翠屋の朝は早い。朝は五時に起きて食材の仕込み。それが終われば弁当を作り、娘を起こし変わったフェレットを起こす。これが高町家の朝だ。
「なのは、なのは」
フェレットがベットで寝ている少女、高町なのはを起こそうとするが起きない。今日は平日の朝7時20分。カーテン越しからは太陽が自分の存在を知ってほしそうに輝いている。
フェレットは大きくため息を吐いた。
このフェレット、実は偽物である。
高度の変身魔法でフェレットに化けているユーノと言う少年に過ぎないのだが……
「もう、起きてよなのは!」
「ふにゃ!?」
「ぐぇ」
ユーノが大きな声を上げると、なのはは面白いように奇声を発してベッドから転げ落ちた。それに続くカエルが潰れた様な声と光。寝ぼけ眼を擦り、なのはは自分の部屋を見渡した。
「あれ……さっきのは夢?」
「……なのは」
「ひゃあ!?」
聞きなれた声が突然聞こえてもう一度部屋を見渡すが、彼はいない。その時、何かがお尻を触った。驚きの声が上がり、下を見るとユーノが倒れていた。倒れていたというより潰れていた。
「なのは、どいて」
「あ、あぁっ!?」
顔が赤いのがわかる。目の前の少年も同じだ。高町なのはとユーノ・スクライアは顔を赤くしながら階段を下りた。
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「レイジングハート」
「all righit my,master」
ピンク色のスフィアが、なのはがさっき飲んだ空の空き缶を打ち上げてゆく。
街から少し離れた小高い丘の上にある公園は人気が少なく、利用する人は滅多にいない。
この場所はなのはとユーノ、レイジングハートが見つけた魔法の練習場所だ。
カン、カン、カンと調子よく空き缶が打ち上げれれる。
「アクセルシューター!」
一つだったスフィアが六つに増える。それは空き缶の周りを囲み、ランダムな動きで確実ヒットしていく。だが、同じようになのはの顔にも真剣さが増してゆく。
さらにスフィアが増えてゆく。八つ。十二。十八。二十四。三十。
「くっ……うっ」
「450hit」
スフィアは加速する。その限りを知らないように、まだまだ加速する。
「I was accomplished with an aim.
I record it and update it」
だが、やがて集中は切れる。
「あっ!」
今まで規則正しく打ち上げられていた空き缶は場違いな場所に弾きとび、元の空間にはスフィアが殺到し互いに相殺し合った。
「593回。記録更新だね、なのは」
ユーノは、レイジングハートを体を支えなければ、今にも倒れてしまいそうななのはに肩を貸してベンチに座らせる。単に魔力が多ければよいという問題ではない。高い魔力は、確かに有しているだけで有利だろう。だが、それを上手くコントロール出来なければ只の魔力タンクに成り下がる。
「うぅ~~、頭が……」
「はい、これ」
痛みに頭を押さえているなのはに、ユーノは持っていたポケリスウェットを渡した。
なのはは、それを飲むことなく額にあてる。
「はぁ~~」
「大丈夫?」
「頭が溶けちゃいそうなの」
「ははは」
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涼しい風がユーノとなのはを撫でるように吹いた。既に春は終わっている。春と夏の間の期間だ。暫くベンチに座っていると、ユーノの左肩に軽い衝撃が走った。
「え?」
「すぅ~……すぅ~……」
横を見ると、普段よりもかなり近い位置-普段もかなり近い-になのはの寝顔がうつった。
一瞬で顔が赤くなる。直ぐに視線を戻し、なのはから視線を外す。
心臓が高鳴る。そういえば、寝顔を見るのも久しぶりな気もする。
「なんで……僕は」
握りしめた右手を開く。ふと頭をよぎるのは、彼女を魔導師に導いてしまったこと。
もし僕が隣で寝言を言っている少女と出会わなかったら、あのケーキが美味しい店で親友と一緒に幸せな、今と違う道を歩んでいたのではないか。
「はぁ……」
こんな事に悩んでいるのに、件の少女は本当にぐっすりと眠っている。
僕だって男の子なんだよ、なのは。
また涼しい風が顔を撫でた。
「風邪ひいちゃうよ」
なのはからの返事は、当たり前の様にない。眠っているから。寒いのか、さっき言った言葉を聞いていたのか、なのはは体を完全に寄せてきた。少し落ち着いた筈の体温が、また急上昇する。
「レイジングハート、少しだけなのはを持ち上げてくれる?」
「Ok」
ふわりとなのはの体が浮かぶ。立ち上がり、なのはの体をレイジングハートに運んでもらう。これもこれで恥ずかしい。九歳だというのに、背中の柔らかく暖かい感触には赤面してしまう。
「帰ろう」
起こさないように慎重におんぶしながら、翠屋に帰るべく公園を後にした。
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翠屋に着いたのは既に七時を回っていた。当然、なのはは桃子さんに起こされて説教された。そして、ユーノはと言うと……
「良い湯だ~~」
一人でお風呂に入っていた。最近は時空管理局が誇る時空管理局・巡航L級8番艦。次元空間航行艦船アースラでシャワーを浴びるだけだったから、なおのこと気持ちいい。
「ふぅ~~~」
顔の筋肉が自然に緩むのを感じる。と言うよりも、全身の力が抜けてゆく。このまま暖かなお湯に溶けてしまってもいいかもしれない。浮遊感を感じながら目を閉じた。
まるで飛行魔法を使っている時のような、それでいて暖かい光に包まれていて、幸福感が体を、心を満たしていく。瞼の裏側は晴天で、魔力が続く限り飛んでいきたい。
そんな、本当に夢のような仮想空間。けど、そこには絶対に在る筈のない彼女がいた。
天使を意識したかのような白いバリアジャケットに、ブーツからはピンクの翼が生きているように動いていた。何時もならツインテールの髪型なのだが、今日は髪を下していた。
「どうしてここにいるの?」
「……」
「ねぇ、なのは?」
「………」
どうして何も答えてくれないのか。
どうして喋らないのか。
「ねぇ、なのはってば!」
「…………」
なのはは無言で僕に近づいてくる。けど、何故か視界がぼやけてくる。ここは僕の仮想空間だ。誰にも干渉される事のない代物の筈だ。
「なの……は?」
――――――
なのはは無言でレイジングハートをバスターモードに変え、圧倒的なまでの魔力を収束し始めた。魔力の集まり方からして、これは彼女の切り札スターライトブレイカーに違いない。星を壊す力……なんの冗談でそれが僕に向けられているのか。
それを問う前に視界はピンク色に染め上げられた。
ゆさゆさと体を揺らされる。ゆさゆさゆさゆさ。そっと目を開ける。
「……あ、気が付いた」
目の前になのはがいた。心配そうな、目には涙が浮かんでいる。なにさ、SLBを撃ってきたのはそっちじゃないか。
「どうしたの?」
「え……?」
腕に力を入れて立ち上がろうとするけど、立ち上がれない。と言うよりも、僕は何で寝ているのだろう。なんで?
「あ、動いちゃだめだよ?ユーノ君、お風呂でのぼせていたんだよ」
「ぁ……そうなんだ。」
じゃぁ、あれは夢か。うん、そうだよね。だってなのはが僕にあんなことする筈無いじゃないか。する筈……あれ、否定できないな。
「なんかユーノ君。とっても失礼なこと考えてない?」
「そ、そんな事ないよ!?」
じと目で見られてタジタジするユーノ。それを陰で見守っている高町夫妻。
方やあらあらと、方やユーノ君にならと。
そんなことはどうでもいいんだ。だから、だれか助けてください!