神崎裕也は、翠屋スペシャルコースの入った箱を手に八神家にお邪魔していた。
まぁ、実際は翠屋スペシャルコースの事をはやてに話したら「食べたい!」と電話されたのだが。
「太るぞ」
そのはやては、今まさに4つ目のケーキにフォークを突き立てた所だ。いくらなんでも食べ過ぎだと思う。女の子は甘いものは別腹と言うのは本当なのだろうか?
昼食を食べ終え、今はブレイクタイムと洒落込んでいるのだが見ているだけで口の中が甘くなる。
「そんなん、レディーにいう事とちゃうで?」
「自分の事をレディーって言うなら、もうっちょと歳とらないとな」
「老いは女の敵や!」
こうしている間にも、ぱくぱくケーキが口の運ばれてゆく。一体、その小さな体の中にどれだけ入るのだろうか。そんな疑問を頭に浮かべながら、悠也は残り7つになったケーキをはやての目の前から取り上げ冷蔵庫に入れた。それを見たはやては、頬を膨らませていた。
悠也は静かに中腰になり、はやてと目を合わせた。
「?」
「つまめる」
「ひゃあっ!?」
服の上から、はやての贅肉……横っ腹を摘まんだのだ。ものの見事に摘まめてしまった横っ腹に、はやては少ししょんぼりし、車いすを移動させた。そして、普通より高い位置にあったゲームを起動させた。プレスカ2だ。ディスクは敵をバッサバッサと倒すことの出来る無双系のゲームで、ストレス解消にはもってこいのゲームだ。
「俺もやろっかな」
「ふふふ、乙女の心を踏みにじった罪は大きいでぇ?」
「何時も負けてる奴が何言ってるんだか」
はやての隣に座ると、悠也もコントローラーを手にした。もともと、買ったのは悠也なのだ。それをはやての家に置きっぱなしにしている。
テレビの電源を起動させると、既にメニュー画面に入っていた。はやてが操作すると、キャラ選択の画面に変わり、それぞれ使うキャラを選ぶ。悠也が選ぶキャラは作中一番のスピードを持ったキャラ、双剣を操るラグナと言うキャラだ。それに対し、はやてが選ぶキャラは作中一番の火力を誇る大魔術師ミスト。悠也がスピードで攻撃を躱すのに対し、はやては殲滅魔術で一つのエリアごと攻撃する戦術。
ステータスだけで見れば、どちらが勝つかは解らないだろう。
今、その戦いが始まる!
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「はぁ、はぁ、はぁ、もうデカい魔術は使えまい?」
「ふふふ、そういう貴方も剣を一つ失い大事な足に傷を負っているじゃない。」
互いが満身創痍だった。ミストは殲滅魔術を三度も使わせられており、魔力も底を尽きかけていた。対するラグナは、自身の双剣に対魔力と言うステータスを持つが、三度にわたる大魔術を目の前にしては意味を成さず剣が一振り砕け散ってしまったのだ。
さらに、もう片方の剣には罅が入り足にも決して軽くない傷を負ってしまい、今もなお出血している。土地の方に関しても、初めは緑豊かな草原だったがミストの使う殲滅魔術によって形を変え荒野となっていた。
ラグナは足に力を込めた。傷が痛む。だが、そんな些細なことを言っている場合じゃないのだ。
いずれラグナは倒れる。出血が止まらないのだ。今すぐにでも治療する必要がある。ミストの方は至って外傷が無いように見えるが、その美しい顔は苦痛に歪んでおり額に水の粒がある。
残った一本の剣を眼前に構え、打ち出された弓矢の様に駆ける。
ミストとの距離は十メートル前後。奴が魔術を行使する前に腕を切り落とし、殺さなければならない。ミストが詠唱を始めた。
奴の右手がこちらに向けられ、周りのマナが収束されてゆく。
マズい!あれが完成する前に奴を切り伏せねば!!
駆ける、駆ける、駆ける。奴との距離はあと五メートル。自分の間合いは狭い。それが今となっては歯がゆい。
後、三メートル!
奴の顔にも焦りが見て取れる。
後、二メートル!
間合いに入った!さぁ、これで終わりだミスト。覚悟しろ。
その時、光が世界を包んだ気がした。続いて聞こえる爆音と衝撃。そして、自分の体から
命が抜けてゆく感覚。あぁ、これが……死
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「勝ったぁ~~!」
「あ~~~!!?」
隣では満面の笑みを浮かべてはしゃぐはやて。悠也は、まさかの展開に声が出てしまった。悠也の視線の先では、ピクリとも動かないラグナ。その少し離れた位置で、来ていたローブがビリビリに破れてはいるが立っているミストの姿があった。
勿論、画面の上部では<1PWIN!>の文字が目立つ色で表示されていた。
そう、悠也は負けたのだ。僅差の差で負けたのだ。ミストのHPは残り16で、MPは3。
あぁ、悔しいな。だが、隣で嬉しそうに笑っているはやてを見ると、そんな気持ちは吹き飛んでゆく。そんな笑顔を見せられたら、悔しい気持ちも無くなる。
悠也は立ち上がり、ヤカンに水を入れてIHの上に置いて火を入れた。家から持ってきたカップに、ドリップバックコーヒをセットした。そして換気扇の強のスイッチを押し、ポケットから煙草を取りだしジッポで火を着けた。唯一、家の中で煙草の吸える場所だ。
「あ~、負けたからって吸ったあかんよ?」
クスクスと笑いながら誇らしげに悠也を見てくる。勝者の表情だ。
「はぁ~、まさか負けるとは思ってなかったんだよ」
「さぁ~、今回はなに教えてもらおかな~」
「うっ」
はやての笑みは変わらない。腕を組んで何かを考えているようだった。
実は、悠也ははやてとも勝負をしていた。それは、不良教師の八雲と同じようなルールで負ければ勝者の言う事を一回だけ何でも聞くということだった。その一回は、もしもはやてが「今日から悠也は私の事をお嬢様と言う事」と言えば次の勝負まではそれが続くのだ。
現に、悠也もついこの間までは八雲に対して敬語を使っていた。が、今はその制約から解放されて敬語など一切使っていない。
さて、はやては一体どんな事を言うのか。この前は翠屋のケーキを買ってきてというパシリだった。まぁ、悠也が負けることなどは偶にしかない事なのだ。勝率は7対3。いや、8対2くらいだろうか。ヤカンから特徴的な高い音が鳴り、沸騰した事を知らせる。
初めは少しだけ熱湯を淹れ、蒸らす。それから1分ほど待ち、どんどんと熱湯を淹れてコーヒーを完成させた。湯気が上がり、それがどれだけ熱いかを悠也に知らせしめている。
息を吹きかけ、コーヒーを啜る。ほのかな香りと苦みが口の中を襲う。美味い。
こうなれば、無粋な煙草は要らない。携帯灰皿に煙草を押し込み、再度コーヒーを啜る。
やはり、美味い。3口目を飲もうという所で、はやてが口を開けた。
「決まったで、悠也!」
「おう、なんだ?」
「私に隠してるモン見せて」
思わず口に含んでいたコーヒーを吐き出すところだった。