この魔法少女どもはアホである。   作:輪るプル

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杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!

「うう……近道しよう」

 

 暁美ほむらの一日は、今日も今日とて魔法少女体験ツアーという名のツッコミ業務に精を出し、微妙にゴルフクラブで使い魔を殴り殺したりしながらせき込んで死にかけて終わってしまった。

最近ではどうにも、体が弱いはずなのに全力で動きまわって雑魚の掃討をすることが増えてきたような気がする。というかボス相手に高速機動戦闘とか仕掛けるのはいいんだけど、その時の取り巻きを無視して突撃するのいい加減にやめてもらえないだろうか。

 基本、魔女の使い魔ってものは見逃したら魔女になって後で周りの人間を食うとかそんな感じだったような気がする。そんなことにさせるわけにはいかないので、なんか結局一般人であるはずのほむらがマミに魔法で強化してもらったバットで足止めをしていたりする。

巴先輩、お願いですから勝った後の余韻に浸ってないであの使い魔たちをなんとかしてください死んでしまいます。まどかもオーバーキルごっことかより先にすることあるでしょう死んでしまいます。

 

 そんなことをしていたらつい遅くなってしまい体ボロボロ心はしなしなの状態で、近道して少しでも早く帰ろうと、ゴルフクラブと爆弾あるし大丈夫だろうと思って迂闊にも裏路地へと踏み込んでしまったほむらを誰が責められるというのだろう。

――まあ、例え責められなくとも、魔女というものを見すぎて物質界の常識的な相手への警戒が緩んでしまったツケは強制的に払わされることになるのだけれど。

 

ずざ……。

 

 足がアスファルトを踏み、軋ませる音が背後から響いてくる。通行人? それとも実はすでに結界の中に引き込まれていて、使い魔か何かの足音?

なんとなーく、ほむらは嫌な予感がした。どれくらい嫌な予感かというと、まどかが楽しそうに小麦粉を持ち出しているときくらい嫌な予感。

 というかね、とほむらは思う。武器を持ったから大丈夫だとか言いながら一人で裏路地を通るなんてことしてたらね、何かよくわからないけど悪いことよ起きろって言ってるようなものだよね。私がもしゾンビもの映画の登場人物だったら、「なんだこの音は、少し見てくる。なぁにちゃんと銃も持っていく、大丈夫さ。愛してるよケニー」とか言って死んでる役だよね。

 

 うん、結論から言うと、ここはたぶん魔女の結界違いない。

別に不思議な背景の空間になったわけではないけど、きっと使い魔に襲われるにちがいない。おやくそくってやつだ。

 ある種確信的な予感を持って、ほむらは万感の思いで振り向いた。

 

 クマがいた。

 

「ってクマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 どうしよう……ここ、町だよね? 裏路地だよね? 何で熊が出るんだろう。

しかもなんかやたら大きな熊だ。胴は土管くらいあるし、腕はほむらが腕を回してぎりぎり届くくらいにどん太い。

ぼうっと町中に熊がいる理由を考えていたほむらはハッとした。熊が目の前に立って、その丸太みたいに大きな腕を振り上げているのだ。

 

「わっ、わっ……!」

 

 転がるようにして剛腕の振り下ろしから逃れると、地面がめきめきと音を立てて砕け、暴風となってほむらの頬を叩いた。使い魔もすごいけど、やっぱり熊は怖い。

山で出会ったら死んだふりをしろというけど、実は別に死んでいても襲ってくるので正しい対応は目を合わせたままじりじり下がることらしい。実行すべく背中のゴルフバッグから対・使い魔用撲殺アイアンを抜いて、ゆったりとヘッドが地面に擦れるように下ろして構える。

 

「えいっ!」

 

 ぶおんと風音を立てて伸びる腕を外から内に払うようにアイアンで殴りつけていなしながら後ろに跳び、バッグから手製のフラググレネードを取り出してスイッチを入れて起動、その目めがけて投げつけた。

使い魔を相手にするときは大抵これでかたが付く。だけど

「グルガァァァァ!」

 

 化け物か。というか化け物よりも化け物らしくないかな!?

