「隠れたか……」
闇が過ぎ去ると、そこにいた二人は既にいなかった。手応えはあったが、確実に防がれた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「貴方は……騎士悠也」
荒い呼吸。立って呼吸しているだけで、流れ出る血。左腕は曲がり、力なく垂れ、その背中からは、一本の鉄骨が突き出していた。
「自ら、鉄骨を切り裂いて来たのですか」
綺麗な断面が鉄骨に出来ていた。
「そう、だ」
滴る血が目に入り、視界は真っ赤に染まっている。
「くそっ」
手にしているアカレラを落とし、口を押えると指の隙間から血が溢れだした。
止まることのない血は、悠也が既に致命傷を負っている事を示していた。生身で、魔法で強化された人間の蹴りを受け、そのまま病院に突っ込んだ。頭を酷くぶつけ、蹴られた部分は抉れて血が吹き出し、硬いコンクリートで左腕は折れ、そして飛び出した鉄筋に突き刺さった。
誰がどう見ても致命傷を受けた傷。早く治療しないと死に至る傷。
「貴方は主の、そして騎士達の家族。まだ、生きている内に」
闇の書の意思は、悠也の傍らに降りた。
「お、前は……」
「騎士悠也。私は唯の意思です」
体から飛び出ている鉄骨を握りしめ、
「ですが、主の、そして騎士達の記憶から貴方の存在がどれだけ大切かが、わかります」
鉄骨を一気に引き抜いた。
「ガァッ!?」
鉄骨を引き抜いた場所から、血が噴き出す。鉄骨を放り投げ、傷口を押さえる。
「治療」
「くっ……うぅ」
致命的な傷が、みるみる内に塞がって流れていた血が止まる。だが、失った血は一瞬で戻る事は無く悠也の目は不規則に揺れていた。
「貴方も、眠ってください」
「待、て」
守護服の襟を掴む。直ぐにその手は落ちるが、闇の書の意思がその手を掴んだ。
「なんですか?」
「皆は、どこに、いる」
掠れた声。既に、眼が見えていないのだろう。
「ここに居ます。私の、中に」
悠也の手を、胸に当てる。
「そう、か」
「はい。ですから、貴方もここに」
悠也の体が、光の粒子となって闇の書の意思に溶け込んだ。
立ち上がった闇の意思は、右手にアカレラを持ち涙を拭いた。
「主よ、貴女の望みを叶えます。愛おしき守護者たちを傷つけた者たちを――」
ベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。
「――今、破壊します」
「Majical Prison」
闇の書の主を中心に、結界が広がっていった。
「なのは……大丈夫?」
「うん、なんとか」
あの一撃を真面に受けたなのはは、ビルを利用して隠れていた。
「なのは!」
「フェイト!」
二人に合流したのはユーノとアルフだ。そして、なのはが怪我をしている事に気付いたユーノが、フェイトも一緒に治療の魔法をかけた。
「ありがとうなの」
「ありがと」
だが、それもつかぬ間。魔力の余波が四人にぶつかった。
「なに?」
「前と同じ、閉じ込める結界だ!」
「やっぱり、私たちが狙ってるんだ」
「今、クロノが解決法を探している。援護も向かっているんだけど、まだ時間が」
「それまで、私達で何とかするしかないか」
「うん」
クロノは、執務室で青い艦長制服に身を包んだ、髪が白くなっている優しげな雰囲気のを持つ初老の男性と、その後ろで猫が素体の使い魔と向かい合っていた。
「リーゼ達の行動は、貴方の指示ですね……グレアム提督」
「違うクロノ!」
「あたし達の独断だ。父様には関係ない!」
声を荒げる二人に、グレアムは待ったをかけた。
「ロッテ、アリア。もういいんだよ。クロノはもう粗方の事を掴んでいる……違うかい?」
自分の子供に話しかけるかの様に、優しくクロノを見た。
「十一年前の、闇の書事件以降。提督は、独自に闇の書の転生先を探していましたね」
浮かび上がるディスプレイに、闇の書とはやてが映し出された。
「そして、発見した。現在の主、八神はやてを。しかし、完成前の闇の書の主を押さえても、余り意味が無い」
闇の書が完成する前の形で在っても、それは意味のないモノだった。
「主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから」
闇の書の機能の転生。ベルカの時代から、現代にいたるまで闇の書が存在しているのが証拠だ。
「だから、監視をしながら闇の書の完成を待った」
完成すれば、破壊以外にも方法がある。だが、これまで幾ら頑丈な封印をしても無駄だった。
封印しても、時期が来れば守護騎士が目覚め封印を破壊して主の元へ辿り着き、完成してしまう。
「見つけたんですね。闇の書の、永久封印の方法を」
だが、グレアムは見つけた。破壊せず、封印する方法を。
