はやてが魔法の存在を知って十日が過ぎたある日、悠也は八神家の敷地に封鎖結界を張っていた。
形状を言えば、縦に長い封鎖結界だ。上空に伸びる封鎖結界の目的は修行ではない。今回の目的は、はやてに基本の魔法を教えるためだ。だから、二人とも庭に出ていた。
はやてはテラスにあった椅子に座り、悠也は立っていた。
「まずは空を飛んでみたい」
「ん。じゃあ、ちょっと適正を見るから」
「?」
悠也は、はやての正面に移動しゆっくりと、まるで壊れ物を触るかのように膝の上に手を乗せた。
本来なら魔導師の心臓とも言えるリンカーコアのある胸に触ればいいのだが、はやては女の子だ。
流石に許可もなく触れる訳がない。だが、これは初めてのはやてが知る由も無く小首を傾げていた。
「アカレラ、どうだ?」
「……申し訳ございませんご主人様、はやて嬢。」
「え?」
はやての顔から笑顔が消え去り、不安げな表情だ。そんなはやてに、悠也は笑いかける。
「アカレラ、どういう事だ?」
「わかりません。まったく感じ取れないのです。ですが、はやて嬢からは魔力は確りと魔力は感知できます。」
魔力。その単語に表情が和らぐはやてだが、悠也とアカレラは違った。本来、魔力を生み出すリンカーコアは魔導師にとっては心臓、核とも言える大事なパーツなのだ。それは、魔法で故意に隠していなければ容易にどんなモノかがわかる。それが一切わからない。
つまり、はやては何らかの形で既に魔法をかけられてしまっているのだ。
「ま、魔力があるならいいか」
「いいのですか?」
「いいんや!」
少しトラブルが発生したが、小魔法講義の始まりだ。
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上空の、既に黒い点でしか確認できないはやてを見ながら呟く。
「才能の塊じゃん」
最初の一時間を飛行魔法の基本的な姿勢制御と空間把握能力をアカレラを使って仮想世界で行い、いったん休憩を取った。そして、三十分後には地上から足を浮かす事ができていた。
合計で二時間ちょっとしか経過していないのだ。これを才能の塊と言わず、何と言う。
「俺、三日かかったんだけどなぁ」
はやて自身はバリアジャケットを展開していない。いや、展開できないのだ。デバイスは使う魔術師のリンカーコアを初めに登録してから魔力を使うことが出来る。だが、はやてはリンカーコアを確認できないためにバリアジャケットは悠也が代わりに展開しているのだ。
ジーンズのポケットから煙草を取りだし、ジッポで火を着ける。紫煙が空に消える。
いつもなら首からかかっているアカレラは、はやてについている。右手で煙草を持ち、左手をはやてのいる上空に向けた。
「一撃必中……なんて」
黒い野球ボールサイズのスフィアを生み出し、上空に撃ち出した。
風を切って撃ち出されるスフィアは、一直線上にはやてに迫っていた。
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八神はやては空を飛んでいた。比喩でも、なんでもなく空を飛んでいるのだ。
空を飛ぶのは気持ちいい。機会みたいな化学に頼らず、魔法を使って飛んでいる!
「はやて嬢、下を見てください。」
「ん?」
下には、バリアフリーを意識して造られた二階建ての一軒家が堂々と建っていた。そして、何故か二つある二つの黒い点。
「誰かいるのかな?」
「はやて嬢!右に避けてください!」
「え……」
言われるがまま右に移動した。すると、さっきまでいた場所を黒い点が風を切って通り過ぎて行った。かすかに黒い花粉の様なものが漂っている。
「な、なにをしているんですかご主人様は!」
「え、今の悠也がしたん?」
「そうです、ご主人様の魔力光は黒色です!」
何時もはご主人を一番に考えるメイド風の喋り方なのだが、今はご主人に怒るメイドだ。
それもそうだろう。いくら悠也が使用するバリアジャケットを展開しているとは言え、はやて自身は足に重大な障害を抱えている。スフィアが直撃していたら怪我を負い落下。
怪我をしなくても地上200Mから地面にキスすることになる。
「魔力光?」
「魔導師……いえ、ご主人様は正確にはベルカの騎士なのですが今は置いておきましょう。魔導師には個人の魔力光があります。ご主人様が黒の魔力光なら、はやて嬢は白です。」
足に障害を抱えているはやてが飛べたのには理由がある。まず、アカレラの補助が出来る悠也のバリアジャケット。これで長ズボンを魔力でコーティングし、簡単な動きが出来るようにした。そして、はやてが自分で考えた魔力で出来た翼。翼とは言っているが、実際は小鳥のような小さい翼が腰と踝に着いている様なものだ。それに、少なからずはやても長ズボンに魔力でコーティングしている。
その魔力の色は白だ。翼も白。
「取り敢えず、今は地上に降りましょう。」
「うん、わかった」
足を下に、ゆっくりと降りる。
アカレラと一緒に悠也に文句を言ってやろう。危ないな!と。
「そういえば、もう直ぐ誕生日や……」
はやての表情が、悪戯を思いついた様にニヤリと綻んだ。