この魔法少女どもはアホである。   作:輪るプル

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わたしの、最高の友達

 暁美ほむらは魔法少女でない。

願い事と引き換えに魔法少女にしてくれる怪生物であるところのキュウべえと契約してないし、もちろん不思議パワーも何もない。ただの貧弱な少女にすぎない。

 最近では飛んだり跳ねたり(と言うか死ぬ気で逃げたり)することで少し体力がついてきた感があるが、基本的にはヤワなパンピーのまんまである。でも、だというのに……

 

「絶対に繋いだ手を離さない、なぜなら人のぬくもりが心地良いから♪(意訳)」

 

 まどかが歌いながら突っ込んで、魔法的ビームの腕で八極拳っぽい動きをしながら使い魔を蹂躙し魔女の下へと進み、

 

「無限の魔弾よ……私に道を開いて! バレットゥラマギカ・エドゥ・インフィニータ!」

 

 マミが無駄に優雅にリズムをつけて舞い踊りながら、無数の銃弾を放ってまどかが進む道を作る。

だが、これは敵を殲滅するためのコンビネーションではない。

 

「こ、来ないで……っ! 鹿目さんは右側から行ったほうが使い魔が薄いから、そっちから行って早く魔女をなんとかして! 巴先輩はそんなに集中して撃たないでもっと広範囲に撒いてくれないとこっちに端っこの方の使い魔が来ちゃう……!」

 

 銃弾の雨でまどかの道を切り開くだけ切り開いてこぼれ落ちてきた使い魔を、ひーんと泣きそうになりながら改造した釘打ち機で撃ちぬいて掃討するのは一般人であるはずのほむらの役目である。

 つまるところこのフォーメーション、ビームラリアットで白兵戦を仕掛けたり弓とか使えないからと投げ矢で牽制を仕掛けたりと白兵~中距離を特手とするまどかを楔とし、主に中距離以上での攻撃力を発揮するがオールラウンダーでもあるマミが魔女へ楔を送り込む支援射撃と中衛を担当、冷静で視野が広く取れる(恐怖のせいで怯えてるだけなのだが)ほむらが司令塔となり残った相手の掃除も引き受けるというそこそこ完成された形である。

問題があるとすれば、それはあからさまに脆いヤツが一人いることであろう。殴られれば死ぬさ、にんげんだもの。みつを。

 

「来ないでって言ってるじゃないですかっ!」

 

 ごしゃ、と汚い音を立ててゴルフクラブが、タイヤみたいな使い魔の側面にめり込んだ。

ドライバーがジャストミートである。怯んだところにどすどすと釘が刺さり、しまいには近距離で爆発したフラググレネードの鉄片を受けて消滅した。

前線ではまどかが魔女に肉薄していた。歌は佳境に入り、全身全霊の思いを届けようみたいなことを歌いながらステゴロでぶん殴って黒い装甲の塊みたいな魔女をぶちのめす。

マミはくるくると舞いながらマスケット銃を次々と生み出し、ほむらの指示により優雅にまどかの近くの使い魔を撃ちぬいていた。

 

「とどめっ!」

 

 キャストオフされた装甲が銃弾のように飛んでくるのを、すべて見てから避けながら肉薄して放ったビーム的魔法ラリアットで魔女はあえなく撃沈、グリーフシードを残して消滅した。

 

 ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。ほむらは息を荒げてへたり込んだ。

しんどいのはいつものことである。一般人がムリしないで使い魔と戦えるわけがないのだから当然といえば当然だが、今日はまた一段と……。

 

「き、きもちわるい……!」

 

「え、ええっ!? いつもヤバイヤバイって言っててもなんだかんだ言って平気なはずの生き汚さではドクターワイリー級のほむらちゃんが本当に死にそうな顔色してる……っ!?」

 

「シグマウィルスばらまくよ、鹿目さん……うぅ……」

 

