この魔法少女どもはアホである。   作:輪るプル

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長らくお待たせしました。
突然想定外の展開になりすぎて筆が滞っていましたが、開き直ってそのまま続けさせていただきます。


最終話『叛逆の物語』

スーパーセル。高速の回転を伴った上昇気流を断続的に抱える雷雲群――ひらたく言うと竜巻もどきだ。街が一気に滅ぶというレベルの大災害であると認識しておけばひとまず問題はなかろう。

そいつが観測されたとのことで、企業も学校も公的機関も、この街の営みは全て機能を止めた。

市の人間には避難勧告が出され、それぞれ最寄りの避難所に集められてすし詰め状態だ。

 

そんな中で隅で体育座りしながら、不安よりも困惑を表に出した少女が一人。

 

「おかしい、なんか珍しく巻き込まれてなくて落ち着かない……」

 

暁美ほむら、もはや厄介ごとから遠くにいるだけで違和感を覚えるようになった悲しき13歳の春であった。

 

 

 

 

最終話『叛逆の物語』

 

 

 

 

 

《ついにラスボス戦よ、暁美さん》

「巴先輩……、唐突ですけれど、すごくゲーム感覚ですね」

 

家で毎度のごとく悲鳴をあげて筋肉痛になった体をストレッチしていたときに突然飛んできたテレパシーが始まりだった。大きく開脚して前屈前屈。左手で右足の爪先をタッチ、右手で左爪先をタッチ、ブリッジして逆方向にも体を伸ばし、手足の関節に繋がるあらゆる筋肉を揉みほぐしながら念話を受ける。柔軟をしっかりしないと筋肉がえらいことになるので、絶対に欠かすことはできない。ああ、私って貧弱で病弱……とほむらは思っていたりするが、そもそもこれは筋肉が限界を訴えるその先に意図して踏み込むことのできるほむらの頭がいっちゃってるだけだったりする。無論、彼女は気づかない。アホである。

なんというか緊張感のない話であるが、ほむらにもたらされたワルプルギスの夜襲来の第一報はそんな無自覚な鍛錬が始まりだった。

 

《ワルプルギスの夜がやってきた……故に、今宵は破滅の夜なのよ暁美さん》

 

「別にかまいませんけれど、相手のデータとかあるんですか? わかってることってとにかくでかいってことと、伝説がうんぬんですよね」

「それは違うわ」

 

マミの語るところによれば、魔女たちが夜な夜な開く逆十字を描くミサにて逆さ吊りにした生贄を火炙りにしその逆転された怨嗟を纏めた概念存在を軸として生成された悪意と悪意恐怖と恐怖呪いと呪いを歪に押し固めた人類文明に対する反存在で最早マイナスを反転させプラスの性質を得たことにより結界に縛られず常人にすら災厄と呼ばれ忌み嫌われる天敵かつて魔法少女の連合部隊であるマギウスクルセイダーズと†終焉†が束になってかかったことがあったが全員消息不明になったほどの能力を持つ世界の黄昏刻を告げる魔女であるという。

 

「つまりひらたく言うと、常に逆さに立ってるけど正位置になると凄まじい被害の出る、結界なしで現実に実体化する、魔法少女が複数人いてもかなわないほど強い魔女ってことですね」

 

「そうとも言うわね」

 

暁美ほむら、恐るべき翻訳の技前であった。むしろこれくらいなら翻訳できる程度にはほむらもスキモノだったのかも知れない。一時期は暇な入院時間にあかせて小説とか書いたもんだ、基本主人公が満足しながら死ぬものしか書かなかったけれど。その辺りは入院したまま希望もなく親も来ず見舞いに来てくれる友達もいなかったが故の悲観主義だ、大目に見ていただきたい。今では並大抵のことでは死ななそうな鋼だか柳だかよくわからないボディだがとりあえず魔法少女ではない頑丈少女ほむらは思った。

 

「それで、暁美さんも戦いにきてほしいの」「無理です」

 

当然の返答だ。無理に決まってる。

 

「このままじゃ、街そのものが消えてしまってもおかしくはないのよ。中学校だけじゃない、ありとあらゆる施設は竜巻に蹂躙され、その寿命を一瞬にして燃やし尽くすでしょう。――勿論、人間もね」

 

ああ、どうせ行くことになるんだろうなー。死ぬんじゃないかなー、死んじゃうんじゃないかなー。ほむらは既に半ば現実逃避状態にあった。

それでもほむらは必死に抵抗した。人間サイズで人間と同じ戦闘力しか持たず普通の女子中学生クラスの攻撃力しか持たないほむらにはワルプルギスを倒す術がないだとか、時間停止は隙を突くのが基本になるから要塞みたいな相手には回避ぐらいにしか使えないだとか、貧弱な防御性能を回避で補っているから面制圧に弱いだとか、とにかく考え得る全ての手段を使って説き伏せにかかった。

その結果抵抗の末あえなく……

 

「わかったわ、今回の戦いでは暁美さんは相性が悪すぎるということね。避難所の警戒だけお願いするわ」

 

「………へ?」

 

暁美ほむら13歳、苦節の末、遂に戦線離脱。

ワルプルギスには魔法少女脳筋連合で挑むこととなったのである。

 

 

 

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避難所の中で、たまたま会った友人がいたら、他愛もない話をするのがスジというものだ。

黙っていてやることは特にないし、ふさぎ込んでいても気が滅入る。特に周りが不安を抱えて空気が淀んだ今こそ、空気を読まずに話すべきなのだ。

 

「というわけで、今回は私も留守番なんですよ~」

 

へぇ……と、ニコニコしながら事の次第を説明するほむらに相槌を打ちつつ、ブルーシートが敷かれたアリーナの床に座り込んでさやかは思う。

彼女の中の認識はこうだ。マミが突然竜巻はレイドボスなレベルででかい魔女だとか言い始めた。まどかも「私、世界を救っちゃうぜ!」とか言い始めて竜巻に突っ込んで行った。ほむらはそれを間に受けながら口八丁で逃げてきた。こいつら思春期の病かなんかなの?

