煙草に火を点けて、悠也はテラスに置いてある椅子に腰を掛けた。
昨日の夜、正確には今日なのだが、ヴォルケンリッターが召喚されてから八時間が過ぎた。
本来なら、もう朝ごはんを食べて出かけている時間だ。だが、はやてが時間通りに起きなかったのだ。シャマルが見た所、魔力の急激な減少が原因とのことだ。
はやてを「主」と呼んでいることから解るだろうが、ヴォルケンリッターが仕える主人は八神はやてだ。
何故はやての部屋に闇の書があったかは不明。悠也でさえ気づくことが出来なかったのだ。
「はぁ……」
「ご主人様、そう気を落とさないでください」
アカレラが慰めてくれるが、何の解決にもならない。昨日の夜から向けられている視線も解決にもならないし、それが気になって眠れなくて寝不足という事実も解決にならない。
コーヒも5杯飲んでしまった。おかげで胃が心配だ。
「時間は?」
「午前9時です」
「まだ起きないのか……はぁ」
「騎士を納得させるには主が説明するのが一番ですからね」
そう、そうなのだ。騎士を納得させるには主の説明が一番いいのだが、その主が爆睡していてはどうしようもない。気絶から目覚めたはやては、悠也を見ると「なんや、夢か?」と言って再び寝てしまったのだ。それから約9時間。一向に起きない。
そこから監視が始まったのだ。小さな赤毛の女の子、ヴィータと金髪の女性シャマルはそのまま部屋に残り桃色の髪の女性シグナムは部屋の入り口で仁王立ち。
獣耳の男ザフィーラは悠也の監視と、眠る主を守護する騎士と部屋への入り口を塞ぐ騎士。
そして不審な男を監視する騎士。
「はぁ……」
短くなった煙草を捨てて2本目の煙草に火を点ける。後ろに向けて火の点いていない煙草を差し出すが、暫くたっても何も起きない。ワザとらしく肩を竦めて煙草を箱に戻す。
「なぜお前は警戒をといたのだ?」
「なぜって、そりゃ最初は警戒してたよ」
いきなり出てきたヴォルケンリッターを警戒するのは当たり前のこと。だけど、1時間、2時間、3時間と時間が経過していく内に警戒することがバカらしくなった。
「けどな、そっちは何もしてこないし、はやてからは離れない。守ってるって言った方が合ってる様な感じもする」
「当たり前だ。我らヴォルケンリッターは主を守る守護騎士だ」
そして一番の理由が悠也を監視しているザフィーラが言ったこれ。主を守る守護騎士。
騎士とは、約束を守るもの……だそうだ。
「それに、誓ったのだ。我らは武器の持たない者とは危害を加えてはいけないと誓ったのだからな」
「……そうか」
煙が風に乗って消えてゆく。空はこれでもかというくらい青々としていて、正にお出かけ日和だ。煙を吐いて、悠也は立ち上がった。そして短くなった煙草をテラスに備え付けてある灰皿に押し付けた。
「さて、朝ごはんでも作るか」
「は?」
ザフィーラは監視対象である悠也の言葉の意味が理解できなかったのか、少しだけ呆けて直ぐに部屋に戻った悠也の後を追った。
結局、はやてが目を覚ましたのは十二時を少し過ぎてからだった。
そして、悠也の予想通り大声で悠也の名前を呼んで「説明して!?」と慌てふためいていたが、取り敢えず落ち着いてもらった。だが、それから十分もしない内に耐え切れなくなってしまったのかリビングに一度、悠也とはやて。そしてヴォルケンリッターが集合していた。
椅子に座る悠也とはやてとは違い、ヴォルケンリッターは揃って片膝を床に着けて頭を垂れていた。
「な、なぁ悠也」
「ん?」
「この人たち誰なん?」
はやての質問は当たり前のものだ。悠也が説明しようと口を開ける前にシグナムが口を開いた。
「烈火の将 剣の騎士シグナム」
「紅の鉄騎 鉄槌の騎士ヴィータ」
「風の癒し手 湖の騎士シャマル」
「蒼き狼 盾の守護獣ザフィーラ」
そして四人は口を揃えて言い放つ。
「我らヴォルケンリッター。主の命にだけ従い、主を脅かす存在を打消し、主を守る守護騎士でございます。なんなりとご命令を」
そう言って、四人は「主」の返事を待つが、一向に返事が返ってこない。
それもそうだろう。いきなり見ず知らずの四人が自分を「主」と呼んで、自分たちの事はどう扱ってもいいと言っているのだから。もしこれが自分に向けて言われているとしよう。
当然、混乱する。それは、はやても同じこと。
横に座る悠也とヴォルケンリッターを交互に見て、目を大きく開いた。
「えぇっと、えぇっと?」
「はぁ、だから言ったんだザフィーラ。こうなるって」
こう、何度もこの状況になると言っていたがザフィーラは聞かず今だ。
「本当に簡単に言うぞ?」
「うん」
「あ~、本当に簡単に言うと、この四人。今日から八神家の一員」
簡単に言った。これでもかってくらい簡単に。幼稚園児にでも理解できるくらい簡単に。けど、はやてはその言葉をゆっくりと理解する。
「ほんま!?」
「ほんと、聞いてみなよ。」
悠也はそう言うと立ち上がり、シオンの入っているお出かけ用のバッグを肩にかけて出て行った。そろそろシオンが心配になってきたのだ。
それはさておき。今、家にはヴォルケンリッターが片膝を着いて九歳の女の子に頭を下げている。言い方を変えれば、子供に大人が頭を下げている。もっと言えば、獣耳の筋肉モリモリの男が九歳の女の子に頭を下げている。