 鹿目さん、そんな風に私のこと思ってたのね……! ほむらは吐きそうになりながらも絶望した。どおりで扱いがろくでもないはずだ。しまいには3形態くらいあるドクロ型マシンに乗ってテロするぞ、なんて考えるだけの余裕もないくらい気持ち悪いが、シグマウィルスだけはばら撒きたい気分なのだった。まさに今ほむらの中ではパンデミック状態だからだ、うっぷ。実に器用な娘である。

 

「暁美さん、しっかりして! えっと、どうしようどうしよう……。こんな時はまず気道の確保だから寝かせた状態で頭を上にして……」

 

 マミがぐいっと、ほむらを寝かせて顎をカチ上げた。やめて巴先輩気道の確保とかじゃなくてそれ以前に気持ち悪くてまず苦しい。

そんな心の訴えすら顔色蒼白のほむらからは出てこない。

 

「マミさん、いいから早く家まで運びましょう!」

 

「ここからだと……えっとえっと、一体どこに運べばいいのかしら!?」

 

「ここからだとさやかちゃんの家が一番近いです!」

 

 だめだ、巴先輩使えない……。しかもさり気なく魔法少女じゃない美樹さんの家が候補に入ってる! 顔色グリーンなほむらはひとりごちた。

ちなみにほむらは未だに見滝原の土地勘が微妙で気づいてないが、実は病院はもっと近い。緊急事態に強いように見えて、実はさやかの家に運びたいだけのまどかなのだった。余裕があったら気づけただろうが、流石に病人にそれほどのツッコミを求めるのは酷というものだろう。

 

 とはいえ後々になって思えば、どうせ病院に行ってもどうにもならなかったため、実はそれが一番正しかったわけだが。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ちわーっす、三河屋だよーさやかちゃん!」

 

「ウチ配達とか頼んでないから! しかも今時そんな店見ないわ!」

 

――今だとむしろパルシステムとか配達全盛なんじゃないかな。

 

 ガン、ガンと正面口を殴りながら叫ぶまどかに、即座に窓を開けてさやかがツッコんだ。さやかの母は慣れた娘の友人(たまに家族のうどん鍋中に乱入してきて勝手に鍋奉行を始める)の声に、またかと呆れて編み物に戻っていた。

ほむらはこんな時でもさやかに心のなかにツッコミを欠かしていない。まるで芸人の鑑だ。顔色を緑色にしながらも突っ込む執念に感動するとかそういうの通り越してやっぱりアホである。

 

 まどかがほむらの顔を起こしてインターフォンに映し、「ほむらちゃんが戦隊物だったらグリーンになりそうな顔してるよ!」などと寝言をほざくと、さやかは大急ぎで階段を転がり落ちてドアを開け放った。

 

「何、ほむらがなんかえらいことになってるじゃん!? 早く入って寝かせてあげて!」

 

 人命優先というか、知らない仲じゃないというか、とにかく友達の酷い体調を見て動かないような薄情な女がいたならそいつは美樹さやかではない。共にアホのまどかに振り回されるソウルメイトを助けるのは急務だ。

おろおろしながらもお湯を沸かして白湯を3リットルほど作ったり、部屋のエアコンを30度に設定した上で石油ストーブとハロゲンヒーターと電気ヒーターを持ち込んで全力で稼働させてブレーカー落としたり、役に立ってるけど微妙に立ってない世話ばかり始めた。

 

 

「はい、みなさんが静かになるまで30分かかりました」

 

「なん……で……小学生……風に……言う……の……うっぷ」

 

 結局そこそこの準備が整うのに30分ほどの時間を要したという旨を、端的にまどかが表現した。

それに意地でもツッコミを欠かさない根性の少女ほむらを舐めてもらっては困る。何せ病室で延々と激しい運動を禁じられて鬱々としていた経験持ちだ、忍耐強くなろうものである。その忍耐強さを他のことに使えれば良かったのにね。誰もが思っても言わないことだ。

 

「それで暁美さん、大丈夫? 何か欲しいものはあるかしら」

 

「いえ……すごく吐き気があるだけですので……うっぷ。大丈夫です……。あと欲しいものは平穏です……」

 

「落ち着いてほむら、まどかの友だちになった時点で諦めるしかないと気づこう!」

 

