この魔法少女どもはアホである。   作:輪るプル

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さやかちゃんを死なせないで!

「ヤバ、遅くなっちゃった…」

 

 美樹さやかは元気印が象徴だ。しかし、その象徴に反して音楽の趣味はなかなか悪くない顔ぶれで、クラシック――特にバイオリンをよく聞く。

それも幼馴染の腐れ縁こと上条恭介が天才バイオリニスト兼ギタリストあることの影響なのだが(腐れ縁以外では断じてない!)、けっこうな深みにどっぷり浸かり込んでしまっており、その手のレア物なCDを探すために街のメジャーな品揃えのいいCDショップから偏屈なおっさんの経営する穴場のレコード店までいいCDを探して徘徊することも少なくない。

 今日も今日とてCD探しに浸かり込み、普段ならば「さやかちゃん、もう帰ろうよぉ……、あたしはおじゃる丸を見ながら宿題したいんだよぉ……」と言って小麦粉をさやかの鞄に詰め込んでくる、親友にしてさやかのブレーキ(?)役こと鹿目まどかの存在がおらず、ついつい遅くなってしまっていた。

あと、まどかにはバッグに小麦粉を詰め込むのはやめて欲しい。袋詰めだからまだいいんだけど結構重い。

 

「そうだ、近道しよ」

 

 独り言を呟いて道を折れる。路地裏を通れば若干家に帰るのが早くなるし、これくらいならやむをえまい。

時間帯も夕方くらいで、本格的に治安が悪くなるにはもう少し時間がある。面倒な事になる前に早々に通ってしまえばいい。

 そうして裏路地を駆けていたのだが、突然道がぐにゃりと姿を変える。

路地は果てしなく続き、壁には落書き。絵の具のような臭いが鼻をつき、どこからか子どもが遊ぶような、けれど悪意のこもったような不気味な声が反響する。

 

――おかしいな、このあたりは子どもが遊ぶような場所じゃないのに。

 

 時間帯も子どもは帰り始めているような夕方で、とてもじゃないがまともな子どもがいるとは思えない。

それにさっきから止まない恐竜か何かの顎の内にいるかのような悪寒が、さやかにその異常性を教えてくれる。

 

「もう、なんだって言うのよ、誰か教えろってのよ……」

 

 その願いは簡単にかなった。複雑に入り乱れた路地の一本から妙な存在がやってきたからだ。

極彩色に塗りつぶされた、子どもが落書きで描く飛行機のようなナニカ。そいつが絵の世界を飛び出して、眼の前に悪意を込めてやってきたのだ。

 

「Boooooooooooooooooooon! Booooooooooooooooooooon!」

 

 子どもがおもちゃで遊ぶように無邪気に、しかし黒い思念を込めた嬌声にさやかの身体が硬直する。

悪意に違わずその双翼からミサイルと思しき極彩色のラクガキが発射されても、さやかは動くことすらできない。

我を取り戻した時には、既に身体を振ったり飛び込んだりしてもとてもじゃないが避けきれないような位置にミサイルがあった。

 こうなってはさやかにできることは、もうせいぜい叫ぶことくらいが限度だった。

 

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 

ちゅどーん。

 

 叫んだ。目からなんか出た。使い魔は死んだ。スイーツ(笑)。

 

 

 

 

「え……? 美樹さんだけは比較的マトモな人だと信じてたのに……」

 

 魔法少女二人組とともに駆けつける途中だったほむらは、息切れと絶望にその場にへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことの始まりは数年前に遡る。マミがまだ魔法少女のまの字も知らなかったような頃の話だ。

 

 美樹さやかは小学4年生だった。その頃は毎日友だちと遊び倒して、帰ってきてむしゃむしゃとご飯をかっ食らってお風呂に入り、9時にはもう床に入る。

そんな健全な生活を続けていた。

 

 

 で、寝入ったと思ったらいつの間にかよくわからない空間にいた。

うねうねーっとしててずぎゃーんってしてて、なんとなく神殿っぽい感じだった。

 

 

「正直、すんませんでしたー!」

 

 

 そこでなんか、髪を白くしたお爺さんが土下座してた。

その身体から出るオーラは立っているだけでも気圧されそうな感じで、土下座なんてしているのがとても信じられない。

 

「ちょ、ちょと……!? 顔を上げてくださいよ」

 

「いや、わしは神なのだがな? 少々キミに手違いを起こしてしまってな、本当に済まなんだ」

 