シュール
「あ、頭上げて」
騎士たちは、少し戸惑いがちながらも頭を上げた。こうしてちゃんと「主」を見るのは初めてなのだ。
「なぁ、なんでそんな膝何て着いてるん?って言うか服は?」
「あ、えっと。まず、膝を着いているのは……そうですね、貴方が我ら守護騎士の主だからです。そして、服に関してですがこれが元から着ていた服なのです」
聞かれた事に正確に答えるシグナムに、はやては椅子に座ってと言い四人は座った。
この様な扱いに、守護騎士達は戸惑いを隠せない。
「それで、悠也から聞いたんやけど家族ってほんまなん?」
目を輝かせて話すはやてに、やはり四人は戸惑いを隠せずにしている。が、シャマルが口を開いた。
「その事でお話があります主はやて。最初に、私たちは人間ではありません」
「え?でも、どっからどう見ても」
そう言いながら移動して、シグナムの腕に触れる。確かに暖かく、鍛え上げられてはいるが女性特有の柔らかさはある。
「確かに、私たちには触れることが出来ます。」
はやての手をそっと握り、シグナムも主の暖かさを知る。
「ですが、私たちは闇の書と呼ばれる本のプログラムなのです。基本構造は人間と殆ど変りはありませんが、もし怪我をしたとしても魔力さえ主から頂ければ直ぐにでも治ってしまいます」
「でも、ちゃんと温かい。触れることだって出来るし、こうやってシグナムもワタシのこと触れるやろ?」
シグナムの隣に座るヴィータにも手を伸ばす。そして、浮遊魔法で自分の膝の上に運ぶ。
急に魔法をかけられたヴィータはギュッと目を瞑る。ザフィーラは、ただ目を細め、シャマルは心配そうにヴィータを見ている。
「ほら、ちゃんとヴィータにも触ることだって出来る。だから、人間じゃないなんて言わんといて?」
「……はい。主がそう言うのなら」
「その主って言うのもアカン。私は八神はやて」
ギュッと目を瞑っていたヴィータは、恐る恐る目を開ける。が、視界に入ったのは優しい笑顔を見せてくれる新たな主。
「は、はやて?」
「うん。そうや。ほら、シグナムも」
「あ、主はやて」
「シャマルも」
「はやて、ちゃん」
「ザフィーラも」
「主」
「ザフィーラも」
「は、はや……主」
流石に「主」の事を名前で、しかも呼び捨てで呼ぶなど騎士として、なにより自身が許さない。が、目の前の「主」はどうだ。と言うよりも、主に加えてシグナム、ヴィータ、シャマルが「主」の事を名前で呼ばなければダメ。そういう空気になっている。
「ザフィーラ」
「はい、はやて」
「うんうん!」
ニコニコと笑う新たな主に、戸惑いながらも喜びを隠せない。それもそのはずだ。
闇の書には、まだプログラムが存在する。その一つが転生プログラム。
それは、「主」が死ねば次の「主」になるべき人間の元へ転移するプログラムのことだ。
ヴィータが目を瞑っていたことも、これが原因だ。
歴代の「主」が全て普通の人間ではなかったのだ。確かに、はやての様に優しい主もいる。
だが、はやてを光とすれば当然、闇もある。
守護騎士を、只の道具としか扱っていない「主」もいれば、彼女たちを犯したりもする。
拷問をする「主」もいる。殺戮兵器の様な扱いもする。
何度も転生する闇の書だが、記憶は勿論ある。だが、薄れゆく記憶の中で鮮烈に覚えているとすれば、そう酷いことなのだ。楽しい記憶は苦しい記憶に埋められる。
はやてがヴィータに浮遊魔法をかけた時、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの脳裏に浮かんだのはそういった記憶だ。
だが、実際は優しく撫でられて視界には優しい表情をした「主」の顔。思わず呆けてしまったのは言うまでもない。
「主はやて、一つ聞いてもいいですか?」
「えぇよシグナム」
「主はやての傍にいた騎士は、何者なのですか?」
これは、シグナムたちが「主」の次に気になっていたことだ。魔力ランクはそう多くないが、あの余裕のある表情に守護騎士の誰もが見えない程の高速移動。警戒するのは当たり前のことだ。
「騎士……あ、悠也?」
「はい。その悠也という騎士とは、どういう関係なのですか?」
「せやな~、う~ん……」
こう、改まって聞かれると悠也とはやての関係はどの様な関係なのだろうか。
兄妹ではないし、ましてや恋人でも家族でもない。只、言ってしまえば友達のような関係なのだろうか?
「多分、友達って言うか幼馴染っていうか。まぁ、けど悠也の事は好きや」
これは恋愛感情じゃない。九歳のはやてからすれば、likeのほうなのだ。決してloveじゃない。はやてから悠也の事を聞いたザフィーラとシグナムは顔を引き攣らせている。
そうだ、シグナムとザフィーラは悠也の言う事に耳も傾けずに敵意だけを晒しだしていたのだ。
「もしかして、なんかしたん?」
「……はい、主はやてに害のある存在かと思ってしまい」
「私も、害ある存在かと思い監視していました」
シュン、と肩と獣耳を落とす二人にはやては屈託のない笑みを向けた。
「なら、明日は謝らなあかんな。あ、皆の服も買いに行かなあかん。どないしよ」
一人、思考の中に入ったはやては、ヴィータの事を忘れており十分後に再起動したはやてにどかされるまで、まるで置物の様に黙って座り続けていた。