 枕元に洗面器を置いた体調不良者に容赦なく鞭打つあたりさやかも鬼である。

淡い期待を抱いている方が身体に障る気がしたから粉砕したという事情もあるが今ので一気にその顔色を緑色にした。

 

「うっぷ……!?」

 

「ほむら、無理しないでそこの洗面器に出して平気だよ! ほら、背中も叩いておくし、お湯も用意してあるから!」

 

 さやかが優しくほむらの背を叩きながら上体を支えて洗面器へ導く。洗面器の底に書いてある「殺人事件」という達筆のプリントが若干気になるが、ほむらは黙殺し、ちょっとヒロインとして大丈夫なのかと心配されるようなソレをぶちまけようと口を開いた。

 

「ま……まどかぁ、こんな時は上下逆さまにして口に掃除機を入れるのがいいんだっけ!?」

 

「美樹さんそれはモチが喉に詰まった時の対応だからもう黙ってておう"えぇぇ……」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「だいぶ……楽になりました……」

 

 ほむらはちょっとアレを出したことで、頭痛も気持ち悪さも平衡感覚が崩れるような感触もまとめて消え去って、嘘のように楽になっていた。

ヒロイン的に大切なモノを失った気がしなくもないが、最近はゲロインなんていう単語も存在するはずなので平気なはずだ。問題なんてどこにもない。

というかただの体調不良でごく普通に起こるそれであるからして、仕方ないものである。長い間闘病を続けるとなかなか強かになってくるもので、ほむらの心にそれを恥じる気持ちなど欠片もなかった。

 

「うわー緑色してるねー……」

「ホントだ、ひでえ……人間の吐く色してないわこりゃ……」

「私、小さい頃にまだ生きてたお父さんに連れて行って貰うファミレスで、今飲むとおいしくもないっていうのに、メロンソーダを飲むのが好きでね……ふふっ、小さい頃から紅茶を嗜んでいたわけじゃあなかったのよ」

 

「だからって言って人の体から出たものをそんなにまじまじ観察しないで!?」

 

 デリカシーなんて言葉を魔法少女組に期待した訳じゃなかったけど、いくらなんでもそりゃあないってもんである。

ほむらが吐き出した身体に悪そうな緑色をしたゲル状の物体を観察するくらいなら、頼むから文字通り物理的に水に流して欲しい。

 

「いやでも、これは流石にどんだけ体調悪かったのか気になるレベルで……」

「そんなに客観的な汚物評価されても困るよっ!?」

 

 ほむらが涙目で懇願(しばき倒すとも言う)して、どうにかお手洗いへ移動する流れに持ち込むことが出来た。

 ……できたはずだったのだが。

 

 

『その必要はないわ』

 

 

 むくり。

 

 

 突如として、ほむらが吐き出した緑色のゲルが立ち上がった。

 

『どうもこの姿では初めましてのようね……。私の名前は暁美ほむら、気軽にゲルほむと呼んでちょうだい』

 

 全員の思考が空白に染まった。

ほむらは少し考えた後で、ひとつの結論を出した。それは。

 

「とりあえずお手洗いに流してから考えよっかな……」

 

『それには及ばないわ』立ち上がった手頃なぬいぐるみ大の緑ゲルに背後に回られて、計画はご破算となった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 このゲルの話をまとめるとこうなる。

ゲルほむは未来の世界から来たほむらで、これから1週間ほどで現れる最強の魔女『ワルプルギスの夜』を倒し、親友であるまどかを救うために何度もループしているとのことであった。

で、なんか知らないがループを繰り返す内に魂かどっかの情報が劣化して、こんなゲル状の姿になってしまったらしい。

 

「あー、あたしあんまり頭良くないからさ……。よくわからなかったけど、結局どういうこと」

 

「セワシくんの先祖をしずかちゃんにしようと過去にやってきたはいいけど失敗して結局ジャイ子とくっついちゃって、延々としずちゃんとのび太をくっつけるためにタイムマシンで戻り続けてる内に壊れちゃったドラえもんかな」

 

