アイツは薙切の中でも最弱!?   作:あつあげのてんぷら

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2.うわさの編入生

 今年度最初の授業はフレンチの実習だ。

 この授業は始まる前に先ずクジ引きが行われ、それで決まったペアで調理を行う。調理の評価は二人共通でだされるため、下手な人とペアになると自分も大怪我を食らう可能性がある。しかも今後特別な事情、例えば相方が退学になる等の事がないと変わらないため、このクジ引きは非常に重要なのだ。

 六義は隣の友人を見た。

 

「恵ちゃんと同じクラスで良かったよ。ぼく知り合い少ないからさ。ペアも同じになれるといいね」

「うん。私も六義くんだったら心強いかな。ぜったいにあの始業式の人とだけは避けたいな……」

 

 六義と恵の視線の先にいるのは、始業式で全生徒に向けてとんでもない啖呵を切った少年。幸平創真。

 創真は周りからの敵意のこもった視線に気づかないのか、それとも敢えて無視しているのか、暢気に口笛を吹いていた。

 二人はそれぞれクジを引いた。残念ながら書かれていた番号は違うものであった。

 

「あちゃあ、残念ペアじゃなかったね」

「そうだね。ええと、私のペアの人は……」

 

 恵と六義は辺りを見回した。

 皆も同じようにペアの相手を見つけるために、自分の番号を声に出して探していた。

 

「すんませーん! 俺と同じ十二番の人って誰すかー?」

 

 恵は急ぎ自分の番号を確認した。十二番だ。

 次いで声の主の姿を確認した。幸平創真だ。

 恵は絶望した。

 

「ど、どうしたの恵ちゃん!? この世の終わりみたいな顔してるけど!?」

 

 突然泣き出した恵に六義は狼狽した。確か恵ちゃんの番号は……、と思い出し彼女の視線の先、創真の掲げるクジの番号を見て得心した。

 

「恵ちゃん……ドンマイ!」

「うああああん!!」

 

 六義でもこればっかりはどうしょうもなかった。自分のクジと交換してもいいが、それだと先ず自分のペアの許可をとらなくてはならないし、人見知りの恵が不安だ。創真と交換してもらうという手もあるが、自分のペアが絶対に嫌がるだろう。六義はせめて創真があの大言壮語を実行出来る実力者である事を、友のために祈るしか出来なかった。

 高校は平穏に過ごすという希望を絶たれ体の力が抜けた恵はクジの紙を落としてしまった。紙はちょうどすぐ近くにいた創真の足下に落ち、創真はそれを拾った。

 

「あー、俺も同じ十二番なんだ。俺は幸平創真だ。よろしくなー……って何で泣いてんだ?」

「た、田所恵です……ナンデモナイデス……」

 

 涙を流しながら愛想笑いを浮かべるという高等テクニックを披露する恵に、六義は憐憫の情を抱かずにはいられなかった。

 

 六義はきゅっと襷を固く結んだ。

 六義は調理をする時も作務衣を着る。前掛けをつけ、そして襷掛けで袖が邪魔にならないように固定する。これが六義の基本スタイルで、昔から馴染んでいる格好だ。勿論、作務衣は普段使いのとは別物である。

 遠月では調理時の服装については衛生的であればこれといった規則はないが、他の生徒は学園で購入出来るコックコートを着ている人が多く調理実習の時は目立っていたため、いつも少し居心地の悪い思いをしていた。薙切という名字のせいか、その視線も好奇心や物珍しさの中に警戒心が見え隠れしていた。だが、今日は全く視線を感じなかった。それもこれも、今日は六義以上の注目の的があるからだ。

 その的はと言うと、玉ねぎを片手に遊びながら相も変わらず緊張感のない表情を浮かべていた。

 実家の店名だろうか。来ているTシャツの左胸と背中には“お食事処ゆきひら”というプリントがなされている。有名店の子息令嬢が集まる遠月では珍しく、聞いたことのない名前に六義は首を傾げた。別に遠月に通う学生全てが有名店のであるわけではないが、それを抜きにしても自分の家の店の制服を着る。つまりその店の名を背負うという人はそうそういない。そんな事をするのは店に大きな誇りを持ち、自分の実力に相当の自信がある者だけだ。

 創真の隣では、恵が必死の形相で手の平に人という字を書いては飲み込むのを繰り返していた。顔色も悪く、かなり緊張しているようだ。これには創真も少しばかり引いていた。

 見かねた創真は声をかける。

 

「……えっと、田所さんだっけ? なんで親の敵のように『人』の字を飲んでんの?」

「あ! ……こ、これは緊張しないように……って思ってですね……」

 

 恵は所々つっかえながらも創真に応答していた。

 しかし、チラチラと自分の方に助けを求めるように視線を泳がせているのを六義は気づいていた。やはりここは助けに行くべきなのだろうか。だが創真の所へ行くということは、火中の栗を取りに行くようなものだ。

 六義はしばし逡巡した後、覚悟を決めた。

 

「こんにちは。幸平創真くん……だったよね?」

「アンタは確かさっき田所と一緒にいた、えーと……」

「ぼくは薙切六義。漢数字の六に仁義の義でムクサって読むんだ。名字呼びはあんまり好きじゃないから気軽に下の名前で呼んで欲しいな」

「ああ、よろしくな六義。俺は幸平創真だ」

 

 六義と創真は互いに握手をした。

 六義は周りの視線を痛い程感じていた。多少は見られるという事に慣れていると思っていたが、これは尋常ではなかった。明確な悪意や敵意を感じ取れてしまうのだ。言うなれば、殺気がだだ漏れの状態だ。冷や汗が出てしまいそうだ。

