アイツは薙切の中でも最弱!? 作:あつあげのてんぷら
拙作を御愛読いただき真にありがとう御座います。
今後もまったりとマイペースに更新していく予定です。
それでは暫しの間、六義の学園生活にお付き合い下さい。
六義は自室で自分に送られてきた入学祝いの品を開けていた。フランスにいる母からの物。今は自分とは姓の違う父からの物。孫バカな祖父からの物。大きさも形も重さも三つ見事にバラバラだ。その中でも一際大きな祖父からの物を六義は先ず開封した。
祖父といっても仙左衛門の事ではない。仙左衛門は六義の外祖父であり、これの送り主は父方の祖父、愛子義一だ。義一は仙左衛門の旧友であり、同じ遠月の卒業生でもある。会社を経営していたが今では完全に引退し、田舎で気ままに隠居生活を送っている。しかし、その影響力は未だ根強く業界に残っている海千山千の傑物だ。
ここまで運ぶのにかなり苦労した箱を開けると、中には義一が所有している山で採れたであろう大量の筍が密集していた。それは重い筈だ。
一番上には達筆な字で『仲間と共に喰らえ』と書かれた短冊が乗っていた。後で寮の皆にお裾分けしよう。どれも桐の箱に入れられて売られていそうな程にかなり上等な物ではあるが、到底一人で消費出来る量ではない。
次は割れ物注意のマークがついている母からのを開封した。
中にあったのはコニャックとペアグラス。一体どういう意味なのだろうか。
料理に使えという事だろうか。それとも良い人と飲めという事だろうか。だったらポートワインの方が相応しい気が……いや、そもそも自分はまだ未成年だし、そんな相手もいない。という事は早く彼女でも作れという事なのか。大きなお世話だ。六義は溜め息を吐いた。
ふと箱の底を覗くとポストカードがある事に六義は気づいた。母が描いたらしきブドウ畑の風景画だ。実に心が和む。
隅にはメッセージが書かれていた。
『愛しの六義へ。高等部進学おめでとう。お祝いに、以前に絵を描きに行った所の名産品を送ります。とても美味しいですが、少し大人の味です。今度お母さんが日本に帰った時にはあなたの元気な姿を見せてください。何か手料理をご馳走してくれると嬉しいです。お母さんより』
母は何も考えていなかったようだ。大人の味というより、大人しか味わってはいけないという方が正しい。周りの人達は止めなかったのだろうか。
グラスには母のイニシャルが小さく彫ってあった。自分でデザインしたのだろうか、少々アーティスティックな形だ。
六義は母には昔から少し天然な所があった事を思い出した。
父からのは最も小さく軽かった。
包みを開くと、中にあったのは手紙と一冊の古い本。手紙をさっと流し読む。書かれている内容は取り立てて面白い事も書かれておらず普通だった。だが、手紙と違い本の方は今の六義にとってはとても価値のある物だった。
表紙は擦りきれて所々傷んではいるが物としての状態は良く、まだ十分に本の機能を果たしている。なにせ二百年も昔に書かれた本なのだ。希少価値も高く、この状態で残っている方が珍しい。
題は“豆腐百珍”。江戸時代中期に書かれたベストセラーの料理本だ。その名の通り、よく知られた一品から珍しい一品まで全て合わせて百種類もの豆腐料理が記載されている。その後も大根百珍や蒟蒻百珍などの所謂『百珍物』と呼ばれるジャンルがブームとなった。豆腐百珍はそれの火付け役なのだ。二百年以上前に書かれた本と言えども、そのレシピに沿って再現した料理は現代でも十分に美味に感じられる。
六義は以前にも、ここ遠月に編入する前に居た場所でも同じ物を読んだ事があった。だが、やはり自分が好きに出来る一冊があるのは良い。ページを捲る度に一々緊張しないで済むのはありがたい。
