アイツは薙切の中でも最弱!?   作:あつあげのてんぷら

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 お久し振りです。
 私情、主に受験ですが、色々と忙しかったために投稿が遅れてしまいました。
 書き溜めも無いので投稿ペースは依然としてゆっくりなままですが、蕎麦のように細々と長く続けていきたいです。


6.新星と春一番

 六義は床に転がっている空き瓶を広い集めケースにしまった。空いた皿は積み重ねて、一階の調理場の流しに置いておく。食べたお菓子の包みなどのゴミはあらかじめ用意しておいた大きめのゴミ袋に放り込む。みるみる内に部屋が宴会が始まる前の状態に戻っていった。

 六義は率先して部屋の片付けをしていた。特別綺麗好きという訳でもあるのだが、それよりも六義がしないとすぐに散らかってしまうのだ。六義が極星寮に来る前は宴会の度に相当酷い有り様だったらしい。お蔭で善二からはとても感謝されたが、六義の記憶が正しければ一番散らかしていたのは善二本人だった。

 と言っても全員が片付けをしない訳ではない。全くしないのもほんの数人だ。恵は何も言わずに六義を手伝うし、峻や涼子も気をきかせてくれる。ならばそれほど散らからなさそうだが、その片付けをしないほんの数人、特にノリの良すぎる数人が片付けをする人に絡む為、結局プラスマイナスゼロむしろマイナスになるのだ。

 普通ははた迷惑な行為なのだが、六義自身はそういった事を全く気にしていない。むしろ推奨している側である。散らかるのもそれだけ皆が宴会を楽しんだ証拠だと思っているので、片付けをする羽目になっても苦にはしていない。そもそもお節介や世話をやくのが癖になっている為、嬉々としてやるのだ。たとえそれほど散らかっていなかったとしても、六義は自ずから動いていただろう。

 それだけではない。宴会は終盤になるにつれはしゃぎ疲れた者から一人、また一人と寝落ちしてしまう。皆の寝顔を見ながら後片付けをする。六義にとってはそれも一つの楽しみなのだ。

 一段落のついた六義は愛用の急須でお茶を淹れて一服した。渋味を抑えたお茶が、少し腹も膨れはしゃぎ疲れた体にじんわり染みこんでいった。

 

「創真くんも飲む?」

「サンキュ。それにしてもワリーな、俺だけ座ったままで」

「今夜は創真くんの歓迎会なんだから全然気にしなくて良いよ。むしろ大したお構いも出来なくてこっちが悪いくらい。材料があれば豪勢にお寿司なんかを振る舞えたんだけどね」

「六義くんの言う通りだよ。創真くんは今夜は何も言わずに歓迎されてくれ。あ、六義くん、お茶ありがとう」

「そこまで言われたら……んじゃ、お言葉に甘えさせていただくっすわ」

 

 寝落ちした寮生に風邪を引かないよう毛布をかけてまわっていた慧が二人の会話に割り込んだ。格好は変わらず裸エプロンのままだ。創真もまだ慣れていないのか、いまいち目の置き場に困っている様だった。

 慧は気づいていないのか、それともこの状況を楽しんでいるのか、依然と静かに微笑みを湛えたままだ。

 

「この歓迎会をもって、晴れて創真くんも極星寮の一員だ。最早家族の一人みたいなものだから分からない事、困った事があれば遠慮せずにどんどん質問してくれよ。改めて極星寮へようこそ。よろしくな!」

「うっす。こちらこそよろしくっす!」

 

 創真と慧はがしりと握手を交わした。

 ぴくり、と創真の眉が動いた。料理人はその手でおおよその実力が測れる。徹底した少数精鋭教育の行われる遠月では高等部二年に進級するだけでもそれ相応の才能と努力を必要とし、一年との差は歴然である。その上、慧は二年の内でもトップを争う実力者だ。おそらく、創真は慧の手に触れた時にその一端を感じたのだろう。自然と創真の口角は吊り上がり、不敵な笑みを浮かべていた。

 六義はその様子に少し不穏な物を感じながら見守っていた。

 

「さて、料理も尽きてきたし、僕が何か作ろう」

「あっ、ぼくが作りますから一色先輩は座っていて良いですよ」

 

 皿が空になっている事に気づいた慧は厨房へ向かおうと立ち上がった。

 当然の如くお節介根性が疼いた六義は慧を呼び止めた。慧は座ったままで、仕事は自分に任すよう促す。

 

