闇の書の暴走プログラムをアルカンシェルで破壊した面々は、アースラに帰還した。
クロノはリンディと執務室で話し合っていた。それは、この件に関しての罪である。
主犯格である悠也と、夜天の書の主であるはやて。
「どうしようかしら?」
抹茶に砂糖を数個入れたゲテモノを飲みながら、目の前で難しい顔をしているクロノを、リンディは口元を緩めながら見ていた。
「魔導師のリンカーコア蒐集が三人。管理外世界の固有種の蒐集が300件以上。管理外世界での魔法行使が数回。ロストロギアの不正所持。その他、もろもろの罪を合わせて魔力の封印処置。そして、軌道拘置所で短期間の軟禁が妥当です」
クロノが目の前の書類を読み上げ、机に置いた。そして湯気の出ているコーヒーを飲み、また別の資料を取り出した。
「ですが、夜天の書の主を救う方法が一つだけしかなかった事と、管理局側の一部の犯行による非人道的な行為があったことで刑は軽減できます」
「流石ね、クロノ」
お茶請けを食べながら、リンディもクロノの持っている資料を覗き見た。
何行か黒いペンで塗りつぶされたり、何かを付け加えたりしている。それは、悠也とはやて。
ヴォルケンリッターを追い詰める物ではなく、全て刑を軽くしようと思っているクロノの思いだった。確かに、神崎悠也とヴォルケンリッターは罪を犯した。それは紛れもない事実だ。
だが、その理由は一人の少女を救う為の行為だ。
「まぁ、僕は殆どなにもせずにグレアム提督がやったんですけど」
グレアム提督は、自分が裏から操っていたと管理局に言い、辞職する。大きな責任を自分が取り、これからは監視されながら生きていく。そう言ったのだ。
「けど、クロノだって頑張ったじゃないの。お母さん嬉しいわ」
「わわっ」
クロノを抱きしめ、満面の笑みを浮かべる。自分の子供が大好きな親は何処の世界でも同じだ。
ピ、ピ、ピ、と機械音が聞こえる部屋の一室、ベットで死んだように眠る悠也を前に、リインフォースは申し訳なさそうに立ち尽くしていた。
主はやては、あの決戦の後直ぐに倒れた。それは魔力を一気に使ってしまった反動からくるものだった。だが、悠也は違う。リインフォースが大きな傷を治したとはいえ、致命傷以外の傷は残っていた。それに、激しく動いて開いた傷口もある。悠也は、出血多量で死にかけていたのだ。それに、魔法を使うものにとっては致命的とも言えるリンカーコアの損傷だってある。
「騎士悠也……」
そっと、髪を撫でる。主はやてと違う髪質は、少し硬い。つい数時間前までは白くなっていた顔色も、今では普通の状態に戻っている。魔力も、少しだが元に戻っている。
患者服から覗いてわかる白い包帯は、頭にも巻かれ、顔の半分も覆い隠している。これも、私が存在していたからこその代償。騎士悠也に大怪我をさせてしまった。例え他の誰かが騎士悠也を傷つけたとしても、その原因は私にある。
「……魔力が」
体から魔力が少しずつ抜けていく。他人事のように、どこかこうなることを予想していたかの様に自分を見ている自分がいる。だけど、それが少しだけ嬉しい。このまま消えてしまうのは少し残念だが、満足感がある。記録の中に、主と騎士達が生活していた家に、私の記録は無いけれど書の中で見た記録だけで十分だ。騎士達が幸せそうに笑った顔は久しぶりに見た。小さな主と、小さな勇者が私を助けようと必死になってくれた事も、私の心を温かくさせる。それに、目の前で寝ている騎士悠也も必死になってくれた。
「満足だ……満足だよ」
主の可愛い寝顔と騎士悠也の寝顔も見れた。小さな勇者と騎士達に必要なことは全て話した。
後は、全ての元凶である私と……
「闇の書が消えればいいだけ」
主から貰った新たな名を、汚すわけにはいかない。騎士悠也に背を向けて、書を呼び出す。
着ている服は、主はやてのバリアジャケットを黒くしたもの。いや、闇に染まったもの。
パラパラとページを捲り、あるページで止める。
「……ありがとう」
ベルカ式の魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間にはリインフォースは光に包まれて消えていた。