六義が豆腐料理のあれこれに夢を膨らませていると、伝声管から誘いの声が響いてきた。声の主は一色慧。極星寮に住む唯一の高等部二年生で寮生全員のお兄さん的な存在だ。普段から裸エプロンや褌一丁でいることが多く、それらの露出癖を除けば爽やかな好青年である。
誘いの内容は極星寮新入りの歓迎会だった。恐らく中等部に入学したての新一年生あたりのだろう。いつの間に入寮していたのだろうか。六義は新入りについては何も聞いていなかった。
極星寮には入寮するのに独自のルールがある。それが極星寮名物でもある“入寮腕試し”だ。内容は実にシンプル。極星寮の寮母である大御堂ふみ緒の舌を唸らせる事だ。食材や料理のジャンルは問わない。単純に自分の料理人としての資質を見せつければ良いだけだ。
これだけを聞けば簡単そうに思えるが、そうは問屋が卸さないのが現実だ。それは何故か。審査をする大御堂ふみ緒その人が問題なのだ。
ふみ緒はこれまで幾人もの学生の料理を味見してきた。その中には遠月の卒業生達も数多く含まれる。ありきたりの品では舌の肥えたふみ緒を満足させる事は到底叶わない。学園内でも“極星の聖母”と呼ばれ畏れられる存在なのだ。そして決してふみ緒を“極星の鬼婆”などと呼んではいけない。若い頃はかなりの美人だったのだ。
ちなみに六義はこの腕試しを知らずに極星寮に来て大いに慌てた経験があった。入寮の挨拶回り用にと引っ越し蕎麦を持ってきていたので、後は厨房にあった余り物を使いなんとか一発合格する事が出来た。もしそれがなかったら学園内の薙切家邸宅に泊まる羽目になり、とても居心地の悪い思いをしていただろう。
今回の新入りは六義の知らない間に入寮が決まっていた。という事は六義が荷物を取りに行っていた間に腕試しを合格したという事だろう。今年はまだ誰も入寮希望者が来ていなかった筈なので、新入りも一発合格をしたに違いない。腕に期待が出来そうだ。
六義は筍の詰まった箱を抱えながら階下へと下りていった。
「ふみ緒さーん、お祖父ちゃんからまた野菜が届いたので皆で食べましょう」
「んん? 今月は随分と立派な筍じゃないか。ホントにアンタのお祖父さんは毎月律儀だねえ。ちゃんとお礼を言っといておくれよ」
「りょーかいです!」
「ああ、それと歓迎会に行くならソコにあるブリ大根を持っておいき」
「うわあ、美味しそうですね。ありがたくいただきます!」
六義はブリ大根を片手に部屋を出ていこうとした寸前、何かを思い出したようにふと歩みを止めた。
「そういえば、新入りの人ってどんな料理を作ったんですか?」
「サバ缶を使ったハンバーグ定食だよ。あり合わせの食材でアタシを満足させるなんて、中々面白いヤツだよ。腕試しを知らずにここに来るなんてバカをしでかしたのも、アンタ以来だったしね」
「うへえ……。ふみ緒さん、それは言いっこなしですよ……」
「まったく……それで合格をだしちまうなんて、アタシも老いたもんだよ。極星寮から多くの十傑を輩出していた頃なんかは入寮希望者が後を絶たなくってねえ。その上……」
この展開は非常に不味い、と六義は勘づいた。ふみ緒の十傑自慢は長いのだ。とても長いのだ。足音と気配を消しながら猫のようにこっそりと部屋を出ていった。
六義は料理を落とさないよう慎重かつ意気揚々と階段を上がっていった。新入りは一体どんな人物なのだろうか。どんどんと期待が高まっていく。
歓迎会会場となっている二○五号室の扉を開けると、既に人は揃っていた。紙コップや料理の乗った皿が広げられている。会はもう始まっていた模様だ。
「お待たせました。皆揃っているみたいですね。もう乾杯しちゃいましたか?」