 まどかがざっくりまとめるとこうなるらしい。

さやかとゲルほむは結論をめぐって『どこまであなたは愚かなの!』「なにおぉーう、醤油かけてやる!」『やめなさい美樹さやか! ゼリーマンはキッコーマン醤油に含まれる塩分とアミノ酸のバランスで崩壊しやすいのよ!』「なんかごめん……正々堂々うりゃああああ!」とゲルVS生身で殴り合いのケンカをしていた。こっちはほむら的には安心してみていられる。だって殴っても殴られてもスライムだからケガしないし。あと食べ物は粗末にしないように。

なんかマミは何故か後ろの方で「苦労したのね……!」と涙していた。いい話なんだろうか、ほむら的には疑問である。だって一つ大きな危惧があるからだ。

 

「でも未来の私」『ゲルほむでいいわ』……本人的にはちょっとその呼び方気に入ってるらしい。

 

「どうして鹿目さんなの? さっきのお話の限りだと、巴先輩も一緒に命を落としてるんだよね?」

 

「もーほむらちゃんったら……わたしがほむらちゃんの一番の理解者で親友だからに決まってるじゃない」「寝言は寝ながら言ってね鹿目さん」

 

 一瞬で切り返したほむらに逆にまどかから好意的な視線が寄せられた。ひょっとしてツッコミ待ちだったのだろうか。

なんというか、確かにこれはこれで悪友っぽくていい。こんな関係はこんな関係でいいような、そんな気分になってきた。一番の親友だなんて認める気はないけど、確かにいい友だちだなーと思わなくもない。

 ちょっと疲れる相手だけれど、わるい娘じゃないし……。二人とも知らずと微笑んでいた。

 

――ぺにょん!

 

 などとまどかと見つめ合っていると、頬を張られた。ゲルで。痛くないっていうかむしろひんやりして気持ちいい。

 

『まどかを侮辱するんじゃないわよこのドグサレアマ、尻から拳銃突っ込んで豚の丸焼きみたいに体幹貫通するわよ』

 

 右手の中指を上に立てたゲルほむがやたらと強硬に主張していた。

 

『まどかがいかに魅力的な女の子なのかあなたにはわからないの? 雪のように白いすべすべでもっちりとした肌に、いるだけで華やいだ空間を演出する美しい桃色がかった髪、幼さを残したあどけなさがありながらも強い芯を感じさせる愛らしさと凛々しさというきわめて両立を困難とする美点の両方を内包した奇跡的バランスで 成立した面立ち、例え鼻が曲がっていたとしてもその気配だけで数キロメートル先から感知できそうなほどに芳しく人間という存在の根底を惹きつけずにはいられない甘い匂い、どこをとっても完璧な神の愛子ッ! この娘の前ではおおよそすべての女という存在――いいえ、女と呼ぶことすら恐れ多いわ、家畜ね。メスどもは霞むどころか存在を認めることすら憚られるわ! 遠くにいれば一目見たくなってキョロキョロ、近くにいれば匂いを嗅ぎたくなってクンカクンカ、クンカクンカしてればそのまま肌に舌を這わせてペロペリしたくなり、そしてそのパンツを脱がしてかぶってすべてを征服し征服された気分になりたくなる! 嗚呼、嗚呼――麗しのまどかっ! マドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカマドカァァァァァァァァァァァッッッッ!』

 

 陶酔ってレベルじゃなかった。

 

「やっぱりこれがあの声の原因だったのね……」

「どうしようほむらちゃん、割と今本気で気持ち悪いんだけど」

「うわ、あのまどかに気持ち悪がらせるとかスゲエわこりゃあ……」

「連れて行かれてしまったようね……深淵の闇の向こう側へ」

 

 ほむらは頭を痛め、珍しくまどかすら背筋を震わせる。無理だ無理、生理的に無理でした。

ちなみにこの件に関するダメージが最も少ないのはほむらだ。朝起きてから寝る時までぶつ切れに聞こえ続けてたのでおおむね慣れてる。

 

「ねえほむらちゃん……わたし、どうしてこんなのと友だちやってたの?」

 