右目から血を滴らせながら、傷を負って逆に興奮したらしく猛突してくる熊を相手に、ほむらは顔を引き釣らせた。

なるべくなら使いたくなかった2本目のゴルフクラブ――ドライバーを取り出して、体の捻りに乗せてアイアンの反作用まで使って思いっきり横面に叩きつけて進路を逸らす。――ここまでして逸らすのが精一杯で、ほむらは車にはね飛ばされたかのように吹き飛んだ。

 壁に思いっきり叩きつけられて視界が霞む。あ、これ駄目かも。「ダメ人間な私はいっそ死んだ方がいいよね」とか最近は思わないが、これは死んだような気がする。

 あーあ、生涯の悔いかぁ……それこそ死ぬほどある。

 まずまだ恋愛とかしてない。いかつすぎる男の子もアレだし、線が細すぎる男の子だとただでさえ風が吹いたら折れそうな自分と一緒にいちゃ共倒れしそうでヤダ。

 親友とかできたことない。結構な割合で心臓病入院を繰り返していたため親しくなれなかったり、しまいにはクラスに登校すると「誰……?」とか言われたりする。

 あと、一回くらい海で泳いだりしてみたかったなあと言う微妙な願望。泳げないから自由に泳げるくらいに練習するとこまで含めてだけど、やっぱり溺れるの怖い。

 

 そして最近のことを走馬燈のように思い返す。ほむらは思わず涙が溢れそうになった。なんで私、病弱だったような気がするのに熊相手にそこそこ戦えてるの? あの頃のふつうの私はどこに行ったの? そもそもなんで私、うどん云々言い始める変な女の子と付き合ってるの? でもなんとなく離れられなくなってるの?

『マドカマドカマドカマドカァッ!!!』やかましい内なる自分に頭の中でフタをして、グリズリーを睨み据える。

 

――こんな、こんな場所で死んでたまるもんか!

 

――殺してでも、なにしてでも生き残ってやる!

 

「仕方ねーな……」

 

 決死の覚悟をしたまさにその時に、鎖に繋がれた切っ先が現れて横合いからグリズリーを吹き飛ばした。

 その元を目を動かして辿ると、鎖を伸ばしたナガモノを携え赤い戦装束を纏った魔法少女の姿があった。

たぶん、かなりキャリアを積んでるんだろうな。戦いに入っても自然体でいるその態度から、なんとなくほむらはそう感じた。

 戦うときでも態度が普段通りの連中は歴戦の魔法少女だ。

巴先輩とかいつもあんなんなのでどうにかしてほしい。鹿目さんも……あれ? あの娘は新米だった気もする。でも戦いながら魔女をうどんで爆破するのは……。

 

 

「さて、命を助けてやったんだ。礼ってものがあるんじゃないのかい?」

 

 ニヤニヤと悪ぶって笑いながら彼女が近づいてくる。

魔法少女っぽくはないけれど、助けたら礼を要求するその人間っぽい態度に、ほむらはどこか安心した。

 ちなみにほむらにとって魔法少女っぽいとはアタマおかしいの意である。サンプルがまどかとマミ。当然の帰結である。

 

「あ、ありがとうございます……、いったいなにをすれば」

 

「アタシは自分のためにしか魔法を使わねー。オマエが使い魔に食われるのを待つのもそうだけど、礼っていやぁ金ってのが世間サマの常識だろ?」

 

「53円でいいですか?」

 

「いいわけあるかッ!? スーパーで安く売ってる缶のコーラですら飲めないじゃねえか!」

 

 そういわれてもほむらは困ってしまう。

 

「じゃあリンと硫黄とかどうでしょう?」

 

「それはどんな礼だよ! リンとかあたしに園芸でもさせる気かっ!?」

 

「いえ、主に爆弾作る用途で使いますけど……」

 

「なお悪いだろうがっ!」

 

 割と今月自由にできる全財産を払って材料に変えてきたばかりのほむらでは、それ以外渡せるものがない。

うーん、困った。わがままな人だなあ……とほむらは頭をひねる。

 