いくら魔法少女でも、流石に竜巻を殺しに行くのは意味がわからないというのがさやかの想像力の限界であった。

そしてそれを誰かに説明する気にもなれない。例えば心配している家族……。

 

「まどかー……お前今日、毛深いな」「ウホウホ」

「びえーん!まろか、まろかいない!」「ウッホウッホ」

「はいはいタツヤー、パパですよー。これがまどかでちゅよー」「ウッホホウッホ」

「やぁー! それジャイアントゴリラ!まろかじゃないー!」「ウホッ!」

 

「ってなんで避難所にジャイアントゴリラがいるんですかまどかのお母さん!?」

 

首から『鹿目まどか』というプラカードを下げ、肩にキュゥべえを乗せ、トレードマークの赤いリボンを二つつけたゴリラが鹿目家に混じって座っていた。しかもきちんと弟の頭を撫でてバナナを差し出してる。泣いている鹿目タツヤの前で困ったように頭をかいている優しそうな目をしたメスだ。

 

「やぁ、さやかちゃんじゃないか。お友達と一緒にまどかに会いに来てくれたのかい?」

「確かに最初はそう考えてましたけどそのゴリラ見て気分が変わりましたよ!」

 

さやかは絶叫した。誰が友人に会いに来たら家族とゴリラがいると思うだろうか。

 

「失礼だな、まどかは確かにちょっと体はゴツいかも知れないが、女の子にゴリラはひどい。それはイジメの始まりだぞさやかちゃん」

「それ以前にあんたの娘じゃなくて完全無欠にゴリラだよ!?」

 

さやかの言葉に厳しい目を向ける詢子。しかし、「ウーホ……」ゴリラまどかは詢子をたしなめるように前に出て、さやかに優しい目を向ける。

 

「ゴリラさんが言ってます。ちょっと事情を説明したいからロビーに行きましょうって」

 

万能翻訳機ほむらだった。まどかは詢子にウホウホと何事か言うと立ち上がり、さやかとほむらに合流する。詢子はぐずるタツヤを抱いてあやしていた。

 

「ウホ」「行きましょうか」

 

さやかはもう観念した。どっか行きましょうって。

 

 

 

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「なるほど……、家族を心配させたくないってまどかの気遣いを聞いて動物園から来てくれたってことね……」

 

ほむらがそう翻訳してくれた。自分の子供は生まれてすぐ取り上げられたからこそ、他の家族を守りたい。

母親としての務めを果たせなかったからこそ、他の母親を心配から遠ざけ、娘の帰ってくる場所を瓦礫などから守る。そう誓って、まどかの無茶な頼まれごとを聞いたのだ。

端的に言うと、

 

「すごくいいヤツじゃん……」

 

ということである。

こんなにいいヤツだったら、種族間の垣根などあってないようなものだ。

さやかはからりと笑って、手を差し出した。

 

「なんか、さっきはゴリラとか言ってごめんね。あたしは美樹さやか、あんたのちゃんとした名前を教えてよ。友達になろう」

「ウホッ」「アンジィだよ、よろしくねさやか、と言ってます。私の名前は暁美ほむらです、よろしくね」

 

がしりと掴んだアンジィの手はとても大きく、力強かった。マウンテンゴリラらしい、大きな手だった。それは彼女の心の広さにも似ていて、なんだかさやかもあったかい気持ちになってくる。

今度平和な時に屋台でも一緒に行ってバナナクレープ食おうぜ、と約束を取り付けつつ、さやかたちは心配をかけすぎないように体育館の中へと戻るのであった。

 

 

 

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所変わって、こちらは魔法少女組。暴風はためく高層ビルの上で、彼女たちは来るべき大型魔女を睨みつける。

 

「ついに来たわね、ワルプルギス……」

「へっ、こんな分の悪い敵に立ち向かうたぁ、あたしもヤキが回ったもんだ」

「ウェヒヒ、そんなこと言って守りたい相手ができちゃったくせに!」

 

「そうですわね、これがイマドキ話題のツンデレというものですわ!」

「キミたち中学生だろ? そんな娘たちにばかり任せてはいられないって」

「さすがショウさん、男ッス」「グルルゥ……」「死にたいのです……」

 

メンバーはマスケット銃を地面に無数に突き立てたマミ、出刃包丁を逆手に構えた杏子、麺を宙に踊らせ芸術的な奇跡を描くまどか。

5機のトランシーバーを腰に据え付け風にはためくスカートを押さえる御滝原中学校指定制服の仁美、スーツを着崩し避雷針の上に驚異的なバランス力で立つホストのショウさん、その太鼓持ちの後輩、ぐしぐしと鹿の生肉を喰らうグリズリー、フェンスから身を乗り出し今にも飛び降りようとしているOL。杏子はふと、誰だこいつらと思ったが黙殺した。グリズリーを連れてきたのも杏子だからあんまり人のこと言えないのだ。

そんな豪華メンバーがにわかに緊張感を高める。先触れである使い魔が姿を現したからだ。

全ての色を混沌と混ぜ合わせたような少女の似姿、極彩色をした不気味な象、奇妙にファンシーで不気味さしか醸し出さないショッキングピンクをしたプードル犬、そんな連中が列を為してぞろぞろと街をまだらに染める。

 

「ふんッ!」「攻撃司令、E-2ですわ!」「バーボン入るッス!」「死にたい……」

 

ショウさんがビルから飛び降り拳を地面に打ち付けると、地割れとなって使い魔の一群を飲み込んだ。行軍が遅れたところに仁美がトランシーバーに何事か命令すると、背後から無数の迫撃砲が雨あられと降り注ぎ、先発の群れを消し飛ばした。

