「昨日の戦闘、望遠で撮った」
「うおお
「先輩の彼氏、ボーダーにスカウトされたらしいよ」
「えーホント!? すごーい!」
「あーおれもボーダー入りて―なー。『トリガーオン!』」
「似合わね~~!」
「絶望的」
人口28万人が暮らすここ……『三門市』にある三門市立第三中学校。予鈴の鐘が鳴り響くその学校にあるクラス、3年3組では生徒たちの賑やかな声に包まれていた。
「…………」
そんなクラスメイトたちの声をBGMにしながら、1人席について黙々と小説を読んでいる少女『シュテル・スクライア』。13歳でありながら、飛び級留学生として3年生のクラスに在籍する事を許された少女である。そんな彼女が静かに読書に没頭していると……
ボスッ!!
「!」
ふと隣の席からそんな音が聞こえ、思わずシュテルは小説から顔を逸らして隣の席へと視線を向ける。見ると、彼女の隣の席に座るメガネをかけた少年の後頭部に教室の後ろから飛んできた筆箱が直撃していた。
「ぶははは! パス失敗」
「あんくらい取れよお前」
「返してよぉ~~」
どうやらこのクラスに属する不良の3人組が、別のクラスメイトの筆箱を取り上げてキャッチボールのような事をしていたらしい。
「おいメガネ、それこっちよこせ」
「…………」
不良のリーダーがメガネ少年を睨みながらそう言い放つが、メガネ少年はそれに臆する事無く、不良を押し退けて筆箱を持ち主のクラスメイトに返却した。
「あ、ありがと……」
「かっこいー」
「マジかこいつ、超冷めるわ」
そんなメガネ少年の行動に、興が冷めたのか不良たちは小言を言いながら去って行った。
「三雲君…大丈夫ですか?」
シュテルはメガネ少年こと『
「平気だよ、スクライアさん」
「そうですか。もし何かあれば言ってください。クラスの委員長として力になりますから」
「あ…ありがとう……」
クスリと小さく微笑みながらそう言ってくれたシュテルに対して、修は若干頬を朱に染めながらもお礼の言葉を言った。すると、そんな2人の耳にクラスメイトたちの雑談の一部が聞こえてきた。
「先生来ないんだけど」
「転校生の相手してるんじゃない?」
「あー」
「スクライアさん以来だよな、三門に転校してくるって」
「転校していくならわかるけどな」
「もしかしてボーダー関係者だったりして」
「「!」」
転校生の話題の中で聞こえた『ボーダー関係者』という単語に、シュテルがピクリと反応する。
「(転校生……もしやその人物が、昨夜に迅さんが言っていた人なのでしょうか)」
1人そんな思考にふけるシュテルの隣で、同じ単語を聞いて反応している修に、彼女が気づく事はなかった。
第2話
『シュテル・スクライア』
『明日、これからの未来に重要なやつが現れる』
時は遡り……昨夜の三門市の警戒区域。そこで合同の防衛任務にあたっていたシュテルは、同行していた青年に突然そう言われた。
『重要な奴? それはボーダーにとって、という事ですか?』
『そうだ。それで悪いんだけど、シュテルちゃんにはそいつの事を見守って、もし何かあれば助けてやってほしんだ』
『見守る? それは構いませんが、なぜそれを私に言うのですか?』
『どうやら、そいつと一番最初に接触するのはシュテルちゃんみたいなんだよね』
『なるほど……では、その人の特徴は?』
『あーそれは大丈夫。シュテルちゃんならたぶん、ひと目見ればわかると思う』
『? それはどういう……』
『明日になればわかるよ。おれのサイドエフェクトがそう言ってる』
『……わかりました、お引き受けいたしましょう。ただしお父様には報告させていただきます』
『OKOK、サンキューな。あ、ぼんち揚げ食う?』
『……任務中ですよ』
◆◇◆◇◆◇◆◇
「(……とは言われていましたが、なるほど。確かに迅の言う通りだったようです)」
昨夜の回想から思考を切り替えたシュテルは、担任と学年主任の先生に連れられてやって来た転校生を見据えながら内心でそう呟いた。
「
自己紹介と遅刻の謝罪の意味を込めてペコリとお辞儀する転校生こと……遊真。そんな彼の事を、シュテルは無表情ながらも訝しげな視線で見ていた。
真っ白な髪や歳の割にシュテルよりも低い身長もそうだが……何よりも彼の
「空閑くんは最近まで外国に住んでいて、日本に住むのは初めてだそうなのでみんなで助けてあげましょう」
「シュテルちゃんと同じ外国人?」
「帰国子女ってやつでしょ」
遊真が外国暮らしをしていたという話を聞いて、いろめき立つクラスメイトたち。すると、先ほどの不良の1人が突然声を上げた。
「センセーそいつ指輪つけてます! 校則違反じゃないんスかぁー?」
「指輪……?」
そう言われて遊真の手を見てみると、確かに彼の左手人差し指に黒い指輪がはめられていた。
「あら本当。空閑くん、アクセサリはダメなのよ」
「ふむ?」
「外しなさい。私が預かる。さあ」
指輪を外して渡すように言って手を差し出す学年主任。それに対して遊真は……
「えっ……ムリです」
と、普通に拒否した。あまりにもあっさりとした回答に、学年主任も思わず「……は?」と呆気に取られてしまうほどであった。
「ムリですじゃないよ。ほら渡しなさい」
「いやいやいやムリムリ! ほんとにムリ!」
「アクセサリは禁止! 校則でそう決まってるんだよ!