「なんかあんた、すごく理不尽で失礼なこと考えてないか?」

 

「気のせいですよ」

 

 そういうことなら事前に助けたときに払う報酬を確認してから助けてほしかったと思うほむらである。いや、そんなことしてたら死んでたけども。

せめてどこかで妥協点が欲しい。お金はもう全部火薬の原料とシャーシと鉄片に変わってしまったのだ、ほかのものでないと払うに払えない。

 

「なら食い物でいいよ。ちょうど腹が減ってきたところなんだ」

 

「あ、なら私の革靴でいいですかね」

 

「食えれば何でもいいとは言ってねえぞ!?」

 

 あれもだめ、これもだめ、と。これだから魔法少女って人たちは……ほむらは悲しくなった。

言っちゃなんだけど巴先輩も鹿目さんも人格的に問題がないとは言えない。というか相当アレだ。

 

「はぁ……いったい何で払えばいいのやら、私にはもう見当もつきません。どうしましょう」

 

「あたし、そんな仕方ない奴を見るような目で見られるほどのこと要求したっけか……?」

 

 ほかに食べられそうな所持品……。うーんと唸って、一つだけ心当たりがあった。

 

「あ、ひまわりの種ならありますけど食べます?」

 

「あたしはハムスターじゃねえ!?」

 

 まあ食べるけどさ、と結局殻ごとボリボリ始めた。悪ぶって肉食っぽい雰囲気出してるけど小動物みたいでかわいい。ほむらの知る限り普通は殻を取ってから食べるんだけど、まあ本人がそれでいいならいいんじゃないかな。和むし。

 

 

 

 

「ところで――」

 

 ひとしきりポリポリを見て和んだ後、ふと呼びかけようとして気づく。名前、わからない。

 

「よろしければ、お名前を教えていただけませんか? 私は暁美といいます」

 

「おう……? あたしは佐倉杏子だ。よろしくな、暁美」

 

 嫌な自分の名前をほむらはあえて略した。

 

まどかに初対面の頃「いいじゃん、ほむらちゃん。かっこいいじゃん。なんかカスタムロボで病気の女の子をさらって違法研究したあげくに、フル違法装備のお手製自律機動ロボを子供に打ち負かされて、ほかの幹部たちが気絶してる中で一人だけ無傷なのに戦意喪失してるネクラメガネガリ男~~って感じでさっ!」と言われてトラウマを負ったからである。

 でもここまでボロクソに言われたこともなかったので逆に清々しい気分になって今まで友人をしていたが、考え直すべきだろうか。

まあ少なくともおかげさまで名前負けしてるとだけは思わなくなったけど。ネクラ研究者メガネとかぴったりだし、魔法少女になった暁にはドラゴンガンを違法改造しないといけない気さえしてきたくらいだし。まあ気の弱いほむらはたぶん、病気の女の子をさらったりしたらその時点でびくびくして気絶してしまいそうだが。そんなことをグリズリー相手に大立ち回りしたあとで思っていた。ヤクザ顔負けの肝の太さだ。アホである

 

「あの、佐倉さん。あなたも魔法少女なんでしょうか……?」

 

「見てわかんねーかよ、あんたも魔法少女なんだろ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 場が沈黙した。互いが互いに「わけがわからないよ」と思っていることだろう。

 

「あ、いや……そもそもグリズリーなんて相手できるのは、相当な武闘家か魔法少女くらいのもんだし」

 

「えと……私は普通の女の子ですけど」

 

「まず普通のヤツはグリズリーに遭遇したら戦わねーな」

 

ごもっとも。

 

「そもそもここら一帯のグリズリーは逃げる者がいたら追わないのが常識だろ、なんで自分から向かっていったんだ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 またしても認識の相違である。と言うかここら一帯ってなんだ。

 

「はぁ……あんたモグリだろ、ぜんぜんわかっちゃいねー。見滝原には来たばっかりか?」

 

「えっと……まあ、そうなります」

 

