境界を越えて   作:鉢巻

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ブラウザ版艦これ、始めました。鋼材が足りません…


本当の気持ち

よく晴れた日の夜。太陽は水平線の中にすっかり身を潜め、代わりに丸い円を描く月が地上の世界を照らしている。

この時間になれば大抵の店はのれんを下ろして店を閉めている。喫茶店『Pace』も例外ではない。しかし、『CLOSE』と書かれた札がぶら下がっている扉の小窓から指す光は、まるで誰かがくるのを待っているような、そんな物だった。

やがて、扉の前にいくつかの人影が集まってきた。その気配を感じて、扉の向こうの青年は、思わず笑みを漏らす。

そして、心地良いベルの音を奏でながら扉が開かれる。

喫茶店『Pace』夜の部、本日も営業開始である。

 

 

 

 

「ウマ―――――――――‼ヤッパリクロサンノ作ル料理ハ最高ダヨ!」

 

「ありがとよ。ほら、空いた皿よこしてくれ。先に片しとくから」

 

「ウン!」

 

元気よく返事をすると、レ級は空になった皿を黒島に手渡した。

閉店時間を迎えた午後二十時。黒島の店は、今日も深海からのお客で賑わっていた。

 

「ダカラァ、レ級アンタ食ベ過ギダッテノ!一人デ一体ドンダケ食ベルワケ⁉」

 

「防空棲姫ちゃん落ち着いて、ちゃんとおかわりの分はあるから。それにもう夜だから、あんまり大きい声は出さないで」

 

「落チ着イテラレナイワヨ!ダッテコイツ、私ガ楽シミニ取ッテオイタショートケーキノイチゴヲ横取リシヤガッタノヨ⁉」

 

「イヤ~、モウイラナイノカト思ッテサ。ゴメンネ?」

 

「許スワケナイデショ、コノスカポンタン!見テナサイ、イタイメアワセテヤルンダカラ…!」

 

「あ、暴れるんだったら下げちゃおうかな。パンの耳で作ったシュガーラスク」

 

「仕方ナイワネェ、今日ノトコロハ見逃シテアゲルワ」

 

「レ級も人の物とっちゃダメだろ。罰として、今日はもうおかわり無しだ」

 

「ゴメンナサイ!モウ絶対シナイカラ許シテ!」

 

黒島は慣れた様子で二人を宥めると、シュガーラスクの入った器をテーブルの上に置く。それを見てレ級と防空棲姫は目を輝かすと、すぐに器に手を伸ばした。

 

「ン~、コレコレ♪コノ食感ガ堪ンナインダヨネ~♪」

 

「スティック状ダカラオ手軽ニ食ベラレルシ、手ガ止マラナイワァ~」

 

「ほんとにその通りですね~」

 

ン?と二人が声のした方へ振り向くと、そこには正規空母赤城の姿が。

 

「やめられない止まらないとはこの事ですね~。思わず手が伸びちゃいます~」

 

「チョット赤鬼!オ前食ベ過ギダロォ!」

 

「ソウヨ!皆ノ物ナンダカラチャンチ節度ヲ持ッテ食ベナサイヨ!」

 

「先手必勝ってやつですよ。それに食べてもまたマスターが作ってくれますし、ね?」

 

「はいはい、分かってますよ」

 

溜息をつくようにぼやきながら黒島は調理場へと戻り、追加の分を作る為の調理にかかる。するとそこへ、バスケットを抱えた背の高い女性が歩み寄ってきた。港湾棲姫である。

 

「クロサン。離島ト一緒ニ、クッキー、作ッテ、ミタ。食ベテ、ホシイ」

 

バスケットには、菱形や星形など様々な形をしたクッキーが入っていた。どれもこんがり焼き色がついて美味しそうだ。

 

「どれどれ…うん、美味しい!」

 

「ヨカッタ。クロサンノ、オ蔭。アリガトウ」

 

「初めてでこれはすごいですよ。ほら、加賀さんもどうです?」

 

「そ、そうね。せっかくだから、一つだけ…」

 

まだ港湾棲姫達に慣れていない加賀は、恐る恐るといった様子でバスケットに手を伸ばし、掴み取ったクッキーを思い切ったように口に入れる。

 

「! おいしい……」

 

口に入れた瞬間に広がるバターの優しい甘さが、加賀の強張った表情を緩める。その反応を見て黒島と港湾棲姫の二人は安堵の息を漏らした。

 

「もう一つ頂いてもいいかしら」

 

「モチロン。ソノ為ニ、タクサン、作ッタ。遠慮ハ、イラナイ」

 

「オネーチャン、私ニモ一ツ頂戴!」

 

「分カッタ。ソッチニ、持ッテイク。加賀モ、一緒ニ、イコ?」

 

「ええ、行きましょう」

 

北方棲姫に呼ばれ、二人は皆のいるテーブルへ向かう。その二人の後ろ姿を見て、黒島はふと思った。

 

(そういえば、こんな光景が見れるようになったのって、つい最近からだったんだよな……)

 