砲弾の雲霞を抜けた幸運な敵は、後輩ホストが手に持ったバーボンの瓶で殴り倒していく。そしてOLが飛び降り己の血液で地面に赤い花を咲かせた。お前ら何者だ。真剣に杏子は思う。

 

「ザコどもは任せておけッ!」「大ボスへの直通通路の一つぐらい作り上げられないで何が志筑家でしょう!」「応ともッス!」「グルルガァ!」「死にたいわ……」

 

促す声援に魔法少女三人は飛び出した。グリズリーの腕力で投げられる巨大な瓦礫に飛び乗り最短距離で一直線、ワルプルギス目掛けて突き進む。そして再び登ってきたOLが瓦礫から飛び降り放物線を描く。特に最後のお前何なんだ、という言葉はシリアスな空気の中で口に出せず杏子の喉奥に消えてった。

OLの描くアーチと対象的に曲がらず進む魔法少女たちは最強の協力技の準備を行う。

 

「――ハァァァッ!!」

 

マミがまず咆哮を上げた。グリズリーが投げた巨大な瓦礫の側面に3人が手をつないでも囲めないほどに太い砲身を持った大砲を創り上げる。黄金の細緻な意匠が施された白い筒が、また別の筒に覆われている。おそらくはポンプアクションで2発まで装弾できるようになっているのだろう。

 

「行かせてもらうよ!」

 

杏子は槍を打ち上げる。身の丈を遥かに越える、物理法則で存在を否定されるはずの緋色の大槍だ。

魔法というものがなければ決して存在を許されないであろうそれを、彼女はその身で保持している。

 

「てええええええい!」「へ?」

 

まどかは杏子を持ち上げ、マミが作った大砲に叩き込んだ。ぱかりと横から広げ、予備弾倉に自分も潜り込む。

慌てて杏子が前を向くと、ワルプルギスの魔女ーー歯車つき逆噴射ジャイアントが目の前に大写しになっていた。

 

「友情の必滅奥義ーー」「へ? ……へっ?」

 

三人の魔法少女の力が結集した大技が、遂にその全貌を現す!

1に大砲、2に砲弾、3・4に突撃5に二の矢でお送りする最大級の魔法とは……。

 

「バレットゥラ・ティロ・インフィニーテ・ファンタズマッ!(人間大砲)」

「チクショーあとで覚えてろこんのクソ女ーッ!?」

 

まず巨大な槍を撃ち出した。無論槍の根元に紅の魔法少女付きだ。途中に浮かぶビルや炎の壁を全てブチ破り、佐倉杏子は紅蓮の弓矢となって空を駆ける。万難を排しその首を狩りにゆくその姿はさながら獲物を屠る猟兵だ。でも杏子的には鉄砲玉だ。大砲の弾ならそりゃそうだ、後で覚えてろよ巴マミ。

 

「そして二の矢、鹿目まどかいっきまーす!」

 

魔女のスカートに突き刺さった大槍、もとい一の矢、別名佐倉杏子めがけて桃色の砲弾が飛び出した。輝く魔力光を腕と肩と膝に纏い、パニエからバーニアを吹かして更に加速する姿の勇猛さはゴート族を討伐するタイタス・アンドロニカスのごとし。まどかがタイタスのごとし。あたし、何でそんな比喩思いついたんだろうか……杏子は少し頭痛がした。

 

「■■■■■■ーッ!!!」

「テメェは黙っていやがれ!」

 

使い魔が再び生み出され、この世にあり得ざる極彩色の焔が吹き上がる。しかし杏子はそれがまどかに叩きつけられる前にワルプルギスの首目掛けて槍を生成、即座に突き込んだ。衝撃に魔女は嗤う。甲高い、耳に残る声を上げながら少しだけ炎の角度が逸れて、まどかのスカートのフリルを舐めるようにして宙を焦がした。

童女のような笑い声を上げ、魔法少女を模した使い魔たちが立ち塞がる。それもマミがつるべ打ちにした弾丸で次々撃ち抜き、掃討した。

 

「これでトドメっ!」

「■■■ッ!?」

 

まどかが全出力を推進力に回し、右の拳を固めて、大槍の尻に最大の打撃を叩き込んだ。魔力で形成され、既に装甲の半ばまで突き刺さっていた大槍はその衝撃で外殻を完全に貫通、内部まで達し確実にその身を抉り取る。

 

――でも、そこまでだ。

 

ヤバイ。杏子が根拠のない本能に従い、まどかを連れて離脱する。……その刹那、空気が爆発した。

ワルプルギスの体から圧縮された大気が弾け、暴風の結界となって世界を浚う。

 

「■■■■■■■■ーッ!」

「うおわぁぁぁーっ!?」

 

ごとり。

魔女が傾ぐ。杏子は吹き飛びながら体制を整え、鉄塔の側面へ着地した。

ドレスじみた巨体に穴を開けたものの、それは魔法少女の有利を意味しない。

獣と女の情念は、手負いなほど牙を鋭くする。いわんや、それが魔女なら……?

 

「こりゃ困ったな……まるで近づけねえ」

「マズいっすよ……被害は拡大の一途ッス!」

「なあおっさんたち、なんでさらっと前線混じってんのか聞いちゃダメか……?」

 

まさに暴風は結界と化した。ショウさんと後輩は体勢を低くし、風圧を逃がしながら、頭を天へと向けた魔女を見据えた。杏子はやや低姿勢でツッコミした。無視された。

 

――ワルプルギスの夜の真価は、その倒立した頭を上に向けた時に発揮される。

文明を巻き上げ全てを滅ぼす、世界を滅する暴風が辺りを削り飛ばし、OLが空へと吹き飛び地に落ちてまたアスファルトの道路を紅く染めた。

杏子はいい加減こいつ一般人なのに頑丈すぎねえか?と気味悪く思った。でもほむらみたいな例もあるからそんなもんかなと納得した。人間ってすごい。

 

が、今や暴風の壁は圧倒的だった。

 

暴風のあまり弾道がブレ、意味をなさなくなった志筑家の支援砲撃。

白兵距離まで近づけなくなったホスト二人。

鹿肉がないから仕方なく地面に飛び散ったOLの血を舐めて腹を満たすグリズリー。

何度も吹き飛ばされ、地に堕ちるOL。

 

魔法少女たちは、窮地に陥っていた。

 

……杏子は、こいつら別に魔法少女関係ねえ一般人だったことを思い出した。アホである。

 

 

 

 

 

 

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ドゴン!