「そうは言っても、また六義くんは片付けばかりであまり食べれていないんじゃないかい? 働き者の後輩は嬉しいが、少しは僕にも先輩振らせてくれよ」

「いいえ。先輩はおとなしく後輩に仕事を譲ってください。気を遣うのは後輩の役目です」

「その後輩が無理をしないよう注意するのも先輩の役目なんじゃないかな?」

「ぼくは無理してませんし、好きでやってるんです。一色先輩は分かって言っているでしょう? 白々しいですよ……」

 

 いつもならあっさりと引いてくれる筈なのに、今日は妙に食い下がってくる慧に六義は違和感を覚えた。だからといって譲るつもりは毛頭無い。勿論そこに対抗心などはある訳もなく、六義の行き過ぎた親切心からだ。また六義は根が素直な性格の為に慧に何か考え、例えば新入りの実力を試す、などという腹積もりがあったとしてもそれを予測したり察する事は無理な相談なのだ。

 高々自分の歓迎会に出す料理が原因で口論を始めた二人に、何だか尻の据わりが悪くなった創真は小さく手を挙げた。

 

「あのー……間をとって俺が作りましょうか?」

「だから創真くんも気を遣わなくて良いんだよ。ぼくに任せて」

「いやいや、そうは言っても俺が出したのってスルメの蜂蜜漬けとゲソのピーナッツバター和えだけだぜ。失敗作しか出さないのって何か悪いじゃん?」

「そう思っているなら、失敗作を嬉々として食べさせないでよ……」

「いやー、ワリーワリー」

「悪い悪いと言いながら、創真くんは絶対反省していないでしょ!」

「そんなことねーよ」

「嘘だあ! だって目が笑ってるもん!」

「だから、そんなことねーって」

「あー、目を背けた! 肩だって震えてるし、絶対笑ってる!」

「別にそんな……ぷっ、く、あははは!」

「ほら、やっぱり!」

「ちょ、やめろって! 脳が揺れる……ははは!」

 

 堪え切れずに声を上げて笑いだした創真を、六義は肩を掴みガクガクと揺さぶった。創真は笑いながら必死に止めようとするが、かえってそれが六義にとって火に油を注ぐ事になっていた。

 そんなじゃれつく二人を尻目に、慧は顎に手をあてて黙考していた。慧はかなり見目が良い為にその格好はとても様になりそうなものだが、身に付けているエプロン、いや、それ以外を何も身に付けていない裸エプロンが素材の良さ全てを台無しにしていた。

 何かを思い付いたのか、突然に慧はパチンと両手を打った。二人の注意がそれに向かい、当然その動きも止まる。

 

「そうだ、皆で作ろうか!」

「「……はい?」」

 

 二人は揃って返事をした。

 

 六義は一階の厨房にいた。慧の提案、というか思い付きで三人の料理の食べ比べをする事になったのだ。これじゃあちょっとした料理勝負じゃないか、と六義は溜め息を吐いたが、慧が企んでいたのがそのちょっとした料理勝負であることには少しも気がついていなかった。

 その後の話し合いでメインにはたまたま余っていた鰆の切り身を使い、春をテーマにした一皿を作る事になった。

 六義から見て創真はかなりノリ気だった。既に頭に手拭いを巻き、彼愛用の出刃包丁を取りだし用意は万端のようだ。慧は裸エプロンで腕組みをしている。まだどんな品を作るのか考えているのだろうか。六義も襷掛けをし気合いを入れた。作る品は決まった、後は開始の合図だけだ。

 

「あ、準備が出来た人から調理を始めていて良いよ」

「それは先に言っておいてくださいよ……!」

「おっし、やるか!」

 

 六義と創真は同時に調理を始めた。

 六義は出汁の用意をした後、鰆と同じく春の代表的な食材である筍を手に取った。これは先日祖父から送られてきた物で、皆に振る舞おうとあらかじめ宴会が始まってすぐに灰汁取りを始めていたのだ。灰汁が抜けていそうな小ぶりな物を選んで皮を剥き、薄く切って出汁につけておく。

 筍の灰汁の抜くにはまず筍に切り込みを入れ糠、鷹の爪と一緒に柔らかくなるまで茹でる。そして、それを数時間そのままにして冷ますのだ。筍が冷えていく段階で灰汁が抜ける為、どうしても時間がかかってしまう。