 お爺さんはそう言ってさやかに謝った。でもそんないきなり謝られても、さやかはわけがわからない。

知らないお爺さんを跪かせて喜ぶような異常性癖はさやかにないし、どうにか顔を上げさせて話を聞き出した。

 

「いやな、ちょっとした手違いでな? キミが魔法少女に変身すると、変身中だけ風見野市のサラリーマン吉野権蔵さん(39歳独身)と容姿がスイッチしてしまうようになったのじゃ」

 

「なんだ、夢か」

 

 誰だよ吉野権蔵さん。しかも魔法少女ってなんだよ。そもそもどんな手違いがあったらそんなことになるんだよ。

あまりに突っ込みどころしかない上にファンタジーな内容に、さやかは思考を停止した。だって夢でしょこんなの? ないわー、あたし、お爺さんを這いつくばらせて謝らせたい願望でもあったのかなー、ないわー。

 

「これは夢ではない。その証拠にほら、これが吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ)だ」

 

 すっと神様(仮)が手を振ると、アパートの部屋で寂しく一人でテレビを見ながらカップ日本酒を開ける中年男性の姿が見える。生え際は後退し後頭部は薄くなり、腹の肉はでっぷりと突き出し始め、脂の浮いた顔にちょこんとかけられた縁の太いメガネのフレームは塗装がはげている。

そう、この冴えない年齢以上に老けて見える中年男性こそが吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中)である。

 

「なにこれ、おっさん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性)じゃん」

 

「そう、おっさん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg)だ。これがキミが魔法少女に変身した時の姿となる」

 

「うわなにそれサイテー!?」

 

 そもそも魔法少女に変身するなんてことがあるわけがないが、もし仮に変身してもその姿はファンシーなソレではなく吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg、煙草の銘柄はいつもキャスターマイルド)である。夢も希望もないんだよ。

なんちゅー悪夢だ。起きたらまず顔を洗ってさっぱりしよう。そんなことを思いながら空を仰ぐ。真っ白だった。つまんないのでやめた。

 

「流石にこちらにも謝罪の意はある。そこで、キミに1つだけ特別な能力を与えてやろうと思うのじゃ」

 

 どうやらこういうことらしい。神様が手違いであたしの魔法少女の姿を吉野権蔵さん(39歳独身、趣味は薪ストーブ、見合い相手現在募集中、タイプの人は我は強いがたまにしおらしくなる女性、血圧は124mmHg、煙草の銘柄はいつもキャスターマイルド、でもたまに気分でアイスブラストも吸う)に変えてしまった、だからお詫びに能力を何でもひとつ与えよう。ただしデメリットはある。

なんとも都合がいい話である。流石は夢だ。

 でも能力か……何にしよ。さやかは考える。魔法少女にはなれない=敵キャラ。敵キャラ=ビーム。だってこの間日曜日の朝にやってる魔法少女モノで、敵の幹部が目からビームを撃ちながら肉弾戦で追い詰めてた。

 

「じゃあ、目からビームでよろしく」

 

「あい、わかった。これからは「さやかちゃんビーム!」と言えばビームが出るようにしておこう。――ただ、くれぐれもこの力に溺れることの無いよう気をつけるのじゃぞ……」

 

「いや、誰が溺れるか」

 

 そうそうに目からビームを発射する機会のある生活を送ってはいない。というかどんな生活だそれは。

 

「一発撃つごとに体重が1キロ増える。くれぐれも使いすぎに注意するのじゃ……」

 

「って初耳なんだけどソレ!?」

 

 都合がいい夢かと思ったらそうでもなかった!?

乙女にとっては体重1キロは死活問題である。あんまり重くてデブ子ちゃんだとナメられてグループ内での立場の下降にも繋がるし、何より無駄な肉ついてるとか絶対ヤダ!

