後ろに結っている髪が生き物のように、吹き荒れる風になびく。
見渡す限りの銀世界は、軽く眩暈を起こさせるようだ。
主はやてが居たら、この雪景色に目を輝かせていたのだろうか……
「……時間が無い」
そう呟くと、シグナムは魔力を開放した。こういう不毛の大地で、一番手っ取り早く原住生物を見つけるのが魔力を開放することだ。原住生物は飢えている。
シグナムの数メートル後ろで、雪が不自然に盛り、弾けた。
その姿は、白い毛に覆われ手の先の爪は鋭く尖っていた。牙は口に入りきらないのか、飛び出している。大きさは3メートル程。
「甘いッ!!」
後ろに振り向くこともなく、シグナムはレヴァンティンを振り斬った。
その手応えは、殺したのではなくギリギリのラインで生かしたという表現の方があっている。予想以上に白い体毛が絡まり、筋肉の鎧が硬かったのだ。
「蒐集」
レヴァンティンを地面に刺し、右手に闇の書を持ち左手で白いバケモノの胸を貫きリンカーコアを取り出した。リンカーコアから魔力が抜き取られ、闇の書に蒐集される。
たったの六項目。されど六項。
目の前、いや、シグナムを中心に白いバケモノが雪の中から出てくる。
それは悠也に見せられた、死者が墓から這い出てくるのに酷似していた。
口元に笑みを浮かべながら、レヴァンティンを引き抜く。闇の書は消した。
左手に鞘を持ち、レヴァンティンを正眼に構える。
「獣は獣でも、仲間がいるのか」
白いバケモノが次々と咆哮する。
「許しは請わんよ……私にも、大切な人はいるからな」
白いバケモノが一斉に襲い掛かってくる。
「だから、倒れてくれ。そうすれば、手元が狂って殺すこともない」
レヴァンティンを正眼から、空に掲げる様に持ち上げた。
「往くぞッ!!」
「Schlangeform」
銀色の刃が舞った。
鮮血が舞い、白い雪を染め上げる。シグナムの為に出来た道の様に、白い道が出来上がる。
白いバケモノは、次々と地面に倒れ血を流す。この光景を見た普通の人間は虐殺だと叫ぶだろう。だが、シグナムは違った。
全ては主の為に。
これが決して良い事ではない事など、わかりきったことだ。
主を助けるのなら、私は外道となろう。そう自身に言い聞かせ、白いバケモノを斬る。
斬って斬って斬って、白いバケモノが全て地に伏した時、地面に膝を着いた。
「闇の書……蒐集開始」
闇の書が怪しい光を放ち、ページが次々と捲られる。そして白いバケモノの胸からリンカーコアが飛び出し、蒐集される。
蒐集が完璧に終了すると、シグナムは静かに飛び立ちそこを後にした。
目的地はシャマルが作った転移魔法陣だ。
白く、幻想的な世界が続く中シグナムは胸にシコリの様なモノを感じていた。
それは、シグナムの、闇の書の守護騎士プログラムである為には無くてはならないモノ。
人間を構成しているもの。それは言語であってり思考であり、骨格や肉体も必要になってくる。それはプログラムであるシグナム達ヴォルケンリッターも変わらない。
だが、守護騎士が必要なものは普通の人間とは決定的に違う。
それは、長い年月を経て得た他の人間とは違う圧倒的な戦闘経験だ。
それさえあれば、後は主の命令を聞くことの出来る思考と自らの分身を振える体があれば十分なのだ。
しかし、だ。今は優しい主がいる。二週間に一度は剣を交えてくれる、私達の兄の様な騎士がいる。主のことを考えると、胸がぽかぽかと温かくなってくる。騎士悠也の事を考えれば口角が上がる。
「大丈夫だ。私はまだ……大丈夫だ」
自信に言い聞かせる様に。そうすれば、私はまだ戦える。家に帰れば、優しい主が迎えてくれる。私はまだ、狂っていないんだ、と。
「アレだな」
開けた場所に、緑色の光を放つ魔法陣を見つけた。
速度を上げて家に帰ろうとした。だが
「時空管理局だ!武器を捨てて投降しろ!!」
後ろからの声に、シグナムはレヴァンティンを鞘から抜き放った。
目の前には、黒いバリアジャケットを展開してS2Uを構えているクロノ・ハラオウンがいた。
一人ではない。彼の後ろには総勢で十三人の武装隊員が同じく杖を構えていた。
「武器を捨てて……とは、どういうことだ?」
「君には、いや、君たちヴォルケンリッターとその主には傷害及び殺害未遂。そして、魔法文化のない世界での魔法行使。これらの罪で君を逮捕する。今、投降してくれればまだ君のは弁護の機会がある。同意してくれるのなら、武器を捨ててバリアジャケットを解除してくれ」
クロノが杖を持っていない右手を前に差し出す。
戦わずに、平和的な解決を望む。クロノは、時空管理局はそう言っているのだ。
だが、シグナムはレヴァンティンを構えたまま動かなかった。
「すまないが、それは出来ない」
「どうしても、か?」
クロノの手が下がる。
「私は……私達ヴォルケンリッターは止まれない。もう、止まれないんだ」
レヴァンティンに炎が宿る。それは拒絶を意味していた。もし、この時クロノが本当の主がはやてで在ることを知っていたら。そして、闇の書を完成させることでしか病気を治せない事を知っていたら変わっていたのかもしれない。
だが、シグナムたち守護騎士は止まらない。主はやての為に、闇の書を完成させて病気を治す。そして、そのまま永遠に平和が、あの笑顔が失われる事の無いように守護騎士は主を護り続ける。主の最期まで……
「残念だ。なら、力ずくで君を拘束する!!」
「紫電――一閃!!!」
クロノが間合いを詰めようとした瞬間、シグナムが放った紫電一閃が直撃する。
それは爆炎を上げて武装隊員の視界も奪った。その隙にシグナムは魔法陣の上に乗り、すでにこの世界から脱け出していた。
「クソッ、エイミィ!」
爆炎が晴れ、クロノはシグナムが居ない事を確認するとエイミィに通信を入れた。
「駄目ッ。多重転移で逃げられた。反応ロストしちゃった……ごめん」
「また、逃がしたッ!」
言いようのない苛立ちに、S2Uを振う。だが、直ぐにソレを抑えてクロノは小隊をシグナムが使った魔法陣へと急がせた。他の武装隊員には、この世界を調査させる。
今のところ、手がかりは魔法陣しかないのだ。
守護騎士がどこの世界を拠点にしているのか。その守護騎士の主が何を望んでいるのか。
それがわかれば、ある程度の対策は立てれるのだ。
「今度は逃さないぞ」