 時たま頭の中でわめきたてるもう一人のほむらが『マドカマドカマドカマドカマドカ そこ左よ マドカマドカマドカァ!』とわめき声の中に道案内を入れてくれるから迷わないですんでるけど。なかったら確実に迷ってるくらいには御滝原には疎い。

 

「御滝原の路地裏3大エンカウント注意対象と言やぁ、伝説の格闘ホストショウさん、所かまわず衝動的に飛び降りてくるOL、さまよう人喰い巨大グリズリーと相場が決まってるんだ。覚えとけよ新入り」

 

「何その怪しい生物群!?」

 

 御滝原怖い! ホストはともかく、OLさんはなんで飛び降り自殺で降ってくるのがエンカウント率高いことになってるの!? しかもあの熊人食べるんだ、なんで放置されてるの! とかいろいろあるが、そんなことより恐怖が先立つ。

 

「OLは大抵魔女の口付けのせいで自殺するんだけどな……そいつだけは飛び降りては生き残りを繰り返して味をしめちまって、今ではエクストリームスポーツの一種として飛び降りを楽しんでる」

 

「そっちじゃないよ、と思ったけど怖っ!? そのOLさん絶対に何かの病気だよ!」

 

「飛び降りという行為への恋の病ってか?」

 

 なんかうまいこと言った、みたいな顔してるけど何も上手くないどころかどこかかかっていたか疑問になるほどに意味が分からない。

 

「で、とにかくあんたは魔法少女じゃないのか?」

 

「は、はい……。一応素質はありますけど、まだけ、契約とかはしてません」

 

 改めて魔法少女の契約とか、口に出すと恥ずかしさがこみ上げてくる。なにそれ、どこのファンタジー?

 

「その割にはそのゴルフクラブ、やたら魔力を感じるんだが。しかもフィーリングどす黒め」

 

「……」

 

 心当たりなんてない。ほむらとしてはただ単に魔法少女コンビが倒し損ねた連中から身を守るために持っていただけである。

そして防衛がてら何度も倒した記憶はあるが、いちいち特別な何かがあったかと言われると……。あ。

 

「ひょっとしたら、使い魔を何度か殴り倒したのが原因かも……知れません」

 

「……お前、魔法少女じゃないんだよな?」

 

「ええ。」

 

 何を当たり前のことを。

 

「……なんか付与魔法でも受けたのか?」

 

「いえ……そういう気の利く人だったら良かったんですけどね……」

 

 正直に話した。生身の人間を呼びつつ放置する魔法少女の悪行を。

 ホント、生身で使い魔と向かい合わせないでください、巴先輩。死んでしまいます。ほむらは悲しみに暮れた。よく生きてたな、と自分で自分を賞賛したくなる。

 

「みんなでたらめな人ばっかりで……魔法少女でマトモそうな人を見たの、私初めてです」

 

「おめーも十分デタラメだけどな……」

 

 すごく理不尽な扱いを受けた気がするほむらである。

もっとも魔法なしで使い魔を殴り倒す変態への評価としては妥当であったが。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ。

 

 現在のほむらの手持ちでは賠償とか無理なのが事実であり、そこをどうにかする手段なんてものは存在しないのは確かだ。

だが家に帰れば、一通り自前でごはんを作るだけの材料はそろっている。

 

 そこで妥協案として、ほむら住むアパートの部屋の住所だけ教えて後日、杏子に訪れてもらい、そのときにごはんをご馳走するという話になっていたのだ。

ほむらとしても命の恩人に何も返せないのは心苦しいので願ってもみない話である。

 ただ、誤算があるとすれば。

 

「どうしよう……体が動かない……」

 

 布団から立ち上がる。全身がひきつるように痛い。腕を持ち上げる。ミシミシ言う気がする。顔を洗おうとする。腕が肩より上に上がらない。

病気なんて大げさなもんじゃない、尋常ならざる筋肉痛である。最近はわりとよくあることとはいえ、体が動かなくて生きるのが辛い。

 というかアレなのだ。二刀流が特に悪いのだ。片手ずつでゴルフクラブを振るせいで腕も肉離れ気味に痛くなるし、気合いを入れて振るから腹筋も背筋も、踏ん張った足も痛い。全身油の切れたロボットみたいにギシギシいう。