 次に鰆を適当な大きさに切り分け、付け合わせも加工しておく。

 ふいに隣の方からガガガガという何かの破砕音と機械の駆動音が聞こえてきた。ぎょっとした六義は思わず振り返ってしまった。どうやら慧がフードプロセッサーを使い、緑色をした何かを細かくしている様だった。同じく音に反応して振り向いたであろう創真と目が合ってしまった。六義は苦笑いをし、何事もなかったかの様に調理に戻った。

 気を取り直した六義は筍で挟んだ鰆をフライパンで焼き始めた。両面に焼き目がついたら蓋をして蒸し焼きにする。中まで火が通ったら皿に盛り付けをし、仕上げに葛餡をかけて完成だ。

 

「よし、出来ました」

「こっちはもう完成してるぜ」

「じゃあ、早速食べ比べを始めようか」

 

 一足先に完成させていた慧が微笑みながら待っていた。とても楽しそうだ。

 

「二人の品も楽しみだけどまずは僕のから。さあ、冷めないうちに召し上がれ」

「いただきます」

「お、美味そう! いただきま~す」

 

 六義はしっかりと手を合わせ、創真は待ってましたと言わんばかりに早速箸をつけていた。

 慧の品は鰆の焼き物だった。ふわりと山椒の香りが鼻を擽る。恐らくこれは鰆の山椒焼きなのだろうが、どうやら普通の山椒焼きとは違うらしい。鰆の身の下に薄緑のソースが敷いてある。これがこの品の肝なのだろう。

 六義も箸を伸ばした。ほぐした鰆の身を口に入れ、思わず唸ってしまう。

 

「う~ん、流石一色先輩ですね。とても美味です!」

「ありがとう。六義くんの口に合って何よりだよ。創真くんも気に入ってくれたかな?」

「…………美味い、です」

「そうかい、それは良かった」

 

 創真は驚愕という表情をしていた。慧の品が創真の予想を遥かに上回る美味しさだったのだろう。慧の料理は他の寮生とは格段にレベルが違う。

 暫し圧倒されていた創真だったが、持ち直すとすぐに闘争心剥き出しの不敵な笑みを浮かべ始めた。まるで予想以上の強敵に喜んでいるようだ。慧は変わらずに人好きのする笑顔のままでその様子を見ていた。

 

「この鰆、とっても丁寧に焼き上げられていてほくほくとした食感と山椒の香りがたまりません!」

「ああ、そして何よりこのソース。優しい甘味がとろりと鰆に絡まって、その旨さを何倍にもを引き上げている! これってまさか……キャベツ!?」

「御明察、これは春キャベツのピューレだよ」

 

 春キャベツと鰆。同じく春を旬とする二つの食材は言うまでもなく相性が良い。その春キャベツをピューレにする事でその甘さと風味を引き立たせるだけでなく、とろとろのキャベツとほくほくの鰆が更に口の中で渾然一体となり美味しさが増すのだ。口の中が華やかな香りに溢れる様はまるで穏やかな陽気の中で花が咲き誇り、生き物達が目覚め暖かな風に包まれる春そのものだ。

 二人は春爛漫の世界を堪能した。

 

「さて、そろそろ次の品にいこうか。僕もお腹が空いてきたよ。じゃあ、創真くんのは最後のお楽しみという事で……六義くん、良いかな?」

「あ、はい。それにしても先にこんな品を出されれるなんて……。一色先輩のせいでハードル上がったじゃないですか、もう。創真くん、あんまり期待しないでね」

「いやー、スゲー楽しみだわ。超期待」

「うっ……いじわる」

 

 六義は少し涙目になりながら自分の皿を給仕した。創真は人をからかう事が好きなようだ。今も六義を見てはにやりとあざとく笑っている。

 六義にはえりなの他にもう一人従姉妹がいる。彼女も創真と同じ様に他人をからかっては面白がる性格をしている。六義の経験上、そういった相手には下手に対抗したりせずに受け流すのが一番なのだ。かと言って全てを綺麗に受け流し過ぎるのもいけない。六義の経験では、拗ねてしまった彼女を彼女の従者と一緒にご機嫌取りをする羽目になった事がある。適度な反応も必要なのだ。

 

「さあどうぞ『鰆の筍はさみ焼き』です」

「へー、六義も和食か。見た目は……面白いな」

「なるほど、そう来たか。これはある意味君らしい品なのかな……?」

「そ、そんなにまじまじと見てないで早く食べてくださいよ!」

「失礼。それではいただくよ」

「いただきまーす」

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