ほむらたちは、避難所のアリーナの中でけたたましい音を聞いた。

例えるなら、そう……

 

「何だぁ……?この竜巻に巻き込まれたOLが高所から落ちてきて鉄板の屋根をブチ破って落ちてきたかのような音は」

「鹿目さんのお母さん、何でそんな意味不明な条件パッとのたまってるんですか!?」

 

「ほむら、大変だ! 竜巻に巻き込まれたOLが高所から落ちてきて鉄板の屋根をブチ破って倒れてる!」

「美樹さん、何故なんでそんな意味不明なことが起きたらまず私に報告みたいな扱いしてるんです!?」

 

ふと顔を上げ、何かに感づいたように呟く鹿目詢子。お手洗いから帰ってきてエントランスの血だまりを見せるさやか。

破れたアリーナ外側の屋根。強風と豪雨が吹き込み、荒れていく空間。

そして「死にたい……」と言いながら血まみれで這ってくるOL。

 

ほむらは思う。あー、さてとは鹿目さんか巴先輩の仕業かな……と。

いくらギャグ補正の権化のような存在である魔法少女と愉快な仲間たちといえど、避難所に被害を出すのは止めていただきたい。ちょっと迷惑すぎる。

というかこんな血まみれだとべたついて掃除が大変だし、屋根はちゃんと補修しなきゃだし、こういう系統の被害の出し方は本当に困るのだ。

とりあえず、吹きっ晒しになっちゃうと困るので、ほむらはひとまず超強力な補修テープ――爆発物作る時によく使うからたまたま持っているダクトテープを取りに戻ろうとした。

 

「うう、トイレトイレ……ヒィッ!」

 

たまたま、その主婦は通りがかっただけだった。

そうしたら、見てしまったのだ。外からの暴風が吹き込み、血まみれで人が這い回り、廊下のタイルが紅く染まる光景を。

それは、ほむらみたいなアタマおかしい類ではない、見滝原の住人を恐怖させるに相応しい光景だった。

ぎょっと腰を抜かし、ドタドタと夫に走り寄った女性は、ヒステリックにまくし立てた。

 

「もう竜巻と同じ市なんかに居られないわ! 車を出して、アナタの実家に避難するのよ!」

 

なんて死亡フラグ。ほむらは思った。こいつ、死にたいのかと。

それがパニックに火をつける。次々とパニックは伝染し、アリーナを混乱の坩堝に叩き込んだ。

 

「ここはワシに任せて先に避難せい!」

「俺、田舎に幼馴染がいてさ。この災害が終わったら結婚するんだ……」

「まさかこれは……いや、まだそうと決まったわけじゃない。悪戯に疑心を煽るべきでは……」

「まったく、あと1週間で定年だってのに人使いが荒いもんだ」

「ひどい嵐だ、少し田んぼの様子を見てくる」「何を馬鹿なことを、怪物なんている訳ないだろう」

「こっちの方が近道だぜ!」「何だ猫か、びっくりさせやがって」「寒っ!窓開いてんじゃん」

「嫌な事件だったね」「もう何も怖くない」「私って、ホント馬鹿」

 

実はあなたたちみんな余裕あるよね? ほむらは思った。あんまり心配いらないんじゃないかと。

と言うかお前ら揃いも揃って死ぬ気か。あと最後巴先輩と美樹さんの声聞こえた気がするんだけど気のせい?

だが混乱は加速する。風が次々とエントランスのガラスが割れ、雑多なものが飛び込んでくる。吹き飛ばされた看板、停車していた自転車、志筑仁美、外れた屋根瓦、自殺志願者のOL(本日2回目)、壊れた交通標識、ホストのショウさん、物干し竿、後輩ホスト、飛び降り志願者のOL(本日3回目)、グルメグリズリー、物干し竿(妖刀)、工事現場から飛んだ鉄骨、かつて現代の佐々木小次郎と呼ばれた田代本部長(麻雀イカサマ5段、得意技は燕返し)。

竜巻に飲まれた災厄たちに恐れをなし、皆が対面のアリーナ出口に殺到する。

 

さらに悪いことに、飛ばされてきた仁美、ショウさん、ホスト後輩、グルメグリズリー、OL(また吹き飛ばされに外に出て行った)は、揃って絶望的な戦況を語った。

仁美いわく、「敵はミサイルすら当てられない暴風の化身と化しましたわ」と。

ホストいわく、「ありゃあ人間の戦うもんじゃないよ、完全に災害だ」と。

グリズリーは「グルルゥ……」と情けない鳴き声を上げ、また飛んできたOLは「死にたい」と絶望を語り、田代本部長は「人生は麻雀と一緒よ。何時だって卑怯な手を使おうと、勝った奴が金も地位も総取りするもんさ」と人生哲学を語った。誰だお前、とほむらは思った。仁美以外基本知らない人だが、最後の田代本部長は特に正体不明だった。アホである。

 

「聞いてのとおり、状況は最悪だ」

 

いつの間にか、ダクトテープで屋根や窓の穴を塞ぐほむらの目の前に一匹の白い小動物がいた。

魔法の使者にして契約の獣、キュゥべえだ。

彼は、逃げ惑いパニックに陥る民衆と、外で思うがままに暴虐の嵐を吹き荒れさせる魔女を指し、続けた。

 

「だけどキミたち2人には、それを覆す権利がある」

 

キュゥべえは淡々と語る。

目の前で狂乱し、押し出され、大量の死亡フラグを立て、死の道へ進まんとする見滝原の住民たち。

その身に封じ込めた真の力を振るい、文明を滅ぼす災厄の化身と化した舞台装置の魔女。

そのどちらもが絶望的な状況だ。絶望故に、戦う力を持ったほむらとさやかは覆さなけれならない。

故に――

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

彼女たちは、人柱の契約を――――

 

――契約を――

 

 

 

 

 

「うるっっっっっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 

闇を切り裂くデスヴォイス。

あらゆる人々の脳髄を打ちのめし、正気に返らせる、絶望よりもなお暴力的な、魔王の声。

この声は――ッ!

