アイツは薙切の中でも最弱!?   作:あつあげのてんぷら

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 新年明けましておめでとう御座います。
 そして初投稿です。
 二つの意味で初です。
 極星寮でのほのぼのライフを書けたらいいです。


1.はじまりの季節

 空は青く晴れ渡り、満開の桜から溢れた花びらが中を舞う。春の吹雪は若く希望に溢れた少年少女の新たなる一歩を祝福するかのように彼らを優しく包み込んでいた。

 ここは遠月茶寮料理學園。料理を学べるだけでなく、中学高校それぞれの教育課程もとれる一石二鳥な学園。

 それだけではない。ここでは調理教練だけでなく調理理論、栄養学、公衆衛生学、経営学等の専門的な各種座学を学ぶことが出来る。敷地内には数多くの調理棟があり、種々の調理器具や提携する生産者からの食材等の環境設備も充実している。ここ遠月学園には真の料理人になる為の全てが揃っているのだ。

 

 遠月学園高等部一年の始業式。一人の少女が名を呼ばれ、舞台へと上がった。絹のように光輝く流れるような金色の髪。処女雪のように白くきめ細かい滑らかな肌。アメジストのように澄んだ深さを湛える紫眼。胸は豊かに実り、腰はくびれ、チェックのスカートの下からは魅惑的な脚が伸びる。その少女は美しかった。

 彼女の名は薙切えりな。人類最高、絶対的な味覚、神の舌を持つ女王。そして、天才的な料理人。

 えりなは丁寧な所作で学年章を受け取った。彼女の一挙手一投足に会場の至る所から溜め息が漏れた。

 彼女が壇上から降り幕の外へと消えていくと、次に姿を現したのは右目に傷跡のついた大柄な老人。遠月学園総帥にして、日本の料理業界を牛耳る食の魔王。そして薙切えりなの祖父。薙切仙左衛門だ。

 

「諸君、高等部進学おめでとう!」

 

 仙左衛門は朗々と語り始めた。

 今ここに、多くの原石達が集っている。そして、その内の九十九パーセントは一パーセントの玉を磨くための捨て石である。そう仙左衛門は宣言した。

 話は続く。

 遠月においては無能と凡夫は容赦なく切り捨てられる。つまりは退学。千人の一年生が進級する頃には百人になり、卒業まで辿り着く者を数えるには片手を使えば足りるであろう。そう仙左衛門は断言した。これは決して大袈裟な誇張表現ではなく、過去の多くの捨て石と選ばれ抜かれた玉の例を見てきたから言える事実。

 

「その一握りの料理人に君が成るのだ!!」

 

 仙左衛門の言葉に少年少女らはその身を震わせる。慄いたのではない。武者震いだ。彼らは高みへと目指す事を改めて決心しているのだ。

 

「研鑽せよ」

 

 会場中がざわめいた。皆一様にその心は勇んでいた。

 その中、とある一人の少年は例外であった。

 少年の名は薙切六義。今舞台に立つ仙左衛門の孫であり、えりなの従兄弟。そして薙切最弱を自称する男。

 彼だって一端の料理人である。今の話が心に響かなかった訳ではない。祖父への尊敬の念はより深まった。では何故か?

 それは、六義が一つの疑問をもっていたからである。

 

「お祖父様……少し話を盛りすぎな気がするなあ……」

 

 六義はぽつりと呟いた。

 いやいや、いくら何でも捨て石と玉の比が九十九対一は言い過ぎでしょう。卒業するまでの人は片手で足りるって……。確かにそういう年もあったようだけど二桁いくこともそう珍しくはなかった筈。遠月は卒業到達率十パーセント以下なのに、一パーセントと言っちゃうの盛りすぎでしょう。そう六義は心の中でそっとツッコンだ。

 なんとも言いがたい温い感動に浸りながら、六義は周囲の級友の様子を窺った。

 皆その表情は不敵な笑みを浮かべていたりと逞し……いや、自分と同じ例外がもう一人いたようだ。

 

「だ、大丈夫……恵ちゃん?」

「全然大丈夫じゃねぇべさ……。うぅ……もうやだ……。ぜったい私が捨て石一等賞だよ……」

 