 特に深刻なのは直接狙われたまどかだった。魔法少女が一般人の後ろに隠れたりしないで欲しいが、今回ばかりは仕方ないかなとも思わないでもない。

何せストーカーに狙われたようなものだ。隠れてやられないだけまだマシかも知れないが、目の前に見える脅威として出現されたらそれはそれで恐怖を募らせる。

 目がうつろになって怯えたまどかを見ていると、どこか苛立ちが募る。別にいじいじしたまどかが嫌いとかではない。というかほむら自身も他人のことを言えたような性格をしていない。

 

「あの、ゲルほむさん。そういうのやめていただけませんか? 鹿目さんに迷惑です」

 

 けれど、友人が怯えているというのなら毅然とした対応でかばうことができるくらいの度胸はある。

いっつもいっつも魔女戦に巻き込んで死にかけさせる主要因だが、これで病気と見れば看病しに来てくれたりするし、あんまり周りが見えてなくてほむらを殺しかけてるが街のみんなが殺されないようにと魔女と戦ったりしてくれているのだ。

――相手が自分自身だ、というのもほむらの中でなくはなかった。一応曲がりなりにも未来の自分がこんな受け入れがたい姿になっていることに対する嫌悪だとか憤りもあった。

 

『うるさいわね。あなたのようなネクラメガネが一体何様のつもりかしら?』

 

「それ、自分で言ってて虚しくならないの……?」

 

 怒気を発散させるゲルほむ相手のこの切り返しは、別に挑発でもなんでもなくてただのツッコミだったりする。

もっとも未来の自分に対して自分で突っ込んでいるあたりほむらも大差ないのであるが。

 

『いいわ……そこまで言うのならば、いいでしょう。決闘よ!』

 

「け……決闘……?」

 

 ずびしぃ、ぷるるん。突きつけた指先が震える。人間的な意味じゃなくてゲルの振動という意味で。締まらないなあ、ほむらはその古風な申し出にいまいち煮えきれないでいた。

いや、だって決闘だよ? 決闘。しかもぷるぷるだよ? ぷるぷる。どーやって緊張感持てばいいんだろ。

 

『条件は簡単よ。私とあなたで一対一のガチバトル、私が勝ったらあなたは金輪際まどかに近づかないで。あなたが勝ったら、私は大人しくあなたの体に戻ってあげるわ』

 

「望むとこ……ってやっぱり私の中にいたの!? しかも口の中から入るとかお断りだよ!」

 

 反射的に買おうとした喧嘩を踏みとどまった。

メリットがないというか生理的に無理だよ! 気持ち悪いからやめて!

 

『逃げるっていうの、臆病メガネ』

 

「いや、別に逃げて解決するなら願ってもないんだけど……」

 

 どうやらゲルでメガネがついてないのをいいことに徹底的にメガネ扱いするらしかった。このストーカー、そもそも光学依存の視覚を持つのかすら謎である。

でもどうにもこのおぞましき変態は根が深そうである。なら、いっそのことこの提案に乗って勝負を受けてしまった方がいいのではなかろうか。

 

「うん、わかった。私は……その決闘を受けます! 私が勝っても別に私の体に戻らなくていいから、今後一切鹿目さんに近づかないことを要求するよ」

 

『いいでしょう。では今日の十時、河原まで来なさい。種目はバーリートゥード――何でもありよ、いいわね』

 

 ほむらの膝上くらいまでしかない全身で、緑色のゼリーの髪を翻し、ゲルほむは颯爽とその場を去っていった。

どうやらケンカどころじゃない、戦争になってしまったようだ。常識的に考えれば平均的なぬいぐるみサイズのゲルスライムに何ができるのかという話だったが、ほむらの心に油断はない。あれにずっと体の内側から囁かれ続けたほむらには、あのストーカーの執念深さとタチの悪さはよく知っている。何がペロペロだ、気持ち悪い。

 ほむらはもう腹を決めた。ガラでもないけれど、絶対にあのストーカーと戦って追い払うのだ。基本的に臆病なはずなのに、自分自身でも不思議なことながら不思議と立ち向かってやるという気概が湧いてきたのだ。