 

「――恭介ッ!?」

 

「うるっっっっっせえんだよ塵芥どもがァッ!」

 

上条恭介。

非凡な音楽の才能を持ち、あらゆる平行世界で天才的な音楽性の片鱗を見せる麒麟児。

 

ある世界ではバイオリン。

ある世界では演歌。

そしてこの世界ではギター。

 

――そして、ジャンルは……!

 

「恭介、お前のギターだ! やっちまえ、俺は別にどっちでもいいんじゃないかと思うけど!」

 

見滝原中学の旧級友にして親友である中沢から、彼の唯一無二の相棒が投げられた。

ギンギンにエッジの効いた音を出す、恭介以外にはマトモに扱えないチューンのされたエレキギター。

そいつを受け取った、右手の不自由な恭介は、そいつを左手で受け取り――。

 

「オラァ!」「グワーッ!」

 

手近な青年に叩きつけて、更に床に叩きつけてブチ折りながら叫ぶ。

 

「テメェら、全然ロックじゃねえ! 俺の歌を聞きやがれ!」

 

しょうがねーな、と苦笑した中沢が彼のためにベースを奏で始める。

後輩ホストが、壁と鉄骨を即席のドラムにして折れたバールでリズムを刻む。

ブチギレたリズムとイカれたメロディーに、脳髄を蹴り飛ばす破砕的なヴォーカルが、ヒステリックな熱狂を統制された暴力へ作り変えてゆく。

 

――そう、今宵は復活の刻。

 

かつて見滝原の闇を統べた伝説のカリスマロックバンド、「ゼッケンドルフ」の2回目の聖誕祭だ――ッ!

 

 

「これが人間の希望……困ったな、分析不能だ。わけがわからないよ」

 

 

 

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一つの絶望が終わる中、1人の母親が娘を咎める。

 

「どこに行こうってんだ、おい」

 

鹿目詢子。かつては少しばかりヤンチャした女傑だが、今は二児の母にしてキャリアウーマン。

彼女は何ら特別な所はない、一般人だ。しかし、少しばかり別れの気配には敏感だった。

 

「ウホ……」

「友達が危ない? 消防署に任せろ、素人が動くな」

 

娘と思い込んでいるゴリラが、命を捨てる覚悟をしていることは見ればわかった。かつてカチコミの際に、何度も見た目だ。

だから、かつて娘に向き合ってきた時以上に真剣な、戦士へ送る眼差しで娘と思っているゴリラに向き合った。

 

「ウッホ……!」

「テメェ1人のための命じゃねえんだ! 勝手をやらかして、悲しむのは周りなんだよ……!」

 

だが、目の前にいるのは、かつて母の陰で怯えていた小さな女の子ではない。

1人の子供を産んで、生き別れた母ゴリラだ。

 

「ウホホッ!」

「なら、あたしも連れてけ」

 

だが、悲しいかな、どこまでも彼女は一般人だ。

母ではあっても、ゴリラではない。この戦いについてきて、何かができる存在ではない。

だから、アンジィは首を横に振った。そして、勝利を誓った。

 

「……どうやら大人の嘘に踊らされてるわけじゃねえみたいだな」

「ウホ。」

 

親指を立て、彼女は去っていく。

いま、危険にさらされている、詢子の娘を守るために去っていく。

 

 

 

「アンジィ、準備は終わったみたいだね」

セーターを脱ぎ、腰で袖を縛って動きやすくした、見滝原で生まれた少女がいた。

 

「私なんかに何ができるかわからないけれど、力になりにいきましょう」

手製のグレネードを詰め込んだリュックサックを担ぎ、眼鏡を拭き直した転校生の少女がいた。

 

「ウホウッホ」

野生の筋肉を滾らせ、拳を固めるジャングル生まれのメスがいた。

 

ここにいるのは、3人の女。

魔法少女ではないし、生まれも種族も違うけれど、戦う力を持った女たち。

 

戦い、絶望を覆し、ハッピーエンドを勝ち取る為に、彼女たちは往く。

 

――さあ、世界を救おうか……!

 

 

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非常に悔しいことだが、魔法少女たちは窮地に陥っていた。

 

雨あられと砲撃を降らせ、使い魔の軍勢の展開を阻害していた仁美。

敵軍を誘導して、後ろへ通さなかったホスト2人。

状況によって立ち位置を変え、使い魔の掃討とワルプルギスの夜への牽制を行っていたグリズリー。

彼らは魔法が使えず、攻撃が通らないなりにワルプルギスの夜との戦線を支えていた。

 

しかし、ギャラクティカ★小麦粉カノン~キミとボクのキラメキは無限大∞夏の想い出は讃岐うどん編~が暴風で弾かれ誤爆し、仁美が戦線離脱したのがキッカケだった。

使い魔の数を減らしていた仁美の離脱によりまず、ホストが沈む。そして連鎖的にグリズリーが沈み、自殺志願OLが竜巻に巻き上げられた。

ここで庇いながら戦うほどの余裕もなかったため、全員マミの人間大砲で避難所に撃ち込んでおいた。

 

それからだ。

杏子は巨大な槍で装束の裾を地面に深く縫い止め、もう一本生み出した槍を振るい、使い魔や瓦礫を薙ぎ払い歯噛みした。

マミやまどかのカバーに追われ、とてもじゃないがもはやワルプルギスとの戦いに参戦できる状態ではなかった。

 