 

 神様は「ははははははは……」と笑って去ってゆき、意識は浮上する。

気がついたらそこはベッドの上で、えらく質の悪いべたつく寝汗をかいていた。

 

「ヤな夢だったわ……」

 

 うむ。ビーム撃てるようになってるとか、一発撃つと体重が1キロ増えるとか、いったいどんな夢だ。アホか。

 

「さやかちゃんビーム! なんつってハハハ……」

 

 ちゅどん。光が目から放射されて、家の天井がブチ抜けた。

まん丸に空いた天井の穴から、ちゅんちゅんとスズメの爽やかな声が聞こえてくる。嗚呼本日は晴天なり……、などと言っている時間はない。

 

「ちょっとさやか、今すごい音したけど何かあったの?」

 

「なんでもなーい!」

 

 部屋の外から母の呼ぶ声が聞こえてきたからだ。

うん、そりゃ寝起きの娘の部屋で爆発音がしたら焦るよね! でも説明しようがないよ、だってビーム出た音ですとか言えないもん。

 

「なんでもないってことはないでしょう、入るわよさやか」

 

「あ、ちょ、お母さん待って……!」

 

 天井、青空。母、唖然。

いきなり焼け焦げて蒸発した娘の部屋の天井を見た時の親の反応としては正しいのかなんなのか。ひと通りぐりんと首を回して、目で説明を求める。

 

 そう言われても、説明のしようなんて……。

 

「ちょ、ちょっと隕石が落ちて来まして……」

 

「そんなわけあるかい」

 

 なんかもう、説明しようが無いので隕石で押し通した。

原因不明すぎてちゃんと押し通った。一件落着だった。

 

 

 

 あと、そのあと体重計に乗ったら体重が1キロ増えていたので必死に減量するためにランニングしてたら筋肉ついて体重がかえって増えた。お嫁に行けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――話を戻そう。

 

 

 

「くそ、これだけは使いたくなかったのに!」

 

 目から飛び出た粒子砲が落書きっぽいナマモノを焼き払ったのを見て、さやかは歯噛みした。これであたしの体重1キロだ、いったいどれだけ走りこまなきゃ元とれないんだろう。

死ぬよりマシだけどさよなら、あたしのオヤツ。それでもしょうがないといえばしょうがないことだ。涙を呑んで受け入れるしかあるまい。

 だが、それで終わりではなかった。うじゃらうじゃらと8匹ほど出てきたソレに、さやかは頬を引き攣らせた。

だって8キロだ。52キロ体重があったとすれば(例え話である)一気に60キロまでぐいっと体重が増えてしまう。というか既に最初に一発撃ってるから9キロだ。10の位はまず確実に1増えるだろう。

しかしそれでも死ぬよりマシだ。なるべく抵抗すべく、近くの狭い路地へとさやかは逃げ込んだ。先に進めば行き止まりになっていたが、この際それは関係ない。

 

「Booooooooooooooooooon!」

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 狭い路地に入ろうと4匹ほど縦一列になった瞬間に、さやかはビームを発射した。光芒がまとめて落書きナマモノを飲み込み蒸発させる。

嗚呼、これでまた1キロ……さよなら、あたしの夕飯のオカズ1品。

 

「さやかちゃんビーム!」

 

 少し待ってまた並んだところで一発。4匹まとめて撃ち抜いた。さよなら、オカズというかむしろあたしの夕飯。

だが、本来であればあのよくわからないミサイルのようなもので殺されていたところなのだ、文句は言えまい。この神様からもらったビーム能力はなんだかんだ言ってバケモノを一撃で消し飛ばすことができるスグレモノだった。

 だが、それは一種の慢心だったのだろう。わずかに身を逸らし、その姿をクルマのように変えたナマモノが突っ込んでくる。

 

――危ない!

 

 そう思い、咄嗟に受け身を取ろうと身を縮めた瞬間に爆音が響き渡った。

指向性の爆風にナマモノが倒れ、地面に叩き付けられる。そして爆煙に紛れて何度かぐしゃり、ぐしゃりと打撃音が響き渡り、悲鳴とともに発光して何かが消えるような音がした。

 

「美樹さん、大丈夫でした……?」

 

 砂煙が晴れると、そこにはけほ、けほと咳を上げるこの前転校してきたばかりの病弱少女がそこにいた。

ふたつの三つ編みを作った、黒くてつやつやとした長い髪に、赤いフレームの半縁メガネ。御滝原中学の制服は土煙で少し薄汚れていて、いかにも肺に悪そうだ。

 

「……暁美、さん」

 

 ただし血の付いたゴルフクラブを持っていて、肩に体毛が白くて血の色の目をした小動物を乗せている。軽くホラーであった。

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 しかも肩の小動物は喋る。目を細めて笑いかけることもできる。

え? なにこいつ。普通の生物じゃないよね? 怖……。

 そして、どうしても看過できない発言が一つあったので断言しておく。

 

 