黒島とレ級が邂逅した日から、まだ一ヶ月ほどしかたっていなかった。それだけの間だったというのに、いつの間にか、艦娘と深海棲艦が同じテーブルを囲むこの光景が当たり前の物になっていた。

人類と深海棲艦の戦いはまだ続いている。戦況が軟化してきたからといってそれは変わらない。だが、もしかしたら―――――

 

「クロサン」

 

声をかけられ、ハッと振り向く。そこには、両手で山積みになった皿を抱えた駆逐水鬼の姿があった。

 

「空イタオ皿、持ッテキマシタ」

 

「あ、ああ。ありがとう、その辺に置いといてくれ。後は俺が片付けるから」

 

「イエ、私ニモオ手伝イサセテ下サイ。クロサンニハ、イツモオ世話ニナッテルノデ」

 

そう言って半ば強引に駆逐水鬼は黒島の隣に立って皿を洗い始めた。

 

「……クロサンハ、ドウシテコノオ店ヲ始メヨウト思ッタンデスカ?」

 

唐突に、駆逐水鬼が黒島に問いかけた。黒島は少し間を置いて、その問いに答える。

 

「昔、と言っても五年くらい前の話だけど。ある店で見習いとして働いてたんだけど、全然うまくいかなくてさ。皿洗いばっかりやってて、たまに作った物は全部、マズイってゴミ箱に捨てられちゃうしさ、ほんと散々だったよ。そんな事を毎日毎日繰り返して、とうとう限界がきちゃって、店を飛び出したんだ。ここは相性が悪かったんだって、他の店もいろいろ回ってみたけど、結局どれも同じだった」

 

今までの長い苦労を思い出しながら黒島は語る。

 

「それである日、気分転換にと思って、ある喫茶店に立ち寄ったんだ。ここと同じで、海の見える古い喫茶店だった。そこで飲んだコーヒーが、もう滅茶苦茶うまくてさ。今までの辛かった事も、苦しかった事も、その店でコーヒーを飲んでる間は全部忘れられた。それで俺も思ったんだよ。俺もこんな風に、人の心に安らぎを与えられるような、そんな店を持ちたいって。それが、この店を開こうと思ったきっかけかな」

 

全てを語り終わって、黒島はふぅ、と息を吐く。

 

「悪い、話長くなっちゃたな」

 

「イエ、ムシロオ話ガ聞ケテヨカッタデス。クロサンノ事、モットヨク知ル事ガデキマシタカラ」

 

駆逐水鬼の率直な言葉に、黒島は照れくさそうに笑う。

 

「クロサン、モウ一ツ聞イテモイイデスカ?」

 

「ああ、いいよ。俺に答えれる事なら何でも――――」

 

 

 

「ドウシテ、私達ト一緒ニゴ飯ヲ食ベテクレナインデスカ?」

 

 

 

駆逐水鬼の言った言葉の意味が、分からなかった。

 

「クロサンガアソコニ行ケバ、皆モット笑顔ニナルト思ウンデス。多分デスケド、クロサンモソレヲ分カッテイマスヨネ」

 

一体何を言ってるんだ?言葉として聞き取れても、その意味が理解できない。いや、理解しようとしていないのだろう。自分の真意が表されるのを、無意識の内に恐れて。

 

スッと伸びた白い手が顔に近付いてくる。彼はその手を――振り払った。

傍に置いてあった皿が床に落ちて、砕け散った。

 

「………怖イン、デスヨネ」

 

覚醒した眼が、悲しげな表情を浮かべる駆逐水鬼を捉える。

 

「…ッ!ご、ごめ――」

 

「大丈夫デス。別ニ責メタリシテイルワケデハアリマセン。ムシロソレガ当然ノ反応デス。私ハ深海棲艦デ、アナタハ人間ナノデスカラ」

 

黒島は、彼女に自分の心の全てを見透かされているのだと悟った。

駆逐水鬼の言った通り、黒島は恐れていた。彼女達は大丈夫、害はない。そう自分に言い聞かせていたが、それでもやはり、万が一機嫌を損ねてしまったらどうなる…?そんな考えが捨てきれなかった。そんな思いが、黒島と彼女達を見えない壁で隔てていた。

そう、結局黒島もただの人間だったのだ。特別な力がある訳でもなく、堅固な意志を持つ人格者であるわけでもない。偶然こんな境遇に置かれただけの、臆病な一般人だった。

 

「イジワルナ事ヲ言ッテスミマセンデシタ。デモ、一ツダケ…アナタノ本当ノ気持チヲ知ッタウエデ、一ツダケオ願イシタイ事ガアルンデス」

 

それは、今まで彼女達を騙し続けていた自分に対する審判か。ひたすら自分を責め続ける黒島に、駆逐水鬼は口を開く。

 

 

 

「アナタニハイツカ必ズ、選択シナケレバナラナイ時ガキマス。ソノ時ハ、自分ニ嘘ヲツカズ、アナタガ正シイト思ッタ道ヲ進ンデクダサイ。自分ヲ信ジテ、ソノ思イヲ貫キ通シテクダサイ。ソレガ、私カラノオ願イデス。」

 

 

 

―――それは、穏やかで優しい言葉だった。皮肉めいてるわけでも。憐れんでいるわけでもない。彼女からの、黒島に対する心の底からの望み。

 

「割レテシマッタオ皿、片付ケマスネ」

 

駆逐水鬼は床に散らばった皿の破片を集め始める。黒島は動く事も、声をかける事もできなかった。ただ、一つの疑問が頭の中で生まれていた。

『選択』。決断しなければならない、その時に、

 

(俺に…選ぶ資格はあるのか…?)