 

「ほむらちゃん……」

 

 まどかは感激の表情でほむらを見つめた。

 

「さすがは魔法を使わず身近な道具だけで使い魔を片っ端からなぎ倒す人間最終戦闘兵器キラーマシーンほむらちゃん! いよっ! わたしの、最高の友達!」

 

「なんか素直に喜べない!?」

 

 一度まどかの中での自分のイメージを見てみたい、ついでに修正しておきたいと考えるほむらであった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 中小の工場がごうんごうんと鈍い音を未だ立て続ける、真っ赤に染まる夕暮れの河原――そこは今、一触即発の緊張に包まれていた。

 

『逃げずに来たようね、それだけは褒めてあげるわ――それだけだけれど、ね』

 

 風の中でゲルほむが無表情に言葉のジャブ。

 

「私が逃げてもストーキングみたいなのをやめてくれるんだったら、普通に逃げても良かったんだけど……」

 

『ストーキングではないわ、ただの愛情の発露よ』

 

「いや、相手の気持ちも考えないで欲望ぶつけるのはかなりアウトではないかと」

 

 ギャラリーのさやかがアウトではないかと、あたりでうんうん頷いた。マミは「だってだって、寂しいとついそうなっちゃうじゃない……赤ちゃんだって寂しいとしっかり成長できないのよ」などとうずくまっていじけていた。

彼女も同系統の危険人物っぽいので、一緒に遠ざけといたほうがいいんじゃなかろうかとほむらはちょっと迷った。

 

『愚かね……私は愚か者と話し合う言葉を持たない。早々にやらせてもらうわ』

 

 目映い光とともにゲルほむの姿が変わる。その身長サイズの、灰色をしたセーラー服のようなデザインの魔法少女装束。

――そう、未来からやってきたということは、相手は当然のように魔法少女なのだ。予想はしていたがほむらは顔を強ばらせた。

 

『今の私の体では銃や何かは使えないけれど、この程度はできるわ』

 

 ほむらが背筋の寒気に従ってゴルフバッグからドライバーを抜刀、左側に振り払うと、ガアンと盛大な金属音を立ててドラム缶が地に落ちた。

――危ない。何がしか魔法を使ったのか、瞬きする間もなくほむらの左手側にドラム缶が、それなりの速度エネルギーを持って飛んできた。

これだけの速度と質量だと、もしもほむらが遠心力をフルに使って叩き落としていなければ骨折していただろう。自分が相手をしているのがRPGのスライムではなく、魔法少女というバケモノ連中のうちの一人だと実感して背筋が凍える。

 

「ねえまどか、今ほむらのヤツ、平然とドラム缶叩き落としたよね!? アイツ本当に人間!?」

 

「ほむらちゃんなら別に普通だよ?」

「いつも自信無さげにしてるけれど、あの娘はあれでも私たち3人の中で一番逃げが上手いのよ?」

 既に魔法少女ツアーの二人からは人間扱いされていない。

 

 だが魔法をアリにした魔法少女は怖い、一般人である私との戦力差は絶大だ……とほむらは思考を続ける。

あのスライムボディだ、きっとゴルフクラブで殴ったくらいでは死にはしないだろう。だからあえて、全力で殴った場合の相手の安否は忘れることにする。

 手汗で滑るかもしれないグリップを握り直……『どこを見ているの?』っ!?

 

 突如として背後から聞こえてきた声に悪寒。とっさに倒れるようにして地に伏せて転がると、ゲルほむが手元で操る鋭いナイフをロープに結びつけた死の振り子が、ほむらのいた場所を通り過ぎるところだった。

 

『あら残念、銃だったらもう死んでいるわね。この小さくてとてもじゃないけれど銃を使えないゲルボディに感謝することね』

 

――嗚呼、まったくもって感謝するほかない。

銃弾とはやっかいなもので、撃たれてから避けても当たってしまうのだ。相手の目と手の動きさえ見えればきっと避けられるのだろうけれど、それが見えない超スピードで発射されては成す術なく射殺されるしかなかったところだ。