「絶対ヤだ!」

 

 

 

 

「……つまり、僕と契約した魔法少女は希望を以て絶望を振りまく魔女と戦うことになるのさ」

 

 一通りお互いに落ち着いてから、地面にハンカチを敷いて座り込んでからさやかは概ね説明を受けた。

うむうむ、と内容を咀嚼する。魔女と戦う魔法少女、あたしが今戦ったのは使い魔。そして願いの代償の契約。それを総合すると――

 

「つまり暁美さんは魔法少女ってわけ?」

 

「ううん、違いますよ」

 

 違った。魔法少女が魔女と戦うんじゃなかったのか。

 

「魔法少女はその……他にいるんですけど、二人とも変身するとテンション上がっちゃって、勝手に結界の奥に突撃していくんです……」

 

「転校生、オマエ、苦労してるんだなぁ……」

 

 ぽんぽんと肩を抱く。一般人で病弱なのに結界に体験ツアーと称して連れてこられた挙句、なんかテキトーに置き去りにされる姿には哀愁が漂っていた。

しかも一度丸腰で使い魔に追いかけられて、逃げ回って死ぬかと思った瞬間に結界が解けたことがあったらしい。体力ないのにそんなことになって、完全に体が動かなくなったときは本気で走馬灯が見えたとか。

 でも生死の狭間での限界運動のおかげで想定外にリハビリが進み、なんだかんだと体育くらいならギリギリ受けられるレベルになっているのが釈然としないほむらであった。

 

「あ、でもさっきの爆発は? 魔法とか使えないんでしょ?」

 

「ああ、爆弾の作り方をググって作っちゃいました」

 

 あらやだ、この娘結構したたか。

 

「10個ちょっと作ってきたので、美樹さんもいくつか持っていていいですよ♪」

 

「……あたし、ゴルフクラブだけでいいや」

 

 ゴルフクラブ片手に爆弾取り出して微笑む謎の転校生暁美ほむら。あたしはあんな危険人物にはならない。

あんまり体力ないので助かります、なんて笑って血まみれゴルフクラブを手渡してくるほむらを見て、さやかはそう思った。だがほむらに罪はない、マッハで蹂躙して笑いながら去っていく魔法少女二人と過ごして適応すればいずれそうなる。

 で、さやかがその魔法少女と会うことも、もはや避けられない運命なのであった……。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

マミとまどかは使い魔を蹴散らしながら快進撃を続けていた。

 飛んできたミサイルをマミが宙に投げ上げたマスケット銃を舞わせて撃ち落とし、パニエを膨らませてそこから噴出させたジェット気流を推進力にすっ飛んでいったまどかが、懐に入り込んで弓で直接ぶん殴る。ピンク色の魔力で肩にトゲ出してショルダータックルもする。あと腕の周りにピンクの非実体刃を出してすれ違いざまにラリアットする。もう既に人間のすべき戦い方でなくなっているのはご愛嬌だ。

 

「今の私を恐怖させることができる存在が居るならば、出てこれるだけ出てきなさい!」

 

 マミの正確無比な射撃が唸り、糸ノコみたいに使い魔の集団を端から削っていった。

そして周辺から現れる、接近してくる使い魔たちをリボンの螺旋が切り裂き、塵へと変えてゆく。「トッカ・スピラーレ……!」ぼそりとマミがつぶやいた。相手は死ぬっぽい。

 

「開放、全開ィィィィィィィィ!」

 

 まどかもその殲滅速度では負けていない。パニエによるブーストで接近してはビーム的魔力ラリアットを繰り出し、微妙に届かない相手に対しては光の矢で応戦する。ただし弓道とかした覚えが無いので矢は弓につがえずそのまま掴んで投げる。力任せ上等なのが彼女のスタイルだ。つーか弓の引き方とか知らないので使えない。

 だが弓が使えずともその凄まじい暴風はいとも容易く敵陣の中枢まで侵攻し、そして――

 

「行っちゃえ心の全部でェェェェェェェェェェ!!」

 

 思うままに筆を滑らせ怪物を量産する、歪な金髪の少女の口内に貫手を突っ込んだ

魔女というものはかなり頑丈にできている。しかしそれは外面だけであるという場合も多く、特に口というものが存在する場合は内部がヤワにできていることも少なくない。

 故にまどかは体内で魔力を紡ぐ。この世にあらざる幻想を形作り、無から有を生み出すのだ。

魔力を編み、質量保存の法則を無視して物質を存在させることは難しいようで単純だ。ただイメージすれば事足りる。

イメージするのは小麦粉、ぬるま湯、塩。この3種を具現化し、そして高速で攪拌し、強制的に熟成させ、もちもちになるまでこね、音速で裁断する――そう、そうして美味しい讃岐うどんを魔女の体内から生成する!