頑なに指輪を渡さない遊真に対して業を煮やしたようにそう言い放つ学年主任。それを聞いた遊真はガーンっとショックを受けたような表情を浮かべると、肩を落としながら教室の出口へと向かった。
「じゃあ学校はあきらめます……おじゃましました……」
「はあ!? ちょっ、待ちなさいキミ……!」
そんな思いがけない遊真の行動を慌てて止める学年主任。すると、修がすっと手をあげて立ち上がった。
「先生……何か事情があるんじゃないでしょうか。その指輪を外せない事情が」
「私もそう思います。そこまで頑なに外さないところを見ると、よほどの事情があるのかと。まずは彼の話を聞いて、事情によっては大目に見てあげてもよろしいのではないでしょうか」
そんな修に続いて、シュテルも立ち上がって発言する。
「出たこれダブルメガネ」
「マジ男前なんだけど」
「さすが委員長様は言う事ちがうわー」
後ろで不良たちがうるさいが、シュテルは気にしない。
「……何なのかね? その指輪は」
「親の形見です」
学年主任の問いに対してそう答える遊真。途中で不良たちの茶々が入ったので「静かにしろ!」と一喝したあと、再び遊真に向き直る。
「……キミねえ、そんな出まかせが……」
「? 本当です。親の形見です」
疑ってかかる学年主任をまっすぐと見据えながらそう言い放つ遊真。そんな遊真から放たれる奇妙な威圧感に、学年主任は怯んで冷や汗を流す。
「………!? わ……わかった、そういう事なら……水沼先生、ちょっと……」
「あ、はい。みんな自習! スクライアさん、三雲くん、空閑くんのことお願いね」
「え?」
「わかりました」
そう言い残して教室を出ていく担任の言葉に、修は呆気に取られ、シュテルは素直に返事を返した。
「よろしく」
「……よろしく」
ニコリと笑いながらそう言ってくる遊真に対して、修は戸惑いながらも握手を交わしたのだった。そして遊真は修の次にシュテルの方へと向き直ると……
「よろしく」
同じくニコリとした笑顔を浮かべながら握手を求めてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
それに対してシュテルも、薄く微笑みながら握手に応じたのであった。
これが後にボーダーに大きく関わる少年……空閑遊真との出会いであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後……学校を後にしたシュテルは、そのままボーダー本部へとやって来て、自身が所属する部隊の作戦室へと足を運んだ。
「ふう……」
部屋に備え付けられたソファに腰をおろして一息ついたシュテルの脳裏に、今日出会った転校生『空閑遊真』のことが浮かぶ。
「(昨夜に迅さんが言っていたのは間違いなく彼。私が視た彼の異常な体の構造……そして頑なに手放す事を拒んだあの指輪は間違いなく『トリガー』……これらの事をふまえて推測すると、彼はおそらく──
シュテルは自身が
「(彼がボーダーの未来に大きく関わっている……もしやボーダーにとっての脅威に……いえ、もしそうなら助けてやってほしいなんて迅さんが言うハズがない。そもそもそう言った類の敵ならば、彼自ら得意の暗躍で始末するでしょう。それに空閑くんにもそこまで悪い印象はなかった。クラスの不良たちに対して意外と好戦的だったのは驚きましたが、それ以外はこれといって目立った事はしていない。迅さんの言う通り、もう少し静観していますか……)」
作戦室のソファに座りながら、1人ぐるぐるとそんな思考を巡らせ、最終的に静観を継続する事に決めたシュテル。すると……
「おい」
「!」
突然後ろからポンッと肩を叩きながら声をかけられ、それによって我に返ったシュテルはその人物へと視線を向ける。
