何?怒ッタノ?ウフフ、カワイイワネェ」

 

「馴れ馴れしい口を利かないでくれるかしら、気色悪い。もう一度水底に沈めるわよ」

 

まずこれが建前。二人が実際に口にした言葉である。そしてこれの本音が、

 

『何言ッテンノ私ハ⁉ワザワザ怒ラセルヨウナ事ヲペラペラト…!シカモ相手ハアノ青鬼ヨ⁉馬鹿ジャナイノ私⁉』

 

『赤城さんを連れ戻すついでにあわよくば私も何かご馳走になろうと思ってたら、何でこんな事に…山城じゃないけど、不幸だわ……』

 

これである。さらに双方膝から下がプルプル震えている始末。

 

「ナンツー気迫ダ。付ケ入ル隙ガ全クナイ」

 

「龍虎相打つ、とはまさにこの事でしょうね」

 

「龍虎どころかこれじゃヒヨコ対ハムスターでしょ!アンタら一体何にビビってる⁉」

 

「ダ、ダダッテアレ、ア、アオアオアオオニ……」

 

「あの装甲は絶対駆逐艦じゃない…むしろ、むしろそうと言って……!」

 

二人のトラウマスイッチが入っているのを見て黒島は半ば諦めたように溜息を吐く。

しかし仕方がないと言えば仕方ない事だ。赤城とレ級を含め彼女達は一度は命を懸けた戦いをした者同士。そんな者達が、何の前触れも無く、しかも予想外の場所で出会ってしまったとなれば、多少混乱してしまうのも当然である。

さて、こうなってしまった以上この場を収められる者は一人しかいない。はたして、若き店主は猛る小動物達を静められるのか。

 

「あの~、お二人共ちょっとよろしいですか?」

 

「マスター、悪いけど下がっていてくれるかしら。ここは一般人が入っていい領域じゃないの」

『支援艦隊…!救援はきてくれたのね!これで百、いや千人力よ!』

 

「人間ノ分際デ水ヲ差サナイデクレルカシラァ。ソレトモ、アナタモイタイメニ合イタイノォ?」

『クロサァァァン!私ハ信ジテタワ!サア、アナタノ力ヲコノ青鬼ニ見セテアゲテ!』

 

ちなみにこの二人の心情は黒島に筒抜けである。言葉ではああ言っていても体は正直、という事だろうか。震えの度数は徐々に増してきている。

 

「どうでしょう、今回の事は『戦術的撤退』という形で収めるというのは」

 

「…どういう事かしら」

 

加賀が尋ねると、黒島は一呼吸おいて話し始めた。

 

「加賀さん、アナタはさっき赤城さんを助けようとした時、『最低限の装備で』と仰っていましたね?赤城さんの話によれば任務がつい一時間前に終わったばかりとか。つまりアナタは今万全ではない状態という事、艦載機もあくまで赤城さんを探す為に用意した偵察用の物ばかりなのでは?」

 

黒島の問いに、加賀は否定も肯定もせず口を閉じていた。

 

「防空棲姫さんも、ここにくるまでに随分お疲れになった様子だ。しかも武器は単装砲一つ。武器という物を知らない俺が言うのもなんですが、おそらくそちらも最低限の装備、という所でしょう。なら、わざわざ余計に戦って被害を増やすよりも、お互いに手を引いて無難にやり過ごす方がいいかと思うんです」

 

「……いいでしょう。防空棲姫、今日の所はマスターの顔を立てて見逃してあげるわ。でも、次に海の上で会った時には容赦はしないから」

『此度の件、マスターのお言葉通り平和的かつ速やかに収束させて頂きたく存じます』

 

「仕方ナイワネェ、今日ノ所ハアナタノ言ウ通リニシテアゲル。加賀ァ、次ハアナタノ顔ガ絶望ニ歪ムマデ、モットイタクシテアゲルカラァ…!」

『慈悲深き精神感謝感激』

 