「両親に死なれ、体を悪くしていたあの子を見て、心が痛んだが運命だと思った。そして、神崎悠也。彼も同じで、両親に死なれている」
ディスプレイに映るはやてを見て、込み上げてくるものがあった。
「孤独であれば、それだけ悲しむ人は少なくなる」
クロノは、一枚の写真と手紙を取り出した。そこには、はやてと守護騎士と悠也が笑っている写真。そして手紙には、可愛らしい執筆でグレアムの名前が書いていた。
「あの子の父の友人だと言って、生活の援助をしていたのも、貴方ですね」
「永遠の眠りにつく前くらい、せめて、幸せにしてやりたかった」
十分すぎる援助を送ったのは、せめて彼女が幸せに生きて欲しいという願いが込められていた。
写真の中のはやては笑っている。この笑顔が、眠りに着くまで続けばいい。そう、思っていた。
「偽善だな」
「封印の方法は、闇の書を主ごと凍結させて、次元の狭間か、凍結世界に放り込む。そんな所ですね」
「そう。その方法なら、闇の書の転生機能は働かない。例え、神崎悠也のレアスキルをもってしても意味が無い」
主が死ぬ事で、転生プログラムは起動する。だが、逆に言えば主が生きていれば転生プログラムは起動しないということだ。なら、次元空間に放り込めば魔法も使えず、出ることも敵わない。凍結世界なら、誰もその存在を知ることなく永遠に眠り続ける。悠也のジャンプ能力があろうと、それはかわらない。
「これまでの闇の書の主だって、アルカンシェルで蒸発させてんだ。それと変わんない」
アースラにも配備された、言わば最終兵器。核兵器よりも強力で、その威力は一つの世界を終わらせられる。
「クロノ。今からでもあたし達を開放して。凍結をかけられるのは、暴走が始まる数分だけなんだ」
事実。暴走が始まれば闇の書の主の意思と関係なく、世界を破壊する。余りにも強力すぎて、封印が弾かれてしまう。
「だが、その時点では闇の書の主は永久凍結をされるような犯罪者じゃない……違法だ」
永久凍結は、死刑よりも酷い刑罰だ。永遠に目覚めることもなく、永遠に眠る。
待っているのは、冷たい氷の世界。
「そのせいで!」
ロッテが身を乗り出して、クロノに掴みかかりそうになる程、声を荒げた。
「……そんな決まりのせいで悲劇が繰り返されているんだ。クライド君だって……アンタの父さんだってそれで」
十一年前の闇の書の被害者は、闇の書の主と犠牲者を含めて二名と一つの艦のみ。奇跡的な数だ。だが、その犠牲者はクラウド・ハラオウン。クロノの父親だ。
「ロッテ」
グレアムは、乗り出していたロッテの手を握った。
「父様……」
クロノは立ち上がり、部屋の出口に向かった。
「法以外にも、問題があります。まず、凍結の解除はそう難しく無い筈です」
闇の書の様な、高性能のデバイスなら難しくないだろう。
「どこに隠そうと、どんなに守ろうと、何時かは誰かが手にして使おうとする」
力を求める者。欲望に目がくらんだもの。きっと、誰かが見つけるだろう。
「怒りや悲しみ、喜びや切望。その願いが導いてしまう。封じられた力へと」
クロノはグレアムに向き直り、頭を下げた。
「すいません。現場が心配なので、いったん失礼します」
今も、なのはとフェイト。ユーノもアルフも。アースラのスタッフも戦っている。
「クロノ」
「はい」
出て行こうとするクロノを呼び止めた。
「アリア、デュランダルを彼に」
「父様!」
「そんな……」
「私達に、もうチャンスはないよ。持っていたって、役に立たん」
グレアムがそう言うと、アリアとロッテは顔を俯かせた。目の前に封印の方法があって、今からでも現場に向かえば封印できるのだ。この負の連鎖を断ち切ることが出来るのだ。
「どう使うかは、君に任せる。それに、神崎悠也。彼は死ぬかもしれない」
取り出したのは、白いカード。待機状態のデバイスだ。
「氷結の杖。デュランダルだ」
「待ってください。神崎悠也が死ぬとは、どういうことですか」
ありえない距離を一瞬にして詰める、レアスキルを持つ彼。
「二日前に、彼は自らリンカーコアを闇の書に差し出した」
「バカな……そんな事をすれば、魔法を使えない筈。レアスキルも満足に使えない」
レアスキルは、少なからず魔力を使う。
「だが、彼は舞い戻ってきた。舞台に戻ってきて、そして落ちた」
強化された一撃で、騎士甲冑も無い状態で落とされた。普通の人間が。
「救出班を用意しなければ、彼の命は、ない」
「急ぎます。では」
「彼に、一言だけ伝えてくれないか?……すまなかった、と」
「それは、彼が戻ってきたらあなた達が言ってください」
クロノは現場に急いだ。生身の人間が魔法で強化された一撃を受けた?冗談じゃない。致命傷な筈だ。