 六義の友人であり、同じ寮に住む三編みの素朴な雰囲気の女子。田所恵。

 恵は涙目で背中を丸めて縮こまっていた。顔は生気が失せたように青白く、生き生きとした周囲の中に彼女だけが暗く沈んでいた。

 

「顔を上げるんだ恵ちゃん! 恵ちゃんはちょっと上がり症なだけで、本当は料理が上手だって極星寮の皆も言ってるじゃないか。恵ちゃんならきっと大丈夫だよ。いつもみたいに笑顔だよ」

「ありがとう六義くん……。でも私……進学試験で最下位だったんだ……」

「へ? ………………と、とにかく笑顔が大切だよ! 笑いは元気の源。ほら、何か楽しい事を考えるんだ」

「今ちょっと間があったよね……? うぅ……やっぱり私は……」

「な、何か楽しい事を考えるんだ! 美味しいものとかさ!」

「美味しいもの……お母さんの手料理……。うん、そうだよね。笑顔で送り出してくれた村の皆の期待に応えないとダメだよね」

「そうそう、その調子。笑顔には笑顔で恩返し。頑張れ恵ちゃん!」

「ありがとう六義くん。少しだけ元気出たかな」

 

 顔の青白さは戻っていないが、恵は弱々しくはにかんだ。

 六義はその様子を見てほっと胸を撫で下ろした。自分と違い彼女はこんな所で潰れていい人じゃない。

 

 六義が恵を慰めている最中にも式は滞りなく進んでいった。いつの間にか転入生の紹介へと移っていた。

 遠月において編入は珍しい。それは編入試験を受ける人がいないからではない。合格する人がいないからだ。編入試験は入学のものと比べて格段に難しい。

 六義も中学二年途中からの編入であったが合格はギリギリであった上に、同じく試験を受けた多くの者の中では自分以外に二人しか合格者がいなかった。

 

「やー……なんか高い所からすんませんねー。初心表明でしたっけ? まいったなー、やんなきゃダメすかー? 壇上でとかこそばゆいっすわー」

「いいからさっさとしなさい!」

 

 赤髪で左眉に傷のある少年が壇上に上がっていた。なんともヘラヘラとした口調で緊張感に欠けた喋り方だ。中々始まらない初心表明に進行役の教師から怒鳴り声が飛んだ。

 赤髪の少年は堪えることなくポリポリと頭を掻いた。

 

「えっと……、幸平創真っていいます。この学園のことは正直踏み台としか思ってないです」

 

 会場中が静まり返った。

 

「思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負けるつもりはないっす。入ったからには……」

 

 赤髪の少年、幸平創真はビシッと人指し指を立てて宣言した。

 

「てっぺん獲るんで」

 

 会場の誰もが目を見開き口を半開きにし、唖然とした表情のまま固まっていた。

 三年間よろしくお願いしまーす、と創真はマイクから離れペコリと頭を下げた。彼なりの誠意ある態度なのだろうが、先の不遜な物言いのせいで台無しであった。

 瞬間、怒号が飛んだ。

 

「テメエェェこらあ!!」

「ぶっ殺すぞ編入生ェ!!」

「ワレェ! 東京湾に沈めたろかァァ!!」

「編入生殺すべし。ハイクを詠め!」

「ひぃぃ!」

「め、恵ちゃん!?」

 

 怒鳴り始めた周りの同級生達に驚いた恵はまた泣き出してしまった。六義も急ぎ宥めた。

 創真は悠々と退場していったが、怒号の声は未だ止まない。頭上には罵声に混じって本や靴、筆箱、卵などが飛び交っていた。多くの人が三年間よろしくしたくないようだ。

 始業式は終盤になって混乱を極めていた。たった一人の少年によって。

 六義は驚嘆した。遠月でてっぺんを目指す。なんと無礼な編入生だろうか。なんと命知らずだろうか。彼の発言で多くの生徒が敵に回っただろう。しかし、六義は創真からただならぬ何かを感じた。多くの人外料理人たちとふれあってきた六義だから分かる。六義は幸平創真という男に心底興味が湧いた。

 