「遅かったじゃないか、六義くん。乾杯ならまだだよ。ちょうど今屋根裏から呼びに行こうと思っていた所だったんだ」
「ちょっとふみ緒さんのところに寄っていて……あ、このブリ大根はふみ緒さんからの差し入れです。それにしても今日は人が多いですね。いつもなんてぼくと一色先輩と恵ちゃんだけなのに」
六義は部屋をぐるりと見回した。部屋にいるのは六義を含めて十名。皆寮生の中でも特に仲が良く、割と出席率の高い面々だ。高いと言っても今日のような宴会自体が毎日のようにあるため、彼らが参加しているのは週に一回程度だ。なので三人しかいない時は面子的にもわいわいと騒ぐことはなく、自然と極星寮の敷地内にある畑の話になってしまい宴会というよりは収穫した野菜の試食会という有り様になっている。
その中でも見慣れない顔が一つ。六義はその顔を見知ってはいたが、まさかここで再び合わせるとは思ってもいなかった。
「へえ、新入りって創真くんの事だったんだ。よろしくね」
「まさか田所だけじゃなく六義も同じ寮だなんて奇遇だな。こっちこそよろしく頼むぜ」
六義は創真の隣に腰を下ろした。創真を挟んだ六義の反対側には恵がいるのだが、何かあったのだろうか。酷く落ち込んでいるように見えた。あまり触れない方が良いように六義は感じた。
「あら、二人はもう知り合いだったの?」
近くに座っていた長い黒髪をストレートに伸ばした少女。榊涼子が二人に声をかけた。涼子の胸元が大きく開かれた煽情的な服は少々目の毒だ。
「うん。最初の授業で一緒だったんだ。創真くんと恵ちゃんがペアで、その縁かな。その時の創真くんは凄かったなあ。なんとあのシャペル先生を笑わせたんだよ!」
「へえ、それは本当に凄いわね……!」
「ええ! あの表情が石膏で固まったかのように笑わないせいでいつもロダンの考える人みたいな顔してるシャペル先生が!? 幸平すごいじゃん!」
「ふっ……まあな」
創真は照れたように鼻を掻いた。
「悠姫……それはちょっとシャペル先生に失礼よ……」
涼子は先程シャペルは考える人発言をしたお団子頭の少女、吉野悠姫を優しくいさめた。
悠姫はテへッと自分の頭をグーで小突いた。快活な性格の悠姫は極星寮ではムードメーカー的な存在である。
「皆飲み物は行き渡ったかい? そろそろ乾杯をしようじゃないか」
「あ、涼子ちゃんジュース取って」
「いいわよ、はい。幸平くんもどうぞ」
「あ、ども……」
創真は自分のコップに注がれたジュースを見つめた。少し濁りの混じった無色の液体。立ち昇る果物の芳香。少し視線を変えると、目に入ったのは手書きのラベルの貼られた一升瓶。創真は嫌な予感がした。そしてその予感が合っていない事を祈りつつ、ジュースの正体を涼子に訊ねた。
「おい……コレ……まさか密造……」
「ただのお米から出来たジュースよ☆」
「あ、それとも創真くんは金色の麦茶の方が良かった?」
「いや六義、そーいう問題じゃ……!」
「大丈夫だよ。度数一パーセント以下はソフトドリンクの範疇だから。まあ、詳しくは調べていないけどね……」
創真は戦慄した。
まるで無法地帯ではないか。本当に大丈夫なのだろうか。自分はやっていけるのだろうか。創真は一番無害そうな人物に聞いてみる事にした。
「なあ、田所……ココって大丈夫なのか……?」
「創真くんならすぐに馴染めると思うよ……」
「さあ、各自手に飲み物を! それでは極星寮の新たな仲間、幸平創真くんの入寮を祝って……乾杯!!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
「か……乾杯……」
極星寮。またの名を変人の巣窟と呼ばれる遠月学園唯一の学生寮の賑々しい夜は今始まったばかりであった。