元RTA実況者がSAOをプレイしたら   作:Yuupon

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もう何も言うまい……。


 


24.足掻いて、足掻いて

 

 

 

 ポリゴンが舞っていた。

 第一層迷宮区の最上階。その内部にあるボス部屋に立つ人間はたった一人(、、、、、)。プレイヤーネーム『Hakurei(ハクレイ)』はアニールブレードを構えながら現実的にはあり得ない動き方を繰り返していた。

 

『……、…………っ』

 

 口から漏れる声はない。

 時折漏れる疲れたような息切れ、喘ぎ。それから呼吸音以外発さなくなったのはもうかなり前の時間帯だ。

 いや、既に彼の中では時間という概念すら捉えられなくなっていた。

 

(縦振りを横に回避。その後横薙ぎを剣で受け流し背後へ。三回切ったら後転。その後《レイジスパイク》(前方に突撃するソードスキル)発動)

 

 思考が加速する。

 短く息を吐く。

 そして考えた通りに彼は剣を構え、動いた。

 

「グルァァ!!」

 

 イルファング・ザ・コボルド・ロードが吠え、縦に斧を振るう。その残り体力ゲージは四本あったうちの二本が破壊され、三本目も僅かといったところだった。

 その縦撃をハクレイは横に回避する。直後、コボルド・ロードは縦に振るわれた斧を強引に横薙ぎへと移行させた。

 ブォン!! という鈍い風切り音を立てて斧の刃がハクレイの首を刈り取らん、と迫る。

 

(これを剣で弾いて隙間を作り、そこに体を滑り込ませる)

 

 横薙ぎされた斧を受け流す構え。

 剣を斜めにして斧の刃で剣を研ぐかのように綺麗に受け流した。その際に人間が一人入るか、という小さな隙間が生まれる。そこに素早く体を滑り込ませたハクレイはコボルド・ロードの体に沿うようにぐるりと回り、背後へと抜けた!

 

(……もらった)

 

 背後に回ったハクレイは一発、二発と連撃を重ねていく。そして三発目の斬り払いと同時、背後に倒れこむ。

 直後だった。

 地面に倒れこんだハクレイの真上を体ごと回転して放たれた必殺のぶん回しが通り過ぎたのは。

 さらにハクレイの方を向いたコボルド・ロードは止まらない。続いて縦に斧を振るう!

 ーーだが、その一撃も当たらない。

 

(……後転で回避。ガラ空きの体にレイジスパイクを叩き込む)

 

 振り下ろした斧の一撃を後転する事で範囲外へと逃れたのだ。

 そして一回転後転したハクレイは立ち上がり、ソードスキルを発動させる。

 

『……レイジスパイク』

 

 剣を前に突き出す。そして激しいエフェクトを散らしながらハクレイは突撃した。

 

「グルルッ!?」

 

 ズバッ!! と無防備な体勢のコボルド・ロードに剣先が突き刺さる。そこでHPゲージが僅かに削れた。そして、コボルド・ロードの三本目の体力ゲージが赤色(レッドゾーン)に突入したのを確認したハクレイはようやくニヤリ、と口角を吊りあげる。

 

『……やっと分かってきた。モンスターの行動予測が」

 

 呟いてハクレイは一旦ボスから距離をとる。

 ようやく頭が動き始めていた。現実としてのではなく、ゲームを長時間真剣プレイしている時の。ゲーマーとしての集中力、技術が最も高くなる瞬間。

 ここに至るまで、戦闘開始からどれくらいの間戦っているのかは分からない。体感的には数時間は戦っている気がする。

 

 意味不明、理解不能な事実を突きつけられて混乱、ゲームに集中するため現実という点から朦朧(もうろう)としていた頭が覚醒したかのようだった。目の前のボスの動きしか見えなかった今までと違い、今はボスを含めたエリア全てが見える。

 次は、次は、次は。魂に刻まれたゲーマーとして、廃人としての経験が敵の次の行動。即ちボスのパラメータを考慮した、ハクレイを殺す為の最適解を導き出し、それに対する対策を生み出す。

 それでもミスはあり、十個あったポーションも既に残り二個にまで減少していた。

 が、それでもここまできた。残りはほぼHPゲージ一本。ここまでボスの戦闘スタイルが変わる事が無かったことから、恐らくβ版と同じく四本目まで削られた段階で何か武器変更などがあるのだろう、とハクレイは予想していた。

 それから少し余裕の出来たハクレイはチラリとコメントを見てみる。

「あああああ!」「ノゲノラかよ」「帰還してくれえええ!」

 そんなコメントが流れていくが突然コメントの波が消えて代わりにこんな文字が画面に浮かび上がった。

 『一部、コメント規制を致します。またアクセス数増加によるサーバー落ちが心配される為、この生放送を除き一時的に生放送機能を使用不能にーーーー』

 「運営が動いた」というコメントが流れていくのを最後にハクレイは目線を戻した。

 

「ガァァァ!!」

 

 目の前ではイルファング・ザ・コボルド・ロードが雄叫びを上げ、武器である斧を持ち上げていた。そのまま凄まじい音を立ててハクレイ目掛けて駆けてくる。

 

(……予測、多分連続攻撃。斧を振り回す)

 