 

「いっそのこと死んじゃった方がいいよね……」

 

 そんくらい痛い。というか声出すだけで腹筋が痛い胸筋が痛いあとついでにこんなに役に立たない自分で心が痛い。

洗面所に行っても痛みと可動域で髪もセットできないし顔も洗えない。気分をさっぱりさせようと歯みがきしようとしてもできない。出来の悪いフィギュアかなんかか私は。

 

「老けてくると筋肉痛がくるのが遅くなるって言うけど、そっちの方がよかったんじゃ……」

 

 愚痴もでてきてしまうものだ。

 とりあえず学校は無理だと判断して担任の和子先生に携帯から電話しておく。「カスタムロボはV2とゲームキューブ、どちらですかはい暁美さん!」とか言われたので「DSのものがいいと思います。友達いなくてもネットで対戦できますから」と答えて電話を切っておいた。電話の向こうから「どれでもよろしい!」とわめく声が聞こえたものの気にしないことにした。いいもん、どうせ私はホムラだから。

そういえば結局欠席の旨を連絡してなかったので、鹿目さんにメールしておこう。

 

 

 とりあえず文字通り箸より重いものが持てなかったので調理もできず、酸っぱさが疲れた筋肉によさそうだったので梅干しだけ食べて寝ておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐつぐつ。ぐつぐつ。とんとんとん。じゃばじゃば。じゅううう。かちっ。

 

 そんな音でほむらは目を覚ました。時計を見やると4時ほど。もう授業が終わっているくらいだ。相変わらず全身の筋肉がびきびき悲鳴を上げていた。朝から梅干しひとつしか食べていなかったために、おなかも悲鳴を上げている。どこからか漂ってくる香ばしい香りに、ほむらは涎がでそうになった。

 

「あ、起きたんだほむらちゃん。おはよう」

 

 鹿目さんがかきあげを揚げていた。香りの源、発見。

というかなぜいるのだ。

 

「お休みってことだったから、心配になってお見舞いにきちゃった」

 

 ティヒヒ、と笑うまどか。そうか……お見舞いか……。本気で動きたくないほむらには実にありがたい。

 

「さやかちゃんは別のお見舞いがあったみたい。上条くんのお見舞いを探しにCDショップ回りに行っちゃった。あ、上条くんは天才ギタリストだったんだけど、怪我で今入院してるの」

 

 ギタリストだったんだ。てっきりバイオリニストかと思ってた。

 まあそれはいい。とにかく鹿目さんがきてくれただけでもありおがたい。

ありがたいけれど、でも少なくともほむらには合い鍵とか渡した記憶はないのだが。

 

「うーん、ほむらちゃん、ちょっとこのアパート不用心だよ。セキュリティに一般的なダブルピンタンブラー錠が二つだけだなんて……、これなら私だと30秒もあれば開けられちゃう」

 

 それはあなただけだ。アホである。

それは置いておいても問題ならまだまだどっちゃりある。なぜそこでかき揚げを作っているのか、なぜうどんを一からほむらの家で打って作っているのか、そして、なにより……。

 

「グゥガ! ガルァッ! グルルルルゥ……」

 

 なぜグリズリーがくつろぎの我が家でうどんを唸りながら食べているのかだよ!?

なんかわざわざ窮屈そうに体を縮めながら爪でひっかけて器用にうどんをすすっているグリズリー。世界中どこに行けば見られるのかさっぱりわからない光景である。香川とかか。すごくうどん県民に失礼なことを考えたほむらであった。

 

 え? なんなの? なんなのこの光景? 怖いよというか超怖いよ!