マミはソウルジェムを振り回し、本体にかかる遠心力で自分にかかる重力を強化することで無理やり地に身を繋ぎ止め、暴風の中重い弾丸をワルプルギスへ撃ち込んだ。通っているはずだが、火力不足で侵攻を止められない。

まどかは成層圏まで跳び上がり、竜巻の中心狙って蹴り下ろすことで攻撃を仕掛けられないか数度試したが、途中で極彩色の炎に阻まれ軌道を逸らし、竜巻に飲まれ直して跳ね上げられていた。

 

これは負け戦だ。デュエリストではないリアリストの杏子には、流れの悪さが分かりきっている。

だがヤキが回ったのか、どうにも逃げて独り生き残る気にもなれなかった。

 

――なんだかんだ言って、あたしもあのカッコつけの先生役のせいか、正義の魔法少女のなりそこないだったってことか。

 

ワルプルギスの行き先には避難所がある。

避難所には、別に人生に絶望したわけでもないただの人たちが大勢いる。

そしてそれを分かって、退こうともせず愚直に戦う仲間がいる。あと避難所の屋上から飛び降りてるOLがいる。

 

それでどうして、放って逃げられようか。

 

腹を据えて槍を振るい、振るい、使い魔と瓦礫を砕き飛ばし。

そしてとうとう、無理のツケを払う時がきた、

 

「ッベ、間に合わ――」「佐倉さん逃げ――」

 

ワルプルギスの念力で根こそぎ持ち上げられた高層建築が、槍を振るった後の意識の隙間に杏子へ迫る。

振り切った後の槍では逸らしも砕けもせず、槍に縫い止められた体では回避もできず。

悲鳴を上げるマミ、巨大建造物相手に杏子は――

 

「体重忘れてさやかちゃんビィィィィィィィィィィム!!!!!!!!!!」

 

光線が奔る。

建造物は砕け散り、虚空へ消えた。

 

「ウホォッ!」

ゴリラが吼える。使い魔という使い魔が振るわれた鉄骨で消し飛ぶ。

 

「行きますっ!」

 

三つ編みメガネの少女が疾駆する。

無論身軽な少女では無理があり、上昇気流に巻き上がる。

しかし、重力が反転するくらいなら、ほむらには魔女の結界で覚えがあった。

巻き上がることに抵抗せず踏み込み、巻き上げられた瓦礫を足場に蹴り飛ばし、風で歪む軌道を見極め次の瓦礫へ飛び石のように移り、宙を舞って中心へ飛び無風の中心に爆弾を落としていく。

 

「巴先輩、砲口26度下、右手に9度回頭!」「了解よ!」

 

ほむらは更に、風に乗って外周に向かって吹き飛びながら改造釘打ち機を取り出し、弾道のズレを見極めながら弾をバラ撒き、使い魔を掃討していく。

同時に指示を受けたマミがティロフィナーレの砲口をズラし発射、ワルプルギスの頭部に砲弾をクリーンヒットさせる。けたたましい声をあげて魔女がマミへ炎を差し向けるが、そこはほむらが爆破した民家が巻き上がって盾となり防ぎ止めた。さらに時間差でさやかのビームが突き刺さり、魔女のボディが爆炎を上げた。

 

「くッ、やっぱり一般人の私の武器じゃ火力が低すぎて役に立たない! 美樹さんや巴先輩以上の火力を出す方法はないの……?」

「いやアンタすげえよ頭おかしいって」

 

ここにきて魔法使わないでこの戦果を叩き出す自称一般人に杏子が思わず突っ込んだ。だって明らかに魔法少女より場慣れしてるから。

この後に及んで一般人を名乗る根性、いっそ讃えたくなるほどであった。杏子セレクション受賞したら廃教会の瓦礫を進呈してやろう。

 

 

「顔面の方が注意は引けるみたい……美樹さんは顔面を狙って照射を継続! アンジィは美樹さんを守って!」

「こりゃぁ体重気にしてる場合じゃないね……くそう乙女の敵めぇ……わかった。ビィィィィィィィム!!」

「ウホッホ!」

 

「スカートと大歯車の間の空間が一番敵の足が鈍るみたい! 巴先輩は下に18度右に30度の補正を入れて、見滝原セントラルビルまで来たら射撃をお願いしますっ!」

「了解よ、優雅に決めてあげようじゃない!」

 

「佐倉さんは大きい瓦礫を砕いて! 巴先輩に行きそうなものを優先的に、目立たない程度に! 手が空くようなら私と使い魔の掃討お願いします」

「了解! あたしを顎で使おうなんて出世したじゃねーかほむら!」

 

魔法少女バカ2人の尻拭いと、入院中ネットゲームで廃人ギルドマスターしてた経験で鍛えた魔法少女指揮能力が光る。

自分は使い魔をあの手この手で打ち払いつつ、さやかがワルプルギスからのヘイトを集め、ゴリラがさやかを守り、杏子が傷致命傷のリスクを減らすように動き、マミが有効打を放つ。目に見えて、ワルプルギスの侵攻は遅くなった。

 

魔法少女とレーザー発射機とゴリラとよくわからない一般人が実力以上の力を発揮して、たった4人と一匹で竜巻の足を鈍らせる。

というか時間停止魔法とか本当に手数が足りない時しか使わずゴルフクラブや釘打ち機で使い魔をぶっ飛ばすほむらは本邦最大のバグキャラだと杏子は再認識した。

 

 

だがしかし、状況はそう好転しているわけではない。

確かにほむらは強い。さやかのビームは風の影響を受けず相性がいい。アンジィは体毛が水を吸って重量を増すこともあり、吹き飛ばされずに前線に踏みとどまりやすい。

 

それでも、特撮映画の怪獣じみた巨大な魔女を敵に回せば、所詮は戦術上の有利。

戦略という、戦術の一つ上の次元で形成される大いなる流れを覆すには至らない。

現に、侵攻速度を鈍らせることはできても、その尖峰は逸らせていない。依然として避難所のアリーナを向いたままだ。そしてこちらは魔力を回復するグリーフシードの数が底をついてきた。