 その動きから次の動きを予測したハクレイはどう避けるべきか思考する。

 大前提として、ハクレイはパラメータを超える動きは出来ない。そもそもパラメータを超えるのは誰にだって不可能である。

 だがそれを技術でパラメータを超えた動きをしていると錯覚させる事ならできた。

 とはいえ当然ながら与えるダメージ量はパラメータを超えられない。だがその動きは間違いなく、レベルを遥かに上回るプレイングと言えた。それでも培ってきたゲーム技術が並大抵のものではないからだろう。

 だがそれでも、第一層の敵からかなり苦戦させられていた。一度は数に押し負けダメージを受けているし、正式バージョンでは初見だからこそミスも多い。

 それでも。

 

『……やっぱり、止まって見える』

 

 長時間プレイしているゲーマー。またはスポーツ選手が陥る症状、『ゾーン』。

 トラックなどに轢かれそうになった時などに見るという、物事がスローモーションになって見える現象である。

 そのままピタリと視線を固定させて、ハクレイは前へと踏み込んだ。

 

「ーーーーッ!」

「グァァッ!?」

 

 グレイズ。

 斧の刃が掠るようなギリギリをすり抜けたハクレイは流れるような動きでその手に持つアニールブレードを思い切り突き刺した。

 深く突き刺さった根元からポリゴンが零れる。それと同時に僅かまで減少していた三本目のゲージ更に僅かにまで減っていく。

 残り数ドット。

 後、一撃か二撃か。それだけで三本目のHPゲージを破壊出来る。確信したハクレイは更に追撃を掛けた。

 

『ーーハァッ!!』

 

 久しぶりに声を出して剣を振るう。縦、斜め、横と段々軌道を下げながら切り払うとコボルド・ロードも反応出来ないようで、斧で防がれることも無い。

 そして三発放ったところでイルファング・ザ・コボルド・ロードの三本目のゲージが削れ切って、破壊された!

 パリィィィン、という音が耳に入ってくる。

 それと同時、四匹の『ルイン・コボルド・センチネル』が出現した。

 

『……今までゲージ破壊ごとに三匹ずつ出てきたけど、最後は四匹か』

 

 疲れた声でハクレイは言う。

 どれだけ時間が経っているのだろうか。

 それも分からないまま戦い続けているのだ。しかも一人きりである。仲間も居ない状況で、どれだけの集中力をして生き延びているのか。

 

(目下の問題はセンチネル。数はやっぱキツイ。残り回復薬

(ポーション)も二個しか無いし、ここは何としても無傷で切り抜けたい!)

 

 だが問題は四匹という点だ。三匹だって正直同時に相手するのは手数的にも不可能に近い。更にボスであるコボルド・ロードにも集中しなくてはならない。

 そこに無傷なんて条件を加えてしまったらどれだけ難易度が跳ね上がるか。

 考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろーーーー!

 

(まともに向かったって無傷で切り抜けるのはどだい無理な話だ。純粋な力とか以前に、数の差が。せめて二匹なら別だけど……少なくとも片手剣じゃどうにもならない)

 

 ゲーマーとしての経験が直ぐさまその解を導き出した。というかそんな未来は明らか目に見えている。

 だから。

 ギャアギャア騒ぎながら迫り来る四つの影が同時に迫ってきた瞬間、ハクレイに出来る事はたった一つしかなかった。

 四匹のセンチネル。

 狙うべきは多対一の崩壊。

 視線を向けて、かなり危険だと分かりつつハクレイは急ぎ装備欄を弄り、直後前へと踏み込んで先手を放つ。

 手には大きな斧を持って。

 ……とはいえ、以前のように上手くいく可能性は薄い。三匹に当てることさえ難しいのに四匹となればほぼ確実に体力を削り切れずに撃ち漏らすだろう。最悪全てのセンチネルにダメージを与えるだけに留まるかもしれない。

 では何を狙っていたのか。

 答えは簡単だ。

 

「ーーーーラァッ!!』

 

 その瞬間。

 ハクレイはセンチネル達の持つ盾目掛けて己の体の勢いを付けて、力の限り斧を振るった。

 

 

「ギィッ!?」

 

 狙いを付けられて放たれた一撃。それは確かにセンチネルの盾に命中した。

 同時、弾き飛ばされた四匹のセンチネルが斧の勢いに負けて、転がっていく(、、、、、、)

 その映像に目に入り込んできた瞬間、ハクレイは思わずガッツポーズしたい気分になった。

 

(よし! 分断成功! ようは同時に相手するのがキツイだけだからな。どうにか一匹ずつ対処出来ればこっちのモンーーッ!?)

 

 と、そんなハクレイに向かって今度はコボルド・ロードの斧攻撃が迫る。

 

「な、ん……っ!?」

 

 何とか斧を盾のように構えることで防ぐことに成功した。かなり危険な事態を目の当たりにし、ハクレイは集中し直す。

 気を散らしている余裕は無いのだ。

 

(……危ない。やっぱ使い慣れてない斧じゃキツいか)

 

 油断を切り捨てて、キチンと四匹のセンチネルを仕留めていく。

 前後左右、様々な方向から迫る攻撃を紙一重でやり過ごし、一匹一匹と確実に。

 それから最後のセンチネルの攻撃を回避し、反撃するようにトドメを刺したハクレイは再びコボルド・ロードに向き直った。

 

『……仕切り直し。行こうか』

 

 残りHPゲージは一本。

 こちら側の回復アイテムは残り二つ。

 ーーーー決着は遠くない。




 

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