「うぅぅ……変な編入生も入っきちゃうし……。もう穏やかに過ごせる気がしないよぅ……」

「恵ちゃん、出てる! 口から魂みたいなのが出てるよ! 涼子ちゃーん、悠姫ちゃーん、峻くーん! ヘルプミー!」

 

 六義の助けを求める叫びは怒り狂った生徒たちの怒号に飲み込まれ、友人たちのもとに届くことは叶わなかった。

 

 

 

 

 六義は極星寮の一室、自分の部屋のベッドに横になっていた。今は普段から着慣れた作務衣姿だ。制服はハンガーに掛けてブラッシングをし、クローゼットにしまってある。

 六義はごろりと寝返りをうった。深呼吸をし、束の間の平穏を楽しむ。

 今日は始業式だけで終わりだったが、授業が始まれば一気に忙しくなる。遠月においては安穏と出来る機会も場所も少ない。それ程までに厳しく実力主義なのだ。今日の友は明日も友とは限らない。下手に油断するとすぐに足下を掬われる。同級生だけではない。先輩も後輩もだ。なにせ遠月には“食戟”と呼ばれる独自のルールがあるのだから。

 六義がぼうっと天井を眺めていると、彼のスマートフォンが鳴り出した。表示されている名前は、薙切えりな。

 六義はしばし逡巡すると通話ボタンをタッチした。

 

「もしもし、千々石ミゲルです」

『誰よそれ。登録された番号にかけたのにどうやったら知らない人が出るのよ』

「えりなちゃんから電話をかけてくるなんて珍しいね。何か御用?」

『本邸にあなた宛の進学祝いが届いていたわよ。取りに来なさい。ついでに私の仕事も手伝いなさい』

「ああ、十傑になったから味見の他にも仕事が増えたんだね。緋沙子ちゃん大変そうだなあ」

『むしろ俄然燃えていたわ』

「お、おお、流石“秘書子”だなあ……」

『その呼び名、緋沙子の前で言ったら激怒するわよ』

 

 えりなは純粋培養された薙切家の令嬢である。そのためプライドが高く自信家であり、やや選民的な傾向がある。だがそれも、豊かな才能とそれに怠らない努力で培った確かな実力に裏打ちされているからこそだ。

 しかし薙切の姓を持ってはいるが、色々とワケアリである六義と生粋の薙切一族であるえりなの仲は悪くない。それはえりなが本当は心根の優しい少女であり、六義の今までの努力を認めてくれているからだと六義は勝手に思っている。

 そうでなければこんな軽口を言い合えるような、これをえりなが聞いたら憤慨するであろうが、えりなの数少ない友人の一人にはなれなかったはずだ。

 

「じゃあ、明日取りに行くよ」

『なによ、今来なさいよ』

「いやあ、本邸はぼくにとって居心地悪いし、あまり歓迎もされていないだろうし。それにこれからちょっと予定が入りそうだから」

 

 六義はチラリと伝声管の方を見た。

 

『やあ、六義くんいるかい? これから皆で進学進級の祝賀会をやるんだ。六義くんもおいで!』

「はーい! 今行きまーす! ……ほらね、えりなちゃん」

『ほらね……って。電話越しの私には分かるわけないじゃない!』

「うーん、えりなちゃんなら分かると思ったんだけどなあ……」

『あなたの中の私ってどんな人間なのよ!』

「完璧超人だけど中々素直になれない可愛い従姉妹……かな?」

『分かったわ。あなた宛の荷物は全て捨てていいのね』

「ストーップ! ごめん、冗談だよ! マイケル・ジョーダンだよ! これから一色先輩と寮の皆で進学お祝いパーティーをするから行けないんだ!」

『最初からそう言いなさいよ。まったく……』

 

 えりなは呆れたように溜め息を吐いた。電話越しの六義にまで聞こえる大きさだった。

 

「明日の朝一……四時くらいに取りに行くよ」

『それはかえって嫌がらせね……。放課後でいいわ』

「りょーかい!」

 

 じゃあまた明日、と六義は電話を切った。

 六義は起き上がり、うんと伸びをした。欠伸が一つ溢れた。これから向かう場所はパーティー会場である二○五号室。丸井善二の部屋。勿論本人には無許可だ。

 どんな品を差し入れようかと考えながら、六義は扉を開けた。

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