「ぁ……あぁ」
『エイミィさん!』
『状況確認。フェイトちゃんのバイタル、まだ健在!闇の書の中に取り込まれただけ。助ける方法、現在検討中!……え、これって』
『どうしたの!?』
『神崎悠也のバイタル反応が……え、消えたッ!?いや、弱いんだ!』
「悠也さん!?」
目の前には、闇の書の意思がいる。そして、その手には血の付いた彼のデバイスが握られているデバイス。それも、何時も首からぶら下げていた相棒。そのデバイスが、闇の書の意思の中にある。
「悠也さんをどうしたの!?」
闇の書の意思は、顔を歪めた。
「騎士悠也には、穏やかな眠りについて貰っている」
「そんなっ!どうしてそんなことするの!」
幾度と投げかけた問。
「致命傷だった」
だが、帰ってきた答えは余りにも予想外だった。
「え?」
「内臓に達した傷。抉れた腹から流れ出る血液。体を貫いた鉄骨。頭から流れる血液。定まらない焦点。折れた腕」
考えただけでも嫌なビジョン。
「どう、して?」
「主を救う為にリンカーコアを蒐集し、その二日後に闇の書が完成した」
その言葉に、なのはは驚いた。リンカーコアの回復には時間がかかる。体験したからわかるが、たった二日で戦闘なんて出来るわけがない。絶対に無理だ。
「だが、今は我が内で眠っている。我が主も、あの子も、覚める事のない眠りの内に終わりなき夢を見る。生と死の、狭間の夢を……それは、永遠だ」
「永遠何て、ないよ。皆変わってく。変わらなきゃいけないんだ。私も、貴女も!」
なのはは上空へと飛び上がった。
暗い、暗い、暗い。
落ちていく。落ちていく。落ちていく。
どこまでも続く暗い空間は、浮遊感を感じさせない不思議な空間。
どこか心地いいと感じる。いつまでも眠っていられるような、そんな空間。
「騎士悠也」
「……お前は」
目の前に、銀色の長髪の女性がいた。
「はい。闇の書の管理人格であり、守護者たちを束ねる者」
幻想的な紅い瞳。
「お前も、守護騎士なのか?」
はやてが、自分の守護服を描いたモノを着ている。
「はい。私は、主のデバイスであり、最後の守護騎士です」
動かそうとした右腕に、激痛が走った。
「折れて……傷は!?」
慌てて体を触る。穴が開いていて、湿った服。真っ赤に染まった視界の半分。
「アカレラが無い」
「アカレラは、私が使っています」
最後の守護騎士の頭上に、外の様子が映し出された。誰かの視点で見ているのか、それは目の前の桃色の砲撃をシールドで真正面から受け止めていた。
「なのは、か?」
「あの管理局の魔導師は、なのはと言うのですか」
映し出された映像に、アカレラが見えた。アカレラは黒い魔力を帯びて、斬撃を飛ばす。
悠也の唯一の中距離魔法。黒刃一閃だった。シグナムの飛龍一閃を見て、教えてもらい習得した魔法だ。
「ビックリした」
飛んだ斬撃は、爆発こそしないが相手のシールドに喰い付き、シールドごと吹き飛ばす。
それに、この斬撃そのものが速い。消費する魔力も少なく、連続で放つ事が出来るのだ。
「なかなか、使いやすい魔法です」
術式も簡単で、シグナムの飛龍一閃のように炎熱が無く爆発もしない仕様になっている。
「ここは、どこ?」
「我が内。眠りに付くための場所」
「けど、俺は」
「はい、眠っていません」
最後は、眠るというよりも痛みと出血で気絶したようなものだ。
体の感触なんてものは無い。只々、異物がある。そんな感触。
「主がお目覚めになりました」
最後の守護騎士が視線を上にあげると、目の前にバリアジャケットの肩が吹き飛んでいるなのはが収束魔法を溜めていた。
「騎士悠也」
「ん?」
「ここから出します」
最後の守護騎士が悠也の後ろを指すと、そこには光で出来た扉があった。
あそこを通れば、外に出れるのだろう。
「リンカーコアは、私の魔力と同調させて回復させましたが、ここから出ても貴方が失った血と、折れた腕は治っていません」
深い傷。致命的な傷は治っているが、命に関わらない傷が治ってない。
折れている左腕。未だに流れている頭の裂傷。体のあちこちに付いている小さな切り傷。
「充分だよ。そういや、自己紹介がまだだったな?」
「そうですね」
「俺は神崎悠也。只の中学二年生」
「私は……」
最後の守護者が目を見開いた。
「私は、強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール、リインフォース」
涙を流しながら、リインフォースは告げる。大事そうに、噛締めながら。
「そっか。いい名前だな」
「はい。主はやてが管理人格でしかない私に、名前をくれました」
「それじゃ、俺は行くよ。外でもあえるんだろ?」