 

チク、タク、チク、タク。時計の秒針の音がやけに響いた。空気の乾いた砂漠に放り出されたような、未来の見えない漠然とした感覚。それが延々と続いて―――

 

「クロサン」

 

その声に気付くとほぼ同時、口の中に強引に何かが押し込まれた。

それは噛むとザクッと心地いい音を立てて砕け、口の中を優しい甘みで満たす。

 

「ウマイダロ?ナニ落チ込ンデルノカ知ラナイケドサ、コレ食ッテ元気出セヨ」

 

目の前にいる白い少女は、そう言うと快活な笑みを浮かべる。それを見て、彼は思い出した。

―――ああ、そうだった。思えばあの時も、彼女のこの顔がきっかけだった。

 

「サ、クロサンモ、皆デ一緒ニ食オウゼ」

 

「…ああ、今行くよ」

 

黒島亮は改めて決断する。これから何が起きようと、彼女達と共に歩んでいく道を。

 

 

 

 

午後二十一時三十分。二度目の閉店時間を迎え静まり返った店内で、黒島は一人後片付けをしていた。と言っても、大体の片付けはレ級達が手伝ってくれたおかげで終わっている。残っているのは売り上げや在庫の確認などの事務処理くらいだった。

その作業も程なくして終わり、最後に戸締りの確認を行おうとカウンターの席から立ち上がり、窓の方へ向かう。

 

(…そういえばあいつ、こんな所から覗き込んでたんだよな)

 

ある嵐の日の事を思い出しながら、黒島はふと笑みを漏らす。

するとここで、黒島はある事に気付いた。

 

「雨…か…」

 

窓に映る水滴が徐々に多くなり、それ共に雨粒が屋根を叩く音も大きさを増していく。レ級達は大丈夫だろうか。彼女達の姿を思い出しながらそんな事を考える。

そんな時だった。コンコン、と誰かが扉を叩く音がした。

もしかして、レ級達が戻ってきたのか?一種の期待を胸に黒島は扉に向かい、開く。しかしそこにいたのは、上下共に白色のシャツとズボンで身を包んだ全くの別人だった。

 

「……雨に打たれてしまってな。すまないが、少し雨宿りをさせてもらえるか」

 

可憐というよりは美麗が似合う凛々しい顔立ちの女性は、艶やかな黒髪を雨で濡らしながらそう言った。

黒島はすぐに女性を店の中へ招き入れ、タオルを手渡す。シャワーでも浴びるか提案したが、それはすぐに断られた。そこまで世話になるつもりはないとの事だった。

黒島は湯を沸かしてコーヒーを一杯入れる。それを、カウンター席に座る女性の元へ差し出した。

 

「…金ならないぞ」

 

「お代は結構です。飲めば、少しは体も温まると思いますよ」

 

季節は夏に向かっているとはいえ、体を冷やせば風邪もひく。そんな善意からの行いだ。

女性は何も言わずコーヒーを口へ運ぶ。

 

「よかったら、何か軽い物でも作りましょうか?もちろん、お代はいりませんから」

 

「いや、これで十分だ」

 

それを言ったきり女性は口を閉ざす。何かわけありなのだろうか、と黒島も必要以上に詮索はしなかった。

女性がコーヒーを飲み終え、空になったカップがテーブルに置かれた。

 

「…なるほど、中々いい店だ。あいつらが必死に隠し通すわけだ」

 

女性が小さな声でそう呟く。黒島の耳にその声は届いていた。

 

「一つ、聞いていいか」

 

「ええ、どうぞ」

 

この女性が言った『あいつら』とは一体…?それを深く考える間もなく、女性は再び口を開く。

 

 

 

 

「深海の連中にも、同じ物を出していたのか」

 

 

 

 

全身の汗が噴き出し、心臓が警告の鐘を打ち鳴らす。そして同時に、数日前に赤城が言ったあの言葉が浮かび上がってきた。

 

『海軍には、二つの派閥があります。深海棲艦との共存を望む和平派と、深海棲艦の絶滅を望む殲滅派』

 

二つの派閥は対立しあっている。聞けば、何度か鎮守府同士の抗争が起こった事もあるそうだ。

 

『そして私達の提督、雨宮結弦提督は、帝国海軍最高権力者にして―――』

 

 

―――――徹底的な、深海棲艦殲滅派の人間です。

 

 

 

「さあ、全てを吐き出してもらおうか。黒島亮――世界の反逆者よ」

 




次回、第九話 選択

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