 

「うどんの食べ過ぎで腹が破裂して死ねええええええええええええええ!!!」

 

 魔女が体内から炸裂した。怒涛のごとくうどんが吹き出し、辺りの地面を製麺屋のごとき惨劇に彩ってゆくが、この場にソレに異議申し立てを行うほむらもいない。もはやそれは戦闘ではなく処刑だ。

 だが魔女もさるもの、割り裂かれた腹のまま動き出して、せめてまどかを道連れにせんと筆を振り上げた。

 

「甘いよ!」

 

 体内から爆発的に溢れ出したうどん全てに魔法をかけ、それぞれの素材に戻す。無量の小麦粉が宙を舞い散り、粉塵が魔女の結界という閉所を覆いつくした。

――視界が完全に潰れる前に、まどかはマミに目線を送る。

それだけで全てを理解したマミが、魔法を使った。

 

「着火!」

 

 魔法で木の板を発生させ、魔法の木の枝を回転させてごりごりと摩擦する。一瞬でトップスピードに加速し、しゅう、とその摩擦熱で煙を上げ始めた瞬間……。

 

 

 周囲が爆発した。

 

 

 閉所を埋め尽くした微粒子に火をつけることにより一瞬で燃え広がる現象――粉塵爆発だ。

まどかはうどんを打つことに使用した上質の小麦粉を、魔法にて再度発生させることによってその粒子を拡散した。そしてマミが火を点けることで爆発を引き起こしたのである。

 

――この一撃を狙うために最初から魔法でうどんを打ち上げた鹿目まどかの鬼謀に、マミは戦慄した。たぶんこの場にほむらがいたらくだらなさに戦慄したけど。

 

 その結界ほぼ全てを覆う爆発に、さしもの魔女も沈黙してグリーフシードを吐き出した。マミはそれを拾い上げ、スーパーで買った梅干しを入れるプラスチックの壺に突っ込んだ。サイズが丁度良く、なんとなくグリーフシードを入れた梅干しは味が良くなるからだ。

 あとグリーフシードはご飯を炊くときに炊飯器に一緒に入れるとごはんがふっくら炊けておいしくなったり、ぬか床に入れておくと漬けた野菜が変色しなかったり、冷蔵庫に入れておくと嫌なニオイがとれたりする。

すべてはマミが考案した新しいグリーフシードの活用法だ。さすがはベテラン魔法少女の知恵というやつである。人の絶望でご飯がうまい! キュゥべえすら知らなかったらしく、「わけがわからないよ」と言っていた。

 

「やりましたね、マミさん」

 

 まどかが無邪気に右手を開いて肩の上あたりまで上げた。

いわゆるハイタッチの姿勢というやつだ。

 

「ええ、よく頑張ったわね鹿目さん!」

 

 マミも応え右手を上げて、勢い良くまどかの右手にハイタッチした。

ぐさっ。

画鋲が刺さった。手のひらに貼り付いてたらしい。でもマミはベテラン魔法少女なので痛みは無視してただ勝利の喜びを噛み締めた。ついでに唇も噛み締めたがマミ強い子、泣いたりしない。

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん、終わったよー!」

 

「けほ…おめでとう、鹿目さん。でもできれば結界内に被害者がいるときに結界全体に小麦粉撒いて粉塵爆発はしないでくれないかな」

 

「ウェヒヒ……私ったら、ハシャいじゃって♪」

 

 マミたちが合流する頃には、ほむらはアフロだった。リボンはブチ切れもっさもっさと黒髪がもさもさしてる。もっさもさ!

けほけほ咳もひどく、煤煙がいかに人間の呼吸器に悪影響を及ぼすのかがよくわかる例示になっていて憐憫を誘った。どこが最も悲しいって、マジで咳が一番深刻な被害っぽいとこだ。いつの間にかすっかり打たれ強くなったほむらである。もう貧弱なガールなんて言わせないぜ!