筋肉痛がひどすぎて寝てたらいつの間にか隣でグリズリーがうどん食べてるとかどんなだ。よく食べられないで生きていられたねとほむらは自分の運のよさを天の神様に感謝した。白いドレスを着て弓を持った長髪のまどかが微笑んでるような気がした。

ちがう邪魔だよあなたじゃない。『マドカマドカマドカマドカ』うるさいだまれ。脳内で闇人格を縛ってさるぐつわを噛ませるイメージを持ったら黙った。縛ったのはほむらなのになんか鹿目さんを想像して悶えてた。お前はそれでいいのか。

 

 

 

 

「ほむらちゃんの分ももうすぐできるから、待っててね」

 これだけ無茶な部屋の使い方をしているのに、カラッと揚がったかき揚げをキッチンペーパーに広げて油を落としながらうどんをゆでる彼女の姿は堂には入っていて、もはや何がこの世で正しいのか分からない。

 それでもこのかぐわしき香りを立てるほかほかのうどんを食せるというのなら少しはいいか、とも思った。

だってそうでしょう? ぶっちゃけご飯を作ったり外食したりするどころか、硬いものを顎が受け付けないし消化の悪いものは胃が受け付けないような状態だ。そこでやわらかくて消化に良い、しかも無闇に作りまくるだけあって味の保証もしてよいうどんを用意してくれるというのだ。渡りに船である。

 

「はい、どうぞ」

 

 ちゃぶ台にとん、とどんぶりが置かれた。丁寧に煮干しと干し椎茸でとられただし醤油の香りにほのかに混じる刻みネギのアクセントが食欲をそそる。

そしてからっと揚がった揚げ物の香ばしさがまた、その味への期待をイヤでも促進させてくれる。

 

「いただきます」「はい、どうぞ召し上がれ」

 

 ウェヒヒという笑みに促されて、箸を持ってずずず、とまずつゆをすする。香りとうまみがしっかり自己主張しながらも決して強くない優しい味だ。そしてかき揚げもさくっとやる。エビのぷりぷりとした身に、その脂と旨みでともすればこってりしすぎてしまうところを、大葉という涼風がそれを押し流してくれて、減退した気力に食事の活力を教えてくれる。

 

「だが、違ゲェな……。鹿目まどか、これはアンタの全力じゃないはずだろ?」

 

 隣に座った杏子が出された二杯目に口をつけ、不満げに鼻を鳴らした。

 

「ダシと調和するためにはあと塩分がひとつまみ足りていない。それに何だ? この腑抜けた麺は。シコシコとしたコシが足りてねえだけじゃあないな。何故、なにゆえにここで妥協しやがった!」

 

「それはいいんだけどいつの間にしかもどこから湧いてきたの佐倉さん」

 

 まどかに追求する杏子の顔は厳しい。

ちなみに杏子に突っ込むほむらの言葉は冷たい。

 

 本当にどこからいつから現れていたのか謎だった。

しかもまどかは柔らかい笑みでその言葉を受け入れたまま動かない辺り、なんかもう既に知り合いらしい。

 

「あの約束を果たしてもらいに来たんだが……暁美、どういうことだオイ! こいつは冒涜的だぞ!」

 

 杏子は胸ぐらを掴みあげた。グリズリーの。

ねえ、佐倉さん。どうしてあなたはそっちに行ったの? 私じゃなくて鹿目さんでもなくてグリズリーに掴みかかったの? 今死ぬほど痛かったから助かったけど。

 

「アンタもアンタだ、グリズリー! アンタは見滝原の裏路地に名高い美食家、人を食うとき肉を食うのは女と子供、成人男性は煮込んでダシにしてシチューを作って食う、まず真っ先にフィレを狙いにいくっていうグルメグリズリーじゃねえか! そのアンタがうまそうにこんな冒涜的なうどんを食っててそれで恥ずかしくないのか! 誇りを捨てたっていうのかよ!?」

 

 トリコに出てきそうな名前だね、とほむらは思った。グルメ細胞の移植を受けていないほむらで相手になるくらいだから捕獲レベルはあんまり高くなさそうだけど。

あと確かに肉は柔らかそうだけど、人間の倫理観的に考えて女子供しか狙わない野獣を褒めるのってどうなの? とほむらは疑問に感じた。

 

「グルルゥ……」

 

 むくり、とグリズリーは立ち上がった。そう、さっきの問への返答だ。そうに違いない。

そのグリズリーはがしり、と杏子の肩を掴み……。

 

 

「ああっ! 杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!」

 

 

――ガジガジと頭を噛んでいらっしゃる!?