 六義は先程からこの濃密な殺気に耐えていた恵を心の底から称賛した。後で飴玉をあげようと思った。

 

「そのゆきひらっていうのは実家のお店?」

「ああ、下町の小さな定食屋なんだけどさ、近所じゃ結構人気なんだ。是非食べに来い……って言いたいところだけど、今はワケあって休業中なんだ」

「じゃあ、始業式で言っていた『客の前に立ったこともない連中に負けるつもりは無い』っていうのも……?」

「ゆきひらは俺と親父の二人で切り盛りしてたんだ」

「なるほど。現場叩き上げからくる自信って事か」

 

 確かに創真の手はつい先日まで中学生だったとは思えない程に洗練された料理人のものだ。遠月の一年生でも同じような手を持つ者は少ないだろう。料理の基礎的な知識技術を学ぶ中等部とは違い、不足の事態でも柔軟な対応が求められる実践的な高等部では現場を知っているという事は大きなアドバンテージとなる。

 どうやら幸平創真は口だけではないようだ。六義の彼への興味は増した。

 

「ああ、そうだ。恵ちゃんって仕事は丁寧に出来るんだけど、人見知りで少しどんくさい所もあるからその時はよろしくね?」

「もちろんだぜ。ペアなんだから相方をサポートするのは当たり前だろ? 随分な心配だなー」

「まあ、遠月は色々とあってね……。心配でお節介をやいてしまうのはぼくの悪い癖なんだ」

 

 六義は苦笑いをした。

 

 六義は自分の調理台へと戻った。もうすぐで講師が到着して授業が始まる。

 事前に調べた情報によると、講師はあのローラン・シャペルだ。シャペルは遠月で特に授業内の評価が厳しい事で有名。無慈悲に無表情で評価をつけるその姿から“笑わない料理人”と呼ばれ恐れられている。最初の授業からいきなりハードルが高そうだ。流石高等部だなあ、と六義は一人実感した。

 六義は隣を見やる。講師がシャペルである事を知っているのか、自分のパートナーは全くの無表情であった。いや、それは違う。クジ引きで初めて顔をあわせた時からこのパートナーは無表情であった。

 

「ええと……多々良木識ちゃんだよね? さっきから別の所をうろうろしていてごめんね」

「大丈夫です。問題ありません」

 

 すげなく返答された。碧の黒髪をサイドテールにした彼女は怒っている、というよりは興味がないといった様子である。もしかしたら気づいていなかったかもしれない。

 今後の事もあるためもっと仲良くなれないものかと六義は思案した。

 

「識ちゃんはあまり創真くんの方を見ていなかったみたいだけど、ああいうのは気にしないタイプ?」

「いきなり名前呼びですか……。構いませんが」

「ごめん、嫌だった?」

「問題ありません」

 

 識は淡々と答えた。

 顔はこちらを向いているのに何故か目が合わない。自分の後ろの壁に焦点が合っているような気が六義はした。もしかして嫌われているのだろうか。

 

「彼については何も思わなかった、と言えば嘘になりますが、然程興味はありません。力なき者ならばすぐに退学なるでしょうから」

「なるほど……。ちなみにぼくに対して興味は……?」

「ありません」

 

 識は当然の如く言い切った。

 清々しいまでの無関心さに六義は少し泣きたくなったが、歯に衣着せぬ発言にはむしろ好感が持てた。薙切という名字を聞いた時も識は顔色一つ変える事なかった。肝が座っているというか、確固とした自己同一性を持っている。

 六義は羨ましいと思った。

 

「先生、もう来るみたいですよ」

「へ?」

 

 六義が振り返るのと教室の扉が開くのは同時だった。

 

「おはよう。若きアプランティ達よ」

 

 シャペルは鷲のように鋭い眼光で教室を見回した。幾人かがそれに気圧されたかのようにたじろいだ。さっきまでのざわついていた教室の空気さえも今は静まりかえっている。

 

「厨房に立った瞬間から美味なる物を作る責任は始まる。それには経験も立場も関わりはない。私の授業では『A』を獲れない品は全て……」

 

 誰かが唾を呑み込んだ音がした。

 

「『E』と見なす。覚えておくがいい」

 

 六義は頭を抱えたくなった。別に自信がない訳ではない。只今年度最初の授業からこの難易度だとは思いもしなかった。評価が厳しいなんてものじゃない。学園側が完全に生徒を篩にかけにきている。

 何より一番心配なのは恵だ。六義の調理台は教室後方にあるため恵の後姿しか見えないが、何やら魂のような物が恵の頭上に浮かんでいるのを確認出来た。

 隣の識はやはり顔色一つ変わっていない。むしろそれが当然。A以外を獲るつもりがないようにも見える。非常に逞しい。

 

 この授業で作る品はブッフ・ブルギニョン。牛肉の煮込みブルゴーニュ風だ。

 フランス東部にあるブルゴーニュ地方は温暖な気候と平坦な土地を持ち、古くから農業が盛んである。またその風土を生かしたブドウ栽培によるワインの醸造でも有名であり、その赤ワインを使った牛肉の煮込み料理、ブッフ・ブルギニョンはフランスの代表的な家庭料理の一つである。最初の授業で作る品としてはそこまで難しくはなく適切と言える。

 しかし、料理の基礎がしっかりと身に付いていなければこの品は成り立たない。恐らくシャペルは生徒が中等部までの復習が出来ているかを量ろうとしているのだろう。

 

「Commencez à cuire!」

 

 シャペルの号令で一斉に調理が始まった。

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