 

「マジ? ……魔法少女って、まさかまどかなの!?」

 

「え……、ほむらちゃん。誰このアフロ黒人」

 

 アフロ2号が驚愕した。別称美樹さやかだが、なんかもう黒い煤とアフロのせいで親友すら誰だかわかってなかった。

いくら長くまどかの友達やってるさやかと言えど、ここまでひどい扱いは初めてだ。この横暴、許してなるものだろうか!?

 

 否――断じて否! ここは全力を以って抗議活動をすべきである!

この薄情な友人に、美樹さやかを自主的に気づかせるのである!

 

 

「オォーゥ、助かりマシタ。ワタシはボブ=キタエイリですネ! ヨロシクー!」

 

「よろしくね、ボブさん!」

 

「なにやらかしてるの美樹さん!?」

 

 さやかの一発ネタの十八番、路地裏でクスリ売ってる怪しい外国人ブローカーの真似である。

ちなみにこのエセ日本語、実際に見滝原の裏路地に赴いてアンパンなるクスリを売りつけてくる相手と話して会得した純正エセ品だ。クスリ本体は見滝原七不思議に数えられている『田所さん家の花壇に時たま現れるスライム的生物』にぶっかけてみた。なんかインテリみたいな顔になって会話ができるようになったが、めんどかったので近くの家の窓に投げておいた。その後はどうなったのか知らない。純正エセってなんだろうか。

 

「ソレニシテモ、ソコの小娘サンたち、ワタシとても感動しましたネー! ヨーソロ、ありがとゴザイマシター!」

 

「うんうん、もっと褒めてくれてもいいよ!」

 

「あらやだ、とても嬉しいわ! 」

 

 しかもそのまま褒め殺し始めた。ほむらは戦慄した。なんか昔から友達だったような気がする二人の仲は、こんなに適当なギャグパートのアホな爆発でぶっ壊れるのかと。

しかもついでみたいにマミまで巻き込んでいた。孤高のエレガントを装っているが実はただぼっちなだけなんじゃないかという疑惑のあるきれいな先輩はぞんざいにデレデレしていた。さすが鹿目さんなんかにコロッといってしまうだけはある。

 さやかはというと、懐からお弁当の箸を取り出して不器用にかちゃかちゃ動かし始めたり、ワサビをムースのように食べながら涙を流したり、無意味に忍者っぽい仕草をするパフォーマンスをしてインチキ外人っぽさを引き立てていた。何がチャメシインシデントだ。魔法少女知った人間の反応として不自然この上ない。

 

「ところでさやかちゃん、今度上条くんの病室に生肉を大量に持ち込みたいと思ってるんだけど、病院にナマニクって平気かな?」

 

「いや、そんなもん持ち込まないでよ……あ。」

 

「やーい引っかかったウェヒヒヒヒw」

 

 と思ったが予定調和なのであった。余裕でバレてたことにほむらは安心した。さやかも万が一に気づかれてない可能性が除外されて超安心した。

まあ、友達がアフロになってすすまみれだったら意外とわからないものだろう、気づいただけまだマシである。たぶんきっとメイビー。

 

「半信半疑だったからカマかけたかいがあったよ!」

 

「だめだったっ!?」

 

 ほむらの絶望の叫びだった。

 

 

 

「で、さ。まどか、あんたは魔法少女なの?」

 

「うん、そうだよボブ。私は生まれ変わったジャイアントまどかなんだ」

 

 告白はあっさりだった。そうめんくらいあっさりしてた。

 

「Oh...big monster ! HAHAHAHAHA……、それはもういいよアホ!」

 

 それについてのさやかの順応性はえらく高かった。まず魔法こそ実際に見てはいないものの使い魔と戦ったし、さやかも非日常の心得が若干ある。なによりほむらが引き回されて苦労していると言っていたので、凄まじく傍迷惑なまどかが魔法少女と聞いてマリアナ海溝より深く納得した。あの娘びっくりするほどハタ迷惑だもんなァ、しょうがないよね。

そんな諦めチックな考えと共に、さやかの中でのマミの扱いも決まった。まどかの同種……と。うわ疲れる、勘弁して欲しい。

 

 そんなわけなので、結局この日さやかはあまりマミに触ろうとしなかった。賢明な判断である。

 

 

 

「巴先輩、元気出して下さい」

 

「でもでも……暁美さん……ぐすっ」

 

「ほら、ブラックサンダー食べますか?」

 

「モロゾフのプリンじゃないと食べない……」

 