転移か召喚か超スピードかわからないが、改めてほむらは本当に勝てるのかどうか不安になってきた。

 

「なんでほむらのヤツ、普通に魔法少女と戦えてんの……?」

 

 さやか的には自称一般人のほむらに声を大にして言ってやりたい。オマエは絶対に一般人ではないと。

そもそも一般人は銃弾を避けるとか考えたりしない。そこに気づかないで普通に前線に立ってるあたり、ほむらにも魔法少女の才能があるといういう意味がよくわかろうものだ。

 

『あれはどうやら、彼女と情報の劣化した未来の彼女の間に魂情報のパスが繋がっていることが原因のようだよ。もっともそれはごく細いものだから、彼女の受け取る情報はごく限定されているだろう。それをここまで生かしているというのは、宇宙的に見ても実に希少な例だ』

 

「あ、このところ全然見なかったけどキュウべえ来たんだ……」

 

『毎度毎度イマイチ煮え切らない暁美ほむらだったけど今回ばかりは感情の動き次第で契約してもらえるかも知れなかったからね』

 

 いつのまにかまどかの肩の上にマスコットっぽいケモノが乗って、突然出てくる致死トラップのようなものをひたすら避けるほむらを観察していた。

相変わらず人間味というか、生物味の薄いよくわからない生物だ。さやかはコイツのことを妖精のようなものだと思っている。少なくとも人間の思う生物ってやつ以外の何か。

 

『キミの方はどうなんだい? 僕なら君たちの願い事を、なんでも一つ叶えてあげられるよ。自分のために使うもよし、他人のために使うもよし、なんだってできる』

 

「そういえば、上条くんが事故でギター弾けなくなったってさやかちゃん言ってたよね。その件は?」

 

「あー、恭介ね……」

 

 またもや突然現れた千本ナイフをゴルフクラブを回転させて弾きながら突っ込んで、弾幕そのものを吹き飛ばしながら抜け出すほむらを肴にさやかはまったりしていた。

 

「この前腐ってたからさー、『あんたはギターが弾きたいのかロックがしたいのか、どっちなの?』って聞いてやったんだよー。そしたら恭介のヤツ、なんかもうエライ吹っ切れちゃって……『そうだ反骨だ!』なんて言って、その場でガラス製のCDの叩き割って腕を壊すパフォーマンスの練習なんて始めちゃって」

 

「あー、ギタリストじゃなくてロッカーが根本だったんだ……」

 

 もう日が沈みかけている。退院してからさほど経っておらず、リハビリが不足気味のほむらは時間が伸びれば伸びるほど不利だ。

焦って硫酸が一部制服にかかり、いつの間にか服装が肩出し背中開きのちょっと過激な制服に変わっている。

 まどかは何を思ったのか、木板を用意してノコギリをギコギコやりはじめた。

 

「最近じゃ歯ギターとか片手で持って観客攻撃とか秒間10回ファック発言とか、病室で練習しはじめちゃって……看護師さんにいつもカンカンに怒られちゃってたよもー」

 

「さやかちゃん、それロックじゃなくてパンクだと思う」

 

『美樹さやか、キミは随分と嬉しそうだね。僕には同族が社会に害をなし始めたようにしか聞こえないんだけど……』

 

 まどかが柱とする角材に木板を釘で打ち付ける音が響く中、ほむらが包丁から身をかがめて逃れていた。

 

 

 だが、ここまで長期戦になるといい加減にほむらにもこの能力の本質が見えてきている。

高速移動にしては速度エネルギーの乗らない攻撃、召喚にしては留まっていられないかのようにあまりにも動き過ぎるゲルほむ本人、転移にしてはあまりに高すぎる汎用性。

 そして、時を遡るという願いが引き起こす魔法の力……。

 

――次で、決めるッ!

 

 一度魔法を使ったらクールタイムを必要としている様子である。いっその事、その間に拘束さえしてしまえばほむらの勝ちだ。

あのゲルほむの魔法、攻撃性能はまるで無いのだ。時間停止中のほむらを直接殺しに来ないところから考えても、時間停止中は周囲の時も止まるとかで多分干渉ができなくなる。

 

――そこっ!