「ようやく気づきおったか、まったく」
「ディアーチェ……」
そこに腕を組みながら立っていたのは、シュテルにとって同じ部隊に所属するチームメイトであり、姉でもある人物『ディアーチェ・スクライア』だった。
「来ていたのですね」
「たわけ。先ほどからずっと声をかけておったわ」
「なんと」
ずっと声をかけられた事に気づかない程、思考に没頭していたのかと、シュテルは内心で反省した。
「で? 何をそんなに考え込んでおったのだ?」
「いえ……少し迅さんからの頼まれごとがありまして」
「迅だと……?」
迅という人物の名を聞いた瞬間、ディアーチェの表情が嫌悪感むき出しの苦々しいものに変わった。
「あやつからの頼みなど聞く必要なかろう」
「……相変わらずディアーチェは迅さんがお嫌いですね」
「嫌いではない。むしろ奴の人柄には好感すらもっておる……が、あやつの飄々とした態度と胡散臭さがどうにも苦手なのだ」
肩を竦めながらそう言ったディアーチェの言葉に思う所があったのか、苦笑するだけでシュテルの口からフォローの言葉が出る事はなかった。
「それで、奴からの頼み事とは?」
「申し訳ありません。迅さんからお父様以外には秘密にしといてくれと頼まれているので」
「んなっ!? あのセクハラ男め……!!」
シュテルにそう言われ、ディアーチェはこの場にいない迅という人物に対して忌々しげに毒づいた。
「ところでディアーチェ、あなたは今日は非番ではありませんでしたか?」
「ああ、そうだったのだが……最近ちとやっかいな事が起きておってな」
「……イレギュラー
「そうだ。今日も警戒区域外で
そう言いながら不機嫌そうに表情を歪めるディアーチェの顔は、確かにストレスが溜まっているようにも見えた。
「おっじゃましまーす!」
するとその時、作戦室の出入り口が開かれ、1人の少年が元気よく入って来た。
「なんだ仔犬。何か用か?」
「仔犬じゃないよ、緑川駿だよ、王様先輩」
少年の名は『
「シュテるん先輩もおっす」
「ええ。よくきましたね、シュン」
そんな軽い調子で挨拶する緑川に、シュテルは嫌な顔せず微笑を浮かべて迎えた。
「で? 何をしに来たのだ?」
「レヴィいる? 久しぶりにランク戦挑もうと思って」
「あやつなら今日は防衛任務でおらんぞ」
「えー!? そうなのー!? せっかく今日こそは勝ち越してやるって思ってたのに~」
目当ての人物がいないと聞いて、がっくりと肩を落として落胆する緑川。すると、それを見ていたディアーチェは何か思いついたのか、悪そうな笑みを浮かべた。
「待て仔犬、ならば代わりに我が相手をしてやろう」
「え?」
「ちょうど今虫の居所が悪くてな、ストレス解消に相手をしてやるからありがたく思え」
明らかに上から目線の発言だが、ディアーチェの性格を考えればいつもの事なので緑川は特に気にしなかった。しかし対戦する事に関しては、若干渋るような態度を見せる。
「えー…でも王様先輩の戦い方えげつないから、正直やりにくいんだよなぁ……」
「そう言うな。代わりに終わったら何か食事でも作ってやろう」
「ホント!? じゃあやる!!!」
しかしディアーチェの出した提案にあっさりと手のひらを返したのであった。
「シュテル、お前も来るか?」
「……そうですね、気分転換にはちょうどいいかもしれません」
「ん、そうか。ではゆくぞ」
「はい」
「王様先ぱーい! 早く行こうよー!」
「やかましい! 少しは待つ事を覚えぬか駄犬が!!」
「フフッ」
急かす緑川を躾けるようにそう一喝するディアーチェを見て小さく笑いながら、シュテルは彼女と共に作戦室をあとにした。
その夜……A級7位の三輪隊が正体不明のトリガーによってバラバラに破壊された大型
つづく
しばらくシュテルがメインで進みます。