「はっ倒しますよ先輩」

 

 そしてほむらの胃へのダメージ量は増加した。あはれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほむらちゃん、おはよー」

 

「おはようございます、鹿目さん。でもキュゥべえの脳天に釘を打ち込んでベルトをつけてポシェットにするのはどうかと思う」

 

 

 翌日。さやかは魔法少女と魔女の存在を知り、ほむらはマミをなだめるためには5円玉を糸で吊るしてぶらぶらさせるのがいいと知った次の日ともいう。

 

 しかし彼女たちが世界の真実を知っても日常は何事も無く続いていくのだ。いつも通りに起きたまどかはいつも通りに登校して、いつも通りにほむらやクラスメイトの仁美と合流し、いつも通りマミが背後15mくらいをストーキングしている。ただし仁美はほむらとまどかが念話してたらまたぞろ関係を疑って逃げ去って行った。いつも通りだ、たぶん……。

 ただひとついつも通りでないことといえば、さやかの姿が見えないことだろう。

 

「どうしたんだろうね、さやかちゃん……」

 

「それは……まあ、あんなことがあったら普通の娘はショックで休みたくなると思うのだけど……」

 

 あの図太そうだったさやかがそんなにヤワなわけはないと思ったが。だってまどかの友だちを長らくやって来れたなんて、並大抵の精神構造でできるワケがない。よってほむらの中ではさやか=表面上ややマトモな異常者である。だいたいあってる。

ただ、そもそも魔法も何も使わずに爆弾とゴルフクラブで魔女を爆殺撲殺しているほむら自身が異常者とか変態とかそんな感じのサムシングエルスであることには気付いていない。魔法使おうがうどんで魔女を殺してる連中やよくわからないけどビーム撃てる一般(仮)少女が隣にいるので気付かないだけである。悲しきかな。

 

 

「お、おはよー……」

 

 教室について十数分後、仁美も戻ってきて話に加わってる辺りでようやくさやかが入ってきた。

骸骨のようにこけた頬、悪鬼羅刹のように落ち窪んだ眼。今にも死にそうなそれは、ぐったりとでろでろ机にもたれ掛かって言った。

 

「み、美樹さん!? どうしたの、寝れなかったりしたの?」

 

 本当に寝込んでいた!? 思った以上に繊細ナイーブガラスハートの十代だった!? ほむらは驚愕のあまりびっくらこいてパチこいた。何が起こったのかは依然として不明ではあるものの、マジビビってるのである。

 だって割と気にしなそうだし、ビームまで出していた少女が今更何をどの口でという印象なのだが、落ち込んでいるのならばアフターケアまでするのもやぶさかではない。

というか魔法少女二人プラスワンの中では、なんかぞんざいにビルから飛び降りようとしていた女性とかのアフターケアをしてきたのは彼女なのだ。いまさらもう一人くらい増えたところでどうということがない。友人なのは若干面倒かもしれないが、だいたいおおむねそんなもんである。

 

 

「いや……ちょっとダイエットを始めて……」

 

「昨日の今日で!? 心配して損した!」

 

 

 ただのダイエット少女だった。確かにガラスの10代ではあるような気がしなくもない。

 

 

「いやねー、ちょっとゴハン抜いてみたら想像以上にキツくて……」

 

「さやかさん、干しシイタケだったらありますけど、減量に食べますか……?」

 

「いや仁美、いらなもがっ……!?」

 

 しかもお嬢様が某ボクサーの減量法(仕上げ)まで提供しようとしていて頭が痛い。

しかも答えも聞かずに必死に口の中に干しシイタケを突っ込み始めて、ほむらですら突っ込み方に窮し始めた。

 

「これでもう唾も出ませんわ!」

 

 もが……っ! さやかの声なき悲鳴が宙に掻き消える。ほむら唖然、仁美イキイキ。

というか苦しみに歪んでいるさやかの顔を見るのが好きなのは、ひょっとしてアレだろうか、ドがつく変態なのだろうか。でも不覚にもさやかはMっぽいと思ってしまう耳年増こと病室系読書少女ほむらちゃんであった。

 

「やめて仁美ちゃんっ! さやかちゃんを殺さないで!」

 

 ――そこに終止符を打ったのは女神の一撃。

さやかの口からむんずと干しシイタケを引きずり出し、必死に水分を叩き込む。

水分補給の大切さを胸に秘めた彼女は、唾も出ないほどに減量するその行為が如何に危険な行為かよく知っていたのだ。でも、だ。

 