 ほむらは頭を抱えたくなった。よく考えたら、というか常識的に考えたら野生のクマなんぞに知性を認めて温和な行動を求めたほうが間違いなのだ!

 

 まどかはその凶行に反応し、即座に麺棒を持ってグリズリーに攻撃を加えようと立ち上がる!

でもね、鹿目さん。なんで魔法の弓じゃなくてうどん用の麺棒を先に構えたの? 魔法少女になるのが先じゃないの? あと私が危険な時もそれくらい即応してくれない?

 

「近寄るんじゃねえ! これはあたしとグルメグリズリーの間の話だ、誰にも邪魔はさせねー!」

 

ガジガジ、と噛まれながら杏子は怒気を放った。

え、なに? 怖い。なんでこの娘、助けを拒んでるの?

 

「――クッ、やっぱりか……思念波が流れ込んできやがる……! ハン、それでいいのか、あんたは」

 

 そのまま齧られてる杏子が奥歯を噛み締め、何かを呟き始めた。

一般人のほむらには理解できない世界の話であるとしか言いようがない。

 

一体何が起きてるのか把握することすらめんどくさいので、しばらくほむらは眺めていた。

血がだくだく杏子から流れ落ちてるので、さっきからフローリングに血痕が広がりまくっている。これこびりついてとれなかったら、大家さんにどれだけ怒られるんだろうな……。ほむらは現実逃避気味にそう思った。く、だの、ふざけんな、だのと何事かグリズリーと話している女の子を見ていれば、世間一般の女子中学生はたぶん同じ事を思うんじゃないかな。

 

 そんな中、おもむろにまどかが立ち上がった。

 

 何をするのかと思って興味の向くまま見ていると、ごそごそと懐からポータブルのスピーカーと入力端子を取り出した。。

 

「杏子ちゃんには、ナイショだよ……っ!」まどかが端子を杏子の耳に突っ込んだ。

 ナイショもなにも、そもそも耳の異物感でばれるでしょ鹿目さん!? ほむらはそう思った。口には出さなかったけど。

しかも耳に端子を入れたままスピーカーの電池を入れ替えて、がちゃがちゃなにかしらやっている。

 いやこればれるとかばれないとかそういう次元ですらないよね。ほむらは頭を今度こそ抱えようとして、腕の筋肉を動かした時の激痛で倒れた。倒れた時の激痛で転げた。転げた時の激痛で転げまわった。転げまわった激痛で悶絶した。悶絶した時の激痛で……とにかく痛かった。

 

 ひと通りまどかがスピーカーをいじったあたりで、声が聞こえてきた。

 

『そなたは確かに誇り高い。食に対する妥協の無さは尊敬に値するといっていいだろう……』

 

 渋いバリトンだった。スピーカーの端子は、佐倉杏子の耳の中。

 

「マンガか何か!?」

 

 ほむらは思わず痛みすら忘れて絶叫した。現代機器にあんまり詳しくないほむらですら

 

 

『だが敢えて……敢えて言わせてもらう。言いたいことは其れだけか、と?』

 

 

 ごう、と周囲をプレッシャーが支配したかのような錯覚を覚えた。ぴくり、とほむらの痛みが痛みを呼ぶ悶絶スパイラルも終了する。

ありがとう、プレッシャー。ほむらは状況を理解できなかったが素直に感謝しかできなかった。なんか声出てるけど気にしちゃ駄目だ。

 

「ふざけんな! わかっているはずだ……こいつのうどんのベストがこの地点にはないことを! 望んでも得られねえ、そんな神の領域のうどんを作りながら、なぜここで手を抜いた! あんただって悔しくねえのか、同じ料理人として!」

 