「会えます」
口元に笑みを作りながら、リインフォースは消えた。たぶん、はやての元に行くのだろう。なら、俺もここを出ないと。
悠也は、光の扉をくぐった。
「補助なしで、飛べるか?」
屋上に出た悠也は、ノロノロと飛び上がり海で戦っている、なのは達の元へ向かった。
微睡の中、はやては薄らと目を開いた。ぼやける視界の中、見えたのは銀色。そして真紅だった。
「そのままお休みを、我が主。あなたの願いは私が全て叶えます。目を閉じて、心静かに夢を見てください」
「私は、何を、望んでたんやっけ?」
「夢を見る事」
優しい声。
「悲しい現実は、全て夢となる。安らかな眠り」
「そう、なんか?」
だんだんと、意識が戻ってくる。
「私が……欲しかった幸せ?」
「健康な体。愛する者たちと、騎士悠也と、ずっと続いていく暮らし。眠ってください。そうすれば、夢の中で貴女はそんな世界にいられます」
頭を振う。ぼやけていく視界と、動かない体。そうすることで、ぼやけていた視界がしっかりとしてゆく。力の入らなかった体に、力が入る。
「ん……せやけど、それはただの夢や」
目の前の、銀色の長髪と真紅の瞳を持つ女性。
「私、こんなん望んでない。貴女も同じはずや。違うか?」
こうなった原因は、確かに私にもある。けど、それは望んでいないこと。
「私の心は、騎士達の感情と深く繋がっています。だから騎士達と同じように、私も貴女を愛おしく思います」
シグナムが、主は優しいと言っている。ヴィータが、主をお姉ちゃんだと慕っている。シャマルが、主の事を大好きだと思っている。ザフィーラが、守るべき大切な人だと本懐を果たそうとしている。
「だからこそ、貴女を殺してしまう自分自身が許せない」
「えっ」
「自分ではどうにもならない力の暴走。貴女を浸食することも、暴走して貴女を喰らい尽くしてしまうことも、止められない」
プログラムが書き換えられた時から始まったこの浸食。主を殺してしまうこの暴走が、何よりも許せなかった。
「覚醒の時に、今までの事少しはわかったんよ」
魔法の事。騎士であるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、目の前に居る管理人格の事。そして、書の本当の使い方。
「望むように生きられへん悲しさ。書を通じて、流れてきた。私も同じや。シグナム達と同じや。ずっと悲しい思い、寂しい思いしてきた」
足が不自由で自由に遊べなかった。母親、父親が居なくて一人ぼっちやったあの頃。
どうして一人で家に居なければならないのか。寒くて、寂しい孤独な生活。
「……」
「せやけど、忘れたらあかん」
腕に力を入れて、安定しない魔力で体を少しだけ浮かびあげる。そして、彼女の頬を両手で挟んだ。
「貴女のマスターは今は私や」
はやてに魔力が集まる。
「マスターの言う事は」
子供に言いかけるように。
「ちゃんと聞かなあかん」
「……ッ」
三角形の、ベルカ式の魔法陣が展開される。
「名前を上げる。闇の書とか、呪いの書とか言わせへん。私が呼ばせへん」
闇の書、蔑称やレッテルによる呪いから解き放つための、魔法。
「私は管理者や。私にはそれが出来る」
覚醒した時に流れ込んできた記録。
「無理です。自動防御プログラムが止まりません。管理局の魔導師が、戦っています。それも……」
震える声。滴る涙。いくら涙を流そうが、止まることの出来ないプログラム。
「……止まってッ」
魔法陣が、光を増す。そして、言葉を紡ぐ。
「外の方!えと、管理局の方!」
外にいる、私達の為に戦ってくれている管理局の魔導師に。
「こちら、えと、そこにいる子の保護者の八神はやてです!」
そして、聞こえてきた声は一緒にクリスマスパーティーを楽しんだ彼女。
「はやてちゃん?」
「なのはちゃん!?ほんまに?」
「なのはだよ。色々あって、闇の書さんと戦ってるの!」
「ごめんなのはちゃん。なんとかその子、止めたげてくれる?」
外にいる自動防御プログラムが一時的に止まる。
「魔導書本体からのコントロールを切り離したんやけど、その子が走ってると管理者権限が使えへん」
管理者の権限をなくす代わりに、防御プログラムは最強の力を発揮する。
「今そっちに出てるのは、自動防御のプログラムだけやから!」
なのはが砲撃体制に入り、撃ち出す。外では、既に戦いが始まっている。なら、今度は内側でも戦わなければ。
「夜天の主の名において汝に新たな名を贈る。」
最大にして、最強の魔法。
「強く支えるもの、幸運の追い風祝福のエール」
それを今、使う……
「リインフォース」
光が、二人を呑み込んだ。