目を開けると、視界は半分で、そこは知らない天井だった。だなんて、ふざけたことを言っている場合ではなく体が重かった。とにかく、体が重かった。そして吐き気。気分は最悪。
まるで貧血でも起こしたかのようだ、と体を起こすと左手が妙に引っ張られた。
「輸血?」
あぁ、そう言えばダラダラと血を流していたな、と思いながら小さなテーブルの上でピカピカと点滅を繰り返しながら自己主張しているデバイスに手を伸ばした。プルプルと震える手は情けない。
「アカレラ」
「おはようございますご主人様。と言っても、現在時刻は朝の六時です」
いつも通りの声に、安心感を覚える。これにコーヒーか煙草があれば最高であるが、この貧血の状態で煙草でも吸ったら倒れるに決まっている。いや、死んじゃうんじゃないだろうか。
「あー、皆は?」
皆、と言うのはなのは達9人の事だ。あの時、がむしゃらに魔力を放出して突っ込んだ後の事は何も覚えていない。
「管理局側の魔導師は六時間ほど前まで会議をしていたようですが、疲れが溜まっていたのか眠っています」
「はやて達は?」
「はやて嬢はあの後、魔力を多量に放出したショックで失神して、今も眠り続けています」
「なら、シグナム達も一緒か」
「はい」
なら、安心か。まだ気怠い体をベッドに預け、輸血パックを見た。容器の中は半分以上が空で、もう一眠りして起きた頃には無くなっている筈だ。
「ですが」
テーブルの上のアカレラが、声を落とした。
「リインフォースが出て行きました」
どうして。その言葉が出る前に、目の前にディスプレイが表示された。
初めて見た笑顔だったが、それはどこか満足気な笑顔で心を騒がせた。そして、リインフォースはこう言い残して消えて行った。『闇の書が消えればいいだけ』と。
体を急いで起こして、急に襲ってきた眩暈と吐き気に力が抜けた。
「……ぅ」
「ご主人様は血が足りてないんですから、もっと慎重に行動しましょう」
「……あれ、なんか怒ってる?」
「いえいえ、基本的にデバイスには感情は無いので気にしないでください」
「…………」
それから数分後に、ゆっくりと立ち上がって悠也は家にジャンプした。
まるで映画の様に目の前が変わる。機械的な部屋から、マンションの一室に。
「これは酷い」
「まるで空き巣にあったみたですね」
久しぶりに帰ってきた家は荒れていた。クローゼットは開きっぱなしになり、ベッドの上には服が散乱していて、床には大事なものを入れておく箱が置いてあった。それに埃っぽい。
「掃除もしたいとこだけど、今は時間が無いみたいだし……」
リインフォースが言っていた『消える』という単語には、前の言葉と後ろの言葉。そして表情を見れば直ぐにでも、本当に消えると予想できる。けど、どこで消えるのだろうか。
それが問題だった。
「私がサーチャーを出しておきます。リインフォースを見つけるその間に、部屋の掃除でもしたらどうでしょう」
「そうするよ」
眠っていたクロノは、S2Uから発せられる警告音に目を覚まされた。
『エイミィ、何か問題でも発生したとかか?』
『リインフォースさんが居なくなっちゃってるのと、魔法が使えない部屋で寝ていた神崎悠也が消えちゃってるんだよ!』
『どうやら僕は夢を見ている様だ。エイミィ、時間になったら起こしてくれ』
『ちょ、ちょっと!?』
念話を切り、まだ暖かい毛布を被りなおす。眠ったのは三時間くらい前だ。まだ眠い。
意識が緩やかなリズムに入っていく。あと数秒もすれば完全に眠りに落ちる。そんな時だった。
「クッロノーー!」
「っ!!」
いきなり部屋のロックを外してエイミィが入ってきた。そして、そのまま勢いをつけて寝ているクロノの上にダイブした。
「あぁ、悪夢だ……」
「え、寝ちゃ駄目だってば~~!」
その後、クロノを起こすためにエイミィは数分間もの間クロノに跨り揺らし続けた。
それを見たリンディが写真を撮ったり、そのリンディから受け取った写真を見たなのはとフェイトが顔を赤くしたり。