 

戦略上の勝利を欠いた戦場で、このままでは少女たちのグリーフシードが尽きるのが先か、見滝原市の住人が大量虐殺されるのが先か、もはや状況は末期だ。

 

「もうわかっているんだろう? ワルプルギスの夜には絶対に叶わないって」

 

白き使者が、暴風の影響も受けずに道の真ん中に現れる。

 

「どんなに力を尽くしても、君たちのチカラじゃ抗うことなんてできないよ」

 

だから迫った、契約を。

だから誘った、覆す権利を持つ2人の少女を。

 

だから笑った、暁美ほむらは。

 

「キュゥべえさん、あなたはわかっていないんですね」

 

ほむらは気付いていた。戦場にアホが1人足りないことに。

ほむらは知っていた。アホが1人、ずっと野放しになっていたことを。

ほむらは覚えていた。アホが1人、逃げ出すことができるほど利口な頭の構造をしていないと。

ほむらは体験していた。アホを放っておくと、全く思いもつかない事を始めると。

 

もう既に、いつだって常識を、ロクでもない形で覆すアホウ少女は動いている。

大雑把にしかモノを考えないあのハタ迷惑少女は、勝てなかった時点でロクでもない大規模破壊手段を引っさげて戻ってくる。

 

 

――空が陰る。夜と見まごう暗さとなり、一つだけ桜色に輝く星が生まれる。

 

光を遮り、ピンクの燐光を撒き散らし、彼女は天に立つ。

 

「ちこくちこくー! お待たせほむらちゃん、みんな」

 

ピンクのドレスにふわふわパニエ。

桜色の光輪を発生させ、高速飛行に耐える高出力。

自信ありげなくせにどこか抜けてふんわりした面立ち。

 

「まったくもう……」「遅えぞ」

「まどからしくもない!」「いや、完全に私の知ってる鹿目さんですけどね。とりあえず巴先輩は下がって顔面狙いのヘイト取りに切り替えでお願いします」

 

今ここに、成層圏を突破し宇宙にまで飛び出してきたとびっきりのアホ、鹿目まどかが帰還した。

 

「それじゃ、ただいまついでに1発お見舞いしちゃうよ~!」

 

戦略を覆す大質量武器――弾丸の形に整形された、街を暗く隠すほど巨大な隕石を伴って。

 

 

 

 

 

――さて、ここで星座の話をしよう。

 

 

乙女座は、そも麦の穂を持つ豊穣の女神デーメーテールの似姿だ。この星々は、いわば小麦。

くじら座は、エチオピアの海岸にポセイドンによって送りつけられた海の化け物だ。巨大な化け物は海を泳ぎ、たっぷりと水を飲み込んだ。この星々は海水を含む、つまり塩と水。

 

まどかは転移し、現地へ赴き、これらの星々を砕いて混ぜ合わせ、適切な弾丸に成形した。

小麦に塩を加え、水で練り、切り裂き形を整えた。そして大気圏に加熱され、アツアツの内に魔女へ届く。

 

 

それを人は何と呼ぶか。

嗚呼、私は知っている。このアホが執着したものを。

筋肉痛で寝込んだ時に食べた、病床での救いの味を。

 

そうだ、アホだ。ほむらは思う。

実にくだらないが、これは、まごうことなき――。

 

 

「一丁お待ちィ! これは――銀河系のチカラを込めたうどんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

うどんと言う名の弾丸状メテオが、ワルプルギスの夜に叩きつけられた。

赤熱する大質量が空気抵抗の壁をぶち抜いた宇宙速度を以って、さやかとマミに気を取られたワルプルギスを上から叩き潰す。

重力に引かれて落下したギャラクシーうどんがワルプルギスを地に伏せ、その象徴的な高笑いの仮面とスカートの裾が割れ砕け、内部の巨大な歯車群が歪んで軋みを上げている様が露出。

これはもう、完膚なきまでに、形勢逆転という奴だった。

 

……今まで魔法少女その他たちは、一時的に弱点を突いて戦闘の流れを有利に進めることができていた。

だが、それは相手に致命傷を与える手段を持たないまま続けるジリ貧の戦闘だった。侵攻を遅延するだけのゲリラ戦に過ぎなかった。

だけれど、今は違う。

鹿目さんは控えめに言って頭おかしい。彼女が安直に、とんでもなくでかい武器を持ってきてしまったせいで勝負はひっくり返った。

今まで投げナイフだけでジエンモーランを狩っていたところに、THEのついた武器と狩技引っさげて5人目が来たようなもんである。

 

その状況に、感情を理解できない宇宙人はわなないた。

 

「何故なんだい? 確実に絶望的な状態だったはずだ。それを一顧だにせず乗り越える、その精神――それは一体何なんだって言うんだい……!」

 

ほむらは、クスリと笑った。

 

「キュゥべえさん、あなたは何も知らないんですね」

 

今まで、見滝原での生活を思い出す。そこにいたのは、いつだってそれだった。

ほむらは遠い目で語る。

 

「これこそが人間の理不尽の極み。

希望よりも尖り、絶望よりもどうしようもないもの……」

 

キュゥべえが息を飲む。

それは、自分たち群体生物インキュベーターには絶対に理解できないもの。その心の名は――

 

「うどんだああああ「アホよ」あああああああああああ!!!!!!!」

 

背後でまどかが咆哮した。

鹿目さん、人が話している時に叫び出すのは止めて欲しいなとほむらは思う。

 

「うどんと言う感情……」

「違いますよッ!?」

 

案の定変な勘違いが産まれちゃってる!?