 

 一瞬動きが鈍ったと思ったその瞬間、ほむらは動き出した。周りを火の点いたロケット花火が包囲して襲ってくるが、なんとでもなる!

右に少しずれながら跳躍することで、すべてのロケット花火を置き去りにほむらは接近する。

 

『そんなっ!? 私の弾幕を!』

 

「そこが隙ですよ……っ!」

 

 そのままその脇に潜り込み、がしりと掴み上げた。

水気のあるものだし軽いというほど軽くはないが重いというほどのものでもないゲルほむのボディは、いとも簡単に持ち上げられた。

 

「これで私の勝ちです!」

 

『……なるほど。私はこの状態からでは時を止められない。事前に仕掛けたトラップは撃ち尽くした。普通に考えて、私の負けといったところね』

 

 やた、これで勝った! これでまどかを変態の魔の手から遠ざけることが――長い戦いの終わり、それこそがほむらの見せた最大級の隙だった。

 

『油断したわね、バカめが!』

 

「え……っ!?」

 

にょろりと蛇のようにしなった身体がそのまま、ほむらの口の中へと飛び込んだ。

 

『私はもはや人間でも魔法少女でもなく、ゲル状の謎生命体! 悪かったわねえ、過去の私……その身体、内側から乗っ取らせてもらう!』

 

 そう、そもそも『体の中に戻る』という初期の勝利報酬はほむらを乗っ取るための布石に過ぎなかったのだ!

すごく身体に悪そうな結果にほむらはもはや顔を青くすることしかできないであろう。

 

――けれど!

 

 

「悪いけど、想定通りです……!」

 

 ほむらは懐から一本のボトルを取り出した。

そう、体の中=胃に潜まれることを考慮に入れて、今この時まで懐に入れたままにしておいた切り札……それこそが!

 

「ゲル生命体はキッコーマン醤油に弱い…そうだったよね、ゲルほむッ!」

 

『な……そんなバカな!? できるはずがない、そんなことをすればまず塩分過多で倒れる……確実に病院行きよッ!』

 

 往生際悪く動揺するゲルほむに、ほむらは花咲くように微笑んだ。

噴き出る汗にほつれた髪が顔に張り付き、赤いハーフリムの眼鏡をずり落としかけている、みっともない姿ながらに、凄絶な迫力を滲ませて微笑んだ。

「別に戻るだけだよ。知ってるでしょう?」――と。

 

それは覚悟を決めた芯の太さと可憐さの入り混じった、ゲルほむの愛した笑みと同質で――

 

 

『……見事だったわ、暁美ほむら』

 

 そうか、自分は負けたのだと納得し、終わったことを偲びながらゲルほむは促した。

 

 

 

『そう……ね。あなたは立派な、美少女だったわ……』

 

 そんな暁美ほむらを評した言葉を胸に、ぐびり。お刺身に便利なキッコーマンのこいくち醤油を、ほむらは一息で飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁美ほむらは、今回の勝者だ。

味が濃くて死にそうというか喉が渇いたというか、ぶっちゃけ気持ち悪いなあ……そんな体調を押し通してでも、報告したい仲間が今はいる。

そんな今回のお姫様の前まで、ほむらは駆けつけた。

 

 

「らっしゃいらっしゃい!」

 

 駆けつけるとなぜかそこはうどんの屋台だった。

 

 

「あ、お疲れ様、ほむらちゃん。ギャラリーで賑わい始めてたから、もうちょっとやっててくれればもっと屋台の売上伸びてたのに」

 

「売上じゃなくて麺伸びればいいよこのおたんこなすーーーっ!!」

 

 

 

 

 ほむらは泣きながら夜の河原をかけ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに今回の戦いでほむらはひとつ得たものがあったりしたのだが、それはまた別の話……。

 

 

 

 

 

NEXT『暴風圏』




※まめちしき
上条恭介はループごとに音楽の才能を違った形で発揮するらしいことが、10話のオクタヴィア結界を分析するとわかるそうです。

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