「鹿目さん、いくらなんでも学校に干しシイタケの戻し汁だけ持ち込むのは私、どうかと思う……」

 

 内なる自分ですらドン退きなのか黙っているというこの現状がどれだけ異常なものなのか、彼女はわかっているのだろうか。ぶっちゃけ最近は寝るときいつも体の中から『マドカマドカマドカマドカァ!』と怨みにも似たおどろおどろしい声が聞こえてきて寝不足だというのに。初期なんて悪いものにでも取り憑かれたんじゃないかといつも部屋でガクガクブルブル震えていたというのに。もういい加減慣れてきて「隣の部屋の深夜のテレビの音、うるさいな」くらいにしか気にしていないけど。『マドカマドカマドカマドカマドカマドウマ』あ、復帰した。うっさいよアホ。

 

「それで、結局美樹さんはどうしていきなりそんなことにしてるんですか?」

 

 埒があかないので、一番大切なことをずばっと切り込んでみた。

昨日までむしろ元気印がキャラ付けの根幹だったような少女が、一日経ったらゾンビみたいに教室に入ってくるまでダイエットしてるという異常事態を疑問に思わないかと言えばウソになる。

 

「いやぁ、あのビームなんだけど、一つだけ代償があってね……」

 

 ごくりと唾を飲む。なにせ魔女の使い魔を一発で吹き飛ばすビームだ。ほむらだって自家製の爆弾とゴルフクラブの重みによる遠心力を利用して屠らざるをえないバケモノどもを、まとめて数体消しとばす威力を秘めたビームなのだ。悪魔と取り引きしたのか何なのか知らないけど、それなりに重いナニカが……!

 

「一発撃つごとに体重が1キロ増える」

 

「地味にヘヴィな代償だった!?」

 

 だからダイエットなんてしてたのか! 納得とともに戦慄した。

使っていたらいつの間にかおデブちゃんになっちゃうなんて考えたくもない。ほむらの場合はむしろもうちょっとリハビリ上体重を重くしないといけないのだが、それでも体重を増やすことには抵抗が残るお年頃だ。最近悲しいかな魔女退治に引き回されたおかげで筋力がついて、結果的に健康になってたりもするが、どうにも認めたくない。

 

 

「そんな、じゃあそのまま使い続けてると、いつかぶくぶくに太っちゃうんですか!?」

 

「いんや、一応スリーサイズは計ってみたけど、前と変わってなかったんだけど……重さだけが……」

 

 そこはさやかは伏せたままで手をひらひら振って否定した。地味に元気なさやかを見てちょっと安心したほむらであった。

そんでも外見変わらず体重だけが増えていくというのは恐ろしい。なんともホラーちっくだ。これでも常識派を自称するほむらとしては、最近物理科学が意味があるのか疑問に思えてきた自分の感覚にさらにオプションを加えそうな現象というのはそれだけでこわい。

 

 

「あれ?」

 

 ふと気づいたように、のーみそうどん色なまどかが声を上げた。

どうでもよさそうに机の中から桜エビを取り出してむしゃむしゃ食べながら、ぽつりと呟く。

 

「別に体型が変わってないならダイエットする必要ないんじゃない? 着れないお洋服ができるわけでもないんだし……」

 

「……」

 

 さやかは突然唸り始めた。そりゃあ軽い方がいいけど、それで美容が保てなくなるかと言われるとそうでもないわけで、お腹が出たりはせず体型で問題は起こらないわけで、でもやっぱ軽い方がいいわけで、でもダイエットは辛いわけで……。

 

「まどか。」

 

「うん?」

 

 決意を固めた様子で眼に光を灯し、さやかは顔を上げた。

そして、イイ笑顔で言ったのだった。

 

 

 

 

「かき揚げ一丁」

 

「へいお待ち」

 

 

 

 

 

 

 1秒で出てきた、濃厚な干しシイタケの出汁が深みを与え空きっ腹に染み渡る旨さを醸し出しカラっとあがったかき揚げのサクっとした食感がそのコシとほのかな素材の味を惹き立てる上質な手打ちうどんを啜りながら、彼女は幸せそうな表情を浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なおこれ以来干しシイタケのうどんがクセになってしまって、実際に体型も体重も増加してしまったトロール・ザ・美樹さやかが誕生してしまったことは完全なる余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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