突然無意味に叫び出す鹿目さんアレだが、キュゥべえもかなりアレなのではなかろうか。

と言うか希望とか絶望とか、魔法の使者のはずなのにいってることが悪役臭い。

 

「うどん……小麦粉を練って作った、ある程度幅のある麺。またはそれを使った料理のこと。日本全国で米の代用食、古くはご馳走として食べられてきた麺料理……そのはずだ。だというのにそれが希望よりも、絶望よりも勝る……だって……!」

 

あ、この生物ダメだ。

ほむらは訂正を諦めた。ダメな時の魔法少女勢と同じ気配してるから、言うだけ無駄だね。うん。

余波で飛んできた電信柱を体を捌いて避けながら、ほむらはため息ついた。

 

 

しかし、キュゥべえは思考回路を混乱から立ち直させた。

 

「……だけど、どうやら君たちのうどんでも、ワルプルギスの夜は倒せなかったみたいだ」

 

魔女の目が不気味に紅く光る。

 

「■■■■■■■■ーッ!」

ケタケタと狂笑を上げて、魔女は再起を始める。

魔女は頭を天に向けて、再び文明崩壊の竜巻を巻き起こす。

 

先ほど、全盛ほどの勢いはない。

世界まるごと飲み込むような、底知れぬ猛威は感じられない。

しかし、確かに魔法少女ごときには抗えぬ真の破壊の体現者が、再び立つ。

 

――僕と契約して、魔法少女になってよ。

 

目の前にあるのは絶望だ。

願えば駆逐できる、そういった絶望だ。

 

解決は簡単だ。ほむらが一言、さやかが一言。

契約を口にして願えばいい。ワルプルギスの夜を消して、と。

だけどほむらは願い下げだ。

あんな、魔法少女なんてアホの象徴みたいな人種と一緒にされたくないし、そんなものになりたくないし、苦手な戦いになんて赴きたくない。

そんなものはやたらめったら戦いたがる、脳みそ筋肉なアホに任せておけばいいのだ。

 

願う必要なんてない。だって――

 

「まだ足りないんだ。なら――替え玉だね」

 

まどかが2つ目のギャラクシーうどんを投下する。

多分、一般的に隕石と呼ばれるものがもう1発。

大気を赤熱させ、希望でも絶望でもない、まどかのアホの象徴が、星となって閃き尾を引く。

 

「そんなバカなことがあるもんか!」

 

キュゥべえが狂乱する。

 

「替え玉――それはラーメン店、特に博多ラーメンに普及したシステム。伸びやすく、茹で時間が短い細かんすい麺という土台があって生まれたラーメンのためのシステム。大盛りで麺が伸びてしまっては後半においしくいただけないが故の救済装置……

! それを太麺で大盛りしても問題なく、その上茹でるのに時間がかかってしまううどんで替え玉をするだって……?」

 

あ、これ一瞬立ち直ったけどダメなやつだ。

ほむらは落ちてきた交通標識に落書きを始めた。

 

「そんなものは、不合理だ――人類史に対する叛逆だ――ッ!」

 

今まで割とこの子無表情で無感動だった気がするんだけど、今日は妙に動揺した声聞くなー。

ほむらは交通標識に落書きはまずいような気がしてを止めた。

 

「牧のうどん」

 

まどかが腕を振り上げる。天が炎の赤に染まる。

 

「博多肉肉うどん」

 

ゆっくりと腕を振り下ろす。

 

「替え玉を出すうどん屋は、あるよ。」

 

赤き岩塊が、その質量と速度を破壊力へと変えて、舞台装置の魔女へ突き刺さる。

頭表面を砕くにとどまらず、首を折り取り、吹き飛ばし、その狂いきった悲痛な笑いを止めた。

 

「不合理だって、大盛りで食べればよくたって。お客さんにお腹いっぱい食べて欲しい、茹でたてを食べて欲しい。途中でもっと食べたいと思った時に、お客さんに満足をあげたい。そう願う職人はいるんだ」

 

替え玉もう一丁。

かろうじて浮遊している魔女目掛けて、三度うどんは突き落ちる。

 

「だから私はいつでも、お腹いっぱいみんなにうどんを食べてもらうために、替え玉を用意してきた」

 

3杯目の替え玉は、結界を作り隠れようとした魔女の芯を捉え、突き抜ける。

破壊の暴風は魔女の歯車だらけの内部構造をバラバラにして、四方八方へ吹き飛ばす。

ほむらはせっかく描き完成しかけていた秋田県ゆるキャラナマハゲくんBLACK RXが彼方へ飛んでいくのを見て、足の指で地面に掴まって余波の暴風を耐え切った。

 

 

「おあがり、ワルプルギスの夜さん。満足できたかな?」

 

 

ワルプルギスの夜は、もう笑い声を上げない。

そのための口がない。

 

だけれど、折れて飛んで行った頭の見せる笑いは――

 

 

 

――ありがとう。

 

 

 

少し、優しい色が宿って見えた気がした。

 

 




まどマギに登場する全名前あり男キャラ集合回です。
(中沢、ホストのショウさん、ホスト後輩、上条恭介、まどかパパ、タツヤ)
できれば工場で塩素系と酸素系の漂白剤混ぜて自殺しようとしてるおっさんとかも出したかったのですが、アニメでもゲームでもマミさんの前で自殺しようとするOLにキャラで負けていたので未登場です。

今回は名前のあるオリキャラが3名登場しています。

・グルメグリズリー
「杏子ちゃんが路地裏に突然現れるグリズリーに襲われて血まみれにっ!」というタイトル名を思いついたから出しました。詳細不明。

・アンジィ
鹿目さん家に突然ジャイアントゴリラがいてタツヤ泣いてたらさやかがツッコミ安そうだなと思いついたので湧いて出ました。
プロットにいないキャラです。誰だテメエ。

・田代本部長
竜巻で洗濯物竿が飛んでくる描写を入れたらいつの間にか出てました。彼の近くでは未だに全自動麻雀卓はあまり流行らない様子です。
プロットにいないキャラです。誰だテメエ。



最後、エピローグに続きます。

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