こうして今回の事態は店に被害を出す事も無く収束を迎えた。ほのかな安堵感に包まれながら黒島はカウンターの前で並んでいる二人を見る。手をパチパチと叩いていた。それが妙にむず痒くて黒島は照れくさそうに笑う。

 

「ではマスター、私は赤城さんを連れて帰ります。ご迷惑をお掛けしました」

 

「もう帰るんですか?コーヒーの一杯くらいなら出しますよ」

 

「門限が迫ってきていますので。それに、深海棲艦と同じ空間で、安心して飲める訳ないでしょう」『怖いし』

 

「そ、そうですか。なら、ちょっと待って下さい」

 

そう言うと黒島はカウンターの裏へ走って行き、小さなバスケットを手に持って戻ってきた。

 

「これは……」

 

「赤城さんがきたから多分加賀さんもくると思って、念の為用意しておいたんですよ。よかったら食べて下さい」

 

中に入っていたのはサンドイッチだった。玉子、ツナ、ハム。定番の具材が一通り、それに加えて――

 

「エビ…ですか」

 

「エビをタルタルソースで和えてみたんです。他のお客さんには好評だったんですけど、エビお嫌いでしたっけ…?」

 

「いえ、むしろ気分が高揚します」

 

加賀の背後にキラキラと輝く物が見える。喜んでくれて何よりだ、と黒島は満足げに笑みを浮かべる―――が、不意に背後から感じたねっとりした視線に体を竦ませる。

 

「クロサン、艦娘ニダケヒイキシテル。心ガイタイナァ…」

 

「ちゃ、ちゃんと防空棲姫さんの分も用意してるから。ね?」

 

そう言うと防空棲姫の背後からもキラキラと光る物が。あれは一体どういう現象なのだろう。黒島の艦娘や深海棲艦に対する疑問は膨らむばかりである。

 

「エー、二人ダケズルーイ!私モサンドイッチッテ奴食ベタイゾ!」

 

「そうですそうです!不公平ですよ」

 

二人の食いしん坊の声が聞こえるが、聞こえないフリをして黒島はやり過ごした。

 

(今日も一日乗り越えた、かなぁ)

 

これから先の未来にわずかに不安を感じながらも、黒島は静かに微笑むのだった。

 

 

 

『Pace』を出た後、街灯が照らす道を歩く二人の女性。その一人の手には小さなバスケットが抱えられている。

 

「全く、とんでもない物を隠していたわね、彼は。赤城さんはあの事、以前から知っていたの?」

 

「まさか。私も今日知ったばかりですよ。こんな所でサーモンの狂犬に出会うなんて思いもしませんでした。それも、あんな形で」

 

そう話す赤城の顔はどこか物憂げだ。心配そうに加賀が顔を覗き込むがその刹那、目にも止まらぬ速さで赤城がバスケットの中からサンドイッチを一つ奪い取った。

加賀が恨めしそうに睨むが、「隙ありです♪」と赤城は全く悪びれる様子をみせない。

 

「まあ、害がないなら問題ないでしょう」

 

「……もういいわ、いくら言っても無駄のようね」

 

諦めた加賀はそう言うと、再びサンドイッチを取ろうと伸ばした赤城の手を叩く。

 

「でも、隠し通すつもりなら…分かっているんでしょうね」

 

「……分かってますよ」

 

赤城の表情がわずかに曇る。街灯の光が、彼女の影を一層濃く映し出した。

 

 

「絶対に、提督にだけはバレないようにしなくては」

 

 

午後八時五十分。静かな夜空に、何かが羽ばたくような音が響いていた。

 




閲覧ありがとうございます!

これで四話目の投稿なのですが、ここでどうでもいい事を一つ。
後書きで書こうと思ってた事を、実際書く直前に忘れる!
DVDを借りようとした時にも同じ感覚に襲われた事があります。もう歳か…
という訳で、ほんとにどうでもよかった後書きでした!

さて次は誰が出るかな……おや?艦載機を手に持った小さな女の子が見える。あれは一体……?


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