 杏子が気勢を上げる。そもそもグリズリーは人じゃない上に人喰い料理をなぜそんなに認めてるのかさっぱりだ。

――はあ、やっぱり魔法少女は魔法少女だったか……。ほむらはため息をついた。

 残念といえば残念だったが、魔法少女=社会不適合者と言う公式がほむらの中では既に成立済みだ。周りにいたのが今横で微笑みながらスピーカーに魔法をかけてるこの友達とその先輩なのだから仕方あるまい。

 

『そなたは、本当に、それだけしか言うことがないのか……?』

 

 哀れみすら感じさせる声音で、耳に心地良いバリトンが問いかけた。

なんか既に場面はクライマックスらしい。

 

『そなたはまず、どうしても食を語る上で忘れているものがあるのだ――』

 

「なんだと! あたしがそんな……」

 

 ところで佐倉さん、そんなに頭カジカジ噛まれて気にならないんだろうか。やっぱり魔法少女だから痛くないんだろうか。

 

『――食べる者の、心だよ』

 

「なん……だと……?」

 

 あらジャンプのマンガっぽい。ほむらはもう傍観者気分だった。

 

『食とは何が為に在る? 生き残るためか?――そうだろう。だが、それならば食材があって、火を通して殺菌すれば事足りる。なればそこに食の本質はない。なればこそ本質は――食べる側の人間、その心だ』

 

 とつとつと語られる内容に、杏子はなんか打ちのめされていた。ほむらはこのかき揚げおダシにひたして食べるとおいしいなあと思っていた。

 

『そなたは忘れていた。ここにいて、このうどんが振舞われるべき少女のことを。そなたは忘れていた――その少女が弱り切り、病床にあったということを――!』

 

「な……なんだと!?」

 

 杏子はのけぞった。ほむらはつるつると麺をすすりながらやわらかくておいしいなあと思っていた。

 

『病床にあるがゆえ優しい味を出すための塩分控えめダシ濃いめ、弱った顎でも食べやすいようにあえて柔らかく煮込んだ麺、食欲が湧かずに栄養が足りていないが故に滋養のある海老と風邪からの回復力を高めるビタミンAを豊富に含んだ大葉のかき揚げ……、全ては、食べる者のためのまごころだ』

 

「か……は……っ!」

 

 なぜか杏子がダメージを受けていた。佐倉さんホントバトル漫画のキャラクターみたいだなーとほむらは他人ごとだった。

しかも私、風邪じゃなくて二刀流でやらかした筋肉痛なんだけど、と汁をすすって香りを楽しむ。

 

『そなた……否、佐倉杏子よ。そなたは優しい娘だ。常にその食を待つ者を意識する、ただそれだけで出来るはずだ……。新しい時代の、新しい時代のための、本質に迫った、人を笑顔に導くための料理を!』

 

「……大丈夫なのかな、あたし。もう一度みんなの笑顔を求めてもいいのかな……」

 

 グリズリーは涙をにじませる杏子の背を、やさしく、その逞しいというかぶっとい腕でぽんぽんと叩いてみせた。

でもグリズリーさん、あなたが噛んでるせいで佐倉さんの頭から流れた血が涙と混ざって血の涙になってるんだけど。

 

 

『さあ、涙を拭え! 笑顔を求めよ、そして食の地平線へ!』

 

「おう、師匠!」

 

 

 だん、とちゃぶ台を踏みつけて杏子は立ち上がった。そしてそのままグリズリーと共に走り出す。

人の笑顔が溢れる、希望の未来に向かって……!

 

 

 

「ところで、この血まみれのフローリング、どうしよう……」

 

「ほむらちゃん、とりあえずもう一杯食べとく?」

 

「いらない」

 

 

 

 

 

 その後、血痕が続いていた家ということで警察に事情聴取を受けた。

 

疲れた体に鞭打って掃除はしたけれど、ルミノール反応とか調べられなくて良かったなあと、ほむらは心から思ったのであった。

 

 

 

 

 

 

NEXT